表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

2:新しい地へ。辺境の国ローマ


「入れ」


短く下された命令。

その音は低く重い、魔女の国では滅多に耳にしない

男性の声だった。



「蜘蛛の巣アートに拷問インテリア、血のアロマに鉄格子の扉──ゴシック様式の素敵なお部屋をありがとうございます」

「……俺たちを馬鹿にしてるのか?

この”忌まわしき魔女“め!」


背中越しに聞こえてきた、語気を荒らげるような口調に、私は思わず振り返る。


視線の先──眉間に深い皺を寄せて怖い顔をする、

くすんだブロンドの青年。


ハイヒールを履いていないのに見上げるほどの長身に、鎧の隙間から覗かせるしなやかで引き締まった体躯。


彼は、槍と鎧に身を固めた周囲の男たちの先頭に立っており、彼ら全員が私を食わんとする敵意を向けてくる。


「じょ、冗談ですよ……ごめんなさい」


──怖かった。だから私は、咄嗟に冗談だと弁明をして、頭を下げた。


でも、本音は逆だ。

居住を失い、国を追われたホームレスとしては、

雨風を凌げるこの檻は、とてもありがたい場所なのだ。


と、


「っあ、頭を上げろ!

──別に責めてる訳では、ない。

無駄口を叩かずに……とっとと入れ」


頭上から聞こえたのは、落ち着いた様子で

どこか優しさに富んだ声。


先ほどとは違う声音を聞き、私は顔を上げると、

怖い顔だった青年の表情は緩んでおり、代わって精悍な顔付きで私を見つめていた。




──私は、生まれも育ちも魔女の国(パンデモニウム)の“生粋の魔女”だ。

生まれてこの方、人間の男性と接したことは一度もない。


いや、パンデモニウムに男性は居ないことはないが、それは殆どが召喚士(サモナー)によって召喚された眷属たちであり、数自体が非常に少ない。




──だから、この目の前の男性(恐らく純人間)がなぜ急に優しさを見せたのか、私には分からなかった。



「“カエサル”、鍵を」


カエサル──そう呼ばれた目の前の男が、仲間であろう一人から、銀に光るそれを受け取る。



「……悪く思うなよ」


──またあの怖い顔。先ほど感じた優しさはどこへ行ったのか。

ますます分からない。


だがそのとき、

一つの仮説が、脳裏に浮かぶ。


……いや、もしかして私……

一目惚れされた?


以前、男性を知りたい好奇心から『男を語る!』というタイトルの本を読んだことがある。

そこに記されていた生態──


──男というのは、女にアピールするためにわざと低い声を出す。

──しかしシャイな男は、照れ隠しに怖い顔をする。



……完全に一致。まさにそれじゃないですか!


結論に至り、納得した私。

嬉々とした気持ち。

檻に入るまさにそのとき、クルリと体を翻し──


「求愛にそんな怖い顔はダメですy──」


それを言い終える前に、彼らの持つ槍の穂先が、グイッと私の体に押し付けられた。


「って、わーわー!ごめんなさい!入ります!入りますからっ!!」

すぐに振り返ると、私は思わず前のめりになる。


「先っぽがくい込んでる!やめてください!怖い痛い!」


その言ってる間にも、背中をグイグイと押されて私は半ば押し込まれるように収監された。



少ない身ぐるみを剥がれ、

両手の自由も奪われて、

男達に遠慮なく体を突かれ、

牢という監獄にぶち込まれた。


なかなかに屈辱的な状況である。


どうしてこうなったか、

順を追って説明しよう。



────


「わぁ……これが異国の風……」


一歩踏み出した、光のその先──そこは、


「初めて感じるのに、どこか懐かしい!」


胸いっぱいに空気を吸い込む。


知らないはずの世界。

なのに、不思議と不安感はなかった。


Yさんの概念魔術《掌握術(スローススペル)──移送換門(ゲート)》は、無事に成功。


トイレの扉の先に広がっていたのは、

パンの香ばしい匂いが漂う……路地裏?


