怖がってたのは私だけだった
コンコン、と扉がノックされる。
「失礼いたします。辺境伯様、セリア様をお連れいたしました」
「入ってくれ」
執務室の中に足を踏み入れると、そこには膨大な書類の山に囲まれたオスカー辺境伯が座っていた。
彼はこちらに気づくと、ふっと目元を緩めてソファーを指し示す。
「よく来たな、セリア殿。そこに掛けて楽にしてくれ」
促されるまま、私はルクを抱っこして大きなソファーにちょこんと腰を下ろした。
四歳の私にはソファーが高すぎて、両足が床に届かずにぷらぷらと宙に浮く。
オスカーは私の対面に座ると、少し改まった表情で切り出した。
「……実はな、セリア殿」
私が少し身構えた、次の瞬間だった。
「セリア殿のご両親が、今このディナに向かっている。あと数時間もすれば着く予定だ」
「…………えっ!?」
あまりの驚きに、私は思考が一瞬フリーズした。
父と母が、ここに来る?
「護衛として同行していた騎士の一人が、馬で急ぎ戻ってきて報告をくれたのだよ」
目を丸くする私を見て、オスカーが穏やかに補足してくれた。
大好きな両親に会える。
その喜びで胸がいっぱいになりかけた直後、私はある現実的な問題に気がついてハッと顔を上げた。
「え? 宿のお仕事は大丈夫なんですか?」
急に二人も抜けたら、ディートムの宿屋が回らなくなってしまう。
心配そうにしている私にオスカーは優しく微笑んだ。
「セバスがメイド二人と料理人を一人連れていっている。セリア殿の父と母の代わりに宿で働いているから、何も心配はいらない」
「……っ!!」
その言葉を聞いて、私は胸が熱くなった。
セバスが自らディートムに向かったのは、ただ私の状況を説明するためだけじゃなかったのだ。
両親がディナに来ることも考えて、宿屋を代わりに回すためだったんだ……!
辺境伯家のあまりにも大きすぎる配慮に、私が言葉を失ってうつむいていると、オスカーが静かに口を開いた。
「セリア殿は、ご両親に自分の能力のことを隠しているといっていたな。両親に話すつもりはないのか?」
核心をつく問いかけだった。
私は即答することができず、困ったように視線を泳がせた。
「なぜ、両親に言うのをためらう?」
「それは……」
私はギュッと小さな拳を握りしめた。
「私、まだ六歳の『鑑定の儀』も受けてないのにスキルを使ってるから……。そんなの知られたら、気持ちが悪いって嫌われてしまったり、怖がられたりしないかなって……」
胸の奥でずっと渦巻いていた不安が、言葉になって溢れ出す。
前世の記憶があるせいで、たまに子供らしくない振る舞いを見せてしまったこともあった。
もしこの力を知られたら『本当のセリアじゃない』って、二人に拒絶されてしまうんじゃないか――それが、たまらなく怖かったのだ。
私の震える心を察したのか、オスカーは優しいトーンで語りかけた。
「私であれば、自分の子供が悩んでいたら、いつでも手を差し伸べたいと思うものだ」
彼は私の目を真っ直ぐに見つめる。
「……何も知らないというのは、親として寂しい。特に、他の者が知っている秘密を、親である自分が知らないというのは、とても寂しいものだよ」
「…………」
「私が知る限り、セリア殿の父は子供の秘密を知ったからといって嫌いになるような男ではないと思うが……。セリア殿は、両親がそんな人だと思っているか?」
オスカーの問いに、私は顔を上げて全力で首を横に振った。
「ううんっ! 絶対にそんなことない!」
「だろう? セリア殿のほうが、私よりずっと両親のことを知っているはずだ。……ただ、秘密を打ち明けるというのは、とても勇気がいることだからな」
オスカーはふっと柔らかく微笑んだ。
「私はセリア殿の味方だ。まだ時間はたっぷりある。部屋に戻って、ゆっくり考えをまとめるといい」
執務室をあとにした私は、自分の部屋に戻るなり、ソファーに座ってしばらく静かに考え込んでいた。
《セリア様はお父様とお母様にすべてをお話しされるおつもりですか?》
ふいに、脳内にナビの落ち着いた声が響いた。
(……ううん。それだけは絶対にできない)
私は心の中で即答した。
どれだけ隠し事が嫌だと言われても、『前世が地球の日本人だった』という異世界の記憶だけは、絶対に知られたくなかった。
もしそれを知られたら、父と母の『本当の娘』じゃなくなってしまう気がしたからだ。
≪承知いたしました。鑑定スキルがレベル六に到達したことで、『カモフラージュ』が使用可能になりました。ステータスの表示項目を任意で選択し、偽装できるようになります≫
(そうだね。やっと、カモフラージュが使えるようになったんだよね)
私は早速、カモフラージュを使うために自分のステータスを確認してみることにした。
(鑑定!)
