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21:暴龍王バハムート


「ゲビル!なにが起きた!?」


カエサルが困惑と戦慄の混じった声を上げる。


目の前の肉塊から溢れ出したのは、先程までの瘴気の比ではない。

──毒々しいまでの紫黒。


「っ、落ち着いてください!」


私は叫ぶと同時に、落ち着かない様子で浮き足立つ彼を制するよう手を突き出した


直後、絶命したはずのベヒーモスの巨躯が、内側から弾けるように膨れ上がった。


それは瞬く間に形を変え、禍々しき変貌を遂げていく。


天を突く反り上がった双角は、より太く、より鋭い黒銀の凶刃へと進化し、

赤黒かった皮膚は、鈍い金属のような光沢を放つ、結晶の鱗へと生まれ変わっていた。


そして深く吐き出されるその息は、深淵の底から這いずり出た闇そのものだった。


「これは……ただのベヒーモスです」


暴威を振り撒いた残滓から産み落とされた、異形の龍。

それを前に、私は言い聞かせるように呟く。


だが、目の前のその存在が放つ威圧感は、もはや上位種(ベヒーモス)の範疇に収まるものではない。

かつてローマを襲った超越種(リンドヴルムと同じ。


眼前で識別したその存在は、私に直感させる。


発生条件不明の“突然変異(カラミティ)“が引き起こす、千年に一度の特異点。

生態系の系譜を踏み越えた果てに君臨する──


超越種(イクシード)暴龍王(バハムート)


「ベヒーモス、か……」


隣で同様を隠しきれない声を漏らすカエサル。

無理もない。目の前に現れたのはもはや討伐対象などではない異形。

ベヒーモスとは口にしたが、それは落ち着かせるための嘘であり、


眼前に坐す暴龍王(コイツは、未知の力を秘めた神話の魔物なのだから。


──だが、このときの私はまだ冷静さを保っていた。

“それ“が分かるまでは。


ドス黒い息を吐き、バハムートが呼吸を整える僅かな静寂。

私は、先程までの”弱点“に鋭い視線を走らせる。


──《血剣動脈(ブラッドソード)》で貫いた逆鱗──


背中に存在していた排熱器官である急所は、私が既に破壊している。


ならば息を吹き返した今のヤツに、弱点は存在するのか?


「カエサル、下がっててください」


確信を得るため、私はバハムートが硬直している隙をついて唱える。


私の操作術(ラストスペル)──巨木拘束(バインドウェーブ)


大罪魔術にして最弱の色欲(ラスト)を発動する。

周囲に生え散らかった巨木を意思のままに操り、その四肢を絡め取る。

さらに、厳重に術を重ねていく。


血槍静脈(スピアヴェイン)


無数の血の管が地中から噴き出し、バハムートの巨体を覆うようドーム状に広がる。

鋭く伸びていく静脈の先端は、鉤爪の形状となり、地面に深く突き刺さることで、押さえつけるようにその巨躯は地に沈む。



弾性動脈(アルテリア)


足元に張った血の弦──動脈の線(グラインドレール)を踏み込み、その上で一気に跳躍する。


ラストスペルとヴェインによる二重拘束、アルテリアによる跳躍で、この身体の弱点を測る。


魔法に必要な黒血は既に手中。

本来ならば、情報に乏しいこの未知の生物と刃を交えるのは愚策だ。


なのでここは先手必勝。操作術(まじゅつ)呪印(アイビス)を用いた足止めで、撤退への道筋を付ける。



「……大きい」


空中でその巨躯と対峙する。

先ほどのベヒーモスを山とするなら、バハムートは世界そのもの。規模が違う。


場所が狭いと感じたのも、ヤツが首をもたげたせいだった。


束の間、私は眼下の先に捉える。

弱点の痕跡。


「っ、あれは……!」


──ドオォォォォンッ!!


