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『ホームレスヒーロー。』  作者: あああ
第二章 Family memories ~紅と白の咆哮~
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第八話 知らない世界

 

 黒く塗り潰されていた視界が少しずつ明けていく。

 歪んだ世界が徐々に平穏を取り戻し、見知らぬ白い天井が広がる。

 自分が仰向けになっていることに気付く。

 ここは、どこだ? 俺は確か……

 意識のはっきりしない頭で、一つずつ整理する。

 確かホストクラブで働いていて、翼さんに勝負を吹っかけられて……あっ、思い出した。

 一気対決をして意識を失くしたんだ。

 意識がさっきよりもはっきりしてきたせいか、ピリピリと頭痛が奔る。

 重たい頭を抱えながら、上体を起こすと、腹の奥から何かが上がってくるのを感じ、口を押えた。

 ヴっ、気持ちわるっ。なにこれ、二日酔い? 人生初の二日酔いがこんな形なんてな。

 いやまあ、二日酔いするのに良い形も悪い形もないと思うけど。

 最悪な気分なのに違いはない。

 そんな頭を手で支えながら、首をひねる。

 見覚えのあるロッカールームだ。

 どうやらまだ、店の中にいるらしい。

 俺はロッカールームにある、休憩所のソファーに寝かされていたのだろう。

 ふと、ロッカールームの時計を確認すると、深夜の一時を軽く超えていた。

 結構寝ていたな。みんなはまだ店にいるのかな。

 そう思うとまだ少しぼやける視界のまま、ソファーから立ち上がる。

 視界が斜めになっていることに遅れながら気づき、頭を真っ直ぐにする。

 まだ結構アルコールが残っているようだ。

 ボトルを一気飲みしたのだから、無理もない。

 ロッカールームのドアノブを握る。

 この時、俺は不思議な体験をした。

 一度ゆっくり引きはじめたドアが俺の意識に反し、スピードを増してどんどん俺の方に迫ってくるのである。

 ……あれえ? デジャヴっ―――

 気付けば俺は地面に転がり、額を押さえていた。

 ありがた迷惑なことに痛みで、麻痺していた感覚が戻る。

 くそっ、二度目かっ。痛いぞ、ちくせうっ。


「おっ、デウス起きたか~って、地面に転がるの好きだな」

「キリヤ、お前のせいだよっ」

「目覚めの一ツッコミだな」

「なに、目覚めの一杯みたいに言ってんだっ」

「ていうか、デウス。お前そんなに大声出して気持ち悪くねえの?」

「絶賛嫌悪感バリバリだよっ―――」


 そこまで言って俺は口を押えた。

 危なかった。このままツッコミ続けていたら、腹の中のものをデストロイしてた。

 天井を向き喉にかけて這い上がってきたものを、中に流し込む。

 流し込み終えると、立ち上がり喉に負担を掛けないように静かに俺は口を開く。


「……みんなはどうしたんだ?」

「みんななら帰ったぜ。デウスによろしく言っておいてくれって」

「ふーん、で、店長は?」

「店の中でぐーすか寝てる」


 いや、不用心すぎるだろ。

 従業員帰さないまま寝るなんて、金盗まれたりとかしたらどうするんだろ。

 ん? 従業員?

