聖女より「位が上」!?
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伝説の聖獣が本当に言葉を発したという驚愕の余韻が残る中、オスカー辺境伯は恐る恐るルクに向かって口を開いた。
「聖獣様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか。現在、王都を中心として、公爵家の長女が『聖女』であるという噂が広く出回っております。鑑定の儀の前ではありますが、外見的特徴からも教会はすでに彼女を聖女として扱っている状況です。聖獣様が、聖女ではないセリア殿の傍にいらっしゃるのは問題ないのでしょうか?」
そのもっともな疑問にルクが答えるより先に、横からルミナが食い気味に割り込んできた。
「聖女より天使様のほうがずっとすごい存在ですよ! だから、天使様のそばにいらっしゃるのは当たり前じゃないですか!」
「ルミナ、馬鹿を言うな。セリア殿は人間だ。本物の天使であるわけがなかろう」
オスカー辺境伯が呆れたように窘めるが、ルクはそれを遮るように口を開いた。
「いや、そこの魔道士の言うとることはあながち間違いやないで。まぁ、セリアは天使やないけど。確かに聖女よりは位が上やな」
「「「えっ!?」」」
ルクのあっさりとした肯定に、ルミナを除く全員が信じられないものを見るような目を向けた。
私自身も驚いて、思わずルクに念話で話しかける。
『ルク、それって私の魔力量が多いから?』
『ちゃうで』
ルクは念話で私の推測をさらりと否定した。
オスカー辺境伯が、信じられないといった様子で前のめりになる。
「セリア様のほうが聖女より位が上とは……一体、どういうことでしょうか?」
「うーん……せやな。まだ本人も知らんからな」
「え? なんだろう?」
(んー、私が知らないこと? なんのことだか、さっぱりだなぁ)
問い返す辺境伯と首を傾げる私に対し、ルクはこれ以上は話さないというように私の肩でコロンと丸くなり、すっかり大人しくなってしまった。
それを見たオスカー辺境伯は少し思案するような顔つきになり、やがて口を開いた。
「ご両親は、セリア殿の力を知っているのか?」
「……」
「うむ、そうか。ご両親はディートムで暮らしているのだな?」
「はい。ディートムで、両親は宿を経営しています」
「ディートムで宿……。もしかして、君の父はバルト殿か?」
オスカー辺境伯の口から父の名前が出て、私は目を丸くした。
「はい、そうですが……」
どうやら、オスカー辺境伯と父は知り合いらしい。
どんな関係なのだろうかと首を傾げていると、私の隣に座っていたガウルが静かに口を開いた。
「辺境伯様。実は私とセリアさんは、明日にはディートムへ帰る予定だったのです。帰りが遅くなれば、ご両親も心配するかと」
「そうであったか。だが申し訳ないが、もう少しだけこちらにいてはもらえないだろうか。ご両親には明日使いの者を出して対応するから、心配はいらん」
オスカー辺境伯がそう提案すると、傍らに控えていたセバスが一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「旦那様。数人のメイドを連れて、わたしが直接説明に伺ってもよろしいでしょうか?」
ただ使いを出すのではなく、執事長であるセバス自身がわざわざメイドを連れて赴くという。
オスカー辺境伯はスッと目を細め、無言のまま彼を見つめた。
静かに視線が交差する。
ほんのわずかな沈黙の後、オスカー辺境伯はすべてを察したように深く一つ頷いた。
