パパの告白
日が沈み始め、窓の外が茜色に染まるころだった。
辺境伯邸の敷地内に、一台の馬車が入ってくるのが見えた。
どうやら、両親が到着したようだ。
私は自分の部屋のソファーに座り、その時を待っていた。
しばらくすると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
少し自分の声が震えている気がする。
メイドが扉を開け、その後ろから見慣れた二人の姿が現れた。
部屋に入ってきた父の顔を見て、私は息を呑んだ。
父は、今まで見たことがないほど険しい表情をしていた。
(嘘……。もしかして、もう全部ばれてる?)
不安と恐怖で体が震えそうになった、その時だった。
父は私を見るなり、大声で叫んだ。
「婚約はみとめーーーん!!」
「え?」
「まだ四歳だぞ! 早すぎる! パパは認めないぞ!!」
顔を真っ赤にして、興奮している父。
何のことか全く分からず、ぽかんと口を開けて困惑する。
「セリア、婚約するって本当なの?」
母も困惑した顔をしながらも、父を宥めている。
するとそこへ、オスカー辺境伯がやってきた。
「到着早々に何を騒いでいる。落ち着かないか」
そう口では窘めているが、その顔は完全にニヤニヤと笑っていた。
「この野郎……! セリアは渡さない!」
父はオスカーから私を隠すように立ちふさがった。
「何だ、いいじゃないか。アルスと歳も二つしか変わらないし、ちょうどいいと思ったんだけどな」
「うるさい! 何がちょうどいいだ! 娘はやらん! セリア、パパとお家に帰ろう!」
どうやら、オスカーが私と誰かを婚約させると父に吹き込んだらしい。
「セリア殿は可愛いからな。妻もセリア殿を気に入っている。嫁姑問題は心配いらないぞ」
「なっ! だめだ! セリアは二十歳になるまで婚約も結婚も認めん!」
「まぁ、バルトったら。それじゃあ、セリアが行き遅れてしまいますよ」
「認めん! 俺は認めんぞ!!」
(パパ、さすがに今世では結婚したいよ! せっかく可愛く生まれたのに!)
父とオスカーは、まるで昔からの親友のように遠慮なく言い合っており、そんな二人に挟まれて母は困った顔をしている。
私はハラハラしながら、二人のやり取りを見つめていたが、急に父が私の方に振り返る。
「セリア、まさか本当にアルス君と婚約したいとか言い出すんじゃないだろうな?」
「えーっと。その……アルス君って、誰かな?」
「え?」
思ってもいない私の問いに父の時が止まる。
そして、父はオスカーを睨みつけた。
「オスカー、やってくれたな」
「はは。そうでもしないと、バルトは仕事が忙しいといってこっちにこないじゃないか。アルスは王都で鑑定の儀を受けるために留守にしている。セリア殿には会わせてない。だから、そんなに睨むなよ」
それを聞いて、父は少し落ち着きを取り戻したものの、まだオスカーに対する警戒心を解いていないようだった。
「アルス君って、辺境伯様のご子息ですか?」
「あぁ、そうだよ。今年六歳になるんだ。セリア殿にも紹介したかったが、ちょうど王都で鑑定の儀を受けていて留守にしている。長男は王都の学園に通っていてね。しばらく戻らないんだ」
(へー、王都に学園があるのね。ナビに今度教えてもらおう)
「そうなんですね。歳が近いので、お友達になれたら嬉しかったけど、残念です」
「今度、紹介しよう」
「いや、紹介は断らせてもらおう」
父の食い気味の断りに将来がちょっと心配になる。
(パパ……パパのせいで婚期逃したら、さすがに怒るよ)
オスカーは苦笑しながら父を見やると、改めて母へ向き直った。
「エリーナ殿、急にこちらに呼び出すことになってしまい、申し訳ない」
「ふふっ、オスカー様の冗談だと思っていましたよ」
「な!! エリーナ気が付いていたのなら教えてくれよ……」
「こんな機会でもないと、なかなかディナに来れないでしょう。オスカー様、感謝いたしますわ」
「お、おい、エリーナ……」
母がオスカーに感謝したことで、すっかり父は怒りがどこかにいってしまったようだ。
「移動で疲れているだろう。夕食は部屋に用意させよう。バルトとエリーナ殿の部屋は、この横に準備している」
オスカーはそう言って、メイドに指示をすると部屋をあとにした。
数十分後。
メイドが運んできた温かい夕食を前に、家族三人(と一匹)の水入らずの時間が始まった。
スープから温かい湯気が立ち込める中、私はそわそわと落ち着かない気持ちで父と母の顔を交互に見た。
(……辺境伯様とパパ、あんなに仲良さそうにしてたけど、一体どういう関係なの?)
