23:厄災の魔女VS最凶の魔女 その2
「すみません、私の意思の元に……彼女の相手をお願いします」
私はカエサルにそう伝え、《私の魔術──強制傀儡》を発動する
「カエサル。意識はそのままに、あなたの肉体の主導権を一時的に私が預かります。ですが、間合いに入ればあなたの意思で戦ってください」
「ああ、構わない。俺を自分だと思って役に立ててくれ!」
力強い返事とは裏腹に、私の胸は痛む。
カエサルを傷付けるつもりは毛頭ないが、それでも始祖の魔女が相手だと心配事が増える。
カエサルの肉体操作に自身の呪印の制御、そしてメディシスへの警戒。
トリプルタスク自体は常日頃行っているので問題はない。
だが、この極限まで研ぎ澄ました意識がどのくらい持ってくれるか……。
「無駄話はもういいかしら?」
メディシスは両手を背後に回し、優雅に微笑む。
それは──騎士が剣を捨て、相手を侮蔑し挑発する──圧倒的な傲慢さで。
「来なさい」
その声とともに、カエサルの力強い踏み込みが芝を蹴りあげて、彼女との距離を一気に詰め始める。
彼は瞬く間に剣の間合いへと入り込むと、
力強く握られた黄金の断空剣が、鋭い風切り音をたててメディシスの喉元へ迫る。
「さすがは男。膂力に頼ったスピードはそれなりね」
横薙ぎの一閃。出方を見るその甘い剣筋は、彼女の足元から湧いた静脈により殺される。
しかしそれは見越してのこと。カエサルはすかさず二撃目を繋げるように剣を振る。
それと同時に私も《血槍静脈》を発動し、彼の死角を補い隙を突く役に回る。
前と後ろからの挟撃。しかしメディシスには見えていたのか、交差する私と彼の攻撃を紙一重の反射神経だけで避けて見せた。
「っ、速い……!」
「では、次は私の番──」
メディシスが踏み込む。カエサルの顎先を狙って放たれたのは、しなやかで強靭な脚の連撃。
垂直に跳ね上がるその足は、細く引き締まった柔軟さを武器に、凶器へと変貌する。
「彼女は足癖が悪いです、気を付けて!」
翻るスカートの間から、旋風脚のようなダイナミックな足技が次々と繰り出される。
ヒットアンドアウェイを繰り返し、その脚での猛攻を必死に凌ぐカエサル。
私は彼女が着地した刹那の隙を狩るために、血槍静脈を高速で這わす。
《血盾動脈》
彼女の読みは的確だ。
呪印の防壁を展開して、私の光速で放った刺突を的確に、それも容易く弾き飛ばしたメディシス。
──背中にも目がついてるんですか……。
常軌を逸した対応力。浅知恵の小細工は、彼女には通用しないことを痛感する。
「カエサル!」
私は自らの左手首から溢れる鮮血を、カエサルの足元へと流し込む。
発動したのは《弾性動脈》。
足元に敷かれる、約三センチのチューブ状のグラインドレール。
「私に身を任して!」
一瞬交わされる、カエサルとの視線。
力強い頷きを前に私は、操り人形を操る糸のように指先を細かく躍らせ、彼の肉体へと意思を送り込むと、その体をトン、と跳ねさせた。
その着地と同時に、足裏に触れた弾性動脈が深く沈み込む。
直後、引き絞られた弓の弦が弾けるように、カエサルの体が上へと弾き出された。
メディシスによる苛烈な連続蹴りのラッシュをアルテリアによる跳躍で回避する。
「行くぞ」
カエサルはその跳躍を利用し、空中で方向転換をしながら慣性制御をみせる。
そしてメディシスの側頭部へ向け、振りかぶった渾身の斬撃を叩きつける。
だがメディシスは、嘲笑うかのように上体を逸らしてその一撃をいなす。
背後に回したままの両手の指先一つ動かさずに、しかしその唇には、不敵な笑みを浮かべながら。
《八岐動脈》
彼女の足元に広がる血溜まりが不気味に脈動したかと思えば、そこから複数の青い触手が、龍の頭のように形を変えてカエサルに襲いかかった。
「っ、このっ……!!」
キィン!