【鑑定結果】
セリア
レベル:1
体力:30(防御+400)
魔力:999,999
魔法属性:火、水、風、土、聖
スキル:魔力カンスト、防御スキル、鑑定、サーチ、経験値増加、アイテムボックス、言語理解、地球調味料セット
(……改めて見ると、スキルが多いね)
私はリストを睨みながら、慎重に考えをまとめようとする。
(ナビ、この世界に『魔力カンスト』、『経験値増加』、『言語理解』、『地球調味料セット』のスキルを持っている人はいる?)
≪『言語理解』のスキルのみ過去に確認されています。しかし、これは召喚によって異世界から呼ばれた勇者と賢者が保有していたスキルになります≫
(じゃあ、この四つは隠しておこう)
(残るスキルは……『防御スキル』、『鑑定』、『サーチ』、『アイテムボックス』の四つか……)
この世界では、スキルは多くても一人三つ程度と言われている。
(うーん、人前で使うということを考えたら、『防御スキル』、『鑑定』、『アイテムボックス』かなぁ。ナビ、どう思う?)
≪サーチは身を守る用途もあるため、隠しておくのがよいでしょう≫
(最悪、新しくスキルを覚えたということで『サーチ』が使えるようになったということにしてもいいのかな)
自分のスキルをジーっと見つめる。
(鑑定の儀では魔法属性も確認されるよね? いくつぐらいまでなら怪しまれない?)
≪はい、鑑定の儀では魔法属性も確認されます。スキルと同様に多くても三つ程度がよいでしょう≫
(魔法属性は……瞳でばれるから『聖』は残すとして、料理のときに生活魔法便利だから『水』は残したい。あとはトイレ問題を考えると『土』の三つかな)
属性に関しても、三属性以上に適性のある魔法使いは極めて稀だが存在はする、と以前ナビから聞いていた。
聖属性は私の瞳の色からして隠し通せないし、水属性は生活魔法として日常的に使うから便利で残したい。
土属性も、これからの移動や旅のことを考えたら、他人の前で使うことが前提になる。
(魔法属性三つに、スキル三つ……。これだけでも目立っちゃうけど)
それでも、あまりに隠しすぎて「無能力です」と嘘をついたら、アイテムボックスや防御スキルの説明がつかなくなって、かえって色々不便なことになりそうだ。
私にとって何より大事なのは、『前世の記憶を持つ人間である』という最大の秘密を守り抜くことなのだから。
(ナビ、決めたよ! カモフラージュ使ってみる!)
≪了解いたしました。カモフラージュと唱え、偽装するスキルを選択してください≫
(カモフラージュ!)
鑑定画面の非表示にする魔法属性とスキルを選択する。
【鑑定結果】
セリア
レベル:1
体力:30(防御+400)
魔力:999,999
魔法属性:水、土、聖
スキル:防御スキル、鑑定、アイテムボックス
(これで、どうかな? 魔力は『鑑定の儀』ではばれないんだよね?)
≪はい。鑑定の儀では魔力そのものは測定されません。しかし、魔力測定という魔道具がありますので、それを使用するとセリア様の魔力は測定されてしまいます≫
(どういうときに使われるの?)
≪主に軍や学園で使われることが多く、冒険者ギルドや教会でも簡易的なものが使われています≫
(うーん、これでいいのかな。もう、どこまで隠せばいいのか分からなくなってきた……)
ふぅーと大きなため息をついた、その時だった。
ずっと私の隣で丸くなっていたルクが、顔を上げた。
「なんやセリアは、難しく考えるやっちゃな」
「ルク……」
「だいたいセリアのおとんは、ワイが聖獣って気が付いとるで」
「えっ……!?」
あまりの爆弾発言に、私は目を見開いた。
(そういえば……あの日、お父さんにルクを紹介したとき、ルクのことを観察するように見ていた)
お父さんは、最初から全部気づいていたんだ。
気づいた上で、何も言わなかったんだ――
「ワイのことを分かってても何も言わないっちゅーのは、セリアのことを信じてる証やろ。セリアが打ち明けてくれるまで待ってるってこっちゃろ」
ルクはふいっと視線を窓の外に向けながら、ぽつりと呟いた。
「出来た両親やな」
その言葉が、胸の奥の一番柔らかい場所にストンと落ちた。
私が勝手に怖がって、ひとりで必死に作り上げていた心のバリアが、両親の大きくて温かい愛情に包まれて、パリンと音を立てて崩れ去っていく。
「…………っ」
声は出なかった。
ただ、視界がじんわりと熱く滲み、ぽろぽろと、大粒の涙が静かに膝へとこぼれ落ちていった。
たくさんの応援ありがとうございます。
評価・ブックマーク・リアクション・感想、とても励みになっています。
誤字・脱字のご報告も助かっております。ありがとうございます。
これからも本作を楽しんでいただければ嬉しいです。




