7:厄災の魔女ゲビルVS兵士カエサル
「えーっと……緑、みどりのと……」
私は瓦礫の山をかき分けながら、小さく呟いた。
あれから少し時間が経ち、私は再びあの場所へと戻ってきていた。
最初に収監されていた、あの掘っ建て小屋の跡地──龍の攻撃により、今は見る影もなく崩れ去り、ただの残骸と化している。
焦げた木材と砕けた石の匂いが、まだ微かに空気に残っていた。
「……あ、あったー!!」
ひときわ大きな瓦礫をどけた先、私は目的のモノを見つけた。
深緑の外套。
煤に塗れているが、その色は鮮やかそのもの。
私はそれを丁寧に引っ張り出し、軽くはたいた。
実はこのローブには、少し思い入れがある。
私が、初めての任務で相手にして仕留めたハイウルフ、その毛皮で仕立ててもらったものだ。
寒冷地に棲むハイウルフは、過酷な環境下を生き延びるため、その毛は高い保温性に優れている。
そして驚くほどに柔らかく、非常に軽い特性を持つ。
尚且つ見た目も光沢があり、加工のしやすからデザイン性にも優れている。
……袖を通したのはほんの数回だが、
それでも初任給で仕立ててもらった、ちょっとした思い出だから、これだけは持ち帰りたかった。
「んしょっと……」
ローブを広げて、状態を軽く確かめる。
「まだ防傷防汚の魔術が生きてた……!」
その名の通り、外傷及び汚れからローブを保護する魔術。
「ちょっと値段はかさんだけど、やって良かったなぁ」
瓦礫の下敷きになっていたとは思えない新品具合に、私は小躍りしてローブを羽織る。
身体を包み込む、柔らかな温もりを肌に感じて軽く背伸びをする。
「さてと」
やることは決まっている。借金を返すため、この国を出て、次の国へと進む。
お金を稼いで帰る。それだけだ。
私はローブの内ポケットから、方位磁針となる鉱石を取り出そうとした、
そのとき──
「ハァ、ハァ……やっと見つけた──ゲビル!」
背後から聞きなれてしまった……やかましい声。
それは私に近付いて来てるようで、次第に息遣いまでも聞こえてくる。
私は足を止めたまま、内ポケットから何も取り出さずに手を下ろした。
「……相変わらず、煩い声」
振り返るまでもない。
来ると思っていなかった訳ではないが、
来て欲しくもなかった相手が、そこにはいる。
「ゲビル!考えなおしてはくれないか?」
背後からの声に、私は背中を向けたまま答える。
「私に国を裏切れと言うのですか?
そろそろ怒りますよ」
実際、私は怒り慣れてないので、
この言葉は脅しじゃない。
「違う!……その、もっといい案があるハズなんだ。それが思い付くまで待って欲しいんだ!」
情に訴えるような必死な声。
けれど私も、先を急ぐ身。
「私には予定がありますので。
それに私がいなくても、その強い意志があるなら国は守れます」
矢継ぎ早に告げたその言葉には、少し棘が混じっていたと思う。
言いたいことを手短に伝えた私は、どこへ続いているのかも分からない、この目の前に伸びる道をただ、歩き出した。
この場から早く、去るために。
「では」
この一言で、この場は終わる。
「…………逃げるのか?」
──終わりなんだ。
私の足は止まらなかった。
そんな言葉に、耳を貸す理由がないからだ。
「……逃げるのか、ゲビル・クニャージ!」
……逃げる?支離滅裂だ。
感情任せのただの引き止め。
「期限は明日までなんだろう?そう言ったのはお前だ!」
「…………」
分かってる。
「自分で自分の言った約束を破るのか?」
「…………」
だが義理はない。
「……自分にチカラがあるからって約束を反故にするのか?!」
無視しろ。それで終わる話だ。
「……ああ、分かったよ。魔女ってのは、嘘吐きの傲慢な野郎しかいないようだな。
なら消えろ!二度とこのローマに現れるな!」
「この忌まわしき魔女が」
──カチン。胸の奥で、何かが音を立てた。
「……ええ、そうですね」
足を止めた私は、ゆっくりと振り返る。
その視線は冷えている。
「分かってますよ……そう言ってしまった自分に腹が立っていることに」
それは自嘲にも似た笑みだった。
「ただ、ですね──」
私は彼に一歩、近付く。
