祈りの先で
馬車が静かに止まった。
どうやら目的の教会に着いたようだ。
外へ出ると、教会の扉が開き、法衣をまとった女性が現れた。
背が高く、すらっとした美しい女性だ。
オスカー辺境伯が、その女性に声をかける。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです。どうぞ、こちらへ」
案内されるまま、私たちは教会へと足を進める。
教会は歴史を感じる荘厳な建物だが、隅々までしっかり手入れがされているのがわかる。
教会の横には、一回り小さな建物が見える。
あれが併設されているという孤児院だろうか。
教会の中に入ると、そこは無数のローソクの明かりに照らされていて、とても幻想的で綺麗な空間だった。
中央には、創造神様を象った真っ白な石像が祀られている。
髪が長く、均整のとれた美しい体。
そして……腰に巻かれている小さな布切れ。
(えぇぇ……私が見た時より、布の面積が小さくない?)
当時の神が本当にこの程度の布切れ一枚だったのか、それとも語り継がれるうちに人々の記憶によってだんだんと小さくなっていったのか……。
そんなことを考えて、中央の像をぼーっと見つめていると、母が優しく声をかけてきた。
「セリアは初めてよね。あのお方が創造神様よ。この世界を創ったと言われているわ。その横にいる方がミカエル様よ」
「うん」
創造神様の横に目を向けると、背中から羽を生やした少年の石像が並んで祀られていた。
(前にルクが言っていた、天使の姿のときかな? だとしたらかわいらしいのね)
女性が私たちの方を振り返り、おだやかに微笑んだ。
「今の時間は他の者は孤児院にいますので、こちらに来ることはありません。どうぞ、ごゆっくりお祈りなさってくださいね」
「急にすまなかったな。助かるよ」
「いいえ。いつも愚弟がお世話になっていますから、このくらい大したことではありませんよ。愚弟はご迷惑をおかけしていませんか?」
「とても、しっかりやってくれているぞ」
「それならいいですが……何かあったら教えてくださいね。躾をしにまいりますので」
おっとりと微笑む綺麗な女性の口から、突如として放たれた『躾』という言葉に、なぜか私の背筋がぞわりと冷たくなった。
すると、横にいたクライスが小声で教えてくれた。
「あの女性……アデル様は、ミランの二番目の姉なのです」
「ミラン?」
私が首を傾げると、クライスが補足する。
「救護室にいた、一番背の高い金髪の騎士です」
一番背の高い金髪の騎士……。
その言葉で、私の脳裏に角刈りでおネエ言葉を話す、あのインパクト抜群の騎士の姿が蘇った。
(あの騎士を躾けるなんて、どの世界でも姉は強いのね)
私は『躾』と発言したことに妙に納得してしまった。
「終わったら声をかけてください」
アデルはそう言い残し、教会から出て行った。
静まり返った教会の中で、オスカー辺境伯が私に向き直る。
「セリア殿、創造神様の前で、祈るとよい」
「はい」
私はルクを肩に乗せたまま、ゆっくりと祭壇の前に進み出た。
小さな布切れを腰に巻いた美しい創造神様の石像を見上げる。
(本当はもっと顔はイケメンなんだけど、あの神々しい姿を残すのは難しいよね……)
そんなことを考えながら、像のすぐ近くまで進む。
教会の作法なんて知らないし、どう祈ればいいのか分からなかったが、とりあえず私は静かに膝をつき、胸の前で両手をギュッと握り合わせた。
そして、目を閉じて心の中で語りかける。
(御無沙汰しております。遅くなり、申し訳ございません)
すると、不意に脳内に声が響いた。
――お久しぶりですね。
懐かしい、とてもクリアな声だ。
私はハッとして、目を開けた。
そこは教会の礼拝堂ではなく、見渡す限りの真っ白な空間だった。
転生前に訪れたあの空間、あの時の記憶が鮮明に蘇る。
「まさか、祈ってただけなのに死んだの……?」
――こちらに意識のみを呼んだのです。
顔を上げると、そこには輝く金色の瞳と、足元まで伸びる美しい黄金の髪を持った、神が立っていた。
「えっと、死んでないってこと……ですか?」
――はい。
一瞬また死んだのかと思った私は、ほっとした。
しかし、目の前に立つ神の姿を見て、思わず視線を彷徨わせてしまう。
(なぜ、また腰に小さな布切れ一枚だけの姿になってるんだろう。私は何か試されているのだろうか……)
――何を試しているというのでしょうか?
(あぁぁ! 心の声も聞こえるんだったぁぁぁ!)
