セリアの告白
部屋の中には、重たい沈黙が続いていた。
私は「言わなきゃいけないことがある」と言い出したものの、何をどこから話せばいいのか、頭の中が真っ白になってしまった。
スカートの裾を小さな手でギュッと握りしめ、私は下を向いたまま、どうしても最初の一言が口から出てこなかった。
(どうしよう……。どこから話せばいいのかな……)
その時だった。
≪セリア様、ナビが以前「感情に関することは正確な情報をお伝えすることができない」と話したことを覚えていますか?≫
唐突に響いたナビの声に、私は驚いたが心の中で答える。
(うん、覚えてるよ。予想ならできるけどって、言ってたよね)
≪はい。感情については様々な情報から予想はできても、あくまでそれは予想にすぎないと。……ですが、ナビはセリア様が生まれてからずっと、その傍で全てを見てきました≫
ナビの声が、いつもよりもわずかに温かく感じられた気がした。
≪ナビだから言えることがあります。セリア様のご両親は、セリア様のことを全て受け入れてくださいます。セリア様は、何も心配する必要はございません≫
(ナビ……)
≪今までセリア様を信じて待っていてくれたご両親には、セリア様が必要だと思う部分は全てお伝えしてもいいと、ナビは判断いたします。今は転生者ということを隠しておきたいということなら、それはセリア様が本当に必要だと思ったときに伝えればよいのです≫
(ありがとう、ナビ……)
ナビの言葉が、私の背中を優しく押してくれた気がした。
私は大きく深呼吸をして、震える唇を開く。
「あ、あのね! 私、実は……」
精一杯の勇気を出して、最初の一言を発する。
ゆっくりと顔を上げると、そこには――。
私を急かすこともなく、穏やかな微笑みを浮かべて、私の言葉を待ってくれている父と母の姿があった。
その優しい眼差しを見た瞬間、胸の奥でせき止められていたものが決壊した。
「パパ、ママ……! セリア、セリアね……魔法が、使えるの……! ずっと黙ってて、ごめんなさいっ……」
父は何も言わず、大きな手で私の頭を優しく撫でた。
母はそっと私を抱き寄せてくれた。
父が静かに口を開く。
「ありがとう。話してくれて」
その一言だけで十分だった。
堰を切ったように涙があふれた。
自分がどれだけ不安だったか、本当は誰かに認めてほしかったのか、色んな想いが混ざり合って、私は両親の前で泣きじゃくってしまった。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
私が泣き出したのを見て、父と母は慌てることもなく、温かく私を包み込んでくれた。
「さすがパパの娘だな」
父は泣きじゃくる私の頭を大きな手で撫でながら、誇らしげに笑う。
母もまた、私の背中を優しくさすりながら、慈しむような微笑みを向けてくれた。
「ふふ、セリアは本当に頑張り屋さんだものね。教えてくれてありがとう」
二人の温かさに触れ、私の涙はなかなか止まらなかった。
しばらくして、涙が落ち着いた私は、少しずつ自分の抱えていた秘密を話し始めた。
「……私ね、鑑定スキルが使えるの。それで、自分のステータスも確認できるんだけど……魔法の属性も、スキルも、普通の人よりずっと多いみたいなんだ」
「鑑定スキルで、自分のステータスを確認したのか。ん? セリアは文字が読めるのか?」
「あっ……」
「賢いとは思っていたが……それについては、あとで聞こう……」
(しまった……思わぬところでボロが出ちゃった)
「あとね、この前ディナにワイバーンの群れが向ってきたんだけど……」
「な? ワイバーンの群れ!? 大丈夫だったのか?」
「うん、騎士団や冒険者のみんなが守ってくれて、ディナは無事だったよ。だけど、たくさんの負傷者がでたの」
「そうか……ワイバーンの群れともなると討伐も大変だっただろう」
父も母も、討伐されたとはいえ、まだ心配そうな表情をしていた。
「それで負傷した騎士に治癒魔法を使ったの」
「ヒールをか? それは偉いが、周りに見られてしまったとなると……」
「えーっと。辺境伯様にお願いして最小限の人数にしてもらったんだけど……」
