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8:カエサルの決意。それに揺れ動くゲビル

「──っ、ゲビル!!」


かすれた叫びが、静かだった室内に響く。


ガサ──永い静寂を破った擦過音。

シングルベッドの上、使い古された布団がごそりと動き出し、その中からひとりの人影が這い出てきた。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえています──て……なに泣いてるんですか」


私はベッドの縁に腰を掛けたまま、

手にしていた本をパタンと閉じる。


視線の先で、全身を包帯でグルグル巻きにした男──カエサルが、顔を歪めて泣いていた。


正直、あまり見ていて気持ちのいいものではない。



「だっで……もう居なくなってたと……

思っ゛た゛か゛ら゛……!!」


「…………」



カエサルがしゃくり上げて飛び散らせてきた体液(涙やら鼻水)を

私は無言で布団を持ち上げ、軽やかにガードする。



「──すまん、ズビ……」

「いえ。あなたの家ですから」



私が汚いものを見るような目をしていたせいか、

カエサルは、さらにグズグズと鼻をズビつかせ

言葉を続けた。



「……俺は、ゲビルを傷付けた。

魔女と罵って……煽って……

果てには剣までも……」


その声音には後悔が滲んでいた。

私は一瞬だけ目を伏せ、それから小さく息をついた。




「そうですね……私も少し感情的になっていました。あなたにとても辛く苦しい思いをさせてしまった……。

ごめんなさい」

「少しにしては蜂の巣だった゛よ゛う゛ー!!」

「ん!っ……」


飛散してくる涙やら何やらを布団で再びガードする。

カエサルはハッとした表情をしたと思えば申し訳なさそうに謝ってくる。



──本当に、この人は……。


私はクスリと吹き出す。


「……やかましい人ですね……全く」



♢♢♢♢♢



「それで、その司教を納得させる案というのは?」

「俺がゲビルの良いところを、

あらゆる媒体を使ってみんなに広める!!」


「却下です」


「なんで!?」


案──それは、レギストス司教が

国の守衛となる魔女(わたし)の潔白を示すために要求した情報開示。


──魔女、魔術、そして国。


全ての情報を明け渡し、私という魔女の安全性の説得力を持たせたいのが司教の考えだ。



だがそれだけは出来ない。



魔女の国は、情報を最重要視する軍事国家である。



《情報を制す者が、戦を制す。


見えぬ刃こそ、最も深く刺さる。


沈黙は盾、情報は剣。


一報は一軍に勝る。》



といったスローガンを毎朝叩き込まれるくらい、

情報には価値があるモノと刷り込まれた。



──軍事力、作戦、技術すべては秘匿資産であり、

国に関連する全ての情報は厳格に管理されている。



私もとい魔女の国にとって情報開示は、


──敵に仲間を差し出して、自らの手でその仲間を殺める


のと同じ認識。




そんな禁忌を私は犯さない。



司教の要求をのめない以上、

それに変わる代替案をカエサルは見つけるしかない。




「先ほど説明して頂いたローマの歴史から見て、

(アンチ)魔女の思想が揺らぐことはないと思います。

私自身の誤解は解けても、魔女という事実は覆らない。

それを理由に反発する者も少なくないはずです」



「──“はず”だろ?

そうじゃない人だって必ずいる」




「竜の侵攻の新聞を見ました。

私ははからずも竜を退けてこの国を助けるカタチとなりました。それは大勢の人々がいる前でです」


私はそこから小さく息をつく。



「……ですが、紙面に載っていたのは

私──魔女が、竜を仕えこの国の破滅を呼んだというモノでした」

「ッ……クソ新聞め」


カエサルは苛立ちを隠すように部屋の中を行ったり来たりする。



「例え何人もの人々を救おうとも、目の前で助けようとも、

私はただの忌み嫌われる魔女です」



視線は手元の本に向いたまま、

私のその言葉はどこか、他人事のように静かだった。



「違う!そんなことはない!」


唐突に響いた声に、私は思わず目線をあげる。



「俺は気付いたんだ!

ゲビルは優しくて、良いやつだって!!」



あまりにも真っ直ぐで無防備な言葉を向けられて、

思わず口元が緩む。




「……ふふ、ありがとうございます」

「でもカエサル。それはあなたが変なだけです」


「へ、へん……」



カエサルの間の抜けた声に、

少しだけ空気が緩んだ。



けれどすぐに、



「……ゲビル。でも、俺は──!」


「……分かってますよ。あなたの打算のない、

猪突猛進具合は」


「!……すまない」


一瞬、言葉に詰まるカエサル。

だが、再び上げたその表情は──


「もう一度だけ、俺に──チャンスを」




誰にも曲げられない、意志に満ちていた。




「……いいでしょう。

ですが助太刀はしませんからね」


「!!あぁ!」


まるで子どものように頷くと、


「ありがとう!」


そう言い、私の両手を取ったかと思えば、

そのまま何度も振った。


突然のことに少しだけ目を見開く。




その手は──大きくて、硬かった。


剣を握り続けてきた手。



……本の中で読んだ“男性の手”とは、違う。


──柔らかくて、温かくて、優しいもの

と書かれていた。




けれど実際は──


──荒くて、不格好で、それでもどこか安心感のある……

たしかな温もりを感じさせた。



(……本の情報とは、ときに嘘をつくものですね)



この日、初めて触れた男性の手(それ)が、

まさにそうだった。



カエサルは私の手を離し、真剣な顔へと戻る。



「司教を──レギストスを必ず説得してみせる」



その言葉は決意のあらわれ。


私は何も言わず、ただ静かに彼を見つめる。



──この選択がどこへ向かうかは、



まだ、誰にも分からない──。





博識!ゲビルちゃんの一口メモ。


魔女は【始祖(しそ)】【終祖(しゅうそ)】【子祖(ねそ)

の三種類に分けられます。

【始祖】は始まりの魔女であり、

【終祖】は元人間であり、後天的な魔女、

【子祖】は魔女の子である先天的な魔女。


ちなみにゲビル・クニャージは子祖であり、

純血の魔女です。


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