「私は自分にチカラがあることも分かってるし」
さらにもう一歩……。
「口約束をした相手の息の根を止めて、
無かったことにすることも出来ます」
「ッ!……」
目の前からにじり寄ってくる、”忌まわしき魔女“に彼は息を詰まらせる。
「それをあなたが、勝手に私を美化して懐いてきただけ」
視線を真っ直ぐに、彼から離さない。
逃げ場を与えない、狩猟者のような眼差しを向けて……刺す。
「私は傲慢で、平気で人を騙す──
この国を破滅に追い込む、厄災の魔女です」
風が、それを後押しするように……吹いた。
「……ッ!!だったら!」
目の前の男が動いた。背に負っていた剣を抜き放つ。
銀に光る刃──銀長剣を構えたのだ。
「俺は……魔女は断罪する──!」
向けられた剣先に込めた覚悟──それは僅かだが、震えていたのに私は気付く。
こんな生半可な覚悟で、あんな啖呵を切るなんて……。
「……負ける勝負と分かっていても立ち向かう──そんな愚か者でしたね、あなたは」
呆れともつかない声が、落ちたと同時に、
私は”それ“を発動させる。
《血槍静脈》
空気を切り裂く鮮紅。
「ぐ、はっ──?!」
直後、男の両脇から噴き上がるように血が弾ける。
見えない何かに貫かれたかのように、
男の身体が硬直して、そのまま膝から崩れ落ちた。
「……今、あなたを突き刺した“血の槍“。
見てから反応出来るほどトロくはありません」
地面から突き出た視認性の悪い、細い鉄線のような光。
私はゆっくりと歩み寄りながら、淡々と告げる。
「人間の反射神経を超える速度に加えて
起動詞を唱えない、無詠唱法での発動。
致命傷を与える程のチカラはありませんが、これ以上串刺しになれば命の保障は出来ません」
足を止め、視線を落とす。
──苦悶に歪む顔に荒い呼吸。
そして震える身体。
「……これで分かったでしょう。
人間如きでは、私の足元にも及ばない」
──ハァ。私は、なにをこんなに熱くなっているんだろう。
もういい。勝負はついたんだ。
これ以上、関わる理由もない。
これで本当に終わり。
──終わりなんだ、ゲビルクニャージ──
「ッ!……く、逃げるな……ッ!」
……私が踵を返したそのとき、その男は言った。
急所を外したとはいえ、力を入れる主要な筋肉には深手を負わせた。
すでに満身創痍──それでもこの男は、歯を食いしばり、立ち上がろうとしていた。
……なぜ。
「……逃げてません。雑魚一匹にとどめを刺してるほど、暇ではありませんので」
私は内心、動揺していたのか。
この男に対して、理解が追いつかないことが多い。
今は逆に、それが少し不快だった。
「ああ……そうだな」
血を流しながら、それでも平常を装う声。
「弱いヤツの気持ちも分からない……魔女なんかに」
その言葉が、妙に耳にへばりつく。
「人間の……この俺の気持ちが──!
分かる訳ないだろうな!!」
「ッ……!」
胸の奥が……苦しくなった。
──なぜ、なのだろう。
私は、こういう言葉には慣れている。
嫌味や悪口、理不尽な罵りを受けることだって……。
それが当たり前で、それでも受け入れて生きてきた。
そしてこの国に来ても、それは変わらない。
──はずだったのに……!
「……ハァ、人生でこんなにイライラしたのは初めてかもしれません」
この湧き上がる苦しさは、この男に対する不快感に違いない。
……なら、殺してしまおう。
私を苦しめる──邪魔な存在は。
「あなたの顔も見たくありません。
今ここで、“ゴミ箱”にしてやりますよ」
私は小指の腹をガリッと噛み切る。
《血剣動脈》
小指から滴る鮮紅色の血液が、大剣の様相を形取る。
それは明確な殺意の元に産まれる。
空気が歪むほどに。
──なのに。
未だに燻るこの感情……この男──カエサルに言われると、なぜこんなにも腹が立つのか。
「あなたみたいなのを、何の算段もない無鉄砲野郎って言うんですよ!」
……殺すときに言葉は不要、そう教わったのに。
私は、手元に生成した、血溜まりの真紅の大剣を握る。剣先からドロリと血が滴る。
先ほどの細い静脈の槍とは違う。
これは本命。
確実に殺すときの一振──大動脈の大剣である!