「……そこまで配慮してくれたのか。あとで礼を言っておこう」
「使ったのはヒールじゃなくて……ハイヒールと……エリアハイヒールと……」
「なっ! エリアハイヒール!?」
「それと、パーフェクトヒールも……」
最後は声が小さくなってしまった。
その言葉を耳にした父の目が見開かれる。
「……パーフェクトヒール、だと? 伝説でしか聞いたことのない最上級魔法を……?」
父は言葉を失ったまま私を見つめ、それから困ったように笑った。
「……ははっ。パパの想像を軽く超えてきたな」
「騎士を助けたなんて、とても偉いわ。ママはセリアが誇らしいわ」
父と母は驚きに目を見合わせているが、私を責めるような言葉は一言もなかった。
「そうか。……魔法属性やスキルは、どんなものを持っているんだ?」
「えーっと、魔法は聖属性と、火、水、風、土……」
「それは、ほとんどだな……」
「スキルは、防御スキルと、鑑定と、アイテムボックスと、サーチと……調味料セット……」
「ん? 最後のはなんだ?」
「料理系のスキルかな…塩とか、コショウとか出せるみたいな…」
「聞いたことないな……料理のスキルか」
(料理はしたいから言ってしまったけど、料理スキルってことで何とかなるかな……)
「うーん、魔法属性五つに、スキル五つ……。たしかに、多いな」
父は難しい顔で腕を組んだ。
私はすかさず、準備していたことを口にする。
「鑑定スキルは早くからレベル上げをしていたから、『カモフラージュ』っていうスキルを覚えたんだよ。鑑定結果を偽装できるんだ」
「鑑定スキルのレベルを、そこまで……つまり王宮で鑑定されても隠せる可能性があるのか」
両親は驚きの連続といった様子で、少し疲れているように見えた。
(さすがに一気に言い過ぎちゃったかな)
静かに私の話を聞いていた母が、ふわりと優しく私の頭を撫でてくれた。
「驚いてばかりでごめんね。でも、すごい能力を持っていることだけは分かったわ。……これからは、パパとママと一緒に考えていきましょうね」
その時だった。
ずっと椅子の上で大人しくしていたルクから念話がきた。
『ワイのこと忘れてへんか?』
『あ……ごめん、ルク』
私は少し焦って、ルクをそっと抱き上げる。
「えっとね、ちゃんと紹介したい人がいるの」
「紹介……? それは……もしかして女性かな?」
父がどこか緊張した面持ちで尋ねる。
まだ、先ほどの婚約話のことを警戒しているのだろうか。
「女性じゃないよ。前にルクのことは紹介したよね。……ルクはね、聖獣なんだ」
その瞬間、父と母は椅子から降りて、その場で片膝をついた。
「聖獣様……! 今までの無礼をお許しください」
「あー、まぁ座ってーや。そんなかしこまらんでええで」
不思議な口調で話すルクに、両親は困惑しながらも、姿勢を正し椅子に座った。
私は意を決して、ワンピースの首元を少しだけずらし、鎖骨の下にある契約の紋章を両親に見せた。
「それでね。私、ルクと契約しちゃったみたいなんだ」
紋章を見た瞬間、父と母はまだ驚くことがあったのかと言わんばかりに目を見開いた。
「契約……?」
「まぁ……」
言葉を失う両親。
「……セリアは聖女ではないはずだが、契約を? まさか、聖女なのか……?」
父の震えるような問いかけに、部屋の空気が張り詰めた。
「違うよ。私は聖女じゃないよ。ただのセリアだよ」
「しかし、聖獣と契約するということは……」
するとルクは、私の不安を察したのか、小さく肩をすくめた。
「ワイは、セリアと波長が合ったから契約しただけや。聖女かどうかなんて、そんな肩書きはどうでもええやろ」
関西弁のルクの言葉に、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らぐ。
「……ちょっと、気になることがあるんやけど。セリアの両親って、邪神でも信仰しとるんか?」
ルクの放ったその言葉に、両親と私は同時に固まった。
「は……?」
「え……?」
「「「えぇぇぇ!!」」」
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