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『ホームレスヒーロー。』  作者: あああ
第二章 Family memories ~紅と白の咆哮~
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第九話 メイド喫茶にて


「も、萌香?」


 俺がそう呼んだ少女は、口を半開きにさせたまま固まっている。

 透き通るような金髪を右側で結び、青空を映したかのような瑠璃色の瞳をしている。

 間違いない。萌香だ。

 年越しの前に出会った初めての依頼人にして、ヤクザの一人娘。

 今日は学校休みなのか。ていうかなぜ、こんなところにいるんだ?

 萌香の病的なほどに白い顔が見る見るうちに、赤く染まっていく。


「ご、ご、ご主人様ぁ? 人違いをされていますよ? 私は、ひ・ま・わ・り、ですよ?」

「いやいや、無理があるだろそれは」

「人違いですよ?」

「いや、だから―――」

「ひ・と・ち・が・い、ですよ?」

「……」


 そんな笑顔のまま言われたら、黙るしかない。

 でも顔が赤いので、確実に萌香のはずだ。

 萌香はことあるごとに顔を赤くする奴だからな。

 俺と萌香の関係が気になったのかキリヤが、俺に話しかける。


「なんだ、デウス知り合いなのか?」

「ま、まあな」

「なんだお前も隅に置けねえな、この野郎っ。こんな可愛い彼女がいるなんて―――」


 キリヤがそう言った瞬間、テーブルの上に二つのコップが叩き置かれた。

 コップの中の水が大きく揺れ、テーブルに零れる。

 そのコップを握る手は、萌香へと伸びていた。


「ごごごごご、ご注文はオムライス二つですね? ごごご、ごゆっくりお待ちくださいませっ―――」

 

 そう言ってそそくさと、カウンターへ戻って行ってしまった。

 相変わらずおかしな奴だ。


「キリヤ、ダメだって。萌香の前でそんなこと言ったら。俺のことあまり好きじゃないみたいだから」

「はあ? 何言ってんだデウス? アレは明らかに照れ隠しだろ」

「照れ隠し? 一体何に照れるんだよ。あっ、メイド服見られたことか」

「……デウス。お前、マジか」

「え? 何が?」

「いや、お前は本物だなと思って」


 コイツは一体なにを言ってるんだ?

 首を傾げる俺を見て、キリヤは再びため息を吐いた。

 なにがなんだかさっぱり分からん。


「でもまあ、あんなに可愛かったら男共の視線浴び放題だな」


 キリヤの視線につられ、俺は注文で忙しそうにしている萌香を眺める。

 確かに目に入れる分には良いと思う。

 だが、きれいなバラには棘があるように、萌香にも父親直伝のジャーマンがある。

 さらに、肘固めや四の字固めなどのサブミッションも豊富だ。

 女子プロレスなんかに出せば、人気間違いなし。

 ルックス良し、テクニック良し、なんか金の匂いがする。

 っていかんいかん、なに考えてんだ俺は。そんなことあの親馬鹿が許すわけがない。

 そんなことより一番新鮮なのは、まだぎこちないが萌香が笑っていることだ。

 とある依頼で一番初めにあった時は、いつも機嫌の悪そうな顔をしていた。

 でもそれも結局は強がりで、本当は泣き虫で優しい笑顔の似合う普通の女の子だったわけだが。

 あの依頼以降も、萌香はちょくちょく公園に顔を出すようになった。

 そんなに暇なのだろうか。

 っていうか、あの客少し近づき過ぎじゃないか?