断空剣と青い触手がぶつかり合い、火花とともに不快な金属音が響き渡る。
カエサルは着地と同時に断空剣を旋回させ、迫り来る龍の動脈を一つ、また一つと弾き飛ばしていく。
しかし、彼女が足先で優雅に円を描くよう滑らすたび、血溜まりからは新たなオロチが際限なく湧き出てくる。
鋭い牙をギラつかせながら、食い殺さんばかりの勢いで四方八方からカエサルを包囲する。
手を使わないのではない。メディシスはその脚と足先だけで、千の手を持つ魔神のように振舞っているのだ。
「カエサル!剣を預けて!」
私は叫び、自身の静脈を断空剣に絡みつかせた。赤い静脈と金色の剣身が混ざり合い、断空剣が禍々しく美しい輝きを帯びる。
血装断空剣。
私のヴェインでカエサルの剣筋を補強し、本来の倍以上の間合いを斬り裂く。
八つあった龍の頭が一瞬にして断ち斬られ、同時に断空剣から放たれた衝撃波が周囲の風を巻き上げた。
風の刃となった黄金の閃光がメディシスの頬をかすめ、余裕の色を見せていたその表情に、一筋の紅い線を走らせた。
「……ふぅん?自然種を呪印で補強したの。
ゲビル、小賢しい真似をさせれば一級品ね」
頬の血を拭うこともせず、その瞳には獲物を屠るための明確な殺意を宿すメディシス。
《爆裂動脈》
メディシスが指先をパチン、と弾く。
その殺意の元に繰り出した動脈、八岐動脈とは比べ物にならない密度と質量を誇る青い管が、血溜まりから溢れ出した。
「させるか!」
カエサルが地面を蹴り、メディシスの懐へと飛び込む。私はその動きをサポートすべく、指先を彼女へ向けた──そのとき。
私の意識の外。背後に伸びた影から無数の静脈が鎖状に連なり、蛇のような軌道を描いて襲いかかってきた。
「っ、《血盾動脈》!!」
わずかな気配で察知した殺気に、瞬時に防壁を張りその一撃をかわす。
だがその一瞬に気を取られたことで、メディシスはその凶でカエサルを追い詰めていた。
「っ!カエサル!」
彼を取り囲むように張り巡らされた血の鎖が、不気味に膨張を始める。
次の瞬間、それらは連鎖爆発を引き起こすように次々に破裂していく。
逃げ場のない爆風の檻がカエサルを飲み込もうと迫る。
「上に!」
「応っ!」
私は指先を振り上げ、カエサルの身体を操作する。先ほど同様、弾性動脈による跳躍で連鎖爆発の嵐を間一髪で回避させる。
「──そこだっ!」
空中でカエサルは断空剣を引き、最大威力の斬撃体勢を取る。
それに合わせて静脈を鋭く伸ばし、彼の背中を空中で押し出すための支点を作る。
私の呪印による加速と彼の剣才。
二人の力を集約させた、刹那の一閃。
黄金の閃光が爆炎を斬り裂いて、メディシスの眉間へと振り下ろされた。その剣撃は──
「……惜しかったわね」
彼女の背後から伸びた“青き異形の腕”《修羅動脈》により、空中でその剣身を受け止めていた。
《八岐動脈》
その強固な質量は、瞬く間に龍の頭へと変貌し、断空剣そのものを顎で噛み砕いた。
「が、はっ……!?」
カエサルの体が空中で静止したように固まる。
メディシスがわずかに脚を振り上げると、目にも止まらぬ速さの蹴りが、カエサルの無防備な腹部を容赦なく抉っていた。
「っ!」
吹き飛ばされた彼を支えようと、私は紅い動脈を伸ばした。
しかしそれよりも早く、メディシスの蒼い動脈が私に牙を剥く。
メディシスから解き放たれたアルテリアは、絡みつこうと鞭のような速度で包囲網を形成する。
──拘束?でも静脈に比べて動脈はスピードで劣るはず……。
これもメディシスの言う配慮のうちなのか。
迫り来る青い触手に対し、私は赤い触手を発動させ反撃に転じようとした。
だが、そのとき。
眼前に迫っていたそのアルテリアは、私のヴェインを避けるかのように裂け、内部から蒼天のごとき鮮血が噴出し──爆発を起こす。
……やられた!
──これは、爆導索ッ……!!
目の前で起きた小さな火花は瞬く間に連鎖して、巨大な爆風となり吹き荒れる。
導火線となった血管が、その通り道にある全てのものを焼き尽くし粉砕する。
「くっ……!《血盾動脈》!!」
私は三度、防壁を張り身を固めた。それは一触即発のエネルギーを蓄えた、超高密度の蒼き爆発。
その衝撃に対しての障壁。しかし、攻撃はそれで終わりではなかった。
爆発とともに弾け飛んだ血液が、防壁に触れた瞬間に異様な音を立てた。
──そんな、強酸血液!?
