第十三話 遊園地にて
『ボディーガード』という映画がある。
元シークレットサービスのボディーガードをしていた主人公のもとへ、人気歌手の身辺警護の依頼が来て、その人気歌手を暗殺者から命がけで護るというロマンティック・サスペンス映画だ。
ラストシーンで暗殺者が人気歌手に向けて銃を撃った時に、主人公が己の身を盾にして護った所なんて鳥肌がものだった。
俺はそんな渋い主人公に憧れていた。
そして、現在。
俺も何の因果なのか、ボディーガードをしている。
その依頼人は金色のサイドポニーを揺らしながら、俺の前を歩いている女だ。
何かに追われているのだそうだ。
本当は断るはずだったのだが、どうしても断ることができなかったのである。
目の前で泣かれるかもしれなかったのだから、仕方がない。
そんな中、なぜか、遊園地に行くことになった。
そして、遊園地に向かうためには、電車に十分ほど揺られなければならない。
駅に向かう道中、俺は少し疑問に思っていることがあった。
男にジャーマンスープレックスできるほどの女に、ボディーガードが必要なのかということだ。
それに、萌香はきっと何かを隠している。
もしかしすると、本当はボディーガードを依頼しに来たわけじゃないのかもしれない。
どちらにせよ、コイツについては分からないことだらけだ。
「なあ、お前さ」
「萌香よ」
「……萌香はさ。何でジャーマンスープレックスなんてできるんだ?」
「小さいころから父親に護身術として、プロレス技を叩き込まれたからよ」
「……へ、へえ~」
嘘だろ? 護身用としてプロレス技を教えるだと?
どんだけイカツイ過保護な父親なんだよ。
そんな会話をしていたら、駅が見えてきた。
すると、萌香の表情は一変して青くなる。
「ちょっと、アンタ隠れて!」
強引に物陰に隠れさせられる。
「ど、どうしたんだ?」
「しっ!」
口の前で人差し指を立てる。
俺は萌香の見ている方向を見る。
駅の前に明らかに堅気の者じゃない奴らがいた。
派手なYシャツにスーツ姿のヤクザが三人。
血相を変えて何かを探しているようだ。嫌な予感がする。
おいおい勘弁してくれよ。確かに憧れてはいたが、撃たれるのはごめんだぞ。
ヤクザがどこかへ行ってしまうと、俺たちは物陰から出た。
「お前、もしかしてヤッチャンに追われていたりとか?」
恐る恐る聞いてみた。
「さ、さあ。そんなことより早く行くわよ」
そう言って駅とは逆の方向へ行こうとする萌香。
動揺なのか素なのか、よく分からん奴だ。
それを修正して駅へと向かう。
切符を買い、電車に乗ると遊園地へ向けて走り出す。
電車が駅に着き、改札を抜ける。
ネクタイをはめたサラリーマンが寒そうに肩をすくめる。
外に出ると、五百メートルほど先に大きな観覧車が見えた。
「観覧車やで! 観覧車」
そう言って観覧車を指さす。
笑いはしないものの、目は輝かせている。
ていうか、所々で関西弁なのはなぜだ?
「決めた! 後で絶対乗る!」
拳を胸の前で固く握る萌香。
「子供みたいだな」
「はあ? 何か言った?」
「いいや、何も言ってない」
キッと睨まれては何も言い返せない。
ホント何でコイツは、睨み方しか知らないんだろう。
笑った顔も見てみたいものだ。
「早く行くわよ」
「随分と余裕なんだな。追われてるんだろう?」
「そ、そうだけど。まあ、さすがに遊園地にまではアイツらも来ないでしょう」
アイツら?
「いいから、早く早く」
「はいはい」
さっきから、コイツは何を隠そうとしてるんだ?