 そこでふと、気になったことを聞いてみる。


「キリヤ、お前は何してるんだ?」

「ん? オレか? オレはお前が起きるのを待ってたんだよ」

「俺を待ってた? 何で?」

「そこのソファーが今日の寝床だから」

「……今日の寝床? 家に帰らないのか?」

「ん? ああ、オレ帰る家ないからな。いつもいろんなところで寝てるぞ」

「……え、ええと、ちなみに今何歳?」

「17だけど、デウスもだろ? 店長から聞いたぜ」


 ……この度出ましたるは、驚愕&衝撃の事実。

 このキリヤという少年はなんと、俺と同じ歳の家なき子である。

 てことはこの店、俺とイーグルさんとキリヤの三人の未成年に酒を飲ませていたわけか。

 あの店長、肝が据わってるな。


「じゃ、じゃあ、親とかも?」

「親? ああ、居ねえよ。母ちゃんは死んでるし、親父はどこにいるかも分かんねえ。でも平気だぜ。友達もたくさんいるし、この店の人には良くしてもらってるしな」


 そう言って、キリヤは苦笑いする。

 なんでだろう。

 なんで、コイツは笑えるのだろう。

 ……いや、そんなことは俺が一番よく知っているじゃないか。

 笑うしかないからだ。

 なぜなら、消えてしまったものはもう帰ってこないから。

 いくら悔いても一度消えたものは帰ってこない。どうあがいても、どう泣き叫んでも。

 確かについこの前までは、俺もそう思っていた。

 だが、本当は違うことを俺はいろんな人と出会ったことで知った。

 この世界から完全に消えてなくなるものはないということに。

 消えるのではなく形を変えてあり続けることに。

 だから、俺が口にする言葉もこうなる。


「そうか……」


 そう言って俺も苦笑いする。


「デウスって、やっぱなんか他の奴と違うよな」


 キリヤはよく分からないことを言った。

 他の奴と違う? どういうことだ。


「だって、他の奴はオレが親のこと話すと必ず謝るんだぜ?」

「……だろうな。でもそれってなんかイラつかないか? 別に謝ってほしくて言ったわけじゃないのに、勝手に謝られるなんてさ」


 キリヤは黙って俺を見つめる。

 あれ? 俺なんか変なこと言ったかな。


「デウスも親がいないんだな。考えてみれば、オレと同い年の奴がこんなホストクラブで働くわけねえしな」


 確信を突いた言葉に俺は息を呑む。

 まあ、あんな言い方したら普通ばれるよな。


「まあな。俺もお前と大体同じで、母さんはもういないし、親父はどっか行っちまった」


 キリヤは目を見開き、またしても俺の顔を見つめた。

 それから、目を伏せたままロッカーまで行き開くと、漁ってから強く閉め、再び俺の方へ歩いてくる。

 そうして、一枚の紙切れを俺に差し出す。

 なんだこれ。映画のチケット―――って、コイツはまさかっ!?

