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22:厄災の魔女VS最凶の魔女 その1


──私の人生は、きっと乾いた孤独の中で終わるのだと思っていた。


薄れゆく意識の底、逆巻く記憶が走馬灯となって脳裏を掠める。


──かつて仲間である魔女たちは、私の才を“天才”と称え、やがて理解を超えたその力を”魔物”と忌み嫌った。


それはどこへ行くにしても影のように付き纏い、耐え切れなくなった私は、逃げるように心の奥底の暗闇へと閉じ篭った。


私の命などそこで、とうに死んでいたはずだった。


──異国の地で出会ったあの男。

最初は私を”忌まわしき魔女“と呼び、剣を向けた。


けれど、真正面からぶつけ合った思いの熱と、月夜の下で交わした語らいが、闇のように広がっていた暗がりの私を照らし始めていた。


“魔物“でも“魔女”でもなく、ただ一人の人間として、彼は私を優しい人だと言ってくれた。


地獄のような日々は、きっとあなたと出会うのに必要な道だったのだと、今ならきっと……そう思える。



彼となら、苦しくても、どこまでもいけるような気がして


──ああ、もう一度だけ。

もう一度だけでいいから……


お姫様抱っこ、してもらいたかったなあ……。




────



……


…………


………………?


どれほどの刻が流れただろうか。


それは、深い深い、闇の奥底に沈んでいた意識を、

揺さぶるようだった。



「──……っ、……」



耳の奥で、爆ぜるような振動。



──なん、でしょうか……この音は……。



「……っ、……る!」



──呼んでいる……?……死神が?


冷たい静寂の中、熱のこもる響きが、反響する。


「──ゲビル……目を覚ませ!ゲビル!!」


──この声は……。


それは想像に容易い、私の知る死神にしては、あまりにもやかましい声だった──





「……カエサル?」


重い瞼を無理やり持ち上げると、滲んだ視界の中に

、金色の陽光を携えたブロンドの男が映っていた。


「ゲビル!よかった、本当に……心配したんだからな……!」


視界が次第に鮮明になっていく。

目の前(そこ)にいたのは、いつも柔らかい笑みを向けてくれるが、今では、見たこともないほど顔を歪めて、私の手を粉々に粉砕するかのごとく握りしめてくる──


「……あの、痛いんですけど」


魔物(モンスター)かと思った。


「っ、すまん!」


その声を聞いたカエサルは、慌てた様子でパッと私から両手を離した。


狼藉するその姿を見て、私はなぜだか──笑いがこみ上げてきて。


「ちょ、なにが面白いんだよ?」

「いえ……ただちょっと、可笑しくって」

「それ、俺の顔のことか!?」


とびっきりおかしな表情で、ベタベタと顔中を触診するカエサル。

死の淵から覚めても、変わらない彼がそこにはいた。

その事実が、私はただただ、嬉しかった。



「──私は、不死身なのかも知れません」


しばらくして、混濁としていた思考はようやく平常の速度へと回復し始め、落ち着きを取り戻してきた私は、唐突にそう呟いた



「どうした、急に」

「……私がなぜ今もこうして生きているのか、説明がつかないんです」

「それはあのバハムートより、ゲビルの方が強かった。それだけのことじゃないか?」


呆れてるようで、それでいて安堵の気持ちが滲む声。


「それは……そうなんですけど……」


納得はいかない。この日だけで違和感を感じたのは、一体何回目だろうか。


──現世階級。

魔物の核といわれる未解析の暗黒物質”原素混沌“を起源とし、それを整備、階級化した現世階級同士を衝突させることで起きる『臨界爆発(スーパーノヴァ)


強引な融合が、均衡を保っていた自然属性を意図的に崩壊寸前まで圧縮し、瞬間的にその周囲を臨界へと到達させる。


──臨界爆発(スーパーノヴァ)を誘発させる……これが私の狙いだった。


理論上、原素混沌が臨界に到達した時点で、その付近に存在する全ての生き物は、原素混沌(それ)から発せられる終焉線(ガンマ)により、内部から組織が破壊される

それは回避不能、防御不能、治療不能であり、私とバハムートは間違いなく死に至っている。


──なぜ、そう言い切れるのか?