いくら考えても、嫌な想像しかできない。
とりあえず、コイツの近くにいれば何か分かるかもしれない。
俺は考えることをやめて、無造作な頭を掻くと、気怠く足を上げる。
* * *
『ネオ・ネバーランド』
それがこの遊園地の名前だ。
最近できたものらしく、広い敷地内にはさまざまが遊具やアトラクションがある。
その中でも、ジェットコースターの『宇宙の果てまでキャトルミューティレーション』が人気が高い。
と、入場の際に貰ったパンフに書いてあった。
おいおい、キャトルミューティレーションて。……シャレにならんぞ。
決めた! それには絶対乗らない。
心の中で固く誓った。
「アレ乗るわよ、アレ」
そう言って萌香が指さしたアレとは、キャトルミューティレーションだ。
「―――いやいや、無理無理! 最初からレベルが高すぎんだろ!? 普通、コーヒーカップとかの緩いヤ
ツで段々レベルを上げていくものだろ?」
「却下」
即却下された。
少しは考えてくれてもよいと思うのだが?
「もしかして、アンタ恐いの?」
ふっ、安い挑発だな。俺がそんな挑発に乗るとでも……
「まあ、最近の正義の味方は空も飛べないチキン野郎らしいから仕方ないか」
な、何……だ……と? チキン? 誰が?
「上等だ。あんな鉄の塊、逆に俺がキャトルしてやるよ」
「じゃあ、悲鳴あげたら何かおごるのよ」
「オーケーだ。悲鳴なんて上げるわけがないだろ……」
―――「ぎゃあああああああああああああっ!!」
ありえない。マジありえない。ぶっちゃけありえない。
うまく乗せられちまった。固い誓いはどこへ行ったんだ?
俺はベンチでへたり込んでいた。
吐き気がする。
何なのあのコースター。何で足だけしか固定されてないの? 何で途中で線路が切れてんの? 何で後ろ向きのまま進んでいくの? 何で途中で軽く浮くの? 何で逆さになるの?
本気で体の血を全部抜かれた気分だ。
ていうか、逆さの状態で手を挙げれる奴の気がしれない。
アイツらは、血だけじゃなくて脳も抜き取られてるんじゃないだろうか。
「あ~、楽しかった」
俺の隣でクレープを頬張る萌香。
コースターに乗った後だというのによく食べれるものだ。
このクレープはもちろん、俺がおごったものだ。
俺の貴重な生活資金が生地に生まれ変わった。
「アンタさ、何であんな公園に住んでるの?」
萌香が口に着けたクリームを舐めながら聞いてくる。
そういえば、コイツは俺と同い年なんだっけ。
当然と言えば、当然の質問か。
「……まあ、いろいろあってな。母親が俺の小さい頃に死んで親父に育ててもらってたんだが、その親父がある日いなくなっちまってな。途方に暮れていた俺をあそこの人たちが拾ってくれたんだ。それで今はホームレス生活だよ」
何で俺、ここまで詳しく話してるんだろう。
「……ごめんなさい」
萌香は視線を下に向ける。
「謝る必要なんてねえよ。それに、今は結構楽しいんだぜ」
血は繋がってなくても、アイツらは俺の―――
「―――実はね、私のお母さんももういないのよ」
その一言で俺の吐き気は醒めた。
「私のお母さん、私を産んですぐ死んじゃったんだって。写真でしか見たことないんだけど、きれいな金色の髪に青い瞳のきれいな人だった。多分外国の人なんだと思う」
「多分?」
「うん。お父さん全然お母さんのこと話してくれないの。昔はよく一緒にお墓参りに行ってたんだけどね。仕事が忙しくなって全然行かなくなった」
そう言って、悲しそうに笑う。
俺の見た彼女の初めての笑顔。
氷のように冷たく、ガラスのようにすぐ割れてしまいそうな笑顔。
何で笑えるんだよ。悲しいんじゃないのかよ。
何なんだ。この行き場のない、怒りにも似た感情は。
「あっ!」
萌香は、勢いよく立ち上がる。
もういつもの強気な瞳に戻っていた。