 映画のチケットには紛れもなく『覆面ライダー ユウキ』というタイトルが書いてある。


「オ、オレの友達が誰も興味なくて一枚余ってんだ、よかったら一緒に見に行かねえか? 別に興味がなかったらいいけど……」

「行くに決まってるだろっ!」


 思わず俺は声を荒げていた。

 し、しまった。がっつき過ぎた。

 だって仕方がないじゃんっ。これ、ユウキの映画だもの。

 見たくて堪らないじゃんっ。


「も、もしかして、デウス、お前。知ってるのか? ユウキ」

「ふっふっふ、何を隠そう俺はユウキが大好きだ。なんてったってあの変身前と変身後のギャップが堪らんっ」


 あれ、変なスイッチ入っちゃった。

 引かれてないかな。


「おおっ! デウスもかっ! 実は俺もそのギャップのかっこよさに惚れてんだぜっ」


 そして俺たちは互いの心が通じたかのように、自然と握手をしていた。

 それから俺たちは時間を忘れて熱く語り合った。

 その間も俺は今までに体験したことのない、胸躍る感覚に酔いしれていた。

 この感覚がなんなのかは分からなかったが、楽しんでいたことに違いはない。

 俺とキリヤは、今まで合わなかった時間を埋めるかのように話し込んだ。


「もうこんな時間だな。デウス帰らなくていいのかって、お前も家がないんだっけ?」

キリヤは腕時計を見て言う。


 俺もロッカールームの時計を見る。

 もう三時前か。


「ああ、いや、一旦帰る。心配させたくねえ奴らがいるんだ」

「なんだ、お前にも友達がいるんだな」


 友達ねぇ。まあ、そんな気持ちのいい奴らじゃないけど。

 今はそう言うことにしておくか。


「そんじゃあ、明日……じゃなくて今日の十四時に劇場前に集合な」

「ああ、分かった」


 俺は返事をすると、ロッカールームから出た。

 まだ少しふらふらする。

 通路のドアを開け、カウンターに出ると店長がいびきを掻きながらソファーに寝ている。

 俺は頭を下げてから、起こさないようにドアを開け、深夜だというのに眠らない街に出た。

 それから警察に気を付けながら、俺はハウスに向け歩き出す。

 ハウスがある公園までこの街からあまり遠くではないことが救いでもあり、何事もなく公園に着くと、ハウスに入り、目を閉じた。

 今日一日の疲れのせいか、俺はすぐ闇の中に吸い込まれていった。


     * * *


 なにか悪寒がして俺は目を開けた。

 目の前にママの唇を突き出した顔がある。

 なんだ、俺のハウスにあるママの写真か。

 再び目を閉じる。

 でも、今俺は横向きに寝ているけど、あれってこんな低い位置にに貼ってあったっけ?

 いや、その前に、あの写真はママが投げキッスをしている写真じゃなかったか?

 急に変な汗を掻いてきた。

 俺はまたそっと目を開ける。

 確かにそこにはママがいた。唇を突き出したママが。


「うわっ」


 俺は跳ね起きる。

 アルコールのせいでまだ頭痛がしていたが、そんな痛みさえも吹き飛ばす事態に、少し頭が着いて行かない。

 ママを見下ろす。

 寝ている? 

 唇を突き出したまま寝息を立てている。顔が赤いということはアルコールを摂取しているのか。

 ていうか、なんで俺のハウスで寝てるんだ?

 ん? 俺のハウス?

 俺のハウスってこんな広かったっけ?

 そこで気付くのだった。

 俺が、一つ隣のママのハウスと俺のハウスを間違えてしまっていることに。

 うわ、しくじってしまった。

 十中八九アルコールのせいだな。

 ホント、一気なんてするんじゃなかった。

 俺はママを起こさないように、ハウスから出ようと立ち上がる。

 その時、頭がグラつきママに向けて倒れこんでしまう。

 ママを押し倒したような状態になってしまっている。

 ママの顔が物凄く近い。間一髪、両手で踏ん張れた。

 もしも、踏ん張れなかったら顔面に顔面でいって酷いことになってたな。

 とりあえず、落ち着け、俺。

 ママを起こさないように、そっとだそっと。

 そう思い、立ち上がろうとした。

 が、俺の上半身にママの太い腕が巻き付き、固い胸に押し付けられる。


「あんら~、いい子ね~、むにゃむにゃ」


 なんだ寝ぼけているだけか。

 って、安心している場合じゃないぞっ。

 この腕をほどいて早く脱出しなくてはっ。

 両腕に力を込めて、外そうとするが離れない。

 相変わらずの怪力だ。

 今度は体全体を使って、暴れてみる。


「元気がいいのね~、ぐ~、ぐ~」


 くっそっ、離れねえっ。余裕かましやがってこの野郎っ。

 そこで今度は言葉を使ってみることにする。

 ベタだが、アニメや漫画で見たことがある。


「ご、ご飯ですよ~」

「むにゃむにゃ、アタシのご飯は、お・と・こ」

「ぎゃあ~っ!」


 さらに力が強まる。

 しまったっ、逆効果だったっ。

 ていうか、コイツ本当に寝てるんだろうな。

 って、痛い痛い痛いっ!