「ッ!!」
蠢く血の動きを見て、カエサルは即座に反応する。
銀長剣を使い、自身を拘束していた静脈を切り裂いた。
そして間合いを詰めに、踏み込む。
《血の静脈》
膂力のない私は、細い静脈を補助として操り、
重いブラッドソードを強引に引き上げる。
そして、薙ぐように振り抜く。
ぶん!と空気を裂く重い音とともに、血飛沫が弧を描いた。
無数の鮮紅色が舞い上がる。
それを──
「ぐっ!!」
大質量の攻撃をグラディウスで受け止めたカエサル。
あまりの衝撃に一瞬よろめいたが、強靭な踏ん張りで体勢を即座に立て直す。
そして息を呑む間もなく踏み込み、間合いを詰めてくる!
「ッ!」
大剣を振り抜いた隙を突いて迫り来る刃を、私は静脈を操り防ぐ。
「ッチ!」
金属ではないはずの血が、キィンと硬質な音を立てる。
私はすぐにバックステップの形で距離を取り、
地面に広がる血溜まりを蹴り上げた。
「ッ!避けきれないのなら──受ける!」
蹴り上げられた血が、カエサルの前で膜のように広がる。
それは瞬時に細く、鋭く、幾本の刃へと形を変え
カエサルを襲う。
一撃、二撃──雨のように血の刃が拡散する。
肩を貫き、頬を裂き、脇腹を抉る。
カエサルの身体から温かな血が、濁流のように流れ落ちる。
──それでも彼は止まらなかった。
「はああああッ!!!」
咆哮に近い、凄まじい覇気で距離を詰める。
血の刃をかいくぐり、一直線に。
私の眼前で振り下ろされた
カエサルの意地──
手応えは……ない。
空を斬ったのだ。
「──終わりです」
私は視線を落とす。
「あ、が……」
声にならない音が漏れる。
大動脈の大剣はカエサルの体を貫き、血を吐きながらその場に倒れた。
私は、目の前で倒れ伏した男へ剣先を向ける。
──頬を伝う冷たい感触に、気付かないまま──
「あなたが国を思う心が私にはないと思っているんですか?ふざけないでください!」
思わず叫んだその声は、酷く震えていた。
「私は仲間を売るような真似、絶対にしません!!」
私は感情を抑えきれず、肩を震わせながら声を張った。
「……ゲビ、ル……」
喉から絞り出すような声。
血だらけになりながらもカエサルは、よろりと膝を着いて立ち上がる。
「やっぱりお前には、ッは……分からない、か」
「……どうして」
彼に抱いていたこの感情、
「なぜ……」
それを問いかけるように、声が溢れていた。
「俺は……自分を、恥じた……。
……それは、ゲビルが……」
それに対しカエサルは──血を吐きながら笑ってみせた。
「人間の心が分かる──優しい”人“だからだ」
「ッ!!ぁ、あ……」
その言葉に、私の瞳が僅かに揺れた。
ほんの一瞬……私が見せた油断。
カエサルはその隙を逃さなかった。
──鈍い音。
グラディウスの刃が私の頬をかすめた。
残ったチカラを振り絞り、
カエサルは剣を振るったのだ。
先ほどとは違い、生暖かい一筋の光が私の頬を伝う。
カエサルは力尽きてその場で崩れ落ちる。
ブラッドソードは形を失い大地に溶け、辺りは静寂に包まれた。
──私は、自分の頬に触れ、指先についた色を見る。
「……はじめて」
小さく呟くと、目の前で倒れているカエサルへ
静かに歩み寄る。
呼吸は浅いが、まだ生きている。
「……弱いくせに」
風が吹く。
「でも、嫌いじゃないですよ──カエサル」
その声はきっと、彼に届かないまま、
空へ消えた──
博識!ゲビルちゃんの一口メモ。
魔女の主力武装は魔術でありますが、魔術は非常に高燃費で長期戦には向いていない特徴があります。
その弱点を解決するのに、ジークフューラーが考案した《Elastic Brute String》通称:アイビスシステム。※便宜上EはIと読む。
特殊な呪印を付与された者のみ扱える異能術であり、自身の血液を媒介として、魔術適性が無くとも個に戦術価値を生み出す為に、パンデモニウム創世国建国者のガイアの代より受け継がれています。