「ああ、分かった。頼む」
二人が頷き合っていると、セバスは同席していた騎士団長へと視線を向けた。
「ダグラス様。明日のディートム行きのため、護衛を数名用意していただけますかな」
「承知した。直ちに手配しよう」
そう力強く応じた騎士団長――ダグラスは、オスカー辺境伯に一礼し、素早い身のこなしで部屋を出て行った。
残された部屋の中で、オスカー辺境伯は少しだけ表情を緩め、私の方を見た。
「セリア殿、それにガウル。ご両親への連絡はセバスに任せるとして……もしよければ、二人ともこの城に数日滞在していかないか?」
「えっ? お城にですか?」
思わぬ提案に、私はぱちくりと瞬きをした。
「ああ。我が騎士団の恩人である君に、まだ十分な礼もできていない。それに、君への褒美も渡せていないからな」
「えっ? 褒美がもらえるんですか?」
私が驚いて目を丸くすると、後ろで聞いていた『ランド・エッジ』のカイや、ローラが呆れたように声を上げた。
「当たり前だろう! あれだけの重傷者を一瞬で治したんだぞ!」
「そうよ。騎士団の命の恩人なんだから、遠慮せずにもらっておきなさい」
二人にそう言われ、私はなんだかむず痒くなって頬をかいた。
オスカー辺境伯は少し表情を和らげて私に尋ねる。
「褒美として、何か欲しいものはあるか? 可能な限り望みを叶えよう」
そう言われても、そもそも褒美がもらえるなんて思っていなかったので、急に聞かれても何も思いつかない。
「うーん……ごめんなさい、分かりません」
私が正直に答えると、オスカー辺境伯は優しく頷いた。
「そうか。ならば急ぐ必要はない。明日の夕食の時にでももう一度聞くから、それまでにゆっくりと考えておくように」
「はい、ありがとうございます」
どうやらオスカー辺境伯は、きちんとお礼をする時間を作りたいようだった。
とはいえ、私は元々ガウルの家に泊めてもらう約束をしていたのだ。
ここで私が勝手に決めてしまうのは申し訳ない。
私はどう答えるべきか迷い、ちらりと隣にいるガウルを見上げた。
声には出さず、視線だけで『どうしよう?』と問いかける。
すると、ガウルは私の戸惑いを察して、優しく微笑んでくれた。
「セリアさんのしたいようにしていいんですよ」
「ガウルお兄ちゃんがお家に帰るなら、セリアも一緒に行く……」
私が遠慮がちに言うと、ガウルは首を横に振った。
「辺境伯様のお言葉に甘えてはどうですか? これだけの騒動の直後ですし、今のセリアさんには城の方が安全です。それに、私の家はまた次にディナへ来た時にでも行けばいいですからね。こちらでお世話になったほうがいいのではありませんか?」
ガウルは、私の負担にならないように勧めてくれた。彼がそう言ってくれるなら、お言葉に甘えよう。
「……分かりました。辺境伯様、それじゃあ数日お世話になります。よろしくお願いします」
「うむ、歓迎しよう」
オスカー辺境伯は安堵したように頷いた。
城に泊まることが決まり、ふと私はあることを思いついた。せっかくディナの町に来たのだから、どうしてもやりたいことがあったのだ。
「あの、辺境伯様。お城でお世話になるとして……明日は少しだけ町へお出かけしてもいいですか?私、ディナの町に来たのは初めてなので、行きたいところがあるんです」
「もちろんだ。だが、ディナの町は広いからな。護衛の騎士をつけよう」
オスカー辺境伯の提案に、私は思わず顔を引きつらせて難色を示した。
(護衛の騎士なんてつけられたら、目立ってしょうがないよ……!)