言葉が形を成す前に、天地を貫く轟音が響いた。


バハムートの咆哮か。もはや音ではなく、空間が崩落するほどの振動に、鼓膜を潰すほどの破裂音。


「ゲビル!来るぞ!!」


遠くでカエサルの叫びが響く。

直後、バハムートを拘束していた巨木とヴェインが、奴から放たれる圧倒的な重圧(プレッシャーに耐えかねたのか、霧散していく。


そして私の足元に伸びていたアルテリアまでも──


「ッ!《弾性動脈(アルテリア)》!」


突如として空中に放り出される感覚に、私は咄嗟に足場を再生成するが、着地の瞬間、滑り込んできたカエサルが私の下敷きになった。



「……無事か?」


どうやら異変に気付いたカエサルが、私を受け止めようとしてくれていたようだった。


「平気です。ご心配お掛けしてすみません」


彼の咄嗟の心遣いが少し嬉しいのと同時に、

それを塗りつぶすほどの、強烈な悪寒が瞬く間に私を支配する。



──魔術と呪印の無効化(リフレクション)



私の大罪魔術(ラストスペル)は、上位種以上には通用しないことが多いが、この呪印(アイビス)だけは別だ。


アイビスの根幹を成すのは、魔術の中でも至高と呼ばれる《大罪欲(マナディザイア)──怠惰(スロース)

魔術の中でも秀でた存在であり、上位種以上でも無効にされない。


それが今、目の前で呆気なく……撥ね退けられた。


「私の力が……効かない?」


あのときローマで戦った法滅龍(リンドヴルム)が、本当に超越種であったか確証はない。

だが、私の経験則が断言している。

術式を無効にできる魔物など、この世に存在し得ない。


なぜなら術式とは、魔女の研鑽の末にたどり着いた叡智の技術。それを無効化するということは、魔術そのものの否定。


ひいては、魔女の天敵(アンチテーゼ)に他ならない。


「……どうして」


永い魔女歴の中で、そんな存在は聞いたことはない。


──なにが起因(トリガー)になった?術式の干渉?それとも内圧の変化?


バハムートという予想が成り立たない存在がもたらした、魔術と呪印を無効にするバグ。


私の目の前には、絶望的な推論の羅列で埋め尽くされた。

──こうなってしまえばもう止まらない。

一度入れば抜け出せない、思考の迷宮に陥る。

この不測の事態を脱するために、私は答えを導き出そうと必死に縋った。


震える手で、自身の腕に深く爪を突き立てる。

……だが、溢れ出す血は底冷えするように冷たく、形を成さずにボタボタと白い肌を伝い垂れていく。


恐怖か、或いは威圧か。


戦う必要はない。なのになぜ私は、《血剣動脈(ブラッドソード)》を生成しようとしているのか。


自覚した瞬間、更なる戦慄が走る。

私は……パニックに陥っていた。


──死を起因(トリガー)とした進化。超越種(イクシード)


私の思考は、荒れ狂う嵐のように駆け巡る。


なぜこのタイミングで息を吹き返したのか、超越種へと至る条件は未だ解析されていない。自然界での進化の天井は上位種が限界であり、それを打ち壊すには人為的介入が不可欠なはずだ。

ならばこれは誰かの作為の元?私たちを陥れようとしている罠?あるいは何かの実験を行っている?

