詠唱魔法の歴史
騎士達が泣き止み始め、少し静まり返った時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
騎士達がいるほうから、地鳴り……?のような音が聞こえてくる。
「キャッ! お腹すいちゃったぁ♡」
金髪角刈りの騎士が、両手で頬を包み込んでポッと赤らめる。
どうやら、彼のお腹の音だったようだ。
(えぇ…お腹の音なの?……まぁ、たしかにお腹は空いたけど…)
そのとき、コンコンとドアをノックする音が響いた。
突然の訪問者に部屋の中に緊張が走る。
忘れてしまいそうになるが、一応この部屋は救護室で重傷者がいることになっている。
ルミナが「はい」と警戒しながら声をかけると、扉の向こうから聞き慣れた声がした。
「ガウルです。ここにセリアさんはいますか?」
ガウルの声だと分かり、ルミナが警戒を解いてドアを開ける。
そこには、申し訳なさそうな顔をしたガウルが立っていた。
「セリアさんの部屋に行ったら、お腹をすかせたルク様がいたので連れてきました」
男だらけのむさ苦しい空間を避けて留守番を決めていたはずだが、食欲には勝てなかったらしい。
『セリア! 腹がペコペコやー!』
ガウルの腕の中から、真珠のように白く輝く毛色の聖獣ルクが、顔を出して念話を送ってくる。
「あら♡ やだ♡ かわいこちゃん発見♡」
ルクを見た騎士が、ルクに向かってくねくね腰をひねりながら歩いて近づく。
『なんやこいつは! セリアはよ、逃げるで!』
毛を逆立てたルクが、騎士に向かって威嚇を始める。
「えっと、そろそろご飯の時間だから、お部屋に戻るね」
「またね! セリア様♡」
騎士達に別れを告げて、部屋をあとにする。
すると、ルミナまで当然のように私たちの後ろをついてきた。
後ろを振り返り、ルミナに視線を向けると、
「お昼時間ということは休憩時間ですので、天使様とご一緒します!」
胸を張って言い切るルミナを追い返そうとしても無駄だと思い、そのまま皆で部屋へ戻った。
部屋に入るなり、ルクが再び「お腹すいたー」と急かしてくるので、とりあえずお昼ご飯にすることにした。
(アイテムボックスオープン! うーん、昨日いっぱい作ったし、これにしよう!)
昨日、ガウルにお願いして揚げてもらっていたのはフライドポテト以外にもあった。
天ぷらだ。
天ぷらとご飯とを次々とテーブルの上に取り出していく。
(地球調味料セット)
視界全体を覆うほど巨大なリストが目の前に展開される。
(たしか、天つゆがあったと思うんだけど…あった! 天つゆ!)
私はリストの『天つゆ』に触れ、一つ取り出す。
するとテーブルの上に天つゆの瓶が一本現れた。
(おぉ、一つ選ぶと一本出てくるのね)
周りの反応など気にせず、お腹が空いたので食事をどうするかに夢中になっていた。
「て、天使様はアイテムボックス持ちだったのですね……! しかも、中の温度まで保てるのですか!?」
次々とテーブルに料理が現れる様子を見ていた、ルミナが目を丸くして驚愕の声を上げた。
(そういえばルミナ様は、私がアイテムボックスからからあげを出すときにいなかったんだ)
すっかりルミナにもアイテムボックスのことは教えていたものだと勘違いしていたが、今さら隠しても仕方ないだろう。
「とりあえず、お腹すいてるし、一緒にご飯を食べよう」
私がそう誘うと、ルミナはパァッと顔を輝かせた。
「天使様の手作りですね!」
「ううん、これはガウルお兄ちゃんの手作りだよ」
「…………」
私の訂正を聞いた瞬間、ルミナの表情から感情という感情がスッと消え失せた。
その空気を察知したガウルが、慌てて両手を振った。
「わ、私はお手伝いしただけです! セリアさんが切ったものを私が最後に調理しただけなので、セリアさんも作っています!」
彼の必死のフォローを聞いて、ルミナの顔に再び満面の笑みが戻った。
ガウルの機転に心の中で拍手を送りつつ、私たちはテーブルを囲んだ。
「いただきます!」
「「いただきます」」
「いただきます……?」
ルミナだけは「いただきます」の意味が分からず困惑していたが、目の前の美味しそうな匂いにそんなことなど気にならなくなったようだ。
「天使様の手料理が食べられるなんて幸せです! ……っ!! サクサク! とっても美味しい!」
「本当にとても美味しいです。たまねぎが、とても甘く感じます!」
「さすがセリアやな! 野菜まで甘くしよるなんて、やるやんか!」
「このタレか、塩をつけて食べても美味しいよ」
「タレが、このサクサク部分にしみ込んで、美味しい!」
「タレにつけるとご飯がすすみますね」
「ワイは塩がええな。……はぁ、酒飲みたなるわ」
初めての天ぷらは大好評で、あっという間に全員が綺麗に平らげてしまった。
食後に温かいお茶を飲み、ホッと一息ついたところで、私はずっと気になっていたことを切り出した。
「ルミナ様、さっき救護室で魔法を使ってたよね?」
「はい、風魔法のエアロスマッシュですね」
「エアロスマッシュのときに何て詠唱してたの? ルミナ様、教えて~」
私が無邪気な子供のふりをして上目づかいで尋ねると、ルミナは姿勢を正し、誇らしげな顔で先ほどの詠唱を口にした。
「『天を舞う風の精霊よ
千の翼を畳み
万の風を束ね
天空を砕く見えざる鉄槌となれ
さあ叩き潰せ!
