女子たちのお買い物
いつも、リアクションありがとうございます。
本日も、お楽しみいただけると幸いです!
ふかふかのベッドの上で目を覚ました私は、自分がどこにいるのか一瞬分からず、ぱちぱちと瞬きをした。
見慣れない豪華な天蓋を見上げ、ここが辺境伯邸の客間だったことを思い出す。
隣では、ルクが私の枕元で丸くなり、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
起き上がって降りようとしたものの、辺境伯邸の大きいベッドは四歳の私には少しハードルが高すぎる。
縁にしがみつき、足をブラブラさせてどうにか着地しようと奮闘していると、コンコンと控えめなノックの音が響いた。
「はい」
返事をすると、静かに扉が開いて一人のメイドが入ってくる。
「おはようございま――あらっ!」
宙吊りになっている私を見て、メイドは目を丸くした。
慌てて駆け寄ってくると、私をふわりと抱き上げて床に下ろしてくれる。
「ありがとう! おはようございます」
笑顔で挨拶をすると、メイドは優しく微笑み返してくれた。
「おはようございます、セリア様。応接室にローラ様とリズ様がお迎えにいらしております」
メイドの話によると、私は昨夜のうちに寝てしまい、ガウルが部屋まで運んでくれたようだ。
『ランド・エッジ』の皆は、昨夜拠点に戻ったため、今日は二人がこの辺境伯邸まで迎えに来てくれたらしい。
もう二人が来ていると知り、私は慌ててルクを起こした。
いつものベージュのワンピースとマントに着替え、メイドに案内されて応接室へと向かう。
部屋に入ると、そこには見慣れたローラとリズの姿があった。
今日の二人は、普段の装備姿からは想像できないほど、女性らしくて華やかな装いだった。
ローラは胸元を大きく開けた白シャツに黒のロングスカートを合わせ、大人の色気をたっぷりと漂わせている。
一方のリズは、同じ白シャツでも細身のパンツスタイルでスッキリとまとめ、洗練された美しい着こなしだった。
「ローラお姉ちゃん、リズお姉ちゃん、おはよう!」
「おはよう、セリアちゃん。よく眠れた?」
「おはよう。セリアちゃんは朝ごはんまだだよね? 一緒に屋台で食べない?」
リズから、せっかくディナにいるのだから、外の空気を感じながら食べようと提案された。
こうして私たちは、朝の賑わいを見せる街へと繰り出した。
連れてこられたのは西門の広場だ。
一昨日に訪れた時よりも、市場全体が熱気と活気に満ち溢れている。
「ワイバーンのステーキだよ!」
「こっちはワイバーン革で作った鞄だ! 丈夫で長持ちするぞ!」
「ワイバーンスープはどうだい?」
あちこちから威勢の良い声が飛び交う。
ディナでは魔物の群れを討伐すると、その素材や肉を一気に消費するため、市場がしばらくお祭り騒ぎになるのだという。
しばらく歩くと、市場の中でも、ひときわスパイシーな食欲をそそる香りが漂う屋台を見つけた。
「うーん! この香り! これは絶対に美味しいわよ!」
ローラに手を引かれて列に並ぶ。
順番が近づき、前の男性が買っていく串を見ると、お肉がかなり大きい。
これなら私には「一本」で十分そうだ。
そう思って注文しようとした瞬間、屋台の青年が私を見てハッと目を見開いた。
「あーー! ディートムのお嬢ちゃんじゃないか!」
その顔を見て、私もピンときた。
