9:ゲビル交戦。司教を打ち砕く魔法
「こうしてまた、顔を見合わせることになるとは──」
「ミセス・ゲビルよ」
薄暗い教会の中、最奥の祭壇に立つ白衣姿の男。
ステンドグラスを透かした光が、レギストス司教の周囲に降り注ぎ、
その姿を現実離れした存在に見せている。
「話があるのは、お隣の人です」
私は一歩後ろへ下がり、視線だけを横に流す。
「私は、自分の言葉に責任を持ちに来ただけですので」
その言葉に司教は僅かに目を細め──微笑む。
「そうか。では、その“話”とやらを
拝聴させていただこうか──」
低く、良く通るその声音は柔らかい。
だが、どこか肌に触れる圧を感じるのは、
私の気のせいだろうか。
「……はい。
昨日の情報開示の件ですが、やはり……」
カエサルは喋り始めたと思えばすぐに言葉を切り、こちらに一瞬、視線を移す。
私は静かに首を横に振った。
意思を示すには十分。
「──ですが司教」
「この国の人々を納得させる、別案を考えてきました。
聞いて頂けませんか?」
しばらくの沈黙。
蝋燭の炎が一つ揺れた後、
司教はゆっくりと頷いた。
「続けたまえ」
カエサルは拳を握りしめる。
……握り締めすぎて指先が白くなっている。
「ゲビルは……特別なんです」
わずかだが声は硬く、
緊張がそのままカタチになっている。
(カエサル、リラックスですよ……)
心の中で念を送る。
「彼女は魔女ではありますが……このローマの人々に危害を加えるようなことは、決してしていません。
それどころか、龍を退けて人々を守る活躍まで見せました──」
そこで息を吸うと、彼は再び話し続ける。
──話す内容は、どうやら変えてはいないようだ。
あくまで魔女である私の”印象操作“を止めさせるための案。
真実を実直に伝えつづけることを望みとした、
まるで性善説に頼る──薄い理屈だった。
「──という感じで、
彼女には、この国を陥れるといった悪性は全く持って感じられませんでした」
緊張の糸が切れたのか、フゥと息をつくカエサル。
そして司教は黙ったまま、彼を見つめている。
あの澄んだ瞳の奥で、何かを測っているかのように──
「ミスター・カエサル」
「っは、はい」
「今の話が事実だとして、この短期間で他人の素性が分かるほどの慧眼が、キミにあるのかね?」
「!そ、それは……」
──そうだ。カエサルにそんな慧眼はない。
不器用で、愚直で、どうしようもなく真っ直ぐな人だから。
でも、そんな彼を知ってるからこそ、
「少し……よろしいですか」
この何も知らないバカタレ司教を、
私はけちょんけちょんにねじ伏せたいと思った。
「どうぞ、ミセス・ゲビル」
私は話の腰を折ったことに対して一礼をし、
宣戦する。
「ローマの人々は皆、魔女ヘの恐怖を抱いています」
「然し彼は──カエサルは、刷り込まれたその恐怖を自らの手で打ち破り、私と同じ目線に立った唯一の男性です」
「ゲビル……」
「人を見ただけで分かった気になる能力などよりも、
実際に剣を交わし、本気で向き合った事実こそ──その人間をもっとも鮮明に映すモノだと、
私は思います」
私は一歩踏み出す。
その視線は力強く、司教へと向ける。
「──司教様はいかがお思いでしょうか?」
この間目を伏せて聞き入っていた司教が、
ようやくその表情を見せる。
「──ゲビル・クニャージ」
司教が、ゆっくりと名前を呼ぶ。
「キミは魔女の中でも一際、優秀であったに違いない」
その言葉は純粋な評価か、あるいは警戒の上か──
「──そうだな。その意見……納得させられるモノがある」
「おお!」
カエサルの驚嘆に、
司教は「だが」と続ける。
「カエサル君の案では厳しいものがある」
「それは私も同意見です」
「おいゲビル!」
「この国の成り立ちに関わる魔女の歴史は、あまりに長すぎた。
それを今から覆すとなると、一から建国した方がまだ現実的ではある」
カエサルの表情が曇り出す。
「あからさまに”分かってませんという顔“、助かります」
「わざとじゃない……わざとじゃないから、そこまでハッキリ言わないでくれ……」
カエサルは頬をかきながら恥ずかしそうに視線を外す。
──しょうがない……と、
私は軽く息を吐くと、声の調子を変え話し始める。
「いいですか。国を強くするのに必要なのは社会です。
そして強固な社会を作り上げるのに、都合がいい最たるモノ……それが敵“です」
「人は仲間意識を欲する生き物です。
カエサル、あなたも戦地では一人より複数の方が心強いでしょう?」
「ああ……それは」
「その欲を刺激するため、共通の敵を作れば人々は団結する。
──恐らく魔女は、そのときちょうどいい異物だったのでしょう」
淡々と積み上げていく私の理。
ですが、
「どうでしょうか?
