家族水入らずのお買い物
翌朝、私はとてもすっきりとした気持ちで目を覚ました。
ふかふかのベッドの上で大きく背伸びをすると、窓の隙間から差し込む朝の光がやけに眩しく感じられる。
ずっと胸の奥につかえていたものが少し軽くなったからか、いつもより体が軽く感じられた。
昨夜、父と母は教会の件についてオスカー辺境伯に相談すると言い、部屋を出ていった。
昨日は長距離の移動もあったし、色々なことを話して体力的にも精神的にも疲れただろう。
まだゆっくり休んでいる頃かもしれない。
両親が起きてくるまで何をして待とうかな、と考えながら身支度を整えていると、部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
扉を開けると、そこにはガウルが立っていた。
昨日、私がオスカー辺境伯に呼び出されたのを知っているからか、少し心配そうな顔をしている。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはよう、ガウルお兄ちゃん! ぐっすり眠れたよ!」
私が元気いっぱいに答えると、ガウルは少しだけ安堵したように息を吐いた。
私は両親がディナに来ていること、そして魔法やスキルについて、昨夜両親に話す機会があったことを伝えた。
話を聞き終えたガウルは、私の顔をじっと見つめると、ふっと目を細めた。
「よかったですね」
ガウルは私の表情を見ただけで、すべてが良い方向へ向かったのだと察してくれたのだ。
「うん!」
私はガウルの考えを肯定するように元気に返事をした。
「そういえば、今回はガウルお兄ちゃんのお引越しのためにディナに来たんだった! いろいろあって本来の目的を忘れちゃってたよ。私に何か手伝えることはある?」
私がそう尋ねると、ガウルは少し首を傾げ、顎に手を当てて考え込んだ。
「そうですね……もともと部屋には大したものを置いていなかったので、ほとんど私のアイテムボックスに入ったのですが。一つだけ、セリアさんのアイテムボックスに収納してほしいものがあります」
さっそく、私たちは部屋で丸くなって寝ていたルクを連れて、ガウルの家へと向かった。
朝のディナの街はすでに活気づいており、大通りには焼きたてのパンの匂いや、商人たちの威勢の良い声が響いている。
そんな賑やかな通りを抜け、西門に近いガウルの家に着くと、彼は庭先にある小さな鉢植えを大事そうに持ち上げてみせた。
そこには、まだ花は咲いていないが、青々とした元気な葉をつけた小さな植物が植えられていた。
「お隣のおばあさんが、私の庭には何もなくて寂しいだろうからと、持ってきてくれたものなんです」
ガウルが家をあけている間は、お隣のおばあさんが水やりをしてくれていたらしい。
今回は正式にディートムへ拠点を移すため、おばあさんから貰ったこの鉢植えを一緒に持って行きたいのだという。
「馬車の移動中に鉢植えが倒れると困るので、セリアさんのアイテムボックスに収納してもらえませんか?」
「もちろん! これ、何のお花が咲くの?」
私が不思議に思って尋ねると、ガウルは少しいたずらっ子のような表情で笑った。
「実は何が咲くのか知らないのです」
その予想外の返答に、私は思わず「え?」と声を出してしまった。
てっきり、なんの花か知っていて育てているものだと思っていたのだ。
気になった私は、こっそりスキルを使って『鑑定』しようとする。
だが、その時だった。
「何が咲くのか、とても楽しみです」
ガウルが鉢植えを見つめながら、楽しそうに笑ったのだ。
何が咲くのかを心から楽しみにしているその表情を見て、私は鑑定するのを止めた。
(……そうだよね。何が咲くか分からないからこそ、毎日お水をあげながらワクワクできるんだもん)
なんでもスキルを使って答え合わせをしちゃうのは、なんだか野暮というものだ。
「うん! 私も楽しみ!」
私が満面の笑顔でそう返すと、ガウルも嬉しそうに頷いた。
私は鉢植えを傷つけないよう、そっとアイテムボックスに収納した。
「そういえば、いつ頃ディートムに戻る予定でしょうか?」
「明日か、明後日には、ここを出発すると思うよ」
「そうですか。セリアさんのご両親とも話してみますね」
「ガウルお兄ちゃん、移動中のご飯を作りたいから、少しだけキッチンを貸してほしいな」
「ええ、構いませんよ。私で手伝えることがあれば言ってください」
私はガウルの家のキッチンを借りて、料理を始めた。
(パパとママに料理スキルがあるって教えたし、ここは美味しい物を食べさせてあげたいな!)
