一匹狼は笑っていた
木の後ろから戻ると、父が先ほど倒したばかりのホーンラビットを太い木の枝に吊るし、手際よくナイフを使って血抜きの処理をしているところだった。
「パパ、何してるの?」
「おお、セリア。こうして血抜きをしておかないと、肉に臭みが残って味が落ちてしまうからな。ルクが美味いと言っていたし、綺麗に処理しておかないとな」
父は慣れた手つきで作業を終えると、ナイフを清潔な布で拭って鞘に収めた。
空を見上げると、頭上にあったはずの太陽は少しずつ西へ傾き始めている。
森の中にも、うっすらと夕方の気配が漂い始めていた。
「帰りが遅くなるから、そろそろ行くか」
父の言葉に、私は元気よく手を上げた。
「私のアイテムボックスにホーンラビットを入れるよ!」
そう言って吊るされたホーンラビットに近づいたものの、私はピタリと足を止めた。
戦っている最中は必死だったし、討伐した直後は赤い角の綺麗さに目を奪われていて気にならなかったけれど、冷静になってよく見てみると、血抜きをしたばかりの魔物をそのままアイテムボックスに入れるのは、どうしても抵抗があった。
(うーん……いくらアイテムボックスの中は時間が止まっているからって、このまま直接入れるのはちょっと嫌だな……)
前世の感覚が抜けていない私は、さっきまで動いていた魔物を、そのまま鞄に放り込むような気がして、どうにも抵抗がある
何か包むものはないかとアイテムボックスの中身を思い浮かべた時、あるものを思い出した。
(そうだ! ディナの市場で買った、あの大きな葉っぱを使おう! アイテムボックスオープン!)
リストが目の前に表示される。
(うわぁ、いつの間にかいっぱい増えたなー。えっと……あの葉っぱは……これかな? 『包み葉・大』。そのまんまの名前だね。三枚っと)
私はアイテムボックスから、以前ディナの市場で買っておいた大きな包み葉を三枚取り出した。
「パパ! これに包みたいの!」
私が包み葉を差し出すと、父はそれを受け取り、ホーンラビットの体をぐるぐると丁寧に包み込んでくれた。
これなら血も気にならないし、見た目もただの大きな緑色の包みだ。
「セリア、これでいいか?」
「ありがとう! 収納!」
綺麗に包み終わったホーンラビットをアイテムボックスへと収納し、私は満足げに頷いた。
その様子を見届けると、周囲の警戒を続けていたクライスが、空を見上げて声をかけてきた。
「あまり遅くなると危険ですから、そろそろ出発しましょう」
クライスの冷静な言葉に、父も大きく頷く。
「そうだな。よし、全員馬車に乗ってくれ! ディートムへ向けて出発するぞ!」
父の号令で、私たちは手早く残りの片付けを済ませた。
母は父にエスコートされて馬車の荷台へと乗り込む。
休憩を終えると、ガウルとクライスもそれぞれ元の馬車へと戻った。
私も再びガウルの隣に座るため、少し高い御者台に手を伸ばす。
「よいしょっと……」
「危ないですよ、セリアさん」
ガウルが優しく私を抱え上げ、隣の席へと座らせてくれた。
全員が配置についたのを確認すると、ガウルが手綱を軽く揺らし、馬車がゆっくりと動き出した。
ガタゴトと、規則正しい振動が馬車に伝わってくる。
森を抜ける風は昼間よりも少し涼しくなっており、頬を撫でる空気が心地よい。
ふと横に座るガウルの顔を見上げると、彼は前方を見つめながら、なぜかとても嬉しそうに笑っていた。
「ガウルお兄ちゃん、どうしたの? そんなにホーンラビットを倒せたのが嬉しかったの?」
私が不思議に思って尋ねると、ガウルは「え?」と目を丸くしてこちらを向いた。
「だって、ずっとニコニコしてるから。強そうな変異種を倒せたのが嬉しかったのかなって思って!」
「す、すみません。笑っていましたか……無意識でした……」
ガウルは少し恥ずかしそうに自分の頬をかき、視線を泳がせた。
「謝ることないよ! セリアもみんなで倒せて嬉しかったし!」
私が明るく言うと、ガウルの瞳がぱあっと輝きを帯びた。
「そうなんです! セリアさんも魔法でホーンラビットの進む方向を変えてくれましたし、ルク様も上空から的確な指示をしてくださって。それに、バルトさんとは視線だけで動きを合わせることができて……最後のクライスさんの一撃も、本当に流れるようで素敵でしたね!」
興奮気味に語るガウルの言葉には、ただ魔物を討伐したという以上の熱がこもっていた。
(私はほとんど何もできなかったと思っていたけど、ちゃんとみんなの役に立ててたんだ!)
「それに、あの、なんだか……本当に、ひとつのパーティーみたいで……」
途中、自分の発言が恥ずかしくなったのか、ガウルの声はだんだんと小さくなっていった。
私は不思議に思い、横顔を赤くしているガウルをじっと見つめた。
ガウルは照れくさそうに手綱を握り直し、少しだけ遠くを見つめるように目を細めた。
「パーティーって、こういう温かいものなのかなと思ったら、なんだか嬉しくて……自然と笑っていたみたいです」
「うんうん! わかるよ! とくにパパとクライスお兄ちゃんとガウルお兄ちゃんは、すごく連携が取れていたよ! みんなかっこよかったよ!」
「ありがとうございます!」
私の言葉に、ガウルは照れくさそうにはにかんだ。
その優しい笑顔を見て、私はふと思い出す。
(そっか……ガウルお兄ちゃんは【一匹狼の戦士】って言われてるんだった)
ずっと一人で戦ってきたガウルお兄ちゃんにとって、今日みたいに誰かと力を合わせて戦うのは、特別なことだったのかもしれない。
私は小さな胸をドンッと叩き、とびきりの笑顔を見せた。
「セリアはまだ冒険者になれないけど、心はガウルお兄ちゃんのパーティーメンバーだよ! 治癒魔法なら任せておいて!」
「セリアさん……! はい!」
ガウルは目元を少し潤ませながら、嬉しそうに笑って頷いた。
すると、私の膝の上にいたルクが、大きなため息をついた。
「レベル上げもせなあかんしな。仕方ない、ワイもパーティーに入ったるわ」
やれやれといった表情を作っているルクだが、その後ろではふさふさの尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れている。
私とガウルは、口とは正反対に嬉しそうに尻尾を揺らすルクを見て、顔を見合わせて思わず吹き出した。
「ルク様が入ってくれたら、とても心強いです!」
「ルクも一緒にレベル上げ頑張ろうね!」
私たちが笑いながら言うと、ルクは少し照れたように鼻を鳴らした。
「二人とも、ちょっと抜けてるからな。ワイみたいなしっかり者がパーティーにおらんとあかんやろ」
そんなルクの憎まれ口も、今ではただ可愛らしく聞こえる。
馬車は夕日を受けながら、温かい笑い声と共にディートムへの街道をゆっくりと進んでいった。
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