14:魔法の声帯:ガルーダ その2
「やはり、この風の音はオマエだったか」
その声が響いた瞬間、
吹き荒れていた風がピタリと止んだ。
──静寂。
その直後、目の前に小さなつむじ風が発生する。
それは瞬く間に膨れ上がり、
周囲の風を飲み込みながら一点に収束する。
私たちの前で、空中に巨大な輪郭が形成されていく。
次第にハッキリとしていくシルエット。
巨大な鋭いくちばし、
黄金色に輝く大翼、
押し倒されるような風圧。
そして、
凄まじい羽ばたきと共に、風そのものが姿を現した。
「久々だな、ゲビル・クニャージ」
低く深い、とても響く声、
「──ガルーダの叔父さん、お久しぶりです」
私は一歩前に出て、軽く頭を下げた。
全長は約三メートルほど。
その金色に輝く大翼には、ルビーやサファイア、エメラルドの煌びやかな宝石が飾り付けをする。
数十メートルにも達する翼全てに、それが施されており、
まさに伝説の巨鳥ガルーダの名に恥じない存在感である。
黄金に染まる羽を揺らし、ガルーダの叔父さんは、鋭い眼差しを私から隣のカエサルへと移した。
「ここは、ガルーダの神風領域」
威嚇するように風が荒くなる。
「名を述べよ」
カエサルを射抜く眼光。
「…………ッ」
カエサルが息を呑む。
「──もう一度だけだ。
キサマの名は?」
私に向けられた声とは違う、
殺意の込められた声。
「…………あ──」
カエサルは何かを言いかけて、私の顔を見る。
私が手を上げるのを待つ、
許しを乞う子犬のように。
──だが、私は動かない。
まるで動かざること山の如し。
時間が止まったかのような沈黙、
それを破る一筋の光。
痺れを切らしたかのように、
その刃は、カエサルへと向けられた。
「フン、言い残すことは?」
「ッ…………」
金色の大翼を持ち上げるガルーダの叔父さん。
鋭く尖った羽。その形状はまさに金色の剣であり、
それはカエサルの喉元へ突きつけられた。
カエサルは私を見つめたまま、
それでも口を開かなかった
沈黙を守るカエサル。
その首にゆっくりと刃が触れはじめる。
そして鮮血が流れ出して数秒。
あるいはそれ以上。
そこでようやくその刃は、フッとカエサルから離れた。
「……ゲビル。こやつは口が堅いな」
低くしゃがれた声。
しかし先ほどとは違う、少しだけ緩んだ声をしていた。
「──良いだろう。魔女ゲビル、並びに同伴者カエサル。
この神風の山へ迎え入れる 」
その声がこの山村全体に響き渡る。
ガルーダ幽谷の主の言葉に
空気が弾かれたように鳥獣たちが一斉に姿を現す。
「ありがとうございます」
私はガルーダの叔父さんに深く一礼し、
そこでようやく手を上げた。
「ッ!か、かカエサルと申します!ありがとうございます!すみませんでした!」
堰を切ったように言葉を溢れさす、カエサル。
押し殺されていたモノが一度に爆発して矢継ぎ早に言葉を連ねる。
その様子を見て周囲の鳥獣たちがくすくすと笑う。
そして私たちに近づいてくると、
「ゲビル!久しぶり!」
「全然顔出してくれないから心配したよ!」
「ちょっとやつれたんじゃないかい?」
私の周りを囲むのはここで暮らす鳥獣族の子たち。
巨鳥と呼ばれるのはガルーダの叔父さんだけであり、通常の鳥獣たちは私とそれほど背丈は変わらない。
先ほどまでの緊張とは違い、今のこの場は、
和やかで騒がしい。
「皆さんお久しぶりです。
実はお願いがあってここへ来たんです」
その言葉に、叔父さんの耳にもしっかりと入っており、
「──魔法?」
ガルーダの叔父さんが訝しげに目を細め、
聞き返してくる。
「はい。借金を返すのに魔法というのを作っているのですが、そのために、ガルーダの叔父さんの声が必要なんです」
「構わん。好きにしろ」
二つ返事の言葉に、周囲の鳥獣たちが一様に頷く。
「やっぱりガルーダ様はゲビルに甘いねえ」
「かわいい娘とか思ってそうよねー」
その光景を前に、後ろからカエサルが呟く。
「ゲビル、あっという間じゃないか」
「ええ。叔父さんはそういう人ですから」
「──ただし」
叔父さんのその一言で
空気が再び張り付いた。
「次の目的地は、ウルク魔境巣窟。
相手にするのは獅子龍──」
「カエサル、とか言ったな?」
その鋭い眼差しが再び彼に向けられる。
「オレはゲビルには世話になった。
だからその恩人を預けるに値する存在かどうか──オレがキサマをテストしてやる」
また始まった。
この人は、私のことになるとすぐこれだ。
「叔父さん、それは不要です」
私はなだめるように言うも、ガルーダの叔父さんは聞く耳を持ちそうにない。
「ここでは全てが試練となる。
ゲビル、オマエもそうやってオレの信頼を勝ち取って行っただろう」
──時間ないんだけどなぁ……。
低くて重い響きの直後、その叔父さんの周りから小さな影がいくつも現れる。
──さあ、力を示せ。風を上げろ。
小型の鳥獣たちが、私たちの遥か頭上を
空を切り裂きながら旋回しては、
この場を支配する。
さもなくば──
「キサマの風を奪う」
ガルーダの叔父さんの試練、
カエサルにとって、今の実力を測れるいい機会だと私は渋々思うのであった。
博識!ゲビルちゃんの一口メモ。
【風葬の隠里】
伝説の巨鳥ガルーダが統治する集落です。
外界の者が辿り着けることが一切ないため、噂では存在しない聖域とも言われています。
風により神々を弔う終わりの集落とも呼ばれ、魔女の国でも過度な干渉は控えているようです。
あの小難しいガルーダの叔父さんが、魔女の国の傘下に入ったと聞いたときは、とても驚きでした




