ここは救護室です
「助けて」と本気で涙目にまでなって泣きつくルミナを見かねて、私は実際に救護室の惨状を確かめに行くことにした。
どうやら救護室は、辺境伯邸のすぐ隣に建てられた別の建物の中にあるらしい。
ルクは「男だらけの部屋はごめんや」と言ってソファに丸くなり、留守番を決め込んでしまった。
仕方なくルミナと二人で別棟へ向かう。
建物の奥に近づくにつれ、廊下まで響く声が聞こえてくる。
「「「ひゃくごー! ひゃくろーく!」」」
扉がしっかりと閉ざされているというのに、その暑苦しい声量は廊下にまで漏れ出している。
どうやら中では、まだ訓練が続いているようだ。
ルミナが「……まだやってますね」と、この世の終わりみたいなげんなりとした顔をした。
ルミナは扉の前で小さく息を吐くと、私に告げる。
「天使様、危ないので後ろに下がっていてください」
私は素直に頷き、彼女の背に隠れる。
すると、ルミナはおもむろにローブの裾から一本の杖を取り出した。
(おおー! 魔法の杖だ!)
本物のファンタジーアイテムの登場に私のテンションが跳ね上がる。
……が、同時に冷静になる。
(ん? なんでここで杖を?)
これから開けるのは救護室のはずだ。
なぜ、杖が必要なのか。
疑問に思う暇もなく、ルミナは勢いよく扉を開け放ち、ボソボソとただならぬ低い声を漏らした。
「この……ども、……いたい……みせ……やる」
ルミナが一体何を言っているのか気になった私は、顔を少しだけ前に出し、耳を澄ませた。
ルミナは、構えた杖をまっすぐに前方へかざす。
「天を舞う風の精霊よ
千の翼を畳み
万の風を束ね
天空を砕く見えざる鉄槌となれ
さあ叩き潰せ!
≪エアロスマッシュ≫!」
パァァンッ!!
凄まじい大気の炸裂音が響いた直後、部屋の奥からうめき声が連鎖した。
「ぐはっ!」
「ガッ!」
「へぶっ!」
「あふん♡」
(ん? あふん?)
明らかに一つだけ違う声色が混ざっていたが、何が起こったのかルミナの後ろから、そっと顔だけ出す。
そこには、先ほどまで元気に腕立て伏せをしていたであろう大勢の騎士たちが、何かに押さえつけられたのか床に見事に張り付けられている光景があった。
ルミナが、魔法で強制的に彼らの筋トレを一時停止させたらしい。
(おおー! 細マッチョに、ソフトマッチョ、ゴリマッチョ! すごい筋肉だらけ!)
張り付けになった男たちは、見事に全員が上半身裸だった。
隆起した広背筋、くっきりと浮かび上がる素晴らしい肩甲骨の数々。
(バレずに見放題だぁー!)
……しかし、喜びも束の間。
ルミナの背後からひょっこり顔を出して堪能していた私の視線に気づいたのか、床に潰れていた一人の騎士がガバッと顔を上げた。
その瞬間、バッチリと至近距離で目が合ってしまう。
「て、天使様――!」
騎士のその叫び声を皮切りに、床に転がっていた半裸の男たちが一斉に跳ね起きた。
そして、見事な肉体美を惜しげもなくさらけ出した集団が、もの凄い勢いでこちらへズンズンと迫ってくる。
(ひっ……!)
私は、隠れて「盗み見る」分には問題ないが、恋愛経験のなさから、いざ半裸姿の男性とバッチリ目が合ってしまうと急にチキンになる。
半裸の大男たちの『一体どこに視線を置けば正解なのか』が全く分からず、たまらずグッと下を向いてしまった。
……が、ここで私は冷静になる。
(ちょっと待って、私は四歳だし、顔を見ているフリをして筋肉を眺めてもいいんじゃないだろうか。よし、私は四歳! そんなつもりで見てるわけではない!)
そうだ、今の私は正真正銘、「四歳児」なのだ!
幼い子供が無邪気に大人の体を見上げているだけの構図に文句を言う奴は世界のどこにもいない!
大義名分を得た私が、目を輝かせて堂々と顔を上げようとした――まさにその瞬間。
「天使様に汚いものを見せるなー!」
ルミナが私の前に両手を広げて立ちふさがり、鼓膜が破れそうなほどの怒声で騎士たちを怒鳴りつけた。
「そ、それはすまん……!」
シュンとなった騎士たちが、慌てて服をバサバサと羽織る音が響く。
(ああっ、私の合法マッスルタイムが……!)