昨今の魔物の侵略、そして直近の竜の侵攻。
“魔女”は存在しているにも関わらず、
その正体は曖昧で見えない」
「分かっていても正体が掴めない。
見えない敵と戦い続けるには──そろそろ国が持たないと頃だとは思います」
国の存続──そこに切り込んだ話題は、
カエサルと司教の心に確かに届く。
「”魔女が敵“という図式を変えなければ、この国は前に進むことはないでしょう」
冷静に、しかし確信を持って告げる。
「少なくとも、裏で糸を引く“本当の黒幕”を暴かない限り……」
その言葉は場に沈んだ。
そして私は、間髪入れずにもう一歩踏み込む。
「それともう一点、レギストス司教」
「……なにかね?」
「貴方は口には出さないが、権力者の都合として“管理出来ない力”の存在を危惧している。
──そうではありませんか?」
私はジッと司教を見つめ、
四つの瞳の視線が交錯する。
一瞬の沈黙の後、司教は問う。
「なぜ、そう思うのかね?」
「私の国では、そうだからです」
即答だった。
「厳格な管理体制こそが、魔女の国を最強格へと押し上げた」
「司教様──ご安心ください」
私は固くなっていた空気を解すように微笑む。
「私を“飼い慣らす方法”は明確です」
カエサルが、パチンと指を鳴らした。
「金だ!」
小さく頷く。
「そうです」
私は、三本の指を立てる。
「三兆円です」
教会内の空気が、少し揺れた気がした。
「それで暴いて差し上げましょう。
この国ローマを脅かす、本当の魔女を
──我が魔女ゲビル・クニャージが粛清いたします」
「本当の……敵──」
「司教様、人々の説得は不要です。
何せ、この国を守るのは私ではありません」
「それは……どういうことだね、ゲビル殿?」
「私が黒幕を討つまでの間、ローマを守るのは──カエサル、あなたですよ」
「ッ!ああ!
その覚悟は、もう持ち合わせてる!」
「私は生まれも育ちも違う、
この国に対して忠誠心はありません。
守るべき国だとも思いません。
ですが、魔女に対しての疑念と疑い、それを抱えたまま沈んでいくこの国を私は許しません。
これは私にとっても、魔女としての“教示”を守るべき戦いです」
こんなに熱く語ったのはいつぶりだろうか。
「ですので作って差しあげます。
本当の敵に対抗する──”防衛術“を」
「ッ!」
「……具体的に、どうやって成すつもりだ?」
プランはある。
「魔術をゼロに分解し、この国の法で再構築する」
「──“魔法”か!」
……そう。
この防衛術を──
魔法と呼ぶ。
「──良かろう」
司教の言葉が、静かに下された。
「!ありがとうございますッ!!」
隣のカエサルが、弾かれたように頭を下げる。
だが、司教の言葉は続いた──
「期限は一週間」
「ッ!な、7日……?!」
「ッ……」
驚き息が詰まるカエサル。
……それは同時に、私の不安感をも加速させていた。
レギストス司教が設けた期限は、
あまりにも短かくて……、
「試すようで悪いが──キミの本気度を知りたい」
揺れる蝋燭の光の中で、司教の言った言葉は私に重くのしかかってくる。
「次のミサのときにまた会おう。
ミスター・カエサル。
……それと、
ミセス──ゲビル」
♢♢♢♢♢
教会を出た私たち。
肌を撫でてくる外の空気は、やけに軽く感じられ、
「なあゲビル」
歩き出してすぐ、カエサルが口を開く。
「どうして助け舟を出したんだ?
助太刀はしないって、最初に言ってただろう?」
私は足を止めずに、少しだけ振り返る。
「分かってないですね。カエサルは」
呆れたように言って、私はクスリと笑う。
そして親指を立て、にこやかに告げる──
「魔女は平気で嘘をつくのですよ」
彼は、言葉を失ったように固まる。
──今はただ、その反応が少しだけ面白くて、
私は前を向ける。
「それとカエサル?私はお腹が減りました。
ここに来てから大したものを食べていません」
「え?ああ……じゃあ奮発して、今日はイノシシ肉でも買って帰るか!」
「甘いのはありますか?」
「なかったらハシゴだ!今日は決起会だ!」
……一週間。
その短さが、逆に私には良かったのかもしれない。
追い込まれ、迫られて、
そんな状況の果てで出会えたのが、
──カエサルだから。
博識!ゲビルちゃんの一口メモ!
【ゲビル・クニャージ】
借金約3兆を背負う、合理主義の魔女。
どこか気怠さを纏う彼女だが、その実は"異端の天才“と呼ばれ、
魔術体系『原子混沌』を起源とし、
それを階級化、整備した『現世階級』同士を、さらに強引に融合させることで、
不安定なまま叩きつけることで爆発的な威力を生む
《禁忌の魔術》
の技術を定義。
互いに干渉し合い均衡を取る自然属性を、
意図的に崩壊寸前まで圧縮、干渉させることで
瞬間的にその周囲を臨界へと到達させる。
高出力型の攻撃魔術群は、魔術の価値を変えるものと期待されたが、
──術としての不安定さに制御不能時の術者への反動、
継戦能力の低さと、
安定した戦術とはかけ離れており、
『戦場では未完成だが、理論では完成された暴力』
と評され存在を葬られた魔術である。