以前、私がこの世界で一番美味しいと感動した『コカトリスの串焼き』を売っていたお兄さんだ。
「わぁ! あれからお兄ちゃんのこと見ないと思ってたらディナにきてたんだね!」
「力試しと思って、こっちで屋台を出してるんだ」
後ろを見ると、行列は落ち着いており、一人の冒険者が並んでいるだけだった。
「後ろのお兄ちゃん、お先にどうぞ」
「お! すまないな」
順番を譲り、先に購入してもらう。
男性が串を受け取ったのを確認し、私は注文をした。
「じゃあ、今焼いてる分を全部ちょうだい!」
「全部? 今焼いてるのだけでも三十本はあるぞ?!」
「三本は今食べるから、そのまま欲しいな。あとは、お土産に持っていくから包んで欲しいな!」
ローラとリズは、注文する私の姿を後ろで見守っていた。
全部買うと言い出したことに二人がびっくりしている間に、私はポーチからサッとお金を取り出し支払いを済ませた。
ハッとしたリズが、慌てて財布を出そうとしたが、私は首を横に振った。
「知り合いのお兄ちゃんなの。前はお手伝いして串焼きを貰ったけど、今度は自分で買いたいの」
そう告げてお金の受け取りを断ると、ローラとリズは「そっかそっか」と優しい笑顔を浮かべて引き下がってくれた。
串焼きを一本ずつ受け取り、お土産用に包んでもらった包みはリズが持ってくれた。
さっそく受け取ったワイバーンの串を頬張る。
ピリッとしたスパイスの刺激と、噛むたびに溢れ出す濃厚な肉汁。
焼くことで余分な脂が落ちているのか、見た目よりもずっとさっぱりしていて、いくらでも食べられそうだ。
すると、そのスパイシーな香りに釣られたのか、私の肩で寝ていたルクがひょっこりと顔を出した。
『なんや、ええ匂いするな』
鼻をクンクンさせて催促してくるので、少しだけちぎって口元に運んであげる。
『おっ、なかなか美味いな。もう一口頼むわ』
脳内に響くルクの偉そうな念話に苦笑しつつ、私は自分の分とルクの分を交互に食べ進めた。
「美味しい!」
「本当ね、これは絶品だわ」
三人で顔を見合わせて舌鼓を打つ。
食べ歩きを満喫しながら、ローラがふと尋ねてきた。
「そういえばセリアちゃん、どこか行きたいところがあるの?」
「実はね……」
私は二人に今日の目的を打ち明けた。
地竜の鱗を二枚見つけたこと。
その一枚を使って、いつも守ってくれるガウルに胸当てをプレゼントしたいこと。
そして、バルカスから紹介された『ガリウス』という防具職人を探していること。
話を聞き終えると、リズが静かに頷いた。
「ガリウスって、たしかドーソン商会の職人だったわね」
「ドーソン商会?」
「ええ。ここから少し離れた場所にある、この街で一番大きな商会よ」
「じゃあ、さっそくドーソン商会に向かいましょう」
ドーソン商会を目指し、気になるお店を覗きながら石畳の街を歩く。
しばらく進むと、ショーウィンドウに可愛らしいワンピースが飾られているブティックを見つけ、ローラが目を輝かせて「入りたい!」と提案した。
店内に並ぶ洋服は、一般の市民には少し手が出しづらいような上質な品ばかり。
デザインはシンプルながらも洗練されており、生地の肌触りも抜群に良い。
ローラとリズは「あれがいい」「これがいい」と、楽しそうに私に似合いそうな服を物色し始めた。
二人が夢中になっている間にママに似合いそうな若草色のワンピースを見つけた。
(私のママは美人だし、明るい色のワンピースも絶対似合う!)
