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『ホームレスヒーロー。』  作者: あああ
第一章 CHANGE OF HERO ~冬に咲く、ひまわり~
13/43

第十二話 初めての依頼人

 痛っ。

 ベンチで寝ていた俺は、目を覚ました。目の前には、ボールが転がっている。

 十二月になって、寒気が極まってきた。

 そのせいで、夜は毛布一枚じゃとてもじゃないが、ぐっすり眠れない。

 よって最近は、昼間によく眠るようになった。

 ベンチの前に小さな男の子がボールを取りに来る。

 ボールを掴み、軽く俺に頭を下げると、母親のもとへ走って行った。

 それから、楽しそうにボール遊びをし始める。

 親子連れか。珍しいな。

 知っての通り、この公園には珍獣共がたむろするため、人はあまり寄り付かないのだ。

 母親と本当に楽しそうに笑っている。

 その笑顔を見ていると、どうしても思い出してしまう。

 母の笑顔を。


 俺の母親は、七年前に死んだ。丁度、小学四年生の頃だ。

 俺と担当医師と看護師さんに看取られて。

 そこに親父はいなかった。

 今でもハッキリ覚えている。


     * * *


 ――――――母が死ぬ少し前の話だ。

 その日は、剣道の大事な試合があった。

 俺は大将で出る予定だったが、母の体調が悪いということで、俺は病院に残って母のそばにいた。

 突然のキャンセルで大将戦は、不戦敗にすることになっていた。

 いつもと同じように母と『覆面ライダー ユウキ』を見る。

 正直、あの時の俺はソワソワしていた。

 今、こうしている間にも、試合が行われていると考えると、どうしても心配で仕方がなかったのだ。

 そんな俺の態度を察したのか、母は俺にこんなことを聞いてきた。


『ヒーローの第一条件って何だと思う?』と。


 突然の問いに驚きつつも、俺はこう答えた。


「……強いことだろ? 正義は必ず勝つって言うし」

「ブッブー! 不正解」


 口を突き出して言う母。


「……じゃあ、正義の心だろ」

「う~ん。惜しいっ!」

「じゃあ、なんなのさ」


 俺がそう聞くと、母はニコリと笑い、こう答えた。


『……それはね、正義を貫く勇気よ』

「正義を貫く勇気?」

「そう。本当の勇気の前じゃ、力の強さなんて何の意味もない。デウス。あなたが今、貫かなきゃいけない正義は何?」

「え?」

「……剣道。行きたいんでしょう?」

「で、でも、母さんが」

「私なら大丈夫。行ってきなよ。デウスが帰って来るまで、死んだりなんかしないから」


 そう言って、母は笑った。

 それでも俺は、行くか行かないか迷っていた。そんな俺を見越して、母は言った。


「もう、いつまで悩んでるの? 今、この瞬間にみんなが助けを求めてるかもしれないのよ? それをヒーローが無視するの?」


 その言葉を聞いて、俺は立ち上がる。


「ごめん! 母さん。俺、行ってくるよ。すぐ戻るから」


 俺がそう言うと、母は綺麗な口元にシワを寄せ、笑った。

 今思えば、あの笑顔が俺の見た、母の最高の笑顔だった。

 病院を出て、急いで向かい、ギリギリ大将戦に間に合った。

 引き分けでまわってきた大将戦。不思議と負ける気がしなかった。

 そして、見事試合に勝つことができ、大会で優勝した。

 だが、その喜びは一瞬だけだった。

 先生の次の一言で、俺は凍りつく。

 母が、危険な状態だ。と言う内容のものだった。

 急いで病院に向けて走って。走って。走った。

 俺が母を目の当たりにした時には、全ての器具が外され、心電図の不気味な音だけが鳴っていた。

 母に駆け寄り、手を握る。

 すると、少しだけ母は目を開けた。


「お…おかえ…り」

「母さん!」

「言ったで…しょう? 帰って来るまで…死なないって」

「でも!」

「泣か…ないで、デウス。私は、約束を…守ったわ。今度は、デウスの…番」


 俺は頷いた。


「剣道…続けて…ね。剣道をしているあなたは、とても…楽し…そう…だから」


 俺は大きく頷く。


「あなたは強い子。…弱い人を救う、正義の味方に…なりなさい。…みんなの…ヒーローになれなくてもいい……たった一人だけでいいから…その人にとっての…ヒーローになりなさい」