 もう少し離れろ。


「デウスなに情熱的な視線送ってんだよ」

「ち、違えよ」


 萌香から窓の外へと視線を外した。

 こんな店で働くなんてよくあの親馬鹿が許したものだ。

 自分の娘に護身用といてプロレス技を教えるほどのパワフルファザーなのに。


「ホントに可愛いなひまわりちゃん。デウスには勿体ないくらいだぜ」

「……やめとけやめとけ。後頭部にタンコブ作りたくないだろ?」

「どういうことだ?」

「実はだな―――」

『お待たせいたしました、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま』

「うわっ」


 いつの間にかオムライスを乗せたトレイを持った萌香がテーブルの前に来ていた。

 もう一人違うメイドも一緒だ。

 随分とタイミングよく出来上がったものだ。ていうか、早すぎだ。


「こちら『愛情たっぷり、ふわトロ萌え萌えオムライス』になります」


 二人のメイドが俺たちの前にオムライスを置いた。

 見た目はただの可愛らしい皿に乗った、ハート形のオムライスだ。

 ハート形が愛情だなんて随分と幼稚だ。

 こんなものなら金を出さなくても作れる気がする。

 いや、いかんぞ先入観にとらわれては。

 もしかしたら、味がとてつもなくうまいのかもしれない。


『それではケチャップで文字を入れますね?』

「ああ。じゃあ、『愛してる』って書いて書いて」

『かしこまりました』


 メイドはキリヤのオムライスにケチャップで文字を入れ始める。

 へえ。文字入れるのはここでも同じなんだな。CIで俺もよく書いたものだ。


「ご、ご主人様は、ど、どうなさいますか?」


 萌香がケチャップを握りしめ固まったままの笑顔を向ける。

 マフラーもそうだが、コイツは何かと不器用な奴だからな。簡単なものにしておくか。


「じゃあ、『LOVE』にしてくれ」

「か、きゃしこまりました」


 少々噛み気味に萌香は返事をすると、ケチャップボトルを両手で持つ。

 オムライスに向けると標準が合わないのか、手がプルプルと震えている。

 仕方がない手伝ってやるか。

 CIではうまくできていたから、教えてやることならできるしな。


「こうするんだよ」


 俺は萌香の両手の甲に重ねるようにして、ケチャップを掴む。

 一瞬萌香の手が大きく震えた気がしたが、気にせず『LOVE』の『L』から書き始める。

 『E』まで書き終えると、萌香の手から手を放す。


「どうだ? うまくかけただ……ろ?」


 萌香の顔を見るとケチャップでも浴びたのかと思うくらいに、赤くなっていた。

 それに手も書き終えた位置からびくともしない。


「おい、大丈夫か? ……おい。ん? 熱でもあるんじゃねえのか?」


 そっと萌香の額に手を添える。

 う~ん、少し熱があるような気がする。

 萌香の頬を軽くたたく。


「……え? わ、私……」


 どうやら正気に戻ったらしい。

 辺りを見回しテーブルの上のオムライスに視線を送った後、俺と目が合う。

 元々赤かった顔がさらに赤みを帯び、耳まで染まり始める。


「あ、あああ、ああああ、あ、あかんっ」


 萌香はそう叫ぶと手に持っていたケチャップを思い切りひねり、その場からダッシュで逃げ出してしまった。

 キリヤのそばにいたメイドも一度会釈をすると、萌香を追って行ってしまった。

 なんとも言えない沈黙が場を包む。

 なんなんだ、アイツはホント。

 ふと、オムライスに目を向ける。

 黄色かったはずのオムレツから大量の赤い液体が流れていた。

 ……どこの殺人現場だよ。


「デウス」

「なんだよ」

「お前もうホストになれよ」

「なんで!?」


     * * *


 殺人オムライスを食べ終え、一息つく。


「いや~、うまかったな~」

「そうか?」

「どうだった彼女の愛情たっぷりオムライスの味は?」

「愛情が重すぎて舌がしびれてるよ」

 

 もちろん、ケチャップの酸味でだ。


「そりゃそうだ」


 キリヤは他人事のようにケラケラと楽しそうに笑う。

 まあ、他人事なんだけども。

 するとキリヤは笑うのをぴたりと止め、その場でいきなり立ち上がる。


「オレ、ちょっくら便所行って来るわ」

「あ、ああ」


 なんだ、トイレか。

 キリヤはそそくさとトイレの方へ行ってしまう。

 一人になり、何もすることがなくなった俺は、自然と萌香の仕事ぶりを拝見していた。

 トレイで食べ物を運ぶのはまだ危なっかしいが、笑顔を絶やさずせっせと足を動かしている。

 良く働く奴だな。

 あっ、目が合った。が、ギロッと睨まれてしまった。

 はあ、嫌われてんのかな俺。

 それにしても、この店のメイド服はなんというか怪しからんな。

 胸元は程よく開いているし、スカートは短い。

 これじゃあ、その制服を見に来る奴も大勢いるだろうな。

 そんな制服を萌香が来ていることもあり、なめまわすように見ている輩がチラホラと。

 なんでだろう、なんかモヤモヤする。

 そんなことを考えている最中、ふとチカチカと目に光が当たる。

 なんだ?

 光が飛んで来た方を確認すると、一人の男の靴の下から何やら小さなものが光っている。

 アレは……手鏡っ!?

