副団長の忠誠と、ブレない天使推し
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なんとかオスカー辺境伯も筆頭魔道士に説明を試みたものの、『私が天使ではない』ということだけはどうしても理解してもらえなかった。
「なるほど、天使様が《エリアハイヒール》を使い重傷者の手当をし、副団長の失われた腕は《パーフェクトヒール》で再生したのですね」
何度説明しても通じない相手に、オスカー辺境伯はついに説得を放棄したらしい。
ズキズキと痛むらしい眉間を指で揉みほぐしながらため息をつき、「……うむ、そうだ」と虚ろな目で答える。
どうやら私が『天使』と誤解されたまま話を続けることにしたようだ。
すると魔道士は真剣な顔つきに戻り、顎に手を当てて考え込んだ。
「重傷者については、数日に分けて治療したことにすれば誤魔化しがききます。ですが、副団長の腕がワイバーンによって失われたことは、多くの騎士たちが目撃しております。彼がそのまま騎士団に復帰してしまえば、周囲に天使様の奇跡がバレてしまうのも時間の問題かと」
「うむ。そうだな。副団長には、この地から離れてもらわねばならないな」
その言葉に、私はハッと息を呑んだ。
私のせいで、彼は騎士に戻れなくなってしまうのだ。
「私のせいで、この地を離れないといけないなんて……どうにかなりませんか?」
私は悲しみを堪えるような声で尋ねた。
すると、魔道士は被っていたローブのフードをふわりと下ろした。
一目見た時から整った顔立ちだとは思っていたが、フードの下からサラリとこぼれ落ちた水色の長い髪と、おっとりした雰囲気を纏うその姿に、私はハッとする。
喋っている時から少し声が高いとは思っていたけれど、どうやら魔導士は美しい女性だったようだ。
彼女は、座っている私と視線を合わせるようにゆっくりとしゃがみ込む。
そして、優しく微笑んだ。
「天使様。本来ならば、彼は剣を振るうこともできず、騎士としての誇りも生きる意味も失っていたはずの命です。それが命も助かり、右腕まで無事にある。その対価としてこの地を離れることぐらい、なんともないですよ」
そう慰められても、私の心は重く沈んだままだった。
彼女は私の様子を見て、オスカー辺境伯に「副団長をこっそり連れて来られないか」と尋ねた。
オスカー辺境伯が「分かった」と無言で目配せをすると、セバスが一礼して静かに部屋を出て行った。
セバスが戻るまでの間、大人たちは騎士達の隔離について打ち合わせを行っていた。
重傷だった団員たちは別部屋で一週間程度隔離し、少しずつ魔道士が治療を行ったことにし、騎士団に復帰させることで話がまとまった。
しばらくして、コンコンと控えめなノック音が鳴った。
扉が開くと、セバスの後ろから、騎士団長と、私が《パーフェクトヒール》をかけた副団長が入ってきた。
二人はオスカー辺境伯に対して、そろって騎士の礼をとった。
そして姿勢を正した副団長は、すぐに私を見つけ、ぱっと花が咲くように微笑んだ。
今朝は怪我による出血で顔がよく分からなかったが、洗われて綺麗になった彼は、端正な顔立ちの青年だった。
「二人とも、まだ体調も万全ではないだろうに、急に呼び出してすまなかったな」
オスカー辺境伯が気遣うように声をかけると、副団長は静かに首を振った。
「いえ、少し貧血気味ではありますが、体はすっかり元気です。私からも直接お礼を申し上げたかったので、お呼びいただけて嬉しく思います」
彼が真っ直ぐな瞳でそう答えた後、オスカー辺境伯は表情を引き締め、二人に告げた。
「団長も救護室にいたから事情は察しているだろうが、彼女の力について、今朝の件は他言無用だ」
「「御意!」」
団長と副団長は、揃って力強く頷いた。
そしてオスカー辺境伯から改めて、私の力を隠すために副団長にはこの地を離れてほしいという提案がなされた。
「御意!」
副団長は、一切の迷いなく即答した。
そのあまりにためらいのない返事に、私は余計に不安そうな顔をしてしまう。
すると副団長はツカツカと私の元まで歩み寄り、スッと片膝をついた。
「私は辺境伯騎士団・副団長のクライスと申します。セリア様、お礼が遅くなり申し訳ございません。このたびは、命を救っていただいただけでなく、右手まで……本当にありがとうございます。剣がまた振れることを嬉しく思います」
「でも、私のせいで騎士団を……」
「私にとって、剣とは誰かを守るためのもの。それがどこであろうと、私のやるべきことは変わりません。もちろん、ご当主様には大変良くしていただきましたし、仲間と離れる寂しさはあります。しかし、それも生きていればこそです。命を救っていただき、心から感謝しています。ですから……どうか、涙を流さないでください」
クライスに言われて初めて、私は自分が泣いていることに気がついた。
彼が懐からスッと差し出してくれたハンカチを、ありがたく受け取る。
そっと目元を拭うと、そのとても上質な生地の手触りに少しだけ驚いた。
ふと手元に目を落とすと、ハンカチの端のほうに鷹の意匠が美しく刺繍されている。
私はそのハンカチを両手でぎゅっと握りしめ、ゆっくりと彼を見上げた。
「うん……。そう言って貰えて良かった。元気になってくれて、ありがとう」
そのまま涙を拭いながら笑いかけると、クライスは嬉しそうに破顔した。
(キャーー!イケメンの笑顔が眩しい!)