サンドイッチやおにぎり、おかず、それにデザートまで次々と作っていく。
キッチンに広がる匂いに、ガウルとルクはなんだかそわそわしている。
出来立ての料理を次々とアイテムボックスへ収納していくと、それを見ていたルクがガッカリした表情をする。
「なんや、味見しなくてええんか?」
「もうすぐ昼食だよ。味見したら、ご飯が入らなくなっちゃうでしょ。そろそろ辺境伯邸に戻ろう」
料理を終える頃には、お昼になっており、私たちは急いで辺境伯邸へ帰ると、既に父と母が待っていた。
「ガウル、明日ディートムに帰ろうと思うけど、どうだい?」
「はい、明日出発ができるように、ディナの街で少し買い物を済ませておきますね」
みんなで明日の予定を決めながら、楽しく食事を終える。
ガウルは、ディナでの用事を済ませてくると言い、出かけてしまった。
夕食までは、私たちとは別行動をすることになった。
ガウルを見送った後、せっかくなので家族水入らずで街へ出かけようという話になる。
私は「パパとママにプレゼントがあるの!」と言って、数日前にディナのブティックで購入していた服をアイテムボックスから取り出した。
「この前、ローラお姉ちゃんとリズお姉ちゃんと買い物に行ったときに買ったんだ! これを着て買い物に行きたいな!」
「まぁ、私たちに? セリアありがとう」
「お? パパにもあるのか! ありがとう」
両親は驚きながらも嬉しそうに服を受け取ってくれた。
「あと、これも……」
私は父に巾着を差し出した。
「ん? なんだ?」
父は巾着を受け取り、中を見た。
「な! セリア、これはどうしたんだ?」
巾着の中には、たくさんのお金が入っている。
「前にガウルお兄ちゃんとお出かけしたときに地竜の鱗を見つけたんだ。それを売ったお金なの。ご飯とかお洋服を買うのに使った残りだよ。黙ってて、ごめんなさい」
「……。まぁ、セリアが見つけた素材で、稼いだお金だからな。ただ、あんまり無駄遣いをしたらだめだぞ」
そういうと、父は巾着を返してくれた。
「え? セリアが持ってていいの?」
「ちゃんとアイテムボックスに入れておくように! 鞄に入れて持ち運んだりしたら危ないからだめだぞ。あと高い物は買わないように! そのときは、ちゃんと相談するように」
まさか返してくれると思わなかった。
子どもが大金を持ったらだめだと怒られると思っていた。
父は私が子どもだからといって、初めからダメと言うようなことはしなかった。
私はもう一度、父に巾着を差し出した。
「欲しい物があるときは、パパに相談する。だから持ってて」
「ん? それでいいのか?」
「うん!」
「わかった」
父は「よく出来ました」というように、頭をなでてくれた。
私たちは、各自着替えてから玄関ホールで待ち合わせをすることにした。
玄関ホールに私が到着すると、そこには既に両親の姿があった。
「どうかしら、バルト? 私には少し可愛らしすぎる気もするのだけれど……」
母は若草色のシンプルなワンピースを着こなしていた。
「すごく似合っているよ、エリーナ。それにしても、おそろいの色なんて少し恥ずかしいな……」
父は母と同じ若草色のシャツを着ている。
「ふふ、バルトもとても似合っているわ」
父と母はお互いの姿を見て、少し頬を染めながら褒め合っている。
そんな仲睦まじい両親の姿を、微笑ましい気持ちで眺めていると、母が私に気づき、優しく微笑んだ。
「でも、セリアが一番似合ってるわね」
「うん、可愛いぞ!」
父は私の頭を優しく撫で、母は私をそっと抱きしめてくれた。
私も、父と母と同じ若草色のワンピースを着ている。
(ふふ、親子でリンクコーデ! ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな!)
ディートムでは両親が宿を経営しているため、三人で一緒に過ごす時間は長い。
けれど、常に宿泊客の対応や掃除、料理などの仕事に追われており、こうして揃って出かけるということは今までなかった。
私は右手でパパと、左手でママと手を繋いで街を歩いた。
ルクは私が肩から提げた小さなポシェットの中に入り、たまにひょこっと顔を出しては街の様子を物珍しそうに眺めている。
ディナの市場は、辺境伯領の中心地ということもあり、ディートムの何倍も活気があった。
通りには色とりどりの果物や、珍しい魔物の素材、キラキラと輝く装飾品を並べた屋台がずらりと続いている。
活気ある市場を歩いていると、ふと、父がある精肉屋の大きな屋台の前で足を止めた。
店先には、巨大な肉のブロックがいくつも吊るされている。
「ん? ワイバーンの肉か」
父が呟いた言葉に、屋台の恰幅の良いおじさんが威勢のいい声を上げた。
「おう、そこの旦那! お目が高いな! 最近この辺りにワイバーンの群れが来ただろ? その討伐で質のいい肉が大量に出回っててな、今なら特売だぜ!」
「なるほど。ワイバーンの肉は美味いが……さすがにディートムまで持ち帰るには厳しいか。生肉はあっという間に腐ってしまうからな。日持ちする干し肉の方を買おうかな」
父が少し残念そうに独り言のように呟いた、その時だった。
私は繋いでいた手を離し、父の服の裾をちょんちょんと引いて、手招きをする。
父が「なんだ?」と不思議そうに身をかがめたところに、私はパパの耳元へ内緒話をするように、小さな声で耳打ちをした。
「パパ、私のアイテムボックスの中は時間が止まるから、生肉も新鮮なまま持って帰れるよ」
その言葉を聞いた瞬間、父は驚きで目を大きく見開いた。
私のアイテムボックスの異常性がどれほどのものか理解したのだろう。
「はは……。それだけでも、とんでもないスキルだな……」
父は信じられないというような顔でぼそっと呟き、呆然と私を見た。
「買って帰ろうよ!」
私のその言葉に、父は少し笑い、そしてポンポンと優しく私の頭を撫でた。
「……仕方ないな。食いしん坊の娘のために買っていくか」
「やったぁ!」
父は肉屋の男性に声をかけ、立派なワイバーンの生肉のブロックをいくつか購入してくれた。
(美味しいお肉は、どれだけあってもいいもんね!)
その後も両親との買い物が楽しくて、何を見ても自然と笑顔になってしまった。
私たちはお土産を選んだり、珍しい屋台の串焼きを三人と一匹で分け合って食べたりしながら、ディナの街を手を繋いで歩いた。
(パパとママとお買い物するって、こんなに楽しいものなんだ! ずっとこの時が続けばいいのに……)
そう願いながら、私はパパとママの手をぎゅっと握り返した。
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