──あ、この扉……パン屋さんのだったんだ。


その匂いは近かった。

先ほど出てきた扉に視線を向ける。

『ネプチューン広場裏/カシウスのパン工房』

と、書かれた看板がノブに吊るされていた。


──お客さんは……いなさそうです。


ガラス張りから中の様子を少し伺った私は、

「次またここへ来るようなことがあれば、絶対に寄らせて頂きます」と独り言ちる。


そして背を向けて路地を抜けた。


石造りの建物の間を抜けると、不意に空気の温度が下がったのを感じる。

視界が開けた先、目の前に飛び込んできたのは

広大な広場だった。


「道を開けろ!重い荷が通るぞ!」


荷馬車を引く御者の荒々しい声。石畳を一定のリズムで叩く馬の蹄。

その横を何食わぬ顔で通り抜ける、見渡す限りの──人。


私が暮らしていた世界が静なら、ここは動。

人の喧騒がこの街を彩っている。


と、私の目の前を往来する人たちに目が行く。

その多くが手に何か持っており、それを頬張りながら何かを急いでたり談笑したりしてる。


──ホットドッグ?……露店、結構な数ありますね。

ここは観光地でしょうか?


露店(それはあちこちに見られた。

手押し車や籠を使って湯気の立つお菓子などを販売する商人が何人もいた。


それだけに留まらず、すぐ近くの建物では大衆酒場を構えていた。

冷たい空気に乗って、食欲をそそる匂いがあちこちから漂ってくる。


……お金はないですが、見るだけなら。


私はそれに釣られるようにして、この広場を散策し始めた。


──ここは、ネプチューン噴水広場と呼ばれる観光地。

目を焼くような装飾を施された、円柱が連なる印象的な神殿。

その前に、この広場の名を冠する噴水が鎮座する。

白亜の大理石で造られたであろう純白の石肌は、

威厳と輝かしさを放ちその中心には

三叉槍(さんさそう)を構えた彫像が立つ。


その足元からよく澄んだ水が溢れ出しており、人々は手で掬って口にしたり、小さな容器へと汲んだりもしている。


そして少し遠く、自然豊かな丘の方へと視線を移せば、この街へと続く、

壮大なアーチをした水道橋が顔を覗かせている。


それなりの文明技術を築いているようだ。

……魔女の国(うち)には敵わないが。



──と、ここまでが私が得た情報。

広場にいる人々の会話を盗み聞き、現場の状況から推測し照らし合わせた、確かな情報。


そしてここは、辺境のクソ田舎っぺ国家ローマ……と耳にした。


──うわーやっぱり!!

貧困!辺境!辺鄙の三重苦!!


街ゆく人が自虐的に言っていたから間違いない。


そして私自身、街の人たちが揃いも揃ってその特徴的な服──長衣(トガ)を着てるのを見たときから、薄々気付いていた。


エリュシオン大陸の北西に位置する、魔女の国から割と近い小規模国家。


──どうしよう……お金稼ぐのに最悪の地だ。


だが、先入観で何もやらないのは良くない!と、

私は悲観的な感情を振り払う。


──そうだよ、ここがダメなら次へ行けばいい。


それにここは観光地。催し物をするには都合がいい。


──ちょっと頑張ってみよう!


