帝国までついてきてくれませんか?
大きな木々が立ち並び、涼しげな木陰が広がる静かな場所で馬車が止まった。
どうやら、ここでお昼ご飯を食べるようだ。
馬車を降りる時、先に降りたクライスが私の前へやってきて、ごく自然な動作で手を差し伸べてくれた。
しかし、私の背が低すぎて、手を差し伸べるだけでは降りるのが難しいと気づいたようだ。
クライスは少し困ったように眉を下げつつ、優しく私を抱き下ろしてくれた。
「ありがとう、クライスお兄ちゃん」
私が笑顔でお礼を伝えると、クライスは嬉しそうに頷いた。
私はすぐに母の待つ馬車へと向かった。
扉を開けると、ずいぶん顔色の良くなった母が座っていた。
道中、馬車の中でゆっくり休むことができたのだろう。
「ママ、具合はどう?」
「ええ、セリアが出してくれた氷のおかげで、水分もちゃんと取れたし、ゆっくり休めたから、とても体調がいいわ」
母は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。
そして、少し恥ずかしそうに視線を泳がせながら、小さく声を落とす。
「でも……その、暑くて水分をたくさん取ったから、また魔法であれを作ってくれないかしら?」
「うん! もちろんいいよ!」
私は二つ返事で頷き、あたりをぐるりと見渡した。
大きな木は確かに何本も生えているが、トイレ全体が隠れるほど幹の太い木は見当たらない。
「ママ、ここから少し離れたところにトイレを作ってもいいかな? みんなが見える場所でトイレに入るのって恥ずかしい?」
私の心配そうな問いかけに、母は優しく首を横に振った。
「トイレに入ること自体が恥ずかしいわけじゃなくて、その姿を誰かに見られるのが恥ずかしいだけなのよ。そこまで私の気持ちを考えてくれて、セリアありがとう」
母の言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
私はすぐに父のところへと駆け寄り、母の件を相談した。
「実は私、トイレを造る魔法が使えるの!」
「ト、トイレを造る魔法!? そんな魔法があるのか!?」
私の告白に、父は目を丸くして驚いたけれど、私は胸を張って答えた。
「うん! 外でトイレをするのが嫌だったから、一生懸命考えた魔法なんだ」
「ははっ、そうか! セリアは本当に天才だな!」
父は嬉しそうに声をあげて笑い、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「それでね、少し離れた場所にトイレを造ってもいい? ただ、人目にはつきたくないから、どこに作ろうか迷ってて……」
私が相談すると、父はあごに手を当てて少し周囲を見渡した。
「それなら、あそこにある少し大きな木の幹の後ろに作ったらどうだ? トイレの横を馬車で隠すように止めれば、遠目からだと分かりにくいだろう。もし万が一、近くに誰かがやって来ても、パパたちが時間稼ぎはできるからな」
「さすがパパ!」
私が拍手をすると、父は嬉しそうに笑い、すぐにクライスに周囲の警戒をお願いしてくれた。
念のため、私も【サーチ】で周辺の様子を探ってみる。
近くには今のところ、人や魔物の気配はないようだ。
私は、両親と一緒に大きな木の後ろへと移動すると、少し大きな声で唱えた。
「レスト・トワレ!」
私が詠唱すると、ズズズッ、と一気に土がせり上がり、綺麗な箱型の個室トイレが現れた。
私の魔法で突然現れた箱型のトイレを見た父は、トイレを造る魔法だと聞いてはいても、驚きを隠せないようだ。
私はドアを開けて、中の洋式トイレや綺麗な壁を得意げに見せた。
「どう? なかなか綺麗でしょ!」
悪戯が大成功した子供みたいに、私はえへへと笑う。
「き、綺麗すぎやしないか……? セリア、あとでパパも使っていいか?」
「もちろん!」
父もかなり気に入ってくれたようだ。
もしかしたら、男性も外で用を足す時は、意外と困っていたのかもしれない。
私たちは母が安心してトイレを使えるよう、少し離れた場所へと移動した。
すると、父がそっと私の頭に手を置いた。
「セリア、本当にありがとう。……ディナに行く時も、ママは道中ひどく辛そうだったんだ」
(やっぱり、そうだったんだ……)
「でもあの日は、昼間は雲が空を覆っていて、今日ほど暑くはなかった。それでも、水分を取るのは最小限にして、食事も我慢していたよ。ディナの城壁が見え始めると、ようやく水や食べ物をしっかり口にするといった感じでな……。セリアのおかげで、今はママもずいぶん楽そうだ」
父の安堵の表情を見て、私もまた安心した。
やがて、木の後ろから出てきた母と交代するかのように、私はトイレを消すために再び木の後ろに行こうとした。
すると、周囲を警戒していたクライスが、近づいてきた。
「さきほどは、みなさんで何を見ていらしたのですか?」
不思議そうに聞いてきたので、彼も一緒に連れて行くことにした。
木の後ろにある縦長の箱を目の当たりにしたクライスは、不思議そうに首を傾げている。
一度使っただけなので、汚れも匂いも気にならない。
だけど、母は自分が使ったあとのトイレを男性陣に見せたり、使わせたりするのは嫌なはずだ。
私は「えいっ!」と一度トイレを土に戻して消すと、もう一度唱えた。
「レスト・トワレ!」
新しい個室トイレを造り出し、私はクライスに向かって扉を開けて見せた。
「これね、トイレなんだよ!」
「ト……イレ……!?」
中の綺麗な空間を見て、さすがのクライスも驚愕したのか、目を大きく見開いたまま石のように固まってしまった。
「えーっと。もしクライスお兄ちゃんもトイレが必要だったら、いつでも言ってね?」
「あ、は、はい……。えっと……私も、一度入ってみてもいいですか?」
「もちろん! ごゆっくり!」
(クライスお兄ちゃんも、実はトイレ我慢してたのかな?)
