ドーソン商会
お楽しみ頂けたら幸いです。
ブティックを後にした私たちは、防具職人『ガリウス』に会うため、ドーソン商会へと足を運んでいた。
リズの言葉通り、そこはこの街で一番大きな商会というだけあって、建物自体が驚くほど大きく、店内も広々とした空間が広がっていた。
一階のフロアには、一般の買い物客から冒険者風の男たちまで、多くの人々が行き交っている。
私は近くにいた受付の男性に近づき、声をかけた。
「こんにちは。ガリウスさんに、バルカスお兄ちゃんからのお手紙を持ってきたんですけど……」
すると受付の男性は、私の言葉を聞いて少しだけ困ったような、同情するような微笑みを浮かべた。
「紹介状ですね。お預かりして奥へお通しいたしますが……お嬢様方、あまりご期待はなさらないでくださいね。ガリウスは、たとえ紹介状がございましても、自身の気が乗らなければ貴族の方からのご依頼すら平気で断ってしまう、大変気難しい職人ですので」
商会の店員は申し訳なさそうに丁寧に一礼すると、手紙を持って店の奥へと入っていった。
残された私たちの周りでは、何事かと様子をうかがっていた他の客たちが、ひそひそと噂話を始めだした。
「おい、あの子らガリウスに依頼しに来たのか?」
「時間の無駄だってのになぁ」
「ここ数ヶ月はまともに注文を受けてないんだろ? 自分の好きな防具ばっかり作ってるって話だ」
「それでも、あいつの作った商品が店頭に並ぶと、すぐに売り切れちまうから余計にタチが悪いよな」
耳に飛びくる声を聞いているうちに、私は一気に不安になってきた。
(そんなに気難しくて偏屈な人なんだ……。ちゃんと話を聞いてくれるかな?)
ギュッとリズの服を掴むと、彼女は私の頭を優しく撫でてくれた。
不安だけど、あのバルカスが紹介してくれた人だ。
きっと腕は確かだし、信じて待つしかない。
ただじっと待っているのも退屈だなと思っていると、心の中でナビが話しかけてきた。
≪セリア様、ただ待つよりも、店内の商品を鑑定してスキルレベルを上げることをお勧めします。この商会の品揃えを知る良い機会でもあります≫
(たしかに! ナビありがとう)
ナビからの提案を受け、私は待つ間、店内にずらりと並んでいる商品を『鑑定』して回ることにした。
棚にはたくさんの防具や武器、さらには怪しげな液体がガラス容器に入った薬品のようなものまで並んでいる。
(あ、あの剣はAランクだ。こっちの盾もAランク……すごいな)
さすが辺境にある一番大きな商会だけあって、置いてあるものの質が全体的にかなり高い。
これなら、あの偏屈だという職人の腕前にも期待が持てそうだ。
そうやって商品を眺めていた、その時だった。
店の奥の方から、ドタバタと激しい足音が響いてきた。
床を強く踏み鳴らすような音と共に、一人の小柄な男性が店内に勢いよく飛び出してくる。
「セリアってのは、どこにいるんだ!?」
静かだった店内に、鼓膜が震えるほどの大声が響き渡った。
あまりの剣幕と大音量にびっくりした私は、反射的にリズの後ろへと隠れる。
すると、横にいたローラが、ガリウスの前に一歩踏み出して彼を遮った。
「ここにセリアちゃんはいるけど、少し落ち着いてもらえる? そんな大声を出されたら、話も出来ないじゃない」
ローラが鋭い視線で嗜めるが、ガリウスとやらは鼻を荒くしたまま叫び返す。
「落ち着いていられるか! いいから早く見せてくれ!」
目を血走らせて詰め寄ってくる大人の威圧感に、私は本気で怖くなってしまった。
リズの後ろにすっぽりと隠れながら、小さな声で呟く。
「……める」
「ん? セリアちゃん、どうしたの?」