≪エアロスマッシュ≫!』ですよ」
「わぁ! すごーい!」
(…………)
(最後まで中二病詠唱で押し切ればいいのに、なんで最後の『さあ叩き潰せ!』だけIQ3ぐらいになるの……)
私は顔を引きつらせるのを必死に堪えた。
「これはですね、七代目聖女様の時代に召喚された、偉大なる勇者ヒロシ様と賢者サトル様が考案された詠唱魔法なのです。魔法の才能さえあれば、この世界の者が誰でも比較的簡単に魔法を扱えるように作られました」
(伝説の英雄なのに、なんだか妙に親しみやすい名前ね)
私の心のツッコミをよそに、ルミナの解説は続く。
「確かに、広く世に広めたのは勇者ヒロシ様ですが、賢者サトル様も詠唱魔法の共同考案者なのです。それまでは魔法の才能があっても、習得するまでに膨大な時間がかかっていました。しかし、この詠唱魔法のおかげで、適性さえあれば比較的簡単に魔法を習得できるようになり、魔物との戦いも一気に有利になったと言い伝えられています」
「どうして詠唱魔法だと魔法を習得する時間が短いの?」
「勇者ヒロシ様と賢者サトル様は、言葉で魔法のイメージを補うことで、誰でも同じように魔法を思い描きやすくなると考えました。その考えから生まれたのが、魔法を発動しやすくする詠唱魔法なのです」
(なるほど、そういう歴史があったのか)
私は納得した。
魔法の本質は『イメージ』だ。
私のような元日本人なら、前世のテレビゲームやアニメの知識があるため、頭の中で魔法の現象を視覚的にイメージするのは簡単だ。
だから無詠唱でも魔法が使える。
しかし、その下地がないこの世界の人々にとっては、魔法をゼロから想像するのは困難を極めるのだろう。
言葉で魔法のイメージを補えば、魔法の才能がある者なら同じように魔法を思い描きやすくなり、魔法が発動しやすくなるということか。
偉大な功績には感謝しつつも、私はどうしても「さあ叩き潰せ!」のフレーズだけは、絶対に適当に付け足されたものだと確信したのだった。
魔法の歴史の話もひと段落したところで、私は名残惜しそうにしているルミナに声をかけた。
「ルミナ様、そろそろ休憩時間は終わりだよ。救護室に戻らなきゃ」
「うぅ……天使様との至福の時間が……。はい、お仕事に戻ります」
ルミナは後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、渋々といった様子で救護室へと帰っていった。
これで部屋の中は、私とガウル、そしてすっかり満腹になってソファで丸くなっているルクだけになった。
(あ、そういえば……)
ふと思い出した私は、ガウルに向き直った。
「ねえ、ガウルお兄ちゃん。この前のお買い物の代金、払うね」
「いえ、いつも美味しい食事を作ってもらっていますし、ここは私が出しますよ」
ガウルは優しく微笑んで首を振った。
(たぶんガウルお兄ちゃん、最初から私に払わせる気なんてなかったんだな……)
その不器用な優しさはとても嬉しかったけれど、いつまでも甘えっぱなしというわけにはいかない。
私はアイテムボックスから金貨二枚を取り出し、テーブルの上にコトンと置いて彼に向かってスッと滑らせた。
「えっ!? 多すぎですよ!」
案の定、テーブルの上の金貨を見たガウルが慌てて身を乗り出した。それもそのはずだ。
「残りは馬車の代金の一部として受け取って」
「いえいえ、私のお引越しについてきてもらったんですから、そんなの受け取れませんよ!」
ガウルは遠慮して、金貨を私の方へ押し戻そうとする。
私はその大きな手を小さな両手でぎゅっと押し留め、真剣な顔で彼を見つめ返した。
「ガウルお兄ちゃん。ガウルお兄ちゃんの気持ちは嬉しいけど……私たち、親友だよね? 私はガウルお兄ちゃんより年下だけど、親友だと思ってるからこそ、そこはちゃんとしたいんだ」
四歳の子供が言うには少し大人びた理屈だったかもしれない。
けれど、これは私の本心だった。
対等な親友でいたいからこそ、金銭面をなあなあにして彼にばかり負担をかけるのは絶対に嫌だったのだ。
私の言葉を聞いたガウルは、ハッとしたように目を見開いた後、ふっと目元を和らげた。
「セリアさん……」
彼は押し戻そうとしていた金貨をそっと手に取ると、とても嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。帰りも馬車を借りましょうね」
「うんっ!」
お互いに笑い合い、部屋の中にほっこりとした温かい空気が流れる。
親友としての絆を再確認できたようで、私はなんだかとても満たされた気持ちになっていた。
コンコン。
その穏やかな時間を遮るように、不意に部屋のドアが控えめにノックされた。
「はい」
「失礼いたします。セリア様、オスカー辺境伯様がお呼びでございます」
扉の向こうから聞こえてきたメイドの声に、私とガウルは不思議そうに顔を見合わせた。
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