せっかく勇気を出して顔を上げたのに。私は絶望と恨みを込めて、目の前に立つルミナの背中をじろりと睨みつけた。
やがて全員がきちんと服を着たのを確認し、ルミナがようやく私を部屋の中へと招き入れる。
一歩足を踏み入れた途端、部屋中から割れんばかりの歓声が沸き起こった。
「うぉぉぉ! 本物の天使様だーー!」
「違うよ! 天使じゃなーーい!」
「かわいいーー! 聖女様だーー!」
「聖女でもないもん……」
ぷくっと頬を膨らませて全力で否定した、その時だった。
ガウルよりも遥かに背が高いのではないかと思える大男が、私の目の前に進み出た。
金髪を綺麗な角刈りに整えたその男は、真っ白なタンクトップからはちきれんばかりの極太の二の腕を惜しげもなく晒している。
(うわぁ、大きい! ちょっと怖いかも……)
思わず一歩後ずさりかけた私に向かって、その男は口を開いた。
「いやーん、かわいい♡ お名前はなんていうの?」
……もの凄く聞き覚えのある、先ほどの『あふん♡』と完全に一致する極太オネエボイスだった。
あまりのギャップに完全に呆気にとられながらも、私は条件反射で答える。
「セリアです」
「セリア様! 助けてくれて、本当にありがとうねっ!」
バチッ!と熱いウインク付きのお礼だ。
「セリア様、ありがとう! 本当に死にそうだったよ!」
「おかげでまた騎士団に戻れる! 本当に命の恩人だ!」
角刈りの彼に続くように、周囲の騎士たちが口々に私へ感謝を述べてくれ、気がつくと私は騎士たちに包囲されていた。
(あぁ、みんな大きくて首が痛いよぉ)
ずっと上を向いているせいか、首が痛くなってきて疲れてきてしまった。
……その時、突如として部屋の空気が凍りついた。
目の前にいた騎士たちの顔色が、一瞬にしてサーッと青ざめていく。
同時に、私の背後から背筋が凍るような、ひんやりとした殺気を感じた。
バッと振り返る。
そこには、綺麗な笑顔を貼り付け、静かに佇む副団長のクライスがいた。
「セリア様、大丈夫ですか? 団員が失礼なことをしていませんか?」
「俺たちは、何も失礼なことはしてないぞー! むしろ筋トレしてたら、ルミナ様から魔法をぶつけられたぞー!」
奥の方から誰かの命知らずな非難の声が上がったが、クライスが冷ややかな視線をスッと流しただけで、その場は水を打ったように静まり返った。
「セリア様は、どうしてここに?」
「ルミナ様から、救護室がトレーニング室になっていると聞いたので様子を見に来たよ」
「……それは、大変申し訳ございません。きつく言って聞かせます」
クライスは深く頭を下げると、ゆっくりと騎士たちへ向き直った。
決して大きな声ではない。
けれど、よく通る低い声が、部屋の中にすっと響いた。
「整列」
先ほどまでカオスな集会を開いていた大男たちが、一切の無駄な動作なく綺麗に一列に並ぶ。
すでに現場へ復帰した者もいるのだろう、そこに整列したのは十四名の騎士たちだった。
騎士が一列に並んだのを確認すると、クライスも列に加わる。
「セリア様に敬礼! 助けて頂き、ありがとうございました!」
クライスの鋭い号令に合わせ、十四名の男たちが一糸乱れぬ完璧な敬礼を捧げる。
「「「ありがとうございました!!」」」
地鳴りのような、心の底からの感謝の声。
私は胸がいっぱいになり、とびきりの笑顔を浮かべて彼らを見上げた。
「お礼を言うのはセリアの方だよ。いつもセリア達を守ってくれて、ありがとうございます」
そう言って、私がペコリと深くお辞儀をした――その瞬間。
「「「うぉぉぉぉぉぉんッ!!(あ〜〜〜んッ!!)」」」
限界を迎えた騎士たちのむさ苦しい男泣きの雄叫びと、ひとつだけ混ざるオネエの号泣が、トレーニング室……いや、救護室に響き渡った。
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