リズが不思議そうに振り返って聞き直してくれたので、私は彼女の服の袖をぎゅーっと引っ張りながら、今度はハッキリと言った。
「やっぱり、やめる! 怖いよ、帰ろう!」
「なっ!?」
私の言葉を聞いた瞬間、ガリウスの顔から一気に血の気が引いた。
「す、すまなかった! 待ってくれ! 今の態度は謝る!」
「あら、セリアちゃんが嫌なら無理にここにいる必要はないわね」
ローラが冷ややかな笑みを浮かべ、私の手を取る。
「私が王都の腕のいい職人を教えてあげるから、そこに依頼しましょ。行きましょ、セリアちゃん、リズ」
「ええ、そうね」
私たちは踵を返し、お店の出入口の扉に向かって歩き出す。
その瞬間、私たちの前に猛スピードで滑り込んでくる影があった。
「申し訳ありませんでしたーーっ!!」
床の石畳に膝と額を激しく擦りつけながら、綺麗なスライディング土下座を決めたのは、他でもないガリウスだった。
「どうか! どうか話だけでもお願いします! この通りですから!」
「おいガリウス、お前はまた一体何をやっているんだ……」
呆れたようなため息とともに、店内の騒ぎを聞きつけたらしい立派な体格の男性が現れた。
「しょ、商会長……!」
顔を上げたガリウスが、ひっ、と息を呑んで硬直する。
商会長と呼ばれたその男性は、足元で震えているガリウスを一瞥すると、私たちに向かって深く頭を下げた。
「うちの職人が大変な非礼を働き、申し訳ございません。ガリウス、さっさと立ち上がらんか。お客様、ひとまずこちらの特別室へ。詳しいお話はそこで伺います」
私たちは顔を見合わせ、ひとまず案内された特別室へ商会長の後をついていくことにした。
高級感のあるソファに腰掛け、お茶を飲んで一息ついたところで、ようやく話し合いが始まった。
ガリウスはソファの上で小さくなりながら、先ほど暴走してしまった理由を話しだす。
「本当にすまなかった……。実は、ディートムの冒険者ギルドに持ち込まれた『地竜の鱗』がオークションにかけられるという情報が入ったんだが、買取金額からして俺の手持ちの資金じゃあ天地がひっくり返っても足りない。それで、商会長に借金の申し出に行こうとしていたところだったんだ。そしたら、そのタイミングでバルカスからの手紙が回ってきてな……。地竜の鱗の加工依頼だって書いてあるものだから、驚きと興奮で完全に周りが見えなくなっていた……」
情けない顔で頭を下げるガリウスの横から、商会長が補足するように言った。
「ガリウスは三年前から、ずっと『竜の鱗』を探しております。ですが竜の鱗ともなれば、お金があれば買えるというものでもありません。強力なコネや運が必要不可欠なのです。……それに加えてガリウスは、自分の興味の湧かない加工依頼については、相手が貴族だろうと平気で断る悪癖がありましてね。そのせいで支援してくれるパトロンが全く見つからないのですよ」
商会長の説明を聞いて、私は冷ややかなジト目をガリウスに向けた。
(……完全に自業自得じゃない。そりゃパトロンもつかないよ)
とはいえ、竜の鱗と聞いてここまで正気を失うほどなら、素材に対する熱意と職人としての腕は本物なのだろう。
私は小さく息を吐き、加工をお願いするにあたっての条件を提示することにした。
「バルカスお兄ちゃんのお手紙にも書いてあったと思うけど、もう一回、お約束の確認ね。素材の鱗は私が用意します。加工代金はタダにしてもらう代わりに、もし失敗しちゃっても、罰金はなしでいいよ。作ってほしいのは、ガウルお兄ちゃんへの胸当てだよ」
「うんうん、わかった! それで十分だ! ……それで、ガウルって誰だ」
ガリウスはすでに、地竜の鱗に触れる喜びで頭がいっぱいなのか、食い気味に頷いてから、きょとんとした顔で聞いてきた。