この理論を裏付けたのは紛れもない私だからだ。


かつて私は、エレメンタルフューリの研究の過程で、現世階級もとい原素混沌は、必ず融合し破滅するという結論に至った。私はその死の理論を覆せず、屈辱とともに自らの努力を闇に葬ることになった。


あらゆる事を錯誤して、そんなことは起こりえないと、断定したはずなのに──


と、そのとき。


「ッ!カエサル!」


私は我に返り、弾かれたように身を起こした。



「パルコは!?それに今日は何日ですか……!?」


先ほどまでと打って変わっての様子に、カエサルは一瞬目を見開くも、すぐにその表情を緩めた。


「ゲビル、落ち着け。あれから数時間しか経ってない」

「ホントですか!」

「ああ。でもパルコの方は……ほら。俺には視えないから……」

「あっ……」


──そうだった。パーティクルコアのパルコは、高等種族の自然種(ナチュラル)には視認出来ない特性を持っていた。


私は、視線を辺りに向けるもそれらしい影はない。


「……では、パルコは……」



私の上体に掛けられた、深緑のローブをギュッと握る。

すると驚くことに、そのローブがモゾモゾとひとりでに動き出したかと思えば、私との隙間からひょこっと顔を出したのは、掌サイズの生物。

パルコであった。


「よかった……」


パルコがまだ生きていたことと、意識を失っていた時間が僅かであったことに安堵し、深く胸を撫で下ろした。


「ゲビル……少し休もう」

「しかし」



「”先を急ぎたい“──そうかしら?」



私の言葉を遮るように、冷たく、それでいて心の内を暴いてくるような女の声が、魔境巣窟の入口に響き渡る。


憲兵魔女(ソーサレス)を退役して長いのに、体は訛っていなさそうね」

「っ、あなたは──!」


巣窟の薄暗い入口から陽の光に照らされて出てくる、青紫の長髪を靡かせる女性。


その特徴的な髪を前にした瞬間、背筋が凍った。


ゆっくりと姿を現したのは、あの日以来に見る軍服ドレス。


──執行機関の制服である。


憲兵魔女(ソーサレス)を総括し、全ての国家機関は執行機関に通ずるとも言われる元締めである。


──いわば、魔女の国の法そのもの。



「メディシス、様」


──ベリアル・リラ・メディシス。

実力主義である魔女の国には、始祖組(ブルーローズ)と呼ばれる最強の魔女十一人で構成された、皇位女列(ヒエラルキー)が存在する。


その女列第五位にして、その一角。


またの名を、“最凶の魔女”


「メディシス様?ゲビルの上司さんか?」

「……そんな感じです」


カエサルが不安げに耳打ちをしてくる。

私が小さく頷くと、彼は値踏みをするように彼女の足先から頭の先まで凝視した。


その無遠慮な視線に気づいたメディシスが声を上げる。


「ちょっと、そこの。ツラの良い男!」


カエサルはキョロキョロと周囲を見渡し、それがすぐに自分に言われていることだと気付く。


彼が内心喜んでいることは、私にはお見通しである。


「……はぁ──」


彼女はそれを見て、呆れたような溜息を吐き、

こう言った。



「ブルーヴァイオレットに揺れる艶やかな長髪に、宝珠さながらの輝きを放つ黄金色の瞳。切れ長の目はちょいと棘がありそうな雰囲気だが、眉尻を下げたときの微笑みは聖母を彷彿とさせる柔らかい安心感があるのは間違いなし。まだある、小ぶりで高い鼻梁(びりょう)に艶然さをより栄えさせる桜色の唇もなんと素晴らしい。なにより顔だけではない。男である俺の身長に迫るほどのスラリとした体躯。かと言って男らしさは全く無く、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。要するにモデル体型。これは全人類目のやり場に困ることだろう。一見して素体だけでも超一級品だろうが、彼女も今は生身の女性だ。彫像の如く裸体のままとはいかず、更なる美を折り重ねる様に豪奢なレース下着に衣を身に纏い、金剛石があしらわれたティアラや貴金属のイヤリングやネックレスの装身具を飾る。これだけ煌びやかな装飾(モノ)を着飾っても、本人が着飾られていないのだから大したものだ。

彼女の名前を知らないが、きっと高貴な出身に違いない。というかひょっとして、貴女含め御家族一同高潔なる神々なのでは?いや疑うことない。それほどまでに一つ一つの所作が洗練されていて思わず感服してしまったからだ。燦然と輝く彼女の前では、美の結集体の代表に挙げられる貴石などもはやただの石ころ。赤子の笑みや満天の星など全てが無に帰る。まるで美の暴力だな。とりあえずこの神々しい女神を前にしてしまっては、下民である自分の身なりがいかにみすぼらしくけがらわしいのかを再認識させられるのが人間の哀しき性ということで。