 俺の体はエビ反りになり、ベアバック状態である。

 暴れても全然起きる気配がない。

 半ば、疲れ果ててきたころ、ハウスのドアが開く。


「なにやってるの?」


 ドアの方が見えないが、その声はイーグルさん。

 おお、天はまだ俺を見捨ててはなかった。


「イ、イーグルさん助けてくださいっ」

「いや、無理」

「なんでですかっ!?」

「だって、愛し合ってる二人の間に割って入るなんて無粋じゃないか」

「ふざけないでくださいっ! この状況のどこをどう見たら愛し合ってるように見えるんですかっ!」

「二人が抱きしめ合ってるのを見て」

「よく見てっ、抱きしめ合ってないですよっ、だって俺の腕ごと抱きしめられてるものっ、一方的にベアバックされてるものっ」

「はいはい、分かったよ」


 イーグルさんの手伝いもあり、やっと抜け出すことができた。

 ママはこんなことがあっても起きない。

 一体どういう神経してるんだか。

 俺は再び悲劇が起きないように、そそくさとハウスから出た。


「なんで、あんな状態になってたの?」

「いや、俺が昨日のアルコールのせいで、ハウスを間違えたらしくて」

「一気なんてするからだよ」

「元はと言えば、アンタが俺をのせたんでしょうがっ」

「さあ、なんのことやら。ふふっ、そ、れよりもデウス。か、顔を洗ってきた方がいいよ。ふふっ」


 イーグルさんは若干笑いを堪えながらそう言う。

 なんだなんだ? 俺の顔に何か付いてるのだろうか。

 俺は首を傾げると、公衆トイレに向かった。


「なんだこれ」


 俺の顔には本当に何か付いていた。

 『肉』や『おばちゃんキラー』などと書かれた落書きに、あのお姉さん方のと思われるキスマーク。

 急いで洗い流す。二月の水は本当に冷たい。

 マジックは水性だからすぐとれたが、キスマークはかなり取れるのに時間がかかってしまった。

 きっとサーモグラフィーで見たら、顔だけ真っ青だろう。

 キリヤも言ってくれれば良かったのに。

 ……そうか。だからアイツ、話してる最中にいきなり顔を逸らしてたりしてたのか。

 アイツも共犯だったか。

 流し終えると、イーグルさんのもとへ向かった。


「はい、タオル」


 タオルを渡され、素直に顔を拭く。


「こんなんで許されると思わないでくださいね」

「いやいや、俺は『おばちゃんキラー』しか書いてないよ」

「それが一番傷ついたわっ、てか、それはイーグルさんでしょっ」

「それよりも、これ店長から預かってきたものなんだけど」


 イーグルさんがビニール袋を差し出す。

 受け取り中を確認すると、昨日店長がデストロイした俺の服だった。


「店長は大丈夫なんですか?」

「うん。現在進行形で二日酔いだよ」

「でしょうね。イーグルさんは大丈夫ですか」

「まあね。俺はほら、愛のイリュージョニストだから」


 意味が分からん。

 俺はアルコール臭い赤スーツを脱いで、普段着に着替えた。


「スーツは洗濯して返しますね」

「いや、いいよ。そのままで」

「え、でも……」

「いいからいいから」


 イーグルさんは俺から赤スーツを取り上げると、ビニールの中にしまった。

 やはり、その赤スーツが気になる。

 もしかして、イーグルさんも『レッド・クリフ』とかいうヤツの一員だったりするのだろうか。


「違うよ。これはただの勝負服なだけだよ」

「そうなんですか。……って、今心読みました!?」

「何言ってるの? 普通に口から漏れてたよ」


 マジか。思っていたことが、勝手に独り言になるなんて。

 俺、危ない人間なのかもしれない。

 いや、多分、アルコールが抜けてないからだ。うん、そうしよう。


「それで、デウスは行かなくていいの?」

「え? どこにですか?」

「さっき、『リバーシ』に行ったら、キリヤがデウスと映画見るんだってワクワクしながら出て行ってたけど」


 そうだ、確かに映画を見る約束をしてたんだった。


「今何時ですか?」

「十三時半前」


 待ち合わせの時間は確か、十四時だから……っ!