そもそもこの魔物は超越種なのか?考えるのは無駄なのか──なぜ、なぜ、なぜ……


「──る……ゲビル!」

「……え?」


「逃げるぞ!」


そのとき、思考に囚われていた私の身体が、ふわりと宙に浮いた。

いや、重力は感じている。ならこの浮遊感の正体……


「っ、か、カエサル!?」


気付けば、私は彼の腕の中にいた。

鍛え上げられた腕が、私の背中と膝裏をしっかりと支えている。


──これはいわゆる、お姫様抱っこの体勢だった。


「っ!こ、こ、こんなこと……!」

「いつも冷静なお前だからな。何か考え込んでいたんだろ」


カエサルの匂い、荒い息遣い、直に伝わる体温、力強い胸の鼓動まで……。

しばらくの間行動を共にしていて、一度も感じたこともない情緒。

言葉に出来ない感情が、私の胸の内で渦巻いた。


「でも今回ばかりは、アイツから逃げ切ってからにしよう」

「……っ!」


その声は酷く優しかった。そして私を離すまいと、ぎゅっと腕に力がこもる。

それは、混乱していた私の意識を落ち着かせるには十分すぎるほどであった。


……そうだ。私は未知の現象に呑まれ、あろうことか戦場でぼうっと突っ立って……カエサルを危険に晒した。


「──ごめんなさい。頭が冷めました」


冷静さを取り戻すと同時に、急激に今の状況に対して羞恥心が込み上げてくる。


「でも、こんなの……」


状況が状況だとは理解している。

だが私は、熱を持った顔を隠すように、彼の肩をツンツンと突き、ささやかな抵抗を試みた。


お姫様抱っこ。それは魔女たちの間でも、半ば幻のように語られる憧れ。一国の姫君でもなければ、されることが許されない伝説の献身。


「あ、あの、カエサル……?」

「どうした!?」

「こ、こういうのは……もっと綺麗で、可愛いお姫さまに、すべにものであって。

わ、私みたいな可愛げもない、債務者にするものでは……」


消え入るような声で紡いだ言葉は、自分の耳にギリギリ届くのがやっとだった。


こんな状況で胸がドキドキするのは、この瘴気のせいか。それとも──


「ゲビル……落ち着け」


カエサルが白い歯を覗かせて不敵に笑う


「俺がついている!」


その笑顔の後ろで……


「グルォォォ……!!」


バハムートが吐く漆黒の瘴気が、つい先ほどまで走ってきたカエサルの足跡を『無』へと変えている。


「ありがとう……ございました」


もし、カエサルが助けるのが一秒でも遅れていたら、私の身体もあの空間ごと消滅していたのだろうか。


私は改めて、意識をバハムートへと向けた。

ここで思い出す、奴の背中の光景。


ベヒーモスのときに弱点であった白熱としていた排熱器官は、周囲の熱と瘴気を吸い込む“深淵の門”となっていた。


恐らく、何らかの理由から熱を逃がす必要がなくなったのだろう。

魔物が吐く瘴気を吸い込んでいたことから、同族の魔物を生命エネルギーとして吸収しているのか。

内部で循環させる核融合炉のような器官が存在し、地面を原子レベルで分解しているのかも知れない。


「カエサル、魔物の性質が変わったのかもしれません。あの瘴気は触れたモノを消滅させる、虚無でしょう」


空間を食い破りながら迫るバハムート。足場となる地面は次々と崩落していき、私たちを追い詰める。



「接近戦が推奨されないのは変わらないです。

ですが、もうポータルはすぐそこに──」


その声にカエサルも気付く。

ようやく見えてきた希望。背後から迫る絶望。


逃げた先に、私たちはたどり着く。


ポータル。


それを前に、絶句する。


「嘘……」


その封印門は、無惨にも変貌していた。

未知の文字列へと書き換えられた術式は、以前よりも禍々しく光る。

緑と黄──そして紫。

第三の術式──呪葬術(じゅそうじゅつ)が掛けられていた。


「開かないのか……!?」

「……内側から再封印されています。

それに術式の構成がさっきまでと根本的に違ってます……!」


──呪葬術。高等種族に対する反撃術(トラップ)

術式を解こうと触れた者に対して自動で発動し、付与された呪詛を対象者に掛ける。


「解こうとすれば、なにが起きるか分かりません……!」

「ッ……!」


立ち尽くすカエサルの背後から迫る、バハムートの剥き出しの殺意。その巨躯が、空間を押しつぶしながらこちらへと向かってくる。

物理法則を打ち壊す、音さえも置き去りにするその突進。


前には絶望の門、後ろには死を運ぶ龍。


逃げ場は、一つしかない。


「カエサル、跳んで!」


私はカエサルの腕の中で、全神経を注いで呪印を発動する。



弾性動脈(アルテリア)



彼の足元から鮮紅色の血が噴き出し、瞬時に強靭な弾性(バネ)を内包した管となる。


それを見たカエサルは一瞬動じていたものの、足にかかるその性質をすぐに理解したのか。

その上で彼は、アルテリアの弾性を利用した跳躍を見せた。


私たちの身体が真上と飛び上がり、そのコンマ数秒後には、私たちが元いた場所はバハムートの突進によって、門を囲む岩盤が轟音とともに粉砕されていた。


「カエサル、滑らないように」


空中で再びアルテリアを発動し、天井付近に形成した小さな足場へと私たちは降り立った。


「助かった……ありがとう」


カエサルはこの窮地から脱したことで安堵の表情を浮かべている。

私は名残惜しそうに彼の温かな腕から降り、地に足をつけた。


「私も、助かりました。

でも……こういうのは、ちゃんとしたお姫様にしないとダメ、ですからね……?」


私は震える指先を隠すよう、銀髪にクルクルと巻き付けながら、カエサルに伝える。

後半の言葉は、高鳴る鼓動をかき消すように早口で続けた。


「それにカエサル、次は私があなたを支える番です」

「……ああ。でも俺だってやるぞ。

アイツをぶち抜かない限り、帰れそうにないからな」


私たちは視線を交わし、小さく頷き合って、眼下の暴龍王を決意の瞳で見下ろした。



破壊の三層(レイジングサード)