 俺は必死に涙をこらえる。


「うん、分かったよ。俺、ヒーローになるから! 弱い人を護れるヒーローになるから! だから…だから!」

「約束」


 母は、弱々しく小指を立てる。

 俺は、それを小指で強く絡める。

 力なく母は笑うと、力を失くした腕が重力に逆らうことなく落ちた。

 絶え間ない心電図の音が、病室に鳴り響く。

 何回、母に呼びかけただろう。何回、母さんと叫んだだろう。

 その後のことは、記憶にない。

 ただ記憶にあったのは、心臓が止まった後も、母が笑っていたということだけだった―――


     * * * 


 ――――――目を覚ます。

 いつの間にかまた寝ていたようだ。

 ということは、夢だったのか。

 ……あの時、俺が試合に行かなければ、母は死ななかったのかもしれない。

 なんて、何、感傷に浸ってんだ。俺。

 一度消えたものは、もう、二度と帰ってこないというのに。

 もう、あの親子はいなくなっていた。

 起き上がり、空を見る。

 輝く太陽に、雲一つない空。晴天だ。

 昼飯を食べに行くために、立ち上がり、背伸びをして、歩き出す。

 青天の霹靂へきれきと言う言葉があるが、今思えば、あの時の夢や天気は、これから起こることの序章にしか過ぎなかったのかもしれない。


     * * *


 炊き出しを食べ終わり、公園へ向けて歩き出す。

 俺たち固有の時間の凍結にも慣れてきた。

 公園に着くと、俺は立ち止まる。

 アヒルの遊具の上に誰かが座っているのである。

 もう少し近づいてみた。

 俺は、目を疑う。

 そこにいたのは、天使だった。片翼だけの天使。

 正確に説明すると、性別は女の子で若い。

 それも、少女の前に美を付けていいくらいのだ。


 金色の髪に瑠璃色の瞳。

 外国人かと思ったが、顔立ちはどうも日本人な気がする。

 横髪を片方だけ翼のように結んでおり、後ろ髪は腰のあたりまで伸びている。

 短パンに黒のストッキング、ピンクのダウンベストという、見るからに寒そうな格好だ。


 空を見上げたまま、動かない。

 モデルか何かだろうか?

 まさか、こんなところで撮影……なんかするわけないか。

 俺はそのまま通り過ぎ、ハウスに歩を進める。


「ちょっと、ちょっと、デウス」


 すると、ママに小声で呼び止められる。手招きされ、ママのハウスに行く。

 どうやら、ハカセもいるようだ。


「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、お客さんよ。お客さん」

「お客さん? 誰の?」

「あなたのよ。便利屋のお客さん」

「あ~」


 そういえば、俺、便利屋してたんだっけ。依頼があまりにも来ないから忘れかけてた。


「それで、その依頼人とやらはどこにいるんだ?」

「あそこじゃ、あそこ」


 そう言って、ハカセが指を指す。

 その指の軌道を追うと、アヒルの上に座っている女の子に行き着く。


「え? もしかして、あの女の子のこと?」

「そうよ。あなたのハウスの前にいたあの子に話しかけたら、依頼しに来たって言うから待たせておいたのよ」


 マジか。最初の依頼人が外国人だなんて、ハードルが高すぎないか?

 ていうか、ママやハカセを見て逃げ出さないなんて、大した奴だ。

 ……仕方ない。

 とりあえず、依頼だけでも聞いてみるか。

 でも、俺のオーラルコミュニケーション能力は皆無だぞ?

 ええい。もうどうにでもなれ。

 俺は、アヒルの遊具の前まで行って、立ち止まる。

 まだ、空を見上げたままだ。

 や、やってやる!


「は、ハロー? ユウアー、ヒトリ? スピーク、リッスン?」

 とりあえず、ジェスチャーも入れて、「こんにちわ。あなた、1人ですか。依頼内容を聞きますよ?」と言ったつもりなんだが。

 さあ、どう出る? かかってこいや。

 その女の子は、顔をこちらに向けてアヒルから飛び降りる。

 今にも噛みつきそうな瑠璃色の視線が、俺に突き刺さる。

 アレ? 俺なんか気に障るようなこと言ったかな?


「は、ハロー?」


 なんとなく、もう一回挨拶をした。


「何それ? 新手のナンパ?」


 どうやら日本語が話せるようだ。

 ていうか、え? ……ええええええええっ!?

 な、ナンパだと!? 俺のあの言動が、ナンパに間違われてしまっている!?


「ちょっ、ちょっと待って」


 俺がその子に手を伸ばす。

 だが、その手は空を切り、一瞬にして目の前からその子の姿が消えていた。

 と思ったら、すでに俺の後ろに回り込み、腰にガッチリ手が回されている。


「え?」


 その刹那、視界が逆転する。

 視界が止まったと同時に、後頭部に激しい痛みが走る。

 気のせいか、息ができない。

 そのまま、三秒の時が流れ腰の手が外れる。

 その時初めて気づいた。

 ジャーマンスープレックスだったのだ。


「っ!!」


 あまりの痛さに悶絶。

 この子、馬鹿なんですか? そういう技は、もっとこう、柔らかい場所でやるべきものじゃないの?

