3:恐れられる魔女の歴史
3と4話は三人称予定です。
思ったより長くなってしまい分割です……。
「あの者は魔女ではない?どういうことだ、
──カエサル?」
不穏な陰りを見せる曇天の下。
鎧に身を包み、槍を携えた男たちの中で、
ひときわ年嵩の兵士が眉をひそめる。
無精髭を撫でながら、困惑を隠しきれない様子で
問いかけた。
その視線の先。
ブロンドの青年──カエサルは、
先ほど魔女とされる女を収監した小屋を一瞥する。
「断定は出来ないが……俺が思うところは“三つある”」
精悍な顔つきをして答えた言葉に、その場の空気が引き締まる。
そしてカエサルは、男たちの先頭を切るように歩き出した。兵士たちもまた自然と、彼の後に続いて歩く。
──彼が思う一つ目の理由が『異邦人説』
「魔女が魔術を使うところを見た者は?」
足を止めることなく、カエサルは言葉を続ける。
振り返らないまま投げられたその問いに、
後ろをついて歩く兵たちは顔を見合わせる。
そのうちの一人が、首を横に振り、
「いや……そういう報告は上がっていないな」
それを聞き小さく頷いたカエサル。
「派手な服装に、色の抜けた髪。
あれが自国の人間では無いことは確かだ」
振り返らずに言葉を繋げる。
「ならば、ただの旅行者と敵国のスパイ──両者を見分ける基準は何だと思う?」
カエサルの二度目の問い。
それに答える者はいない。
しばらくの沈黙の後、言葉を詰まらす兵士たちを待たずして口を開く。
「楽しんでいるか、調べているかだ」
兵たちの表情がわずかに変わる。
それは、言葉の意図を知ってか知らずか。
カエサルの問いは重なる。
「俺たちが現場に到着したとき、あの女はどうしていた?」
兵たちは互いの顔を見合わせる。そして記憶をなぞるようにして、ポツポツと声を上げはじめた。
「噴水……」
「ああ……噴水にいたな」
「あと本だ!本を読んでた」
「あれはおぞましかったな。
……人を殺した上に優雅に読書だなんて……」
──ネプチューン噴水広場。
魔女と疑われる女がいたのはそこだった。
カエサルを含む兵士一行が現着したとき、目の前に飛び込んできたのは、山のように積まれた人間たち。
皆恰幅のいい屈強な男たちばかりであり、
取り押さえようとしたところを返り討ちにされたようだった。
そして、その気絶してのびた男たちの山に腰掛けて、
その女は優雅に本を読んでいた。
「──あれは殺しじゃない。現に医療班からも、ただの脳震盪であったと報告を受けている」
その光景を前にカエサルは、背負っていた銀長剣を抜き、真銀に輝く刃をその女に向け言い放つ。
「お前が魔女だな?」
その言葉に気付いたのか、ゆっくりとカエサルの方を睥睨する女。
直後、トン、と山の上から飛び上がり、
その姿をカエサルの前に披露した。
「言っておきますが、このお兄さん方は死んでいませんよ。
私のお店を壊そうとしたから少し分からせてあげただけです。これは正当防衛です」
────
「──そんな言葉……魔女の言うことを信じるってのか!?」
感情を高ぶらせた一人の兵士が、目の前を歩くカエサルの肩をガシッと掴む。
「……まあ聞けって。ここで魔女じゃないと思った訳じゃない」
足を止めるカエサル。兵士の手を優しく払い除けて、
振り返る。
「どうやってあの男たちをのしたのか、定かではない。しかし多くの観光客が集まる広場だ。催しも多く露店も並ぶ」
カエサルは淡々と語る。
「それを求めてやってくる人々の中には、羽目を外す者もいれば、モラルのない者だっている。
──腕っ節のいい女だって、この世界の広さに視野を向ければ、なにも不思議な事じゃない」
だがその奥には、カエサルなりの明確な線引きが存在していた。
「……ただ、拘束する理由もある。
許可なく店を出店していたことは立派な犯罪だ。
それに──自称といえど、“魔女”を名乗った。
となれば……話は別だ」
この国で魔女の名を語る──それは別の意味を持つ。
──恐怖の象徴。
この国における魔女とは、実在を証明された存在ではない。
──古くから伝わる伝承。言い伝えの類。
その遥か昔、この国で不可解な事件が相次いだ。
満月の夜、若い女性ばかりが忽然と姿を消す。
犯人の痕跡はなく、その足取りは掴めない。
……しかし、現場に残された奇妙な共通点。
──青い薔薇。
失踪者が最後に目撃された場所には、必ず一輪の
青い薔薇が残されていたという。
見えない犯人に、不可解な共通点。
ローマの人々は、この説明がつけられない事件に意味を見出そうとする。
そして囁かれ始めた……ある憶測。
──女たちは攫われたのだ。人ではない何かに。
それはやがて、ローマを駆け巡る。
──魔女が同胞を増やすために、
女たちを魔物へと変えているのだと。
人々のその恐怖は形となり、姿を現した。