「こちら気に入りましたか? 飾りの少ないシンプルなワンピースで、価格は抑えられているので普段使いにも良いですよ」
奥から店長らしき女性が来て説明をしてくれる。
「あの、このワンピースと……」
私は店長に相談して、パパのシャツも購入した。
買い物を済ませてホッとしていると、背後から声が掛かる。
「セリアちゃん、こっちにきてくれるかしら」
「え? わわっ!」
振り返る間もなく腕を引かれ、私はそのまま試着室へと連行されてしまう。
そこから先は、すっかり二人の着せ替え人形だ。
ローラが選ぶフリルのたっぷりついたワンピースや、リズの選んだシンプルながらも上品なワンピースなど、次から次へと着せられる。
「かわいいーーっ!」
着替えるたびにローラが歓声を上げ、私を力いっぱい抱きしめる。
豊かな胸に顔が埋もれ、そのたびに私は本気で窒息しそうになった。
「ちょっとローラ、やめなさい。……でも、セリアちゃんは何でも似合うわね」
美人なリズに優しく褒められて、私はすっかり顔を真っ赤にしてしまう。
「これ、全部買っちゃいましょうか」
本気で言い出した二人を、私は慌てて引き留める。
「そ、そんなのもったいないよ! 私、まだ子供だからすぐに洋服が小さくなっちゃうもん!」
必死の説得の末、なんとか二着にまで絞り込むことに成功する。
結局、「この前、顔の傷を治療してくれたお礼よ」と微笑むリズと、「私が可愛いセリアちゃんを見たいだけだから気にしないで!」と笑うローラの言葉に甘え、プレゼントしてもらうことになった。
「せっかくだから、着替えちゃいましょうよ!」
とローラが言うと、リズも頷き同意する。
私はプレゼントしてもらったうちの一着である、薄い桃色のワンピースに着替えることになった。
試着室に入ると外で待っているルクから念話が飛んでくる。
『や、やめろーー! セリア助けてくれ! ワイは誇り高き聖獣様やぞー!』
「ルク様、大人しくしてくださいね」
ルクの助けを呼ぶ叫びのあとにリズの冷静な声が聞こえてきた。
(ルク、リズお姉ちゃんに逆らっても無駄よ)
ルクに返事をするものの、ルクからの反応はない。
ワンピースに着替え、試着室から一歩踏み出すと、ふんわりとしたスカートの裾が軽やかに揺れて、いつもより少しだけお姉さんになったような気分になる。
その様子を見ていた店長が、微笑みながら近づいてきた。
「まぁ! とってもお似合いですよ。せっかくなので髪も結いましょうね」
手際よく髪が綺麗にまとめられる。
鏡を見ると、そこにはまるで貴族令嬢のような少女が立っていた。
(きゃー! かわいい! 神様、可愛くしてくれてありがとう!)
転生前に会った創造神の裸の姿を思い出しそうになり、慌ててその姿をスーツ姿に変える。
(危ない、危ない。神様、ちゃんと素敵な姿で思いだしてますからねー!)
聞いているかも分からないが、空に向って心の中で声をかける。
そんなことを考えていると、何かしていたのだろうか。
ローラとリズが、店の奥から出てくる。
「やーん、かわいい! そのワンピースには、この可愛い靴が必要よ!」
どこから見つけてきたのか、ローラが真っ白で愛らしい靴を手に現れる。
「ちょっとローラ、抜け駆けはずるいわよ」
すかさずリズが横に並び立つ。
「普段使いするなら、汚れが目立たない黒の靴もあったほうがいいわ」
そう言って、上品な黒い靴を突き出してきた。
「えっ、あの、靴は……」
「この白い靴に合う靴下も……」
「じゃあ、この黒い靴には……」
そんな二人から、そっと視線をずらすとテーブルの上に背を向けたルクがいた。
「ルク、さっきは何があった……の……」
私がルクに近づくと、不貞腐れた顔のルクが振り向き、首元には真っ赤なリボンが結ばれている。
「あはは! ルクかわいい!!」
『……ワイは、誇り高き聖獣やぞ……』
どうやら、ローラとリズにリボンを付けられてしまったらしい。
そういえば二人が大人しいなと、試着室の前を見ると、私の靴や靴下、髪飾りや帽子といった小物類をどんどん持ってきている。
「はぁ……二人ともストップーー!!」
ローラとリズは、大量の小物の前で仁王立ちする私に、気まずそうに無言で小物を片付けていく。
(ん? あれは……)
その小物の山の中に紺色のマントを見つける。
紺色で裾に小花が刺繍されており、落ち着いていて可愛い。
「わぁ! かわいい!」
私が手に取ると、すかさずリズが私にマントを被せる。
「ルクを隠すためにも、マントは必要ね!」
と言って、あっという間に支払いを済ませてしまう。
「もぅ、リズお姉ちゃんったら。リズお姉ちゃん、ありがとう! ローラお姉ちゃんも、ありがとう!」
「私たちも楽しかったわ! かわいいセリアちゃんとお出かけできるだけで、買った甲斐があるわ!」
笑顔で店を出る三人と、不貞腐れたままのルクが、ブティックを後にしたのであった。