 というか、どんだけ力強いんだよ。地面が固いことをコイツは知らないのか?


「あら、案外丈夫なのね。普通の人間なら気絶していると思うけど」


 俺もそのまま気絶しとけば、どれだけ楽だろう。……そうじゃなくてっ!


「人にいきなりジャーマンかましといて、第一声がそれかよ!?」


 叫んだ。それはもう、怒りに任せて。


「だって、アンタがしつこいから」

「大体、俺はナンパしてんじゃねえっつーの!」

「うるさい。叫ばないで、空気が汚れるから」

「くっ!」


 何なんだコイツは! 侘びも無しかこのアマ

 ふぅ~、落ち着け。俺。

 深呼吸を一回。

 こういうガキには、もっと大人の対応をしなければな。


「……先に言っておく。俺はナンパしてるんじゃない」

「じゃあ何しに来たの?」


 それは、こっちのセリフなんだが。


「お前、便利屋に用事があるんだろう? 俺がその便利屋だ」


 少し目を見開くと、また怪訝そうな目に戻る。


「アンタが便利屋? 思っていたより、若いのね」

「そりゃ、どうも。それで、依頼をしに来たのであれば、お前のことについていろいろ聞かなきゃならないんだが?」

「何で聞く必要があるのよ?」

「お前が依頼人だからだ。情報の提示ってヤツだよ。別に言いたくないことは言わなくていいから」


 俺がそう言うと、女はしばらく目を伏せ考えた後、目を開けた。


「分かったわ。聞いていいわよ」


 上から目線かよ。


「じゃあ、まず、お前の名前は?」

「人に名前を聞くときは自分から名乗りなさいよ」


 それもそうだな。

 ていうか、俺流されっぱなしだな。


「俺の名前は、大神 大神だ」

「外見のわりには、大層な名前ね」

「そっとしておけ。それで、お前の名前は?」

萌香もかよ」

「苗字は?」

「言いたくない」


 早速、黙秘権か。まあいいや。


「歳は?」

「十七」

「何だ俺と同い年じゃねえか」

「どうでもいい」


 ですよね~。

 コイツは、とことん俺に関心がないようだ。

 聞くことはこのくらいか。

 なら、そろそろ本題に入るとしよう。


「……それで? お前の」

「お前じゃない、萌香よ」

「……萌香の依頼ってのは何だ?」


 俺のその問いに萌香は、戸惑うようにして両手を胸の前で弄る。

 何だ? そんなに深刻な依頼なのか?


「依頼に黙秘権はないぞ?」

「分かってるわよ! ……いいわ。依頼してあげる」


 何で、上から目線なんだよ。


「私の依頼は、今日一日、私のボディーガードをしてもらうことよ」

「―――はあっ!?」


 えっ、今コイツ、ボーディ―ガードって言わなかった? まさかな。


「も、もう一回言ってくれる?」

「今日一日、私のボディーガードをしなさい」


 だから何で、一々上から目線なのコイツ?

 ていうか、便利屋がなんなのか分かってるわけ?


「おいおい。依頼する場所が間違ってんじゃねえか? そういうことは、探偵か警察に頼めよ」

「探偵に依頼するほどのお金ないし、警察は親の職業上無理だから」


 コイツの親は、一体どんな職業なんだ? お偉いさんなのか?

 俺はしばらく考え込む。

 そして、ある一つの答えに行き着く。

 この依頼……断ろう。

 こういう面倒な依頼は、引き受けないのが身のためだ。


「悪いが、この依頼受けられねえ。俺じゃ、護ってやれねえかもしれねえからな」

「そんな……」


 萌香は、視線を落とし、落ち込む。

 悪く思うなよ。これが、世に云う拒否権ってヤツだ。

 すると、萌香はポケットを漁り始める。


「これ!」


 そう言って、取り出したものは、俺が作った便利屋のチラシだった。

「ここに、‘困ったことや助けてほしいことがある人は、アヒルの遊具が特徴的な阿比留公園までお越しください! 便利屋 正義の味方が必ずお助けします!’って書いてあるわよね? これって嘘なの?」


 涙目でそんなことを訴えてくる。ちょっ、それは反則だぞ。


「正義の味方は、困ってる人が助けを求めてるのに無視するの?」


 それが止めの一言だった。

 どこかで聞いたことのある一言が、俺の胸の奥の何かをえぐる。


「……はあ~。分かったよ。やりゃあ良いんだろう? だから、泣くんじゃねえよ」

 慌てて萌香がソッポを向く。


「な、泣いてなんかあらへんよ」


 いや、目が潤ってるんですが。

 てか、今、違和感なかったか?


