休憩中の異変
お昼ご飯を食べ終わり、私たちは涼しげな木陰の下で、少しの間ゆっくりと休憩を取ることになった。
大きく枝葉を広げた木が強い日差しをしっかりと遮り、時折森から吹き抜ける風が火照った体を心地よく冷ましてくれる。
父とクライスはこれからの道のりについて言葉を交わし、木陰で休む母も十分な水分を取れたことで、だいぶ体調は回復したようだった。
そんな和やかな時間の中、ふと隣を見ると、ガウルが何やら落ち着かない様子でもじもじと体を動かしていた。
さっきまではあんなに幸せそうな顔でチョコバナナクレープをおかわりしたがっていたのに、今は急に言葉数が少なくなっている。
よく見ると、なんとなく顔色が青白く、額にはじんわりと冷や汗まで浮かんでいた。
そして、少し前かがみになりながら、そっと自分のお腹のあたりを手で押さえている。
「ガウルお兄ちゃん大丈夫?」
私が心配になって声をかけると、ガウルはビクッと肩を揺らし、明らかに動揺して視線を泳がせた。
「あ、あの、大丈夫です……! その、ちょっと行ってきます……!」
ガウルは冷や汗を拭いながら、少し離れた森の木立の方へ向かって歩き出そうとする。
しかし、その歩みはどこかぎこちなかった。
そんな彼の背中を見て、私の膝の上で気持ちよさそうに丸くなっていたルクが、片目を開けて容赦のない声を張り上げた。
「なんや、腹が痛いんか?」
「っ……!?」
図星を指されたのか、ガウルがその場でぴたりと硬直する。
そういえば、と思い返す。
今日のお昼ご飯で、ガウルは私が作ったたまごサンドイッチを誰よりもたくさん食べていた。
さらに温かいワイバーンのスープもしっかりおかわりし、チョコバナナクレープまでしっかり食べていた。
あの美味しそうな食べっぷりは見ているこちらまで嬉しくなったけれど、さすがに食べすぎてしまったのかもしれない。
私は立ち上がり、彼の元へと小走りで駆け寄った。
「ガウルお兄ちゃん、こっちだよ!」
「なんでしょうか? うっ……!」
ガウルはお腹を押さえながらも、私について大きな木の幹の後ろまでやってきた。
「レスト・トワレ!」
トイレが姿を現すと、ガウルは目を見開いた。
「トイレだよ! 中に入ってみて!」
「そういえば……以前、セリアさんが『乙女の恥じらい』と言って造っていたあの不思議な魔法は、トイレのことだったのですね」
「うん! あの時はちゃんと説明してなかったね」
「乙女ではありませんが、失礼します……」
彼のお腹の事情はすでに一刻を争う事態だったらしい。
ガウルが中に入ったのを見届け、その場を離れて皆が待つところへと戻ることにした。
みんなのところに戻ってしばらく談笑していると、ガウルが木の後ろから歩いてきた。
さきほどまでの真っ青な顔色はすっかり消え去り、まるで生まれ変わったかのように晴れやかですっきりとした表情を浮かべている。
「セリアさん! すごいですね! 人目を気にしなくていいだけで、あんなに落ち着けるなんて!」
ガウルは目をキラキラと輝かせている。
その言葉に、父やクライス、そして母までもが深く共感するように頷いた。
どうやら、このテラリスの世界においても、旅する者にとっては、私の想像以上に個室トイレの価値があるらしい。
「柔らかい葉も置いてあったので本当に助かりました!」
私が満足げに微笑む。
すると、クライスが感心したように口を開いた。
「細かいところまで配慮されていて……。使用者の快適さまで考え抜かれた魔法なのですね」
「ほんと、うちの娘には驚かされてばかりだよ」
父は苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。
お昼の休憩時間も終わりを迎え、私たちは再びディートムへと向けて出発するため、敷いていたラグや食器などを片付け始める。
私がアイテムボックスに荷物を次々と収納していると、父がそっと立ち上がり、私の方へやってきた。
「セリア、出発の前に、パパもさっきのトイレを使わせてもらっていいか?」
「うん、もちろん! 一緒に行こう!」
私は父を連れて、再び大きな木の幹の後ろへと向かった。
まずはさきほどガウルが使ったトイレを、魔法の解除で一度土の粒子へと戻して消し去る。
何もなくなった綺麗な地面に向けて、私は本日四度目となる魔法を唱えた。
「レスト・トワレ!」
ズズズッ、と新たな個室トイレが現れる。
父は「ありがとう」と微笑んで、少し嬉しそうな足取りで個室の中に入っていった。
(私も出発前にトイレに行っておこう!)
私はトイレの前から少しだけ離れた木陰に立ち、のんびりと伸びをした。
(出発前に、もう一度周囲の安全を確認しておこうかな)
視界の隅に表示されたままのMAPに意識を向ける。
(もう少し広く……!)
しかし、魔法の本質である「イメージ」において、「広範囲」という概念を一定の正確な距離で思い浮かべるのは、実は少し難しい。
いつもより遠くまで探ろうと意識を広げすぎたせいで、私の魔力は思いのほか広い範囲へと及んでしまった。
(うわっ、ちょっと広げすぎちゃったかな……?)
私の視界に、周囲の地形を簡略化したMAPが広がった。
近くにいるみんなの位置に加え、森の中にあるランクの高い素材が、いくつか色付きで表示されている。
「……えっ?」
――休憩場所の先に広がる森の中に、一つの赤い反応が現れていた。
以前、【サーチ】で魔物を見つけた時と同じ色だ。
「赤色! 魔物がこっちに向かってきてる! しかも速い!」
「魔物か! ほな、ワイらの経験値やな!」
ルクが尻尾を振りながら声を弾ませた。
そこへ、父がトイレから笑顔で戻ってきた。
「いやー、あれはすごいなぁ」
「パパ、魔物!」
私が叫ぶと、いつもの優しい雰囲気を持つ父の目が、鋭い眼差しへと変わった。
「ガウル! クライス! 魔物だ!」
父の低く力強い声が響く。
「どこですか?!」
「セリアちゃん!」
ガウルが大斧を構えながら駆け寄った。
その隣からは、かつて辺境伯騎士団副団長として部下を率いていた凛々しい騎士の顔へと変貌したクライスが、鋭い眼光を光らせながら並び立った。
三人は互いの動きを確かめるように位置取り、森の奥へ立ち塞がる。
「森の奥の方からだよ!」
「セリア、ここは危険だ! ママのそばにいなさい!」
父は私を安全な方向へと促すと同時に、腰の剣の柄に手をかけた。
「ガウル! クライス! 戦闘準備だ!」
父の張り上げた声に、穏やかだった木陰の空気が一変した。
ガウルとクライスは無言で頷き、それぞれの武器を構えた。
「ワイも参戦するでー! ワイの経験値や!」
ガサガサッ!
森の奥の茂みが激しく揺れる。
「来るぞ!」
父の鋭い声が響く。
次の瞬間、木々の間から何かが弾かれたような勢いで飛び出してきた。
その小さな影は、木々の間を跳ねるように駆け抜け、凄まじい速さで一直線にこちらへ迫る。
「っ……! なんて速さだ……!」
ガウルが反射的に大斧を構え直す。
私たちの視界に飛び込んできたのは――。
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