私には考えがある。



…………



「……よし、出来たっ」

『爆誕!ゲビルの魔術DEお悩み解決所!』

しばらくして出来たのが、この手持ち看板。


そう、占い屋開業である。


この国の学びも技術もない私が稼ぐってなったら、

身体(あたま)を売るしかないからね。


ちなみにこの出来栄えの良い看板は、そこらに転がっていた廃材を操作術で成形したものだ。


即席だが私のセンスが光る。


そしてこの広場の人達も、興味津々にこっちを見ている。


……というよりかは、好奇な目を向けてくる。


──めちゃくちゃ怪しまれてますね……。


だが、私は気にしない。後ろ盾が何もないからだ。


そうと決まれば行動は早い。ローマ国民の心に擦り寄りタイムを始める。


「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。

(わたくし)──”魔女ゲビル“のなんでもお悩み解決屋、開店だよ〜

料金はお気持ち良い値でどぞー!」


慣れないひきつった笑顔を向けるが、その声はにこやかだ。


そして一瞬の静寂を置き──


「ま、魔女!!」

「殺せ!」


「……え?」




────




……と、いうわけで。


私は今、魔女という理由だけで、

この牢獄に身を置いている。


「魔女め、処刑を行うそのときまでこの牢獄で眠っていろ」


怖い顔をしたあの青年が、ガチャンと牢に南京錠を掛ける。


一人の別の男を残し、その青年達の足音が遠ざかる。


静けさが残る。


私は鍵を掛けられた鉄格子を、しばらくの間見つめていた。


……牢獄(ここはあまり、使われていないんでしょうか。


周囲を見渡す。同じような檻が両サイドにあるが、その中に人影はない。


囚人は私一人。

それにしても、


──セキュリティがザル過ぎ!


牢獄というより、掘っ建て小屋の中に置かれている犬小屋(いぬのケージ)

それに警備は一人だけと、脱獄のリスクを考えないガバガバなセキュリティ状況に、

私は呆れて息を吐く。


……まぁ、どちらにせよ。

こんな小屋でも今の私には十分なんだ。


大人しく着いてきたのは家が見つかるまでの間、雨風を凌ぐ場所が欲しかったから。


「──にしても」


私は、自分の手首に視線を落とす。

背中側でぐるぐる巻きに縛られている、

細くて不健康そうな色白の両手。


「……こんなので拘束したつもりかなぁ」


軽く肩を回す。

普通なら自由は効かない。

……普通ならね。


操作術(ラストスペル)──拘束解除(パニッシュメント


小さく囁く。すると、まるで意思を持ったかのように、スルスルと紐がひとりでに解けていく。


大罪魔術の七番目にして最弱と言われる色欲ラストだが、これほど使い勝手のいい魔術を持てて、私は最高に幸せである。



と、私を拘束していた紐切れが、床にはらりと落ちた。

自由になった手首を振り、それを手に取る。


「これは亜麻糸かなぁ?拘束具がただの糸って、よっぽどお金に困ってるんだね……」


改めて周囲を見渡す。

警備兵は一人。私と目が合うと、異様に恐怖を示す素振りを見せる。


「うがー!」

「ひっ……」


両手をクマの手のように広げて軽く威嚇してみる。

そしたら小鹿さんみたいになってちょっと面白かった。


……試して見ようかな。


私は拘束されていた糸を、クルクルと指で弄び、



操作術(ラストスペル)──完全解錠(マスターキー)


細くて白い私の腕のような糸が、目の前に浮かぶ。


繊維が寄り、形を作る。

手触りフワフワの強度よわよわ、頼りない鍵(マスターキーの完成っ。


「よしっ」


私はそれを持って鉄格子に近付く。


南京錠へ鍵を差し込むため、鉄格子から手を出したそのとき、


「魔女め!その鉄格子から離れろ──ッ!?