 あと、三十分くらいしかないっ。

 そう思った瞬間、俺は走り出した。


「デウスっ!」


 イーグルさんに呼び止められ振り向くと、何やら封筒のようなものが飛んでくる。

 それを受け止めた。


「店長からお給料だってっ」

「いや、受け取れないですよっ」

「いいからいいから、みんなデウスには感謝してるんだから、受け取ってあげなよっ。さあ、早く行かないと遅れるよっ」

「……はいっ」


 そう返事して、俺は封筒をポケットにしまうと走り出した。

 みんな感謝してる、か。

 報酬を貰うためにやったことではないけど、感謝をされたなら、これも一つの仕事をしたってことでいいんだよな。

 そう考えると自然と口が緩んだ。

 緩んだ口元を引き締める。

 それよりも今は、待ち合わせ時間に遅れないようにしないと。

 凍える空気を胸一杯にため込んで、力強く地面を蹴った。


     * * *

 

 劇場前に着くと、一目で分かる目印を見つけ駆け寄る。

 銀色の白髪と赤いスカーフだ。


「悪いっ、遅れた、はあ、はあ」

「遅いぜ、デウス。さっさと入んねえと始まっちまうじゃねえか」

「ああ、ホントすまねえ」


 俺は鋭くとがる銀髪に着いて行く。

 そういえば、誰かと一緒に映画を見るなんてはじめてな気がする。

 いや、そう考えたら、待ち合わせすること事態初めてだな。

 昨日も感じた、この胸が躍る気持ち。

 一体これはなんだろう。

 キリヤと同じことをしながら、受付を終え、館内に入り、席に着く。


「楽しみだぜっ、なあ、デウス」

「ああ、最高にな」


 どうやら、もう遅刻したことは水に流してくれたようだ。

 そんなことより、今はこれから始まる映画の方が重要だ。

 今回の映画は、ユウキのライバルである白い覆面をした『覆面ライダー リベンジ』がユウキと共に最終ボス『アク―』を倒す物語だ。

 これは一期目の物語を再編集して映画化したもので、今放送されている主人公を変えた二期目ではないため、俺が見ても分かる部分だ。

 館内の明かりが消え、静かに映画は始まった。



「いや~、感動したな~。最後のシーンのリベンジがアク―を道連れにするシーンがなんと言っても感動した。あの時リベンジがユウキに言った『お前はオレの友達だ』っていうセリフが耳に残って仕方がないぜっ」


 映画が終わり、館内のロビーでキリヤと俺は感想を述べていた。


「ああ、最高だよなっ。やっぱり、俺は一期目の方が好きだ」

「オレもだぜっ。一期の方が内容が深いよな~」


 映画が終わって俺の気持ちも最高潮に達していた。

 まさか、あの感動の名シーンをスクリーンで見ることができるなんて思ってもいなかった。

 それにしても、相変わらずリベンジは渋いし、ユウキはカッコいいし最高すぎるっ。

 あれ、どっちも意味は一緒か、ってまあいいか。

 そんな中、映画が始まって我慢していたものがこみあげてくるのを感じた。


「キリヤ、俺ちょっとトイレに行って来る」

「分かった。じゃあ、俺はグッズ見てるから」


 そうして、俺はトイレに向かった。

 