──アーメン」



「いい?これが、初対面の私に対して言うべき挨拶よ」


急に早口になったかと思えば、メディシスは私たちの意識を置き去りにして、爽快に駆け抜けて行く言葉は遥か彼方へと消えていった。


「(なんか、馬鹿っぽいな……?)」

「(……オーメン、です)」


カエサルの彼女に対する印象は、どうやら私が思うそれと一緒のようで少し嬉しい。



血槍静脈(スピアヴェイン)



そんな一瞬の気の緩みを前に、”最凶の魔女“がそれを見逃すはずもなかった。


瞬時に繰り出された彼女の呪印(アイビス)は”青の静脈“を生み出し、私たちに牙を剥く。


「っ、《血盾静脈(ディスターブ)》!」


鋭利な穂先が私たちを穿こうと迫るそのとき、私は間一髪で防壁でガードすることが出来た。


「あら?」


メディシスが意外そうに眉を上げる。


「──今のは私を殺すためのモノ、そう解釈してよろしいですか?」

「分かっているなら、素直に受けてくれれば手間が省けたのだけれど」


この応えで、点と点が繋がった。


初めてベヒーモスと遭遇したときの姿が、脳裏を過ぎる。

あの巨躯に刻まれた傷から流れていたのは、“血”などではなかった。ベヒーモスの血液は漆黒であり、外気に触れれば即座に爆発を引き起こす。

少し冷静に意識を向ければ、その異変にはすぐ気付けたはずだった。


……あの血のような赤は、術式の流れ──輝きだ。ズタズタに引き裂かれた傷跡は、恐らくブラッドソードか何かで、強引に現世階級の術式を刻み込まれた痕跡だったのだろう。


彼女──メディシスという存在が現れたことで、これまでの不可解な断片が一気に氷解していく。



「ゲビル、仲間じゃないのか?」


カエサルの問い。それに答えたのは私ではなく彼女だった。


「元よ。彼女は重大な軍規違反を犯した。私はそのケジメをつけにきた──そうよね?」


言葉は鋭利な刃物となり、私に突きつけられた。

それを代わりに答える者は、もういない。


「……国外で魔術使用から三日以内の報告義務、忘れてはいません」

「そう。では、ローマで魔術を使用して今日で何日目かしら?」

「……四日目、です」


私の答えを聞いてもなお、彼女はどこか飄々とした態度を崩さない。

しかしその黄金の瞳だけは、私を射殺すように鋭く冷徹に光る。



「ですが、帰国や報告が困難な場合またはやむを得ない事情である場合に限り、期日を超過した際でも申請が通るはずです。現に私は正当防衛でしたし、なにより私は国内を追放された身です。

戻りたくても戻れない……理由としては十分です」


私には、法の網目を潜り抜けるだけの理屈と裁量はある。誰の差し金かは知らないが、いくら彼女が権力を持つ始祖組(ブルーローズ)しかも執行機関に籍を置く身とはいえ、独断で生死の決定権まで行使できるはずがない。