な、体が……動かない?!」


槍を構えた兵士。

直後に動かなくなった足元に視線を落とし、そして私を見る。その視線を何度か往復させた後──その表情から血の気が引いた。


私はつま先をトントンと床に打つ。


──それはそうです。この操作術(ラストスペル)は、

高等種族(こうとうしゅぞく)自然種(ナチュラル)程度なら効力があります。

意識を残したまま、相手の体を弄ぶことが出来るのです。


その兵士をよそに、私は南京錠へ差し込んだ鍵をゆっくりと回す。


カチャリ……。


呆気ない音が響いた。


やはり、鍵なんてあってないようなものだと私は思った。


その一部始終を見ていた兵士が、慌てて叫ぶ。


「ッ!ま、魔女め!ここ、これ以上すす好き勝手にはさせなひゅ!」


あ、噛んだ。


「……大丈夫ですよ」


私は軽く手を振る。


「しばらくここで足を休めて、次の国に行きますから」


そう言って、外した南京錠を今度は内側から掛け直す。

これでプライバシーを確保。


カチャリ。乾いた金属音が牢へと響いた。



……私の人生、こうして敵視されるのは少なくない。

昔からそうだった。だから慣れている。


元々ガサツで人とあいまみえない性格だからっていうのもあるし、自分から心を開くことなんてあまりない。


それにお国柄、異種族と権力争いの戦争ばっかしてるから必然敵が多いんだよね。

私も何体のウルフやゴブリンを殺したことか。


──性格に国の事情。

争いの中で生きてきた以上、敵が多いのは当然だから。



──うーん何体倒したっけな……?


……やめよう。昔のことに思いを馳せても仕方ない。


寝床となりそうな床に腰を下ろし、静かに目を閉じる。


静寂が訪れる──はずだった。


……

…………?


耳に微かな音が届く。


──人の声、ざわめき。


なにやら外が騒がしい。

窓の外を覗いてみようと、その意識を向けた瞬間、



バアァァァアン!!!


轟音と衝撃。


「どわーーーーー!!!」


警備兵の声とともに、この牢の屋根が吹き飛んでいた。


「っ!《操作術(ラストスペル)》──!」


消えた屋根、頭上から降り注ぐ瓦礫。

私は反射的に魔術を唱えた。


操作術(ラストスペル)は瓦礫の落下をピタリと止め、

私たちは直撃を免れた。


「──警護のお兄さん、生きてますか?」

「……あ、あぁ」


瓦礫で発生した煙の向こうから、

かろうじて返事が返ってくる。


その声を確認して、私は顔を上げた。


「……やはり。この話の通じなさそうな敵意に、圧は──」


太陽が……怯えている。


まだ陽が登っている時間帯。

鮮やかな蒼穹だった景色が、今は墨で塗りつぶしたような黒色へ変貌していた。


「ッ! な……なんだよ……あれはッ!?」


兵士が震える。

当然だ。人間の前に姿を現すのは、初めてだろうから。


「……“崩滅龍(リンドヴルム)“は初めてですか?」


──崩滅龍(ほうめつりゅう)リンドヴルム。

遥か太古の時代、エリュシオン大陸東部を支配したといわれる、テネブラエ王国を一夜にして焼き尽くした。


──異種族の超越種(イクシード)



それから忽然と姿を消したまま、今日(こんにち)に至るまで痕跡情報の一つもない。



──法を崩壊させ国を滅した。伝説上の生き物。



「私もあれを見るのは初めてです」


私はゆっくりと口を開き、

闇の向こうに見える、巨大な影を見据えて──



「強そうですね。お兄さん?」



博識!ゲビルちゃんの一口メモ。


原種(げんしゅ)

魔女の国において定義された、生物種の分類基準です。全ての生物は原種(これ)をもとに、大別して“高等種族(こうとうしゅぞく)”と”異種族(いしゅぞく)“の二つに分けられます。


高等種族は、“自己認識”と“他者認識”を持つ、

言語またはそれに準ずる体系で「意思疎通」が可能な存在です。例えば、


──抽象概念を理解出来る

──記憶の累積と再構築が出来る

──借金を形成することが出来る


要するに私です。


そして異種族ですが、知能が原種基準の一定水準に満たず、本能もしくは単一目的に従って行動する単細胞(そんざい)です。


──行動原理が単純(捕食、繁殖など)

──感情を持てるが言語化出来ない

──大体チカラがつよい。


それと例外も存在し、前述した二種の中間“半知性種族(はんちせいしゅぞく)”という半分マンもいたりします。



……第2回目にして、10秒マメ知識のコンセプトは消えました。この場を借りてお詫び申し上げます。byゲビルの代理魔女

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