 なんで手鏡が靴の下に? だが、理由として考えられる答えは一つしかない。

 ……そうか、アレでメイドのスカートの中を覗こうとしてるのか。

 もしかしたら、萌香のも見ていたりして。

 そう思うと同時に、俺は立ち上がっていた。

 それと同時に、俺の真後ろでも誰かが立ち上がる音がした。

 振り向くと、そこには黒のコートに黒いハット、サングラスとマスクの不審者四点セットを身に着けた体格のいい男が仁王立ちでいた。

 その男はこちらにギロリとサングラスの光を反射させる。背筋が凍る。

 なんか殺気めいたものが飛んで来たような。

 男は俺の肩に手を置くと俺をそのまま席に着かせた。

 なんだこの男。そしてなぜ再び俺を席に座らせたんだ。


「奇遇やな。こんなところで会えるなんて。なあ、兄弟」


 振り返ろうとした瞬間、やけに低くドスの利いた声が飛んでくる。

 俺は振り向くのをやめた。

 いや、正確にはできなかった。

 俺の知り合いの中で、俺のことを兄弟と呼ぶ人間は一人しか該当しないことからだ。

 そもそも聞いたことのある声なのだ。


「あ、あの、なんでここにいるんですか? ……組長」

「ワシのことは兄弟て言え言うたやろ。なんでもなにも、ワシがこないなかわええ店来たらアカンのかい」


 いや、アカンです。

 アンタみたいな極道とメイドがマッチするはずないじゃないか。

 とまあ、こんなことはとてもじゃないが言えない。

 ていうか、極道の組長ともあろう人がこんなところでなにやってんの?

 仕事は? アンタの組、アンタ以外脳みそ筋肉しかいないでしょう?