「追放?誰があなたに、そう告げたの?」

「執行機関の憲兵魔女(ソーサレス)に聞けば、分かっていただけるはずです」


メディシスの冷ややかな問いに、心臓が嫌な音を立てる。これは不吉な予感への前兆であった。


「あなたを連れ戻せと、”マギナ様“から直々にお達しが出ているのよ」

「ッ……!」


──マギナ。またの名をバアルマギナ=オルキヌス・ウル。


始祖組(ブルーローズ)の一角にして、皇位女列第一位。現在の魔女の国を統べる、絶対的な女帝(エンプレス)である。


その名が出た瞬間、周囲の空気までもが凍りついた気がした。


「……そうですか。その割には、随分と手荒かったようですが」

「はて?なんのことかしら」


メディシスは、白々しく肩をすくめてみせる。

だが、確信はあった。


「ベヒーモスに刻まれた現世階級の術式に、脱出経路(ポータル)の呪葬術……。

あなたという不確定要素が加わったことで、私のこれまでの疑念は全て、一つに繋がりました」


彼女は性格こそ終わっているが、魔女としての素質、そして戦闘技術に関しては群を抜いてる。

あの緻密な呪葬術に、バハムートに宿っていた高練度な術式も、彼女なら造作もないことだろう。




「一体……なにが目的ですか?」

「言ったでしょう。”命令に従って“連れ戻しに来ただけよ」

「──死体(じょうたい)は問わずに、ということですか」


たかが報告の遅れごときで、これほどの刺客を送る意図が掴めない。

いくら情報秘匿を重んじる国とはいえ、それは死罪ではなく、情状酌量の余地がある微罪に過ぎないはずだ。


それに何より、普段は腰の重い始祖直属の魔女が動いていることが、余計に疑念を深くさせる。



「……報告が間に合わなかった非は認めます。

──ですが、オルキヌス様からの命とはいえ、どう手をこまねいたところで、私はまだ戻る訳にはいかないのです」


恐らくこれは、彼女の独断。

女帝マギナ・オルキヌスは、直接的な軍令を下すことはない。

全ての指揮権は、摂政を務める姉マリア・オルキヌスに委ねているからである。



そして私にも、魔法を作るという重大な使命を負っている。カエサルと約束したあの日。それは借金を清算するため。ローマを襲った黒幕を暴くため。


そして──彼を死なせないため。



「あと四日だけ、時間をください。それでパンデモニウムへ戻ります」


私はメディシスに背を向け、カエサルに進むよう短く促す。


「後悔するわよ?ゲビル・クニャージ」

「──こういう風にですか?」



血槍静脈(スピアヴェイン)



「っ!?」


振り返りざま、私は呪印(アイビス)を発動させた。


地を高速で這う静脈は、メディシスを絡め取り、その自由を奪う──


「……いい、不意打ちね」


はずだった。指を揺らした彼女は、鼻先まで届いていた私の静脈を細切れにしていた。


……戦闘は、回避不可能か。


「ふふ、分かったわ、ゲビル・クニャージ。魔女道に則り、三則戦術(トライアーツ)で決めましょう」


──トライアーツ。



本来、呪印《ilastic(アイ) Brute() String()》は移動や拘束を補う、補助的な術式に過ぎない。


しかし、気力(スタミナ)消費の激しい魔術を補助武器とし、アイビスを主軸に据える戦術を考案。

それは『三則戦術(トライアーツ)』と呼ばれ、

『攻撃、拘束、移動』の三要素を駆使して戦う事から名付けられた。


またアイビスに特定の術式を組み込む戦術を

血銃戦術(バレットアーツ)』、

そして魔女の真骨頂である魔術主体の

聖霊戦術(ルーリーアーツ)』。


これらは、魔女の変幻自在な戦い方における、絶対的な規範である。



「……横暴ですね」


その不満を口に、メディシスは唇を吊り上げる。


「もちろん。あなたは連戦に続く連戦。そして気力(スタミナ)もそうないでしょう?

そこを配慮して、私は手を使わない。そして主要武器──血剣動脈(ブラッドソード)血槍静脈(スピアヴェイン)も封印するわ」


「……そういう提案をする人は、なにか相応の秘策があるということです。全ての情報を開示しなければ、あなたに分があるのは変わりません」


彼女は、魔女の国でもこのトライアーツで負け無しの強者である。

魔術を排した、純粋な戦闘技術のみでの勝負。


つまるところ武器を用いた『決闘』。


古代──正と偽を決める神明裁判として用いられた儀式。それは時代を変えて硬貨投げ、拳遊び、体力勝負と変遷し──現代で蘇る。


実力主義の魔女の国では、公平を期すための実力行使として今も定着している。



「うるさいわね──死体に決定権はないのよ」


メディシスが冷酷な笑みを浮かべ、その雪白な腕を前に突き出した。

彼女は殺しにくる気だ。私は覚悟を決め、自らの左手首を自傷させる。


前腕に刻まれた紅い幾何学模様『呪印(アイビス)』が、呼応するように脈動する。


「カエサル、下がってください。ここは、私が──」

「ゲビル、言っただろ。俺を使え」


言葉を遮るように、カエサルは私の前に立ち、金色に輝く断空剣をメディシスへと向けた。


「こっちもハンデだ。体力の削れたゲビルの代わりに闘うのは俺だ」


カエサルの毅然とした姿を見つめ、彼女は相変わらず掴みどころのない余裕を漂わせたまま、鼻で笑った。


「フン、いいでしょう。所詮は矮小な自然種(ナチュラル)。一瞬で溶かしてあげるわ」


博識!ゲビルちゃんの一口メモ。


coming soon

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