それぞれの想い
翌日。
私たち家族とルク、そしてガウルとクライスは、朝早くにディナの町を発つことになった。
馬車が停められた中庭へ出ると、オスカー辺境伯と妻のエリーゼ、そして騎士団長がお見送りのために揃って立っていた。
「クライス。これまで騎士団の副団長として、本当によく務めてくれた。お前が支えてくれたおかげで、騎士団は幾度となく危機を乗り越えることができた。心から礼を言う。……道中、気をつけてな」
騎士団長も静かに口を開く。
「クライス。お前と肩を並べて戦えたことを誇りに思う。……元気でな」
「ありがとうございました」
その言葉を受けて、クライスは二人に深く礼をした。
そしてオスカー辺境伯は、ちらりと父の方を見て目配せをした。
父もそれに気づき、二人は無言のまま小さく頷き合った。
昨夜も二人は遅くまで話し合っていたようだ。
二人の様子を見ていると、オスカー辺境伯が私に向き直り、力強く告げた。
「我が騎士団の恩人、セリア殿。何かあれば、必ず助けになろう」
「ありがとうございます。……できれば、お世話にならないように頑張ります」
これ以上目立つような事件はごめんだという気持ちが漏れてしまい、最後の方は少し自信なさげな声になってしまった。
私のそんな様子を見て、オスカー辺境伯は豪快に笑い声を上げた。
「ふふっ。またディナへいらした時は、ぜひ遊びに来てくださいね」
エリーゼは優しく微笑みながらそう言うと、私たち全員を見渡した。
「皆様、どうかお気をつけて」
「はい! ありがとうございます!」
私たちはオスカー辺境伯が用意してくれた二台の馬車に乗り込み、ディートムへ向けて出発した。
「こんなに立派な馬車、二台もお借りしてよかったのかな……?」
広々とした馬車の中で周囲を見回していると、同乗していたクライスが優しく教えてくれた。
「ディートムにいる者たちをこちらへ迎えに使うための馬車でもありますから、まったく問題ありませんよ」
現在、二台ある馬車の御者台には、それぞれガウルと父が座っている。
念のため、変装をしているクライスは、町を出るまでは人目につかないよう私たちと一緒に馬車の中に隠れており、町を出たところで父と御者を代わる予定なのだ。
「そういえば、クライスさんはこれからどうするの?」
私が何気なく尋ねると、クライスは目を丸くした。
「聞いていないのですか? 私はこれから、お父様のご実家でお世話になることになっています」
「えっ!?」
まさか、父の実家に行くとは思わなかった。
私は驚きつつ、国を離れることになっても問題なかったのかと尋ねてみる。
「腕を失ったという話はいずれ両親にも伝わるでしょう。その時に国内にいると、いろいろ説明が大変になりそうです。国を離れられて、かえってよかったのです。それに、お父様のご実家なら、いつかセリアさんに会えるかもしれませんしね」
「家族と離れるなんて……ごめんなさい」
「どうして謝るのですか?」
クライスは少し困ったように笑った。
「腕を失って悲しんでいる息子より、遠くで元気に暮らしている息子のほうが、両親も安心できるでしょう。腕が元に戻っていることは、今はまだ伝えられませんが……」
一度言葉を区切ると、わずかに表情を緩めた。
「セリアさんを見ていると、不思議とその日もそう遠くない気がするのです」
「え? 私がまた何かやらかしそうってこと?」
私がジト目を向けると、クライスは楽しそうに笑った。
「ははっ。セリアさんは優しいですからね。見ず知らずの私まで助けてくださったじゃないですか」
「そ、それは……たまたまだよ!」
恥ずかしくなって、私はぷいっと顔を逸らした。
「帝国で頑張ってきます。いつかまたお会いしましょう。その時は、今よりもっと頼れる騎士になっているつもりです」
普段は冷たくも見える端正な表情をふっと和らげ、クライスが優しく微笑んだ。
(うっ……イケメンの笑顔って、ずるい……)
一瞬思考が止まり、私は慌てて視線を逸らした。
「まぁ……!」
そんな私の様子を見た母は、嬉しそうに頬を緩めていた。