さっきの光景がどうしても気になり、私はご飯を食べる手を止めて尋ねることにした。
「ねえパパ。さっき辺境伯様とすごく仲良さそうにお話ししてたけど、どうして? お友達なの?」
私の問いに、父は少しだけ苦笑いを浮かべた。
「ああ、オスカーか。……実は、パパが通っていた学園の同級生なんだよ」
「学園? 辺境伯様もパパと同じ学園に通ってたの?」
「ああ、そうだ。パパは昔、帝国の学園に通っていてね、オスカーとそこで知り合ったんだ」
帝国の学園。
(帝国にも学園があるんだ。王都の学園とは違うのかな?)
父は小さく息を吐き、少しだけ真剣な表情になって母の方を見た。
母はそんな父に向って、穏やかな微笑みを浮かべている。
父は覚悟を決めたように私と向き直った。
「セリア。……パパは、セリアに伝えてないことがある」
「伝えてないこと?」
「実は、パパは……ロゼッタ王国の生まれではないんだ。隣国であるクロノス帝国で生まれ、帝国の貴族……アルベリオン公爵家の次男だ」
「えええっ!? パパって、貴族なの!? すごーい!」
私は目を丸くして、子供らしく大げさに驚いてみせた。
(……うん、貴族っていうのは気が付いてたけどね。パパの冒険者プレートを見たときから、薄々気づいてたよ。それにしても、まさか帝国の貴族だったなんて……)
内心では冷静にその言葉を受け止めていたけれど、父は申し訳なさそうに話を続ける。
「誤解しないでほしいんだが、家族とは今でも仲が良いんだ。ただ、公爵家の次男という立場は何かと面倒でな。政略結婚や派閥争いで、周りが勝手に騒ぎ立てる。それが嫌で帝国を離れることにしたんだ。そして、この国でエリーナと運命の出会いをしたんだ」
「バルト……」
当時のことを思い出しているのだろうか、父と母は見つめ合い私のことが見えていないようだ。
(ちょっと……パパの秘密を話してたんじゃなかったの? なんでママと見つめ合っていい雰囲気に…… 子供の前ですよ?)
「コホン……」
私が軽く咳払いをすると、やっと二人の世界から戻ってきたようだ。
「実際、帝国を出るときに貴族としての身分も返上する手続きをしたんだ。……ただ、兄や家族が『また気が変わるかもしれない』なんて言って手続きを止めてしまってな。今でも籍は公爵家の次男のままらしい」
「じゃあ、やっぱりパパは貴族ってこと?」
「いや、今のパパは宿屋で働くセリアのパパだよ」
「セリア、パパは貴族でも宿屋で働いていても、私たちのことを一番に考えてくれているわ。今のパパが本当のパパなのよ」
(わかってる。パパはいつだって家族のことを一番に考えてくれてる。その気持ちは、ちゃんと伝わってるよ)
「とは言え、お前をずっと騙すような形になってしまって、本当に悪かった。……セリア、パパのことを嫌いになったか?」
母の優しい眼差しと、父のどこか不安げな瞳。
私は迷わず、真っ直ぐに父を見つめ返した。
「そんなわけないでしょ! パパのこと、だーいすき! もちろん、ママもだーいすき!」
私は椅子から飛び降りて、父と母にギュッと抱きついた。
父は驚いたように目を見開いたあと、泣きそうな顔で私を抱きしめ返してくれた。
親である父が、私に対してこれほどまでに腹を割って、一番大きな秘密を打ち明けてくれたのだ。
それなら、私も――。
私は父から離れると、改めて姿勢を正した。
「ねえパパ、ママ。……私からも、二人に言わなきゃいけないことがあるの」
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