前世では男性と接する機会がほとんどなかったため、不意打ちのイケメンの笑顔に対する免疫なんてまったくない。
いくら前世の記憶があろうと、恋愛の経験値はゼロに等しい。
不覚にも心臓がドクンと跳ねてしまい、私はもらったばかりのハンカチを握りしめたまま、自分の頬が少し熱くなるのを感じていた。
「セリア様は、どこにお住まいですか? 許されるなら、これからはセリア様のことをお守りさせていただけないでしょうか」
「ディートムに住んでるよ。だけど、セリアのことは気にしないで、クライスお兄ちゃんの好きな場所で元気に過ごしてくれるのが、私は一番嬉しいよ」
私が答えると、すかさず魔道士が口を挟んできた。
「天使様もああ仰っていますし、ディートムだとここから近すぎます! あなたがついて行けば、天使様の力がバレてしまうかもしれません! ……申し遅れましたが、私は筆頭魔道士のルミナと申します! 天使様、どうか私めもお見知りおきください」
「なんと! セリア様は天使なのですか!?」
クライスが目を丸くして尋ねる。
私が全力で否定しようと口を開きかけた瞬間、ルミナが食い気味に力説し始めた。
「見たら分かるでしょ! 天使様の横にいらっしゃるのは聖獣だし、聖女ではないところを見ると天使様で間違いないわ!」
「「「え? 聖獣??」」」
ルミナの爆弾発言に、オスカー辺境伯、セバス、騎士団長、そしてクライスが一斉に目を見開き、私の肩にいるルクを注視した。
(あ、やばい。そういえばこの人たちにはまだルクのこと言ってなかった)
「アハハ! ソンナコトナイジャナイ!」
ローラがとてつもなく棒読みで、バレバレの態度をとって誤魔化そうとする。
私もとりあえず、にっこり笑って誤魔化そうと試みた。
しかし、目の肥えた大人たちの目は誤魔化せなかったらしい。
オスカー辺境伯、セバス、騎士団長、クライスの四人は、示し合わせたかのように深く頭を垂れ、恭しく「聖獣様」と挨拶をした。
注目を浴びたルクは、チラッとリズの方を見た。
どうやら、昨日リズに正体を自分からばらしてると怒られたのが、怖かったようだ。
リズは「もう、しょうがないわね」と呟き、小さく頷いた。
「ばれたらしゃーないな! そんな堅苦しい挨拶はいらんで!」
リスの姿をした聖獣が本当に言葉を発したことに、四人は驚愕して固まってしまう。
そんな中、一人だけお辞儀をせず突っ立っていたルミナの頭を、オスカー辺境伯がポカッと叩き、そのまま無理やりルクへと頭を下げさせた。
しかし、当のルミナは無理やり頭を下げさせられながらも、「聖獣様より、天使様のほうがすごいお方なんだけど?」と不満げに文句を垂れている。
聖獣を前にしても、そのあまりにブレない姿勢で、周りの大人たちをヒヤヒヤさせるのだった。