町を出てしばらくすると、予定通り父とクライスが御者を交代した。
一人で御者をしているガウルが少し寂しそうに見えて、私は隣へ座ることにした。
実は、ガウルが御者をしている方の馬車の中は、『治癒魔法で治療した騎士たちからのお土産』という名の私への貢物でいっぱいで、人が乗れるスペースがまったくないのだ。
大きなぬいぐるみから、かわいい服やバッグなど、ありとあらゆるものが詰め込まれており、オスカー辺境伯も出発前にそれを見て少し呆れていたほどだ。
もう一台の馬車が荷物なしで広々としているのとは大違いである。
ガウルの隣で風に吹かれていると、脳内にルクの声が響いた。
『セリア、サーチ持っとるんなら、外におる時は常に発動するくらい練習しとかなあかんで』
『常に?』
『せや。外には魔物もおるし、最低でも半径三十メートルくらいは常時サーチしておきたいな。セリアの魔力なら問題ないやろうけど、常にサーチするいうのは精神的に疲れる人間もおるから、今のうちに練習しといたほうがええで』
『分かった。やってみるね』
私が念話で返事をすると、今度はナビの声が補足するように響く。
≪基本は半径三十メートルを常時サーチし、定期的にさらに広範囲をサーチするという方法をとる者もいます。状況に応じて使い分けると効率的です≫
『なるほど! 二人とも教えてくれてありがとう』
私はルクとナビの二人から指導を受けつつ、さっそくサーチのスキルを発動させた。
視界に広がるサーチの範囲を一定に保てるよう、意識を集中させる。
(うぅ……落ちてる素材が気になって、サーチの範囲が安定しないよぉ)
そんなことを呑気に考えながら練習を続けていると、穏やかな時間が流れていった。
しばらくの間、私たちは他愛もない話をしながら馬車に揺られていた。
穏やかな空気が流れる中、不意にガウルが口を開いた。
「セリアさんは、すごいですね……」
「え?」
私が聞き返すと、ガウルは前を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「僕は無力でした。何も出来なかった」
その言葉を聞いて、私はハッとした。
もしかして、私が治癒魔法を使ったあの時のことを言っているのだろうか。
「ガウルお兄ちゃんが傍にいてくれたから、勇気が出たんだよ。困ってる人がいるのに、色んなことを考えちゃって、あと一歩が踏み出せなかったの。でも、ガウルお兄ちゃんの言葉で前に進めたんだ。ありがとう」
「あのとき、かっこいいことを言ったけど……本当にセリアさんを守れるか分からなかったのに、無責任でした」
ぎゅっと手綱を握りしめ、自分を責めるようなガウルの横顔を見て、私は思わずふふっと笑い声をこぼした。
「ガウルお兄ちゃんが傍にいてくれて、『守る』って言ってくれたことが、私はとっても嬉しかったし、心強かったよ。そう言ってくれる人がいるだけで、私はすごく安心できたの。だからね、その言葉だけで十分だったんだ」
ガウルが本当に私を守れたかどうかは、私にとって一番大事なことじゃなかった。
あの時、「守る」と言ってくれた。その気持ちだけで、私は十分に救われていたのだから。
「セリアさん……」
ガウルは何か言おうと口を開いたが、私はいつもより少しだけ明るい声で言葉を続けた。
「ガウルお兄ちゃん、いつもありがとう。いつも迷惑かけてごめんね」
私が真っ直ぐに伝えると、ガウルは慌てて首を横に振った。
けれど、その目はどこか潤んでいるようにも見えた。
「迷惑だなんて、思っていませんよ」
私たちはお互いの顔を見つめ合った。
ガウルは眉を八の字に下げて、困ったように笑っている。
きっと今の私も、彼と同じような顔をしているのだろう。
そう思うと、なんだか無性におかしくなってしまった。
私たちは同時にぷっと吹き出すと、そのまましばらくの間、二人して笑いが止まらなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!