「──え?」


目の前に広がっていたのは、巨大な術式陣だった。

それを目に、私は凍りつく。


暗闇の中で不吉に灯る、三重の紅光。この円陣を構成するのは、“知らない術式ではない”からだ。


バハムートの巨躯に刻まれた赤い刻印。

魔女の奥義──現世階級の術式である。



それを認識した刹那、紅蓮の閃光が三重の円陣を通して、私たちに向け放たれる。

この世の理を焼き尽くすほどの熱量が、咆哮とともに大気を焦がしながら迫る。


「──っ!」


考えるより先に身体が動いた。

隣に立つカエサルを血の静脈(ヴェイン)で全力で突き飛ばす。


「ゲビル──!」


彼の足場となる動脈(アルテリア)を空中に張り終えた直後、次元を揺るがす爆炎が私の鼻先まで迫った──そのとき、



「《血盾動脈(ディスターブ)》ッ!!」


手首の傷口から全身の血を絞り出し、幾重にも凝縮して層を形成する。それを極限まで圧縮させた血の防壁。


だがバハムートから放たれた現世階級の威力は、呪印による防御の限界を遥かに超えていた。


全身に迫り来る衝撃に熱。防壁が一枚、また一枚と消失する度に私の感覚も削り取られていく。


それはついに、呪印の血盾(ディスターブ)の防壁を砕け散らせ、突き抜けた熱波が全身を灼き払い、アイビスの足場が粉々に砕け散った。


「……ゲ、ビ……ッ!」


それはカエサルの叫び。それが、遠い水の底から聞こえてくる感覚だった。

全身を苛む激痛と、真っ赤に染まった視界。

朦朧とする意識の中で、奈落の底へと沈んでいくような、酷く冷えきった浮遊感が、私の背中を撫でた。


瓦礫とともに堕ちていく。

そのとき、私の意識は走馬灯のように蘇った──カエサルの腕の中で感じた、あの安心と幸福感。

その大切な記憶を噛み締める。

そして、切望した。まだ、私は──



朦朧した意識の最奥で、魔女としての矜恃が、底知れぬ切望が。


積もり積もった想いが──爆発した。





……烏滸がましい。魔物の分際で、魔女(わたし)たちの術を騙り、私の未来を奪うなど!



──断じて許されるはずがないッ!!





空中で、血に塗れた唇が傲慢に歪んだ。

右手を虚空に掲げる。私を蝕んでいたあらゆる疑問も狼藉も、今は全て──純粋な殺意へと昇華される。



《現世階級──破壊の四層(レイジングフォース)



私の翡翠の瞳に、黄金と紅の光彩が宿る。

バハムートの見開いた黒い瞳に、私が編み上げる『真の現世階級』が映り込む。


「……平伏しろ。そして私に跪け。この醜悪な下等生物が」


私の周りに、幾万もの血の文字列が舞い上がる。

それは鮮やかな弧を描き、四重の赤い術式陣を構成する。

傷だらけの指先をバハムートへ向けて、空間に刻印された術式陣を解き放つ。


「殺せ」


死の淵で発せられた言霊に共鳴し、極大の術式陣がこの世ならぬ紅に輝く。次元そのものを消し飛ばす、強烈で鮮烈な光線。


その絶対的な力の前では、バハムートなどただ世界に生まれ落ちただけの、矮小な存在に過ぎない。


──神の御業(わたし)を前にして、その鈍臭い身体をいつまで保っていられるでしょう、ねえ?