「それで? 俺は何からおま……萌香をガードすればいいわけ?」


 またしても、萌香が考え込む。

 そして、こう口走った。


「私を拒絶する全てのものから」

「はあ? お前、詩人にでもなりたいの?」

「う、うるさい! この偽善者!」

「なっ! 依頼を受けてやってるのに、その言いぐさは何だ!」

「と、とにかく!」


 咳払いをして、仕切りなおす。


「私を追って来たり、攫おうとするような全てのものから、私を護ればいいの!」


 俺と萌香の間に流れる沈黙。

 随分と曖昧だな。何から護ってもらえばいいか、自分でも分からないんじゃないだろうな。


「か、勘違いしないでよね。別に、何から護ってもらえばいいか分からないんじゃないんだから。ただ、その、秘密なだけなんだから!」


 なんだそれ。

 俺がげんなりしていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おーい! この魚つまみにして飲もうぜ!」


 ウミサルだ。サヤエンドウもいる。しかも、ウミサルの顔が赤い。

 昼間っから飲んでやがるな。

 ……まずい! アイツ、空気読めないから、何言い出すか分からんぞ。

 とりあえず、俺のハウスに萌香を隠そうとするが、時すでに遅し。


「おおっ! なんだ? デウス。昼間っから彼女連れ込んで、アツアツだな」


 言っちゃったよ。

 ウミサルの後ろで、顔を赤らめた萌香がすでにスタンバっている。

 きれいな弧を描き、むごい地響きが起きた。

 きっちり三秒してから、ウミサルの体が横になる。

 俺もこんな感じでやられたのか。

 俺は、手を合わせた。

 ウミサルは気絶。サヤエンドウは、口をポカンと開けている。


「ちょっと、ちょっと」


 ママにまた小声で呼び寄せられた。


「あの子の依頼なんだったの?」


 ジャーマンにはそれほど驚いていないようだ。

 それもそうか。なんたって、二回目だからな。

 俺は、ママとハカセに依頼内容を話した。


「ボディーガードか。また、面倒なのを引き受けたのう」

「仕方ないだろ。しなきゃいけない空気だったんだから」

「デウス、デウス。これで、ちょっと遊んで来なさい」


 ママが差し出したのは、二つのチケットだった。


「何これ?」

「遊園地のチケット。お客さんがいらないからってくれたんだけど。アタシ、行く人いないからあげる」

「おい! 俺に生け贄になれって言うのか?」

「あなたの依頼人なんだから、仕方ないじゃない」


 それを言われたら反論できない。


「若いんだから、たまには息抜きしないとね。ウミサルたちのことは、アタシたちに任せなさい。それに、あの有名なゆるキャラの『デス・ベアラー』もいるらしいわよ」


 デス・ベアラー? なんか、ネーミングがゆるくないんだけど。


「……分かった。ちょっと、言ってくる」


 俺は、またアヒルの近くで膝を抱えてる萌香のところへ行く。


「なあ」

「話しかけないで、変態」

「……」


 さっきのウミサルの発言がダメージになっているようだ。

 どんだけ俺、嫌われてんだろ。


「そ、その、ゆ、遊園地行かないか? チケットがちょうど二枚余っててよ」


 すると、眉間にシワを寄せた萌香が、顔を上げ睨む。


「はあ? 何でアンタなんかと遊園地行かないといけないわけ?」


 俺もお前なんか誘いたかねえよ。


「その、なんだ? そのお前を追って来たり、攫おうとする奴もまさか遊園地で遊んでいるとは思わないだろう?」

「……それもそうかも」

「そ、それに、何だっけ? デス・ベアラーなんていうゆるキャラもいるらしいぞ」


 そう言った瞬間、勢いよく萌香は立ち上がった。


「ホンマに!?」

「あ、ああ」


 何で、関西弁なんだ?

 それに、心なしか目がキラキラしているように見える。


「し、仕方ないわね。アンタがそこまで言うなら行ってあげてもいいわよ」

「そ、そうか」


 別にどうしても行きたいわけでもないが。

 萌香は踵を返して、公園の入り口に向かう。

「何してんの? さっさと行くわよ!」

 結構、乗り気なんだな。

 俺は、ママたちに手を振ると萌香の後に付いて行く。


 この時、もう少し詳しく依頼について聞いていれば、あんなことにはならなかったかもしれない。

 長い、一日の始まりだ。




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