 トイレから帰ると、キリヤは紙袋を抱えていた。

 何かのグッズを買ったのだろうか。


「なんかいい物あったのか?」

「ああ、まあな」

「ふ~ん」


 俺はちらっと、グッズ売り場を見る。

 ユウキのポスターやキーホルダー、覆面など様々なグッズが売ってある。

 俺も何か買いたかったが、資金は慎重に使わなければいけないため断念した。


「これからどうする、デウス」

「これから? う~ん―――」


 俺が腕を組んだ瞬間、俺の腹の虫がうねりを上げた。


「はははははははっ、なんだよデウス。だらしねえな~」

「うるさい、朝から何も食ってないんだよっ」


 起きた時間ももう昼間だったし、ママには襲われるし。

 そりゃあ、エネルギー消費も激しいってもんだ。


「それじゃあ、どっかに食いに―――」


 キリヤが提案しようとした瞬間、キリヤの腹からも虫が大泣きした。


「あら、だらしない」

「う、うっせっ、オレも朝から何にも食べてなかったんだった」


 キリヤは顔を少し赤らめながら、とんがった頭を掻く。

 まあ、俺が店から帰ったのが遅かったことも原因の一つなのだろう。


「それなら、オレのお気に入りの店でなんか食べようぜ?」

「ああ、そうだな」


 そうして、俺たちは映画館を後にしたのだった。


     * * *


「ここだよここ。オレのお気に入りの店」

「マジか」


 キリヤがお気に入りと言った店は、俺の想像の斜め下を言っていた。

 可愛らしい看板に店内には、メイド服を着た店員。

 世に名高い、いわゆるメイド喫茶だ。


「お前、こういう趣味があったのか?」

「おい、デウス引くなっ。メイド喫茶だからって侮るんじゃないぞっ。この店はな、飯はうまいし、安いし、何より女の子が可愛いっ!」


 絶対最後のが本命だよな、お前。

 俺はメイドがあまり好きではないのだ。

 正確にはメイド服にいい思い出がないのだ。

 ああ、『chatch I』でのことを思い出すだけでも、寒気がする。


「キリヤ、俺あまり、メイド喫茶にいい噂聞いたことないんだけど。なんでも、金をかなりぼったくられるとかなんとか」

「馬鹿野郎っ。この店は、うましし、安いし、メイドが可愛いんだよっ。大事なことだからもう一度言うぜ。メイドが可愛いんだよっ」


 大事なことはそこか。

 やはり、ホストはホスト。女の子が好きで仕方がないのだろうか。

 でも、うまいうえに、安いなら別に行ってももいいような気がする。

 悩んでいると、キリヤに強引に腕を引っ張られ、店内に入る。


『お帰りなさいませ、ご主人様っ』


 店内に入ると、比較的可愛らしい店員が挨拶をしてきた。

 本当にこんなセリフを言うんだな。

 このご主人様って、言われることがそんなに嬉しいものだろうか。


『二名様ですね? こちらへどうぞ』


 メイドさんにテーブルに連れて行かれる。

 随分と露出度が高めな、メイド服だ。

 しゃがんだら、スカートの中見えてしまうのではないだろうか。

 俺は着ない方がいいな、って当たり前だ。これが職業病ってヤツだな。

 はあ、嫌な職業病だ。

 メニューを渡されると、メイドさんは戻っていてしまった。

 店内を見渡すと、どの客もそう言った類が大好きな客だらけだ。

 逆に俺たちが浮いているみたいに思える。

 メニューを確認する。

 何々? 『良心的撃萌えカレー』?

 なにこれ、本当に良心的なの? 撃萌えって、辛さのランクが分からないんだけど。それに激が攻撃の撃なんだけど、これ食べて大丈夫なの?

 それにこの『心突き刺すレモンティー』とか『愛しさと切なさと真心強さのココア』とか、一々ドリンクにもよく分からん名前を付けるのかよ。

 しかも、写真撮ったり、字を書くだけでこんなぼったくるのか。

 これを笑顔で注文できる奴らの気がしれない。


『ご主人様、ご注文をどうぞ』

「おっ、お前新入り?」

『はい、今日から少しの間お世話になります。ひまわりです。よろしくお願いします』

「ひまわり、可愛いな。それにその髪、地毛? キレイだぜ」


 キリヤの奴、早速ナンパか。

 まったくホストって奴は。

 俺はメニューと格闘しながらその会話を聞いておく。


『ありがとうございますっ。ご注文よろしいですか?』

「ああ、じゃあ、オレ、『愛情たっぷり、ふわトロ萌え萌えオムライス』で」

『ふわトロですね? 了解しました。そちらの方は?』


 俺か。

 メニュー見てもよく分からないし、キリヤと同じのにしておくか。

 俺はメニューを閉じ、メイドさんの方に顔を向けながら、注文する。


「じゃあ、俺も、その愛情たっぷり? ふわトロ萌え萌え? オムライスでお願いし―――」


 途中まで言いかけて、俺は止まった。

 そのメイドさんの瑠璃色の目と視線が合う。

 そのメイドさんも止まった。

 なぜなら俺は、いや、俺たちは知り合いだったからだ。

 喉の奥からやっとの思いで俺は、言葉を発することができた。


「……も、萌香?」







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