これは魔女の持つ”稀血“。ディスターブさえ容易く溶解させる、死の雫である。
障壁を貫通し、私を溶かさんとする強酸血液の雨。
完全に虚を突かれた攻撃に、私は──
「《血剣動脈》っ!!」
「……よく避けたわね。私の青い血を知ってのことかしら?」
命を削り、血液を毒液へと変えて放つメディシスの容赦ない猛攻。
それを前に私は、顕現させたブラッドソードを静脈と共に力任せに地面を斬り飛ばし、生じた土砂の狭間へと身を投じた。
頭上を蒼い雨が通り過ぎ、その先の地面をドロドロに溶かしていく。
「……あなたは、有名ですから」
小さな土煙が立つ中で、私は答える。
始祖の一人にして、最凶の魔女と呼ばれる彼女。
その実態は、ラーメンの残りカスが好物でシャンプー切れたら水で薄めて使う、エンゲル係数が無駄に高めの私生活が破綻している、ただの変人だということを。
「ゲビル……!」
カエサルが苦悶に満ちた声を絞り出した。
「目の前の私より、あっちの彼女がいいの?」
「っ──!」
メディシスが私から視線を外して、カエサルに向き直る。冷酷な声が響くと同時に、カエサルの身体が宙に浮く。
彼女の長い脚から放たれた鋭い回し蹴りが、カエサルの顔面を捉え、その衝撃で仰け反った無防備な急所に対して──
「あらら、噂には聞いていたけど……やっぱり男ってそこに全部集約されているのね」
追撃に蹴り上げられた一撃は、カエサルの両足の間の急所を正確に、そして的確に潰した。
「あ……」と短い空気を漏らし、糸切れた人形のように彼は地面へと崩れ落ちた。
「カエサル……カエサル!」
必死に呼びかけるが、カエサルからの返事はない。
意識を失ったように沈黙している彼を、メディシスは撫でる。
「でも、なかなかに良い男ね。私の王子様にでも仕立て上げようかしら?」
「……っ!!《血槍静脈》ッ!」
目を細めて挑発的な態度を向けてくるメディシス。
言いようのない、激しい怒りに突き動かされた私は左腕を突き出し指先をあの女へと向ける。
背後から怒り狂う大蛇の群れのごとき紅い血管が飛び出し、メディシスを全方位から飲み込むよう降り注ぐ。
「カエサルは、私の、私のっ!!……」
「なに、怒ったの?」
「っ!五月蝿い!!死ねっ!!」
「……まるで玩具を取られた子どもね。そんなに好きなら、合わせてあげるわ」
《iBS溶解血液》
メディシスは自身の血管を空中で交差させ、蜘蛛の巣状のネットを形成する。
紅と蒼、二人の魔女から伸びる血管が、空中で複雑に絡み合い、そして融けた。
「っ、私の静脈が……!」
《血柩静脈》
「しまっ……!」
一瞬だった。先ほどまでの攻防で周囲に張り巡らされていたメディシスの静脈が、一斉に動き出した。
それは逃げ場を無くすように、瞬く間に私を閉じ込める巨大な球状へと変化する。
──今までの攻撃は全て、このための……!?
視界は漆黒に染まり、退路を絶たれた私にメディシスの嘲笑が届く。
「あーらら、卵に包まれちゃいましたねえ」
閉ざされた檻は、闇に包まれた狭小な空間。鉄錆のような血なまぐさい臭いを孕んだ液体が、この空間を満たそうと溢れ出したのだ。
足先に感じる生あたたかい感触が、急速に水位を増していく。このままでは呑まれる。
私は焦燥を押し殺し、内側からスフィアを破壊すべく、呪印を発動させる──
「っ、消えた……!?」
目の前に灯る希望の紅光。それは実体化した瞬間には、その場で蒸発するように霧散して消失していく。
あのバハムートとの戦いで感じた無力感、それと一緒だった。
「私の稀血は、アイビスをも封じるのよ」
傲然と言い放たれたその言葉を最後に、私の五感は闇に沈んだ。
……く、そっ──!
逃げ場のない死の水槽の中で、私の胸を焦がしたのは──死への恐怖ではない。
ただ、彼を守りきれなかったという、悔恨だけだった。
「私は気高き始祖の魔女──パンデモニウムの誇り、ブルーローズのベリアル。
──それが私」
静寂の中、ただ一人、メディシスの湿度を持った言葉のみが木霊する。
水位はすでに頭上を越え、肺は限界を迎える
視界が暗転していく中で、最後に綴るように浮かび上がる名前──
……カエ、サル……。
残っていた最後の空気が口から溢れ、泡沫となって暗闇へと消えた。
そこで私の意識もまた、深い深い淵へと堕ちていった──
博識!ゲビルちゃんの一口メモ。
【バロメアクロック=ベリアル・リラ・メディシス】
ガイア王朝時代からオルキヌス家に付き従っている、王族従者兼戦闘員の始祖の魔女です。
性格は傲岸不遜で、とても褒められた性格はしておりませんが──身長は171cmあり、二つ名は見目麗しき白雪である。
常に心で認めた強者へと従う本能を持ち、普段はおっとりとした性格であるが、いざ従者としてのスイッチが入れば命令されたことは必ず遂行する清き心を持つ。
趣味は毎日の日記綴りで、好きなことは明け方の冷えきった空気を吸うこと。
私の王子様募集中です。
……このコーナーが半分乗っ取られていましたが、次回もゲビル一口メモをお送り致します。




