ディナで過ごす最後の夜
夕食の時間になり案内された大食堂に行くと、既にガウル、ランド・エッジのみんな、そして副団長のクライスが座って待っていた。
私たちが席につくと、ローラがにっこりと微笑みかけてくれた。
「明日にはもうディートムに帰るって聞いたわ。辺境伯様が気を遣って声をかけてくれたのよ」
どうやら私たちが明日ディートムに戻るので、オスカー辺境伯が気を利かせて、知り合いである『ランド・エッジ』を夕食に誘ってくれていたようだ。
私は、クライスがなぜ同席しているのか気になり、彼に視線を向けた。
「私も一緒にディナを出ることになりました。ここでの最後の食事だからと、夕食に呼んで頂きました。明日、ディートムまで一緒ですね。よろしくお願いします」
「そうなんだ……えっと、みんなにお別れは言えた?」
「はい、気にかけてくださり、ありがとうございます」
笑顔で答えてくれたクライスの表情からは、後悔は見えない気がした。
しばらくすると、大きな扉が開いてオスカー辺境伯が入ってきて、夕食会が始まった。
昼間の買い物の出来事や、ガウルの引っ越しのこと、ランド・エッジの最近の依頼の話などで、大人たちは賑やかに雑談を交わしていた。
そうしてしばらく食事を楽しんでいると、ふいにオスカー辺境伯が私の方を見て声をかけてきた。
「セリア殿、少し話があるんだが」
「はい」
(え? なにか、やっちゃったかな?)
「報酬のことなんだが、宝物室を見てなにか欲しい物はあったかな?」
「色々な物があって、とても楽しかったです。見学だけで十分です。ありがとうございました」
「喜んでもらえて良かった。しかし、見学だけで終わりというのもな……何か気になる物などなかったか?」
オスカー辺境伯の言葉に、私は少し首を傾げた。
私の本当の目的は、鑑定スキルのレベルを上げることだったため、特に欲しい物はなかった。
「そうですね……あぁ、勇者が残していった物は気になりました!」
そう答えた瞬間、オスカーはビクッと肩を揺らし、明らかに動揺した。
「あ、そ、そうか……あれは、その……渡すのには、必要な言葉があってな……その言葉を知らないと渡してはいけないと先代が勇者から言われたみたいでな……」
「そうですか……ルクが知っていたので、必要な言葉も分かるかもしれません」
それを聞いたオスカーは目を見開いたまま固まり、まるで時が止まったように動かなくなった。
(うーん、受け取って処分しようかなと思ったけど、さすがに子供に渡すのは刺激が強すぎるかぁ。ゆうかちゃん、いつか受け取りにくるから待っててね……)
オスカーを少し困らせすぎてしまったみたいだ。
他のものを考えることにする。
「それでは、物じゃなくてもいいですか?」
「も、もちろんだ」
物ではない報酬でもいいと言われ、オスカーはほっとした表情を見せた。
私は少しだけ考えてから口を開いた。
「それなら、今ディートムの宿で手伝ってくれている方たちに、報酬をあげてください」
「ん? 今ディートムに行っているセバスやメイド、料理人のことか? 彼らにはちゃんと給金を支払っているから、君が気にする必要はないぞ」
「でも、遠出をしてまで来ていただいたので、私の代わりにお礼として特別に報酬をあげて欲しいです」
私がそうお願いすると、オスカー辺境伯は少し驚いた顔をした後、優しく頷いた。
「なるほど。そういうことなら構わないが……君自身の報酬としては、それだけでは少なすぎる。他にはないか?」
「それなら……できれば、半年後にまた宿のお手伝いとしてメイドさんを貸してくれませんか?」
「メイドを? なぜだ?」
オスカー辺境伯が不思議そうに聞き返すと、私は隣に座る父と母を見上げた。
「今日、パパとママと一緒に買い物に行って、すごく楽しかったんです。数時間だけでもお手伝いに来てくれたら、パパとママと一緒にゆっくり過ごせるから……」
私がそう言うと、父と母は驚いたように目を丸くし、それから少し慌てた様子で口を挟んだ。
「セリア、気持ちは嬉しいが……忙しいときは冒険者を雇って手伝ってもらえばいいんだ。オスカーにそこまでしてもらうわけにはいかない」
「そうだわ、セリア。オスカー様のご負担になってしまうもの」
両親が遠慮していると、オスカー辺境伯は豪快に笑った。
「ははは! バルト、エリーナ、まったく問題ないぞ。これが報酬だなんて、セリア殿がしてくれたことに比べれば安すぎるくらいだ」
「本当ですか? やったー!」
「半年後でいいのか? なんなら毎月でもいいぞ?」
「そんなにしてもらったら、私のほうが困っちゃうよ」
私は首を横に振った。
「これでも十分だよ。報酬が欲しくて、みんなを治したわけじゃないの。本当は報酬はいらないんだけど……」
「そうか……私のわがままのために、申し訳ないな。協力してくれて、感謝する」
「いいえ、パパとママとまた一緒にお買い物ができるので、嬉しいです! ありがとうございます」
本当は、これでもまだ安すぎるのだろう。
それでも、私に無理に何か報酬を渡すのは気が引けるのか、オスカーは複雑そうな表情を浮かべていた。
私はそんなオスカーに向かって、にっこりと笑った。
「じゃあ、お手伝いをしてくれた人には、たっぷり特別報酬を渡してください! またディートムに手伝いに来たくなるくらい、いっぱい!」
私のその言葉に、テーブルを囲んでいた大人たちは一瞬ぽかんとした後、一斉に楽しそうな笑い声を上げたのだった。
夕食が終わると、ランド・エッジのメンバーとお別れの時間だ。
「セリアちゃん、またお買い物に行きましょうね」
「今度こそ、女子会をしましょうね!」
「ディナに来たら、声をかけてくれよ」
「セリアちゃん、パパとママに心配かけすぎないようにね」
「うん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、また遊ぼうね!」
笑顔でお別れをして、ランド・エッジのメンバーはみんな帰って行った。
ランド・エッジのメンバーが部屋を出ると、オスカーが父に向かって声をかける。
「バルト、準備は出来ている。遅い時間になって申し訳ないが、人目を避けたいとのことだったからな。今から向かおう」
「……迷惑をかけて、すまないな」
父が私の方を向いて真剣な顔をする。
「今なら人目も少ない。今夜のうちに教会へ行こう」
「え? 今から?」
私は母の方を見た。
(ママは大丈夫なのかな?)
その様子を見たオスカーが優しい声で母に説明する。
「エリーナ殿、心配しなくてもいい。今から向かうのは、この町の南にある孤児院併設の教会だ。ここの騎士の姉が聖職者を務めている。信頼できる人物だ」
「はい、ご配慮いただきありがとうございます」
「ママ、大丈夫?」
「セリア、大丈夫よ」
ガウルが驚きの表情で、私たちを見つめていた。
「教会に何かあるのですか?」
「あぁ、すまないガウル。実はセリアは教会に一度も行ったことがないんだ」
「え? 一度もですか?」
「ルクに言われてな。これから教会に行くんだ」
「私もついていきましょう」
「ありがとう、助かるよ」
「もちろん、私もついていきます」
クライスも一緒に来てくれるらしい。
「あまり大人数になっても目立つが……エリーナ殿のことを考えると、護衛は多いほうが安心だろう。よし、馬車を用意してある。行こう」
私たちは頷き合い、夜の街へと静かに馬車を走らせた。
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