「すみません。ちょっと刺激の強い格好だったので……」
言い訳をする私を、神はじっと見つめてくる。
すると神はその姿を変えた。
漆黒のロングコートは足元まで伸び、肩には黒銀の装飾が施されている。
胸元には深紅の宝石が埋め込まれ、風もないのに黒いマントがゆっくりと揺れた。
黄金の長い髪と金色の瞳が、その威厳をさらに際立たせている。
まるで世界を滅ぼそうとする魔王のような、圧倒的な存在感だった。
――この服装はいかがでしょう。
「めちゃめちゃ、かっこいいですけど! 神様じゃなくて、完全に悪役のラスボスです!」
――格好いいとは、そのような装いを指すのですね。
「えっと、イケメンに限るといいますか……」
また神は私をじっと見つめ、光に包まれたかと思うと服装が変わる。
今度は、純白のスーツ姿だった。
身体にぴたりと沿う細身のジャケットに、胸元は大胆に開かれている。
首元には細いシルバーのネックレスが揺れ、指にはいくつものリング。
真っ白な革靴まで抜かりなく揃えられている。
歌舞伎町でナンバーワンを名乗っていても違和感がないほど、華やかで派手な装いだった。
――こちらはいかがでしょう。
「こちらも素敵です。だけど神様にこんな姿をさせてしまっていいものか……普通のスーツでいいんですが……」
どうやら、もう着替えるつもりがないのか、神は微笑んだまま立っている。
このままでは話が進まないと思い、本来の話に戻そうとする。
「な、なぜここに呼ばれたのでしょう?」
――セリアに加護を授けるために呼びました。
「加護……?」
――私が与えた力を支えるため、その力に応じて必要な加護を授けています。
「……聖女や勇者、賢者も、創造神様からの加護を持っているということですか?」
――はい。
「もう十分にスキルを貰っていますし、これ以上は必要ありませんよ」
(これ以上目立つのも嫌だしなぁ……)
――私の加護を目立つという理由だけで断る人は、初めてですね。
(あぁ、また心の声が漏れてたぁぁぁ!)
「申し訳ございません。でも、今でも十分楽しんで生活できています!」
――しかし、加護がないとこれから先は大変になりますよ。
「え?」
――私が与えた力は、肉体に少なからず負担をかけています。
「負担……え? 死ぬとかそういうことですか?」
――最悪の場合、その可能性は否定できません。
「えぇぇぇぇ!」
――そのため転移者の場合は、スキルを与えると同時に加護もあわせて授けています。
「じゃあ、転生者だとあとからになる理由はなぜですか?」
――転生者や、この世界で生まれる者へは、母体への負担を避けるため、生まれた後に加護を授けています。
「じゃあ、聖女様も?」
――はい。聖女は生まれてすぐに家族と教会を訪れることが多く、その時に加護を授けています。
「でも……創造神様の加護って、聖女や勇者、賢者だけが持っているんですよね? やっぱり目立つんじゃ……」
――目立つ可能性はあります。ですが、加護は与えた力と肉体の均衡を保ち、命を守るために必要なものなのです。
「命を守る……?」
――加護は教会の中でしか授けることができません。本来であれば、もっと幼いうちに教会を訪れ、その時に授けるはずでした。
(両親には私を教会から遠ざけたい事情があったから、こればかりは仕方ない)
神は否定も肯定もせず、静かに私を見つめていた。
――幸い、現時点では大きな問題はありません。しかし、スキルはこれからも成長します。
(たしかに鑑定スキルや防御スキルにはレベルがあったな)
――力だけが成長し、肉体が追いつかなくなれば、やがて体が耐えられなくなります。そのために加護が必要なのです。
(加護がないと、結局死ぬやつじゃん……)
神が軽く指を鳴らした。
すると、私の足元から無数の金色の文字が浮かび上がり、光の輪となり私の周囲を静かに巡る。
文字は一つ、また一つと私の中へ吸い込まれ、最後の光が消えた。
――それでは、加護を授けましたので、戻っていただいていいですよ。
「え? 今のが!?」
――これで肉体は、私が授けた力に耐えられるようになります。
「ありがとうございます……?」
――ここでの時間は向こうでは一瞬の出来事ですので、心配いりませんよ。
「いやいやいや、今ので終わりですか!? 心の準備くらいさせてくださいよーー!」
ハッと目を開けると、目の前には腰に小さな布切れを巻いた創造神様の石像が立っていた。
(それにしても……やっぱり布の面積、石像の方が少ない気がする)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