私が町に行きたい一番の理由は、ガウルの防具を作るためだ。
いつも私を守ってくれる彼に、特別な防具をプレゼントしたい。
すでにバルカスから腕のいい職人の紹介状を書いてもらっている。
ディナの町に詳しいローラとリズに協力してもらって、その紹介状にある職人を探し出そうと考えているのだ。
でも、護衛の騎士がついたら自由に動けないし、何よりガウルが一緒についてきてしまったらサプライズが台無しになってしまう。
(どうやって騎士の護衛を断りつつ、ガウルを置いていこう……)
私はすぐそばにいた二人を見上げ、服の裾をちょこんと摘む。
「ローラお姉ちゃん、リズお姉ちゃん……。明日、一緒にお買い物に付き合ってくれませんか?」
上目遣いで可愛くお願いしてみる。
「「もちろんよ!!」」
二人は顔を見合わせることもなく、食い気味に即答してくれた。
作戦成功だ。
私はその勢いのまま、ガウルの方を振り返る。
「ということで、明日は女性だけでお買い物に行ってくるから、ガウルお兄ちゃんはゆっくりお休みしててね! 引っ越しの準備も終わってないんでしょ?」
「え? 私も護衛としてついていったほうが……」
「ちょっとガウル。あんたより私の方が冒険者ランク高いんだけど?」
すかさずローラがジト目でツッコミを入れる。
圧倒的な実力差を突きつけられ、ガウルはうっ、と唸って肩を落とした。
「うぅ……。ローラさん、セリアさんをお願いします」
よし、これでガウルを巻き込まずに町へ出る口実ができた。
残るは騎士の護衛だ。
すると、私の意図を汲み取ってくれたのか、ローラが一歩前に出てオスカー辺境伯に向き直った。
「辺境伯様。ということですので、護衛はいりませんわ」
「しかし……」
心配そうに眉をひそめて護衛をつけようとする辺境伯に、ローラとリズは余裕の笑みを浮かべた。
「私たちはAランクの冒険者です。護衛なら任せてください」
その圧倒的な自信に満ちた言葉に、オスカー辺境伯はハッとして目を見開いた。
「……たしかにそうだな。失礼なことを言った」
オスカー辺境伯は少し恥じ入るように頭を下げ、あっさりと引き下がってくれた。
護衛問題も無事に解決し、ホッとしたその時だった。
「いいなぁ……。俺も、命の恩人であるセリア殿の護衛としてお守りしたかった……」
部屋の隅から、ポツリと羨ましそうな声が聞こえた。
見れば、副団長が、恨めしそうな視線をこちらに向けている。
しかし、その呟きはオスカー辺境伯によって即座に切り捨てられた。
「当然、却下だ。お前は腕が治ったばかりで、まだ本来の体調ではないだろう。自分の部屋に戻り、こちらから声がかかるまで大人しくしておけ」
「はい……」
副団長はシュンと肩を落とし、すごすごと部屋を出て行った。
そして、その直後だった。
「て、天使様とお出かけ……! 私も行きたいですわ!」
ずっと黙って話を聞いていた筆頭魔道士のルミナが、目を輝かせて身を乗り出してきた。
「お前もダメだ!!」
オスカー辺境伯の怒声が再び部屋に響く。
「お前は団員たちを少しずつ治療していることにする手筈だろうが! 明日から一週間は救護室に缶詰めだ!」
「そ、そんなぁ……!」
その場にへたり込み、この世の終わりのような顔をして絶望するルミナを見て、私は思わず苦笑いしてしまうのだった。
その後も、明日の使いの手配や騎士団の事後処理など、大人たちの話し合いは夜遅くまで長引いた。
難しい話が延々と続く中、今日一日いろいろと動き回った疲れが出たのか、四歳の私の体はあっという間に限界を迎えてしまった。
(うぅ……眠い……)
カクン、カクンと首を揺らし、座ったまま船を漕ぎ始めてしまう。
それにいち早く気がついてくれたのは、隣にいたガウルだった。
「セリアさん。今日はもう休みましょうか」
ふわりと体が浮き上がり、気がつけば私はガウルにそっと抱き上げられていた。
「辺境伯様。セリアさんはもう限界のようですので、私は彼女を部屋へ運んでから失礼します」
「うむ。夜遅くまで引き止めてすまなかったな。ガウル、セリア殿のことは頼む。セバス、部屋への案内を」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
セバスの案内に従い、ガウルがゆっくりと歩き出す。
大きくて温かい腕の中にすっぽりと包まれ、安心しきった私は、彼の規則正しい心音を子守唄代わりに聞きながら、そのまま深い眠りへと落ちていった。