──魔女。
その名を与えられた恐怖は、以降の世代へと語り継がれていき、世代を越えるごとに尾ひれがついていった。
誇張され歪んでいき、やがてこの国では魔女は絶対悪──それが揺るぎない真実として、
人々の中に根を下ろした。
……それがたとえ、この黒幕が魔女ではなく、別の黒幕が存在していたとしても。
歴史として根も葉もない虚構であったとしても──。
この国の骨子として、ローマ人を一つにまとめ上げる歪んだ思想であることに違いない。
ゆえに。
「魔女を名乗る者を、野放しには出来ない」
カエサルのその言葉は、まだ完全に疑いを晴らせていない、迷いのようなモノでもあった。
「ただの異邦人──弱いな、それでは」
曇天の下。重たい空気の中で、カエサルの言葉に異を唱える者が一人。
「まだ一つ目だ。残り二つを聞いて、総合的に判断してくれ」
カエサルのその言葉に、異を唱えた兵は身を引き、静かに耳を傾ける。
彼のその声には、不思議と人を従わせる力があった。
「──“リネン”の拘束具だ」
「……リネンなんて、それこそ魔除け程度の効果だと思うが……」
リネン──植物由来の自然素材。
それはこの国に古くから伝わる、“魔女唯一の弱点”とされるものだった。
まるで吸血鬼に対する十字架のよう。
実際、彼ら自身の衣服トガもまた、多くがその素材リネンで織られている。
「ああ、魔女がリネンを嫌うかなんて、実際のところ俺もよく分からなかった」
カエサルはあっさりと肯いた。
「だから──“槍”で突いた」
「……は?」
僅かな間を置き、空気が一瞬止まる。
「いや……大胆不敵にもほどがあるだろ!」
仲間の兵士からの、感嘆と呆れが入り交じった声。
カエサルはそれに少しの笑みを浮かべ、
どこか誇らしげに続けた。
「それでその結果だが……あの女は、反撃する素振りを見せなかった」
その一言に、兵たちは思いの表情を浮かべた。
「魔物は、危険に対して敏感だ。
その嗅覚は人間よりも遥かに鋭い」
これまで幾度となく対峙してきた、戦場での記憶。
危機に相対したとき、魔物は牙を剥く。
それは本能での行動。
カエサルの経験則だった。
「伝承に語られる魔女は、人に化けることは出来ても、薄皮一枚剥いだその下は魔物だ。
……外傷を与えれば、本性を現す」
低く断じた声。
「だが……それがなかった。
それに“処刑”という言葉で揺さぶりもかけたが、それにも顕著な反応を示さなかった」
カエサルの脳裏で、その場面が一瞬よぎる。
──鉄格子の前。
あの女の、どこか間の抜けた反応。
カエサルの声を聞く兵たちは、皆その言葉の意味をはかるかのように聞いていた。
中にはすでに、考えを改め始めている者もいる。
あの女は“魔女ではない”という可能性へと。
そしてカエサルは、最後の一つを口にする。
「あとは……“気”だな」
「気……?」
訝しむ声。
だが次の瞬間──彼らの表情が凍りつく。
「俺は、あの女からその気を感じられなかった」
カエサルのその眼差しは確信に満ちていた。
……目の前の兵たちとは対照的に。
「魔物特有の、あの粘つくような悪意も、殺気も……何一つだ」
力強くそう断言したカエサル。
そして少しの笑みを浮かべて、
「それに──あんな苦労を知らなさそうな子が、魔女な訳」
その言葉を言いかけたのと同時に──“世界に影が落ちる”。
陽が遮られ、辺りは闇へと伏した。
空を見上げた兵の瞳が、大きく見開かれる。
「……あれは」
誰かの声が漏れた。
カエサルは、ようやく気付く。
兵たちが見ているのは彼ではない。
その背後……遥か後方で蠢く──闇。
カエサルはゆっくりと振り返る……。
──空を覆い尽くすほどの巨大な影。
曇天を呑み込んだそれは、悍ましくも美しい──
黒鉄の翼を広げていた。
博識!ゲビルちゃんの一口メモ。
【原種階位】
人間か魔物かを分ける原種には、“階位”と呼ばれる四大区分が存在します。
【自然種】
【上位種】
【超越種】
【幻想種】
上から順に危険度が高くなります。
《自然種》
原初にして全ての起点となる存在です。
自然環境の中で発生し、進化と適応を繰り返して誕生した存在です。
《上位種》
自然種が“魔素の飽和”によって進化した存在です。
“呪力変遷”と呼ばれる、内包する魔素が限界値を超えた際に発生する進化現象で、人為的介入なしの自然進化の天井と言われています。
《超越種》
上位種が理から外れて生まれた存在です。
内包する力の恒常性が何らかの要因により乱れ、内部環境の均衡が崩れた時に起こる崩壊──”突然変異“によって誕生する、数百年に一度現れるかの稀種です。
《幻想種》
この世界の法則に属さない存在です。
発生要因は、儀式術、降霊術、異界召喚による”召喚術“と、超越種の昇華術──”超進化“の二つのみ判明しています。




