夕食会と黄金のスープ
メイドに案内されて大食堂ホールに入ると、すでにガウルが座って待っていた。
私がガウルの横に並んで座ると、彼は私の姿を見て微笑んだ。
「セリアさん、とても素敵なワンピースですね。よく似合っています」
「ありがとう、ガウルお兄ちゃん! ガウルお兄ちゃんは、いつも素敵だよ」
ガウルは目を見開き、耳を少し赤くした。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに下を向いてしまったガウルは、大きな体の大人男性なのに可愛く見える。
そんな私たちの様子をみて、ルクは「ふんっ!」と鼻を鳴らすと、テーブルの上で丸まってしまった。
しばらく待っていると、『ランド・エッジ』のメンバーたちもホールに入ってきた。
リズは、自分が選んだパステルイエローのワンピースを着ている私に気づくと、優しく微笑んだ。
「私が選んだワンピースを着てくれたのね。とてもよく似合っているわ」
「あーん! やっぱり、他のも買いたかったわね! パステルイエローもすごく似合ってるわ!」
「リズお姉ちゃん、ローラお姉ちゃん、素敵なワンピースありがとう!」
華やかな魅力で周囲を惹きつけるローラと、気品漂う正統派の美人であるリズ。
タイプの違う二人の綺麗な女性から褒められて、私はくすぐったいような嬉しさを噛み締めながら満面の笑みを浮かべた。
「セリアちゃんは、どんな色でも似合うな!」
「ああ、とても似合っている」
カイ、ロイドからも次々と褒められ、私は少し照れくさくなってえへへと笑った。
皆で和やかに談笑していると、重厚な扉が開き、この館の主である辺境伯、オスカー・ド・ライオネルが姿を現した。
「皆、本日も集まってもらい申し訳ない」
オスカーはそう言いながら上座に座ると、近くに控えていたメイドに軽く目配せをした。
メイドは静かに一礼して部屋を出ていき、すぐに数人のメイドたちが温かい料理を運んでくる。
「夕食は軽めに、と聞いているが、足りないようなら遠慮なく言ってくれ」
テーブルの上に並べられたのは、焼きたてのパンに、彩り豊かなサラダ、湯気を立てるスープ、そしてメインのステーキだ。
たしかに、昨日の豪華な夕食に比べれば、品数も量も少し控えめになっている。
カイは、少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ございません。数時間前に昼食を食べたばかりでして……。お心遣いに感謝いたします」
料理がすべて並び終えると、オスカーは再び目配せをして、控えていたメイドたちを全員退室させた。
パタンと扉が閉まり、広い食堂の中には私たちだけになる。
「気心の知れた者ばかりだ。余計な気遣いは無用ゆえ、心置きなくくつろいでくれ」
オスカーの言葉に、皆の肩の力が少し抜けた。
食事が始まり、オスカーはワイングラスを傾けながら私に視線を向ける。
「セリア殿は買い物に行くと言っていたが、ディナの街は楽しめたか?」
「はい! とても楽しかったです」
私がにっこりと笑って答えると、ローラが楽しそうに会話に加わった。
「買い物をしたあとは、昼食はセリアちゃんが作ってくれたんですよ。美味しくって、つい食べ過ぎちゃいました。そのあとも、セリアちゃんが作り置き用に作ったおかずを味見したり、スイーツを食べたり……」
そう言うとローラは、その時の味を思い出したのか、うっとりとした表情をする。
すると、オスカーがワイングラスを置き、ポツリと呟いた。
「それは、ぜひ私も食べたかったな」
そう言うと、オスカーは私のことをじっと見つめてきた。
「え?」
私が思わず見返すと、オスカーは真剣な顔のままもう一度言った。
「私も食べたかったな」
(あっ、これは……食べたいってこと?)
「えーっと……」
ガタン!