断末魔の声すら聞けずに、霧散した誇り高き魔物の王バハムート。


もう目の前には、塵一つすら残ってはいなかった。


「ゲビ、ル……」


再びアルテリアを張り、カエサルの待つ足場へと舞い戻る。


「本当に、ゲビル……なのか……?」

「……やかましいですよ。舌を切られたいのですか?」


訳の分からないことをいうカエサルに、私は軽い冗談を飛ばす。


「……あ、ああ。それは嫌だな」


私の顔を見て、カエサルはようやく生気を取り戻したように苦笑を漏らす。


戦塵の中、私は彼にだけ見せる、くしゃりとした笑みを返した。



「グオオオオオオオオオッ!!!」



「な、まだ生きて!?」

「……ッチ。死に損ないが」


地を揺らす怨嗟の呻きに、私は毒付く。

体の大部分を失い、内臓を撒き散らしながらも、バハムートはなお立ち上がっていたのだ。


この執念とも呪いとも呼べる生命力は、千年に一度の稀種、超越種と呼んでも過言では無いだろう。


奴の耳まで裂けた口蓋に、呪いのような爆炎の光が再び収束していく。最期の力を振り絞った、道連れの現世階級──


「まだ足掻くのですか。見苦しい」


私は冷徹な視線で見下し、ふらつく足取りで一歩前へと出る。


もはや恐怖などなく、あるのは、目の前の死に損ないを完膚なきまでに殺し切り屠る方法、それだけだ。


「カエサル!」

「は、はい!?」


私の鋭い声に、彼はビクリと肩を震わせる。


「私はもう一度だけ、魔女の奥義を使います」

「魔女の……奥義?」



「魔術は魔女本来の力ですが、その奥義である現世階級は違います。

あれは魔物本来の力を源泉とするもの。

そのため一度使えば、高等種族(ヒト)じゃなくなります」


その代償を無くすため、かつて私が提唱した魔術理論──『エレメンタルフューリ』


現世階級同士を衝突、融合化させ、臨界を突破させることで、別次元の魔術を生み出そうとした行為は、あまりに危険で未完成のまま、禁忌の魔術に指定されその存在を闇に葬られた。


それを今ここで、一度限り解禁する。

未完成ゆえの諸刃の刃。バハムートと私の放つ現世階級をぶつけて、自壊前提の攻撃を仕掛ける。


バハムートを概念ごと消滅させるために。


「恐らく、私はこの術で全ての力を使い果たし、意識を失います。そうなれば……私を置いて逃げてください」

「何を言ってんだ!?」

「人ひとりを抱えてこの巣窟の脱出は非現実的です。大丈夫です。門は破壊されていますから」


私は彼に背を向ける。


「ゲビル!俺だって戦える!

お前の足りない穴は俺が埋めてやる!だから操作術でもなんでも、俺を使ってくれ!」


その顔を見たら、この意志が揺らぐ気がして。


「カエサル……分かってください」


私は、悲しげな微笑を浮かべていただろう。


「……ヒトじゃなくなった私を、あなたに見せるのは、嫌なんです」


そう言って振り返り、最後に見るカエサルの表情は、


「……じゃあ、一体誰が魔法を作るんだよ……?」


……酷く悲しい顔をしていて。

それが、私には、堪らなくて。


「あなたにはもう、あるではないですか」

「え……?」

「強い心と強い剣。

──そして私との思い出。それがあなたの”魔法“です」


私は彼の言葉を遮るように、頬をそっと撫でた。



「それを糧にしてください。ローマを襲った犯人は魔女ではありません。その黒幕を、どうか私の代わりに暴いてくださいね」


──あなたと出会えて、本当に良かった。


「ゲビル!待て!ゲビル!!」


彼の声を背に、私はここまでずっと側に寄り添っていたパーティクルコアにも手を向けた。


「あなたももう行きなさい。私に付いてくる必要はもうありません」


パルコは私の肩にしがみついたまま、動こうとはしない。


「……必要なことは、伝えましたからね」

「ゲビル!離せ!」

「­­さっきからゲビル、ゲビルって……やかましいですよ?」


叫ぶカエサルを血の静脈(ヴェイン)で拘束して、門の方へと強引に引き剥がした。



そして私は一人、絶望の光を蓄える龍へと向き直す。


「……私にもっと力があれば、こんな覚悟を決める必要はなかったかもしれません」


バハムートが放つ絶滅の光。対して私は、自身の命──残された血液全てを術式の触媒へと捧げ、最大出力で陣を眼前に展開する。


《現世階級──破壊の五層(レイジングフィフス)


現世階級における破壊層の極致。

五層の魔術陣から放たれた紅と黒の閃光は、狭い回廊を突き破り、龍の息吹と真っ向から衝突する。


「……必要ですね、筋トレは」


バハムートの放つ模倣の魔術と、魔女ゲビル(わたし)が放つ本物の魔術。


ぶつかり合う現世階級(そのふたつ)により、空間が悲鳴を上げ、光の濁流がバハムートの巨体を、その存在を、魂の欠片さえ残さぬよう、消滅していった。





……最期の台詞がこんな軽口なるなんて、


嫌だなぁ……──


博識!ゲビルの一口メモ。


comingsoon

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