私はそんなことを考えながら、その場を離れた。
数分後、個室トイレから戻ってきたクライスは、なぜかとても真剣な表情を浮かべ、私と視線を合わせるようにその場にひざまずいた。
「セリアちゃん、帝国まで私についてきてくれませんか?」
「ええっ!?」
いきなりの爆弾発言に私が素っ頓狂な声をあげると、クライスはふっと表情を緩めた。
「冗談ですよ。ですが……それぐらい、長旅をする者にとっては素晴らしいということです」
そう言いながらも、クライスの目は妙に真剣だった。
(絶対にちょっとだけ本気だったよね……?)
どうやら、外でのトイレに困っていたのは女性だけじゃなかったらしい。
私は気持ちを切り替えて、昼食の用意を始めることにした。
今日のメニューは、手軽に食べられるたまごサンドイッチと、温かいスープだ。
スープは、ワイバーンの骨をじっくり煮込んで作った黄金色のスープに、ほぐしたワイバーンの肉と薄切りの玉ねぎを加えたものだ。
「ごはんだよー!」
私が呼ぶと、全員がすぐに集まってきた。
父が綺麗に敷いてくれた大きなラグの上に、大量のたまごサンドイッチとスープを並べる。
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
みんなで声を合わせてお昼ご飯が始まる。
ガウルは、たまごサンドイッチを大きな口で頬張ると、幸せそうな顔をした。
「セリアさんのサンドイッチは、相変わらず本当に美味しいですね!」
「ん? ガウルは、セリアのサンドイッチを食べたことがあるのか?」
父が驚いて尋ねると、ガウルは「しまった!」という顔をして、慌てて父に向かって頭を下げた。
「は、はい! すみません!」
「ああ、違うんだ。謝らないでくれ。ちょっと驚いただけなんだ。いつもセリアの面倒を見てくれてありがとう」
父の穏やかな言葉に、ガウルはパッと顔を輝かせた。
「いいえ! セリアさんとは友人ですので、いつも協力し合っています!」
「協力し合っているのか……」
父は優しく目を細めて頷いている。
私の面倒を見ているのではなく、「友人」として協力し合っている。
そう言ってくれたことが嬉しくて、私は思わず笑顔になった。
すると、それを見ていたクライスが、対抗するように微笑みながら父のほうを向く。
「私はセリアちゃんの兄になりましたので、帝国へ行っても妹が恥ずかしくないように兄として頑張ってきます」
「私には、こんなに大きな息子はいなかったはずだが……?」
いきなり「兄」を名乗り始めたクライスを見て、父はなんとも言えない複雑そうな顔をしている。
そんな父の様子を見ていた母が、クスッと笑いながらクライスに告げた。
「クライスさんのように素敵で頼もしい息子ができて、私はとても嬉しいわ」
母がクライスのことを受け入れた様子を見て、父は情けない顔をする。
「エリーナ……」
「クライスさんは、あなたに似たのね! あなたに似て素敵だもの」
「そ、そうか?」
母に褒められた父は、締まりのない顔で母を見つめている。
そんな雰囲気に耐えられなかったのか、ルクが私の膝の上にぽんっと飛び乗ってきた。
「なんや、このあまーい空気は! ワイは何を見せられとんねん! ワイは甘い空気やのうて、甘いデザートが食べたいわ!」
そう言うと、私に向かって手を差し伸べてきた。
(うーん、食べたことがないデザートがいいよね。この前、ガウルお兄ちゃんのお家で作ったこれにしようかな)
「アイテムボックスオープン、大皿一枚!」
アイテムボックスから大皿を一枚出すと、ルクとガウルが何が出てくるのかと目を輝かせる。
「チョコバナナクレープ、六つ!」
そこに黄色い三角形のクレープが六つ現れる。
「なんや! 甘い香りがするな?」
「まぁ、初めて見るわね。いい香り……」
母とルクが興味津々に覗き込んでいる。
「バナナと甘いソースが入ってるよ。尖ってるほうを下にして食べてね。ルクは小さくするから待っててね」
私はルクの分だけ半分にカットして、食べやすいように渡した。
「セリアさん! とても甘いです! この黒いソースはなんですか?」
「それはチョコレートソースだよ」
ガウルは口元にチョコソースを付けながら食べていて、もう食べ終わりそうだ。
「まぁ、とっても甘いわ!」
「ほんまやな。バナナと黒色のソースが絶妙にマッチしてて、止まらんな」
母とルクも気に入ったようだ。
父も大きな一口で食べると、目を輝かせた。
一方で、クライスは少し眉間にしわを寄せながら、不思議そうに味わっていた。
「とても美味しいですが……これは、本当に甘いですね」
すでに食べ終わったガウルが、申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「セリアさん、おかわりは……」
「ありません!」
私がハッキリ断ると、ガウルは小さな声で「はい……」と答え、クライスがクレープを食べ終わるまで、ジッと見つめていた。
(あんなにサンドイッチも食べたのに……そんなに見ても、おかわりは出ないよ?)
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