私が返答に困っていると、急にローラが立ち上がった。
「スープ!! スープ飲んでない!!」
(あ、そっとアイテムボックスに収納したのに思い出してしまったか)
突然叫んだローラに、オスカーが不思議そうに尋ねる。
「ん? スープとは何だ?」
「セリアちゃんがワイバーンのスープを作ってくれてたのに、まだ飲んでないわ」
「それはいけないな。セリア殿、スープはどこに?」
オスカーまで便乗してきている。
「えーっと、テーブルの上にスープが残ってるよ……ローラお姉ちゃん、ちゃんとテーブルの食事は残さずに食べないとだめだよ」
私が窘める声など耳に入っていないかのように、ローラは上品さを保ちつつも凄まじい速度で食事を進め、あっという間に平らげてしまった。
気がつけば、テーブルの上に並んでいた料理の皿はすべて空になっている。
「セリアちゃん、スープ」
ローラは満面の笑みを浮かべ、堂々とスープを要求してきた。
(えぇ……そこまでして……)
ふと周囲を見渡して、私はさらに言葉を失った。
ローラだけではない。リズもカイもロイドも、あろうことかガウルやオスカーまでもがすっかり完食し、私のことをじっと見つめていたのだ。
「「「「スープを!」」」」
大人たちの声が見事なまでにハモる。
「えーっと、スープは完成したけど、まだ何も入ってないよ」
私がそう告げると、全員があからさまに落胆の表情を浮かべた。
しかし、ローラはすぐに顔を上げ、勢いよく言い放つ。
「スープだけでいいわ! 味見よ! 一口でもいいから飲みたいわ!」
「そうね。私も味見は大切だと思うわ」
ローラの言葉に同調するように、リズをはじめとする面々も「味見だ」と騒ぎ立てる。
さらに、さっきまで丸くなって寝ていたはずの、聖獣ルクまでもが、
「そろそろ喉も渇いてきたし、スープでも貰おか!」
と、顔を上げたではないか。
そんな大人たちと聖獣の様子に、私は心の中で深いため息をついた。
どうやら、スープを口にするまで誰一人として一歩も引く気はなさそうだ。
はぁ、諦めが悪いというか、執念深いというか……。
これ以上引き延ばしても時間の無駄だと悟った私は、ついに観念した。
「仕方ないなぁ……」
アイテムボックスからワイバーンのスープが入った寸胴鍋を取り出し、器に少しずつスープを取り分けてあげた。
「透き通った黄金に輝くスープか。良い匂いがするな」
オスカーがまず一口を飲む。
「な、なんと! この深い味わいはなんだ! スープだけで、これほどの味わいとは……!」
オスカーの感嘆の声に続き、ランド・エッジのメンバーやガウル、ルクもスープを飲む。
「……! 美味しいわ!」
「何も入っていないのに、スープがこんなに味わい深くて美味しいなんて……」
「あー、体の隅々までよう染みわたるわー。セリアおかわり頼むわ」
早速おかわりを要求するルクに、私はピシャリと言い渡した。
「味見なので、おかわりはありません」
私がそう断りをいれると、大人たちはあからさまに落胆の色を浮かべた。
もうおかわりがないと悟った途端、最後の一滴までじっくりと味わうように、ひどく大事そうに飲み始める。
そのあまりに分かりやすい姿がおかしくて、私は思わずクスリと笑みをこぼしてしまった。
全員が至福の表情でワイバーンのスープを堪能し、和やかな空気のなか食事がひと段落した頃のことだった。
やがて、オスカーがふと顔つきを引き締め、真剣な眼差しを真っ直ぐに私へと向けてきた。
「さて。皆に集まってもらったのは他でもない。セリア殿の褒美について、『ランド・エッジ』のみんなにも証人になってほしいのだ」
オスカーの言葉に、大食堂の空気が少しだけ引き締まった。
「セリア殿、何が欲しいか決めたかね?」
私は一度深呼吸をして、オスカーの顔を真っ直ぐに見つめ返した。
「えーっと、貴族の家にはいろんな珍しいものや高価なものを集めている宝物室があると聞いたことがあります。出来れば、辺境伯邸の宝物室を見学させていただけないでしょうか?」
「ほう……宝物室の中から好きなものを一つ欲しいということではなく、見学だけで良いのか?」
「はい。私は宝石にも興味がないし、貴重なものを頂いても使う機会はありません。でも、一生に一度見られるか分からないので、見られたら嬉しいなと思います」
私が正直な気持ちを伝えると、オスカーはふっと表情を和らげた。
「もちろん、喜んで承諾しよう。見学中に何か欲しい物が見つかったら相談してくれ。家宝となるとさすがに譲るのは難しいが、それ以外の物なら前向きに検討させてもらおう。セリア殿には、それだけ恩があるからな。館の案内だが、本来なら執事のセバスに任せるのだが、現在ディートムにある君の実家へ向かっている。代わりに私の妻に案内を頼んでも構わないだろうか?」
「もちろん嬉しいですけれど、奥様のご迷惑になりませんか?」
私が心配して尋ねると、オスカーは優しく微笑んで頷いた。
「心配はいらない。セリア殿の能力については隠したまま、今回の我が騎士団の恩人であることだけを妻には話しておこう」
オスカーの配慮に、私はホッと胸をなでおろした。
秘密を守ったまま恩人として紹介してくれるのなら、奥様にも安心してお会いできそうだ。
「では、明日さっそく妻に宝物室を案内させよう」
「ありがとうございます!」
私が元気よくお礼を言うと、ローラやリズもホッとしたように微笑み、ロイドやカイたちも安心したように温かい目で見守ってくれていた。
ガウルに至っては、「やはりセリアさんは欲がない素晴らしいお方だ」と一人でウンウンと感動したように頷いている。
(よし! これで宝物室に入れる! あの伝説ランクの『金色』のアイテム、一体どんなものなんだろう!)
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