(大丈夫かな……)
私が呆れていると、すかさず商会長がフォローに入った。
「申し訳ございません。冒険者で戦士のガウルさんですね。こちらで、責任を持って寸法などの手配はさせていただきます」
「う、うん。あっ、でもガウルお兄ちゃんには秘密にしてるから、ばれないようにお願いね」
「承知いたしました」
私は気を取り直して、そのまま話を続けた。
「それから、削った時に出た鱗の粉は、全部集めて私に返してね。最後に……もし次また私が鱗を持ってきたら、その時は私が作ってほしいものを、文句言わずに作ること。これが条件だよ」
最後の条件を聞いて、ガリウスがふと我に返ったように眉をひそめた。
「……ちょっと待ってくれ。最後の条件だが、あんたがまた新しく鱗を持ってこない限り、その条件はなかったことになるんだろ? 竜の鱗なんてそう簡単に手に入るものじゃない。そんな俺に都合のいい条件で、本当にいいのか?」
「うん、それでいいよ」
私はすんなりと頷いた。
(竜の鱗なんてなかなか手に入らないと思うけど、もしまた見つけたら好きなの作ってもらうもんね!)
「それなら、俺に異論はない! すべて受け入れよう!」
「セリア様、ありがとうございます。では、私は一度部屋を出て、今回の内容を盛り込んだ正式な契約書を作成してまいりますね」
商会長はそう言うと、足早に特別室を出ていった。
ガリウスは前のめりに私へと問いかけてきた。
「おい、その胸当てだが、いつまでに欲しいんだ? 最高の品に仕上げるためにも、一週間……いや、調整を含めて十日は時間が欲しい!」
「えっ、十日? ……うーん、十日後だと私たちはもうディートムに帰っている予定だし、受け取りに来るのが難しいかもしれないな」
「それなら、完成品を直接俺がディートムまで届けてやる! 完成した鱗の胸当ては、直接確認してもらわないとな。今回は、商会長も出張を許可してくれるはずだ!」
「いいの? じゃあ、お願いします」
「よっしゃあ! 最高の胸当てを仕上げてみせるぞ!」
ガリウスの食い気味な返答に、私は少し引いてしまったが、鱗を大切に扱ってくれるなら悪い話ではない。
私は「じゃあ、これが素材ね」と言いながら、持ってきていた鞄に手を入れた。
アイテムボックスから鞄を経由させる形で、地竜の鱗を取り出し、テーブルの上に置く。
その瞬間だった。
シュッ、ぱっ、と風を切るような音がして、テーブルに置いたばかりの鱗が消えた。
見ると、ガリウスが両手で愛おしそうに鱗を抱きしめている。
「おおおお……これだ! これが本物の地竜の鱗……! よし! 今すぐ加工を始めるぞ!」
今にも作業場へ走り出しそうな勢いのガリウスを見て、私は困り果て、リズに上目遣いで助けを求めた。
リズは無言で微笑むと、ガリウスの後ろへ音もなく移動する。
そして、ガリウスの手から、目にも留まらぬ早業で地竜の鱗を奪い返した。
「ああっ!? 俺の鱗が!」
「セリアちゃんの、でしょ」
リズに鱗を取り返され、ガリウスは彼女を恨めしそうにジロッと睨みつける。
私はそんなガリウスに向かって、再び冷たいジト目を向けた。
「まだお約束の紙も書いてないのに、勝手に取っちゃうの? ……やっぱり、作ってもらうのやめ――」
「申し訳ございません!! 契約でも何でも、あんたの言うことは全部聞きますからぁ!」
本日二度目の、ガリウスのスライディング土下座と慌てふためく絶叫が室内に響き渡るのだった。
気付けば20万文字という数字まで辿り着いていました。
ここまで見守ってくださった皆様、本当にありがとうございます。
これからも物語にお付き合いいただけると嬉しいです!