「どうしたんだ?」
「アレ」
指さした先には、着ぐるみが子供と戯れていた。
コアラの鼻とクマの耳、まるでコアラとクマを融合させたみたいなヤツだ。
「……何アレ?」
「アンタ知らないの!? 国民的ゆるキャラのデス・ベアラーじゃない!」
ママが言っていたデス・ベアラーってあんなんだったのか。
それにしても、あの手に付いている赤い血のようなものが非常に気になるのだが。
「なあ、あの手に付いてる赤いのって何?」
「イチゴジャムよ」
「イチゴジャム?」
「そう。イチゴジャムが大好物なのよ」
何だその紛らわしい設定は。
……それにしても。
「可愛いか? アレ」
「はあ!?」
萌香の顔がすぐ目の前に来る。近いぞ。
「アンタにはあの無垢な瞳が見えないの?」
「無垢な瞳ねえ」
どう見ても、無垢というよりは無感情と言った方がいいかもしれない瞳だ。
それに笑っているから一層に不気味だ。平気で人を殺せそうで怖い。
よくあんなのが国民的ゆるキャラになれたものだ。
「そんなに好きなら、お前も戯れてくればいいだろ?」
「べ、別に好きなんかじゃ……」
萌香が手をモジモジしていると、デス・ベアラーの方がこちらへ気づき近づいてきた。
それを見た萌香の慌てぶりは、正直面白すぎた。
「ど、どどどどどないしよう! こ、こここここっちに来とるで! どないしようっ!」
「……ふっ、普通に握手すればいいだろ」
俺が助言すると、ベンチの前に来たデス・ベアラーと握手をする。
目をキラキラさせながら。
おまけに、デス・ベアラーとのツーショットを撮らされた。
満足そうに写真を見つめながら頷く。
「なあ、萌香ってもしかして大阪人だったりとか?」
「え、うん、お父さんがね。何で分かったの?」
「さっきから、大阪弁丸出しだからだよ」
「嘘? 隠してるつもりだったんだけど」
いや、思い切り出てたぞ。特に感情が高ぶったときに。
「私のお父さんが大阪弁だから、それがそのままうつっちゃったのよ。大阪弁って、なんかガサツなイメージない? だから、私は大阪弁をしゃべらないようにしてるのよ」
大阪弁がガサツね。分からないこともないが。
ん? 父親が大阪弁ということは日本人なのか。
と言うことは、コイツはハーフってことになるな。
「さて、デス・ベアラーとも握手できたことだし、次のアトラクション行くわよ」
萌香が勢いよく立ち上がる。
* * *
俺の悲鳴は止まなかった。
園内にある、ありとあらゆる絶叫マシーンに乗らされたからだ。
唯一の救いであるコーヒーカップでも、萌香がハンドルをグルングルン回すため、文字通り地獄車状態だった。
そんな中、連れまわされた俺はまたしてもベンチでへたり込む。
「情けないわね~」
呆れた表情で俺を見下す萌香。
クソっ。なんてタフな女だ。
それにしても、コイツをギャフンと言わせる方法はないだろうか。
俺は重たい頭を上げてあたりを見渡す。
……見つけた。あれならきっとギャフンと言わせられる。
「なあ。あそこに入らないか?」
「どれ?」
俺の指す方向を見て、少し戸惑った表情を見せる。
そう。俺が提案した場所はお化け屋敷だ。
ああいう暗い場所なら女は絶対ビビるはず。
「どうした? もしかして、怖いのか?」
戸惑っている萌香に煽りを掛ける。
「じょ、冗談。わ、私があんなのを怖がるはずがないじゃない」
ふっ。引っかかったな。まったく、分かりやすい奴だ。
「じゃあ、悲鳴を上げたりなんかしないよな?」
「と、当然。絶対悲鳴なんか上げないから」
そう言って、腰に手を当て無駄に胸を張る。
虚勢を張るとはこのことだ。
屋敷の中の暗い闇が俺と萌香を包む。
青かった空が少し赤く染まり始める。
感想やアドバイス、誤字・脱字などの指摘お願いします。