「い、いや、悪くはないですけど……今日、仕事はどうしたんですか?」

「定休日や」


 わお、極道に定休日なんてあるんだな。なんかヤクザが身近に感じる。

 いやもうそこのところは置いておいてだ。

 少し冷静考えてみれば、組長がこんなところに来る理由なんて一つしか思いつかない。

 恐る恐る聞いてみる。


「も、萌香……ですか?」

「べ、別に、ぷ、プライベートや」


 絶対嘘だよ。

 この人絶対萌香が気になってきたんだよ。

 親馬鹿すぎてこっちが恥ずかしいんだけど。

 娘に対してなら、どうしてそんな可愛い態度が取れるのだろうか。

 少しかまをかけてみるか。


「しかし、良く働きますね、萌香」

「そうやねん。二月になってソワソワしだして、今日ワクワクしながら家出て行った思うたら、こないな店でメイドしとるやんけ」

「へえ、バイトですか。内緒だったんですか?」

「せやねん。もしや、兄弟がなんか吹き込んだんちゃうやろな?」


 服の襟が後ろから引っ張られ、軽く首が絞められ苦しい。


「ち、違いますって、俺もさっきここに来て知りましたもの」

「知っとるわ、会話全部聞いとったんやからな。それにしても、萌香とちょっと関係近すぎひんか兄弟?」

「な、なにがですか?」

「出たなこのタコ助っ、萌香に近づく悪いハエはワシが片づけたるっ」


 引っ張られた襟がさらに首に食い込む。

 タコはアンタだろって、キマってる、首にキマっちゃってるからっ。


「お、落ち着いて、くみちょっ。い、息がっ」


 必死のジタバタが通じたのか、首を絞めていた力が弱まる。

 一気に新たな酸素が肺へと行きわたる。

 危ねえ、ホントにおちるところだった。


「ワシのことは兄弟と言え言うたやろが」

「い、いや、兄弟はさすがに気が引けるといいますか言いにくいといいますか。せめてお父さんで」

「誰がお父さんじゃボケっ。萌香はやらへんからなっ」


 誰もそこまで言ってねえよっ。

 と内心でツッコみ、俺が地雷を踏んでしまったことに気付く。

 とりあえず、なにか話題を変えないと面倒なことになりそうだ。


「そ、そうだ、き、気づきました? 組長? あそこの男の靴の下に手鏡があること」

「だから、兄弟て言え言うた―――手鏡?」


 そして、組長は俺の指さす方を見る確かに今もチカチカと、鏡が光を反射させている。

 その光は組長のサングラスに反射し、俺の顔を照らしている。


「ほ、ホンマや。あれなんやねん」

「きっとですけど、あれでスカートの中を―――」


 俺がそう言いかけた途端、組長は勢いに任せて立ち上がる。

 マスクとサングラスを取り、傷だらけの極道の顔がまるで鬼の形相に見えた。

 そこで再び気づくのだ、俺がとんでもないものを起爆させてしまったことを。


「あんのクソったれえ。萌香のスカートも覗いたんちゃうやろなあ。東京湾に沈めたるう」


 組長はその丸太のようなゴツイ体をドスドスと揺らしながら、歩き出す。

 本職がそれを言ったらシャレにならんでしょうっ。

 俺は慌てて組長の太い図体に腕を回す。


「放さんかい、兄弟っ」

「ダメですって、組長。こんなところで暴れちゃあっ!」

「兄弟言え言うたやろがっ」


 ああ、もう、どんだけ言わせたいのそれっ。

 っじゃなくて、全然止まらないんだけど。

 組長は俺ごと引いてどんどん、さっきの覗き男に近づいていく。

 周りも俺たちの異変に気付いたのか、騒がしくなっていく。

 このままじゃまずいっ、でもブルドーザー並みのこの力は俺には抑えられない。


「おい、デウス。何してんだ?」

「おおっ、キリヤ、ナイスタイミングだっ。頼む、この人止めるの手伝ってくれ」

「なんでだ?」

「いいから早くっ。お前の働き次第で世界の平和が保たれるんだぞっ」

「よ、よしっ、よく分からんが、世界平和のためにオレも手伝うぜっ」


 少し大袈裟だが、この人を止めなければとんでもないことになることに違いはないのだ。

 キリヤは組長の丸太のような腕にしがみつく。


「は・な・さ・ん・かいっ」


 それでも、止まらないこのパワフルファザー。

 俺とキリヤを引きづりながら、前進を続ける。

 何者なのこの人っ。

 組長の形相は後ろからなので見えないが、周りの反応や覗き男の青ざめた表情から尋常じゃないことだけは確かだ。


「な、なんだ、このオッチャン、スゲーパワーだな」


 キリヤ、お前なんでそんな楽しそうなのっ? 


「と、止まってください、くみ、いや、お、お父さんっ!」

「誰がお父さんじゃいっ、萌香はやれへんっちゅうにっ!」

「誰もそんなこと言ってな―――」


 俺が言い終える前に、組長の体はピタリとおとなしくなった。

 さっきまで止まることのなかった巨体が突然止まったのだ。

 俺は組長の背中から前を見た。

 そこに立っていたのは天使だった。

 メイド服に身を包み黄金の翼をもつ、片翼の天使。

 まるで全てを包み込むかのような、笑顔と共に。

 そう。萌香だ。

 この窮地を救ってくれた彼女を俺は本当に天使だと錯覚しそうになる。

 だが、次の一言で一気に地獄に叩き付けられるのだ。


「アンタら、ちょっと面かしな」


 この世で一番怖い表情は笑顔だと知った。

 その笑顔を見て、俺の危機回避センサーがうねりを上げる。

 危機回避センサーとは俺がこれまでに体験したことから、これから俺に起こりうることを瞬時に判断し、その対処法を見つけるという、いつ発動するのかも分からん曖昧かつ適当なセンサーである。

 とまあ、意味の分からん解説は置いておいて。

 これから間違いなく非常に面倒なことに巻き込まれるのは一目瞭然だ。

 しかも、とばっちりでこんなことに巻き込まれるのはご免だし、何よりも俺たちは映画帰りの楽しいひと時を過ごしたかっただけなのだ。

 よって、至る結論は……

 俺は組長から両腕を解き、右手をポケットに入れる。

 ポケットの中の野口英世を二人握りしめ、テーブルの位置、キリヤの手の位置、出口の位置を確認する。

 萌香がこちらに向けて一歩足を踏み出した瞬間俺は行動を開始した。

 持っていた野口をテーブルに叩きつけ、左手でキリヤの手を掴み、ドアへ向けて一目散に走り出す。


「お、おおっ―――」

「あ、ちょっ―――」


 萌香とキリヤの驚きの声を置き去りにして、店のドアから脱出した。

 店内と店外の温度の差で皮膚が剥がれそうな感覚が奔る。

 キリヤの手を引いて、ただ足を前へ前へ走らせる。

 この場面で使える言葉が、この日本には一つだけある。

 ……逃げるが勝ちってね。




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