晩餐会と、騒がしい大人たち
セバスと料理長が去ったあと、ようやく静まり返った部屋で、私はルクと二人きりになった。
私は小さく息をつくと、ソファーの上にいるルクへと視線を向けた。
「あのね、ルク。タイミングをずっと逃してたんだけど……主って呼ぶの、やめてくれないかな? これからはセリアって呼んでほしいな」
私が少し照れくさそうに伝えると、ルクは呆れたように小さく息を吐き出した。
「……おそかったな、いつ言い出してくるかと思って待ってたで」
「遅くなって、ごめんね」
ルクが軽快に返事をしてくれたことで、胸のつかえが一つ取れた気がした。
そんな穏やかな時間も束の間、再び扉がノックされる。
返事をすると、今度はゾロゾロとメイドたちが部屋へと入ってきた。
あまりの人数に、私はちょっぴり恐怖を感じて身構えてしまう。
彼女たちは一様に満面の笑みを浮かべていたが、その表情が逆に、獲物を狙う猛獣のようにも見えて恐ろしかった。
一体何が始まるのかと身を硬くした。
「いやだわ、怖がらせてしまったかしら? ごめんなさいね。でもね、このお城には辺境伯様のご子息しかいらっしゃらないから、女の子が来てくれるなんて本当に珍しいのよ!」
「そうなのよ! 女の子って本当に、立っているだけでかわいいわぁ!」
「セリア様、夕食のお支度をさせていただきますね」
メイドたちは目をキラキラと輝かせながら、私を囲んで一斉に身支度を始めた。
お湯で丁寧に体を拭かれ、柔らかいブラシで髪を整えられていく。
どうやら、怖いぐらいの笑顔の正体は、「女の子を着飾れる」というメイドたちの凄まじい気合のようなものだったようだ。
「セリア様、こちらの衣装はいかがでしょうか? 旦那様が急ぎで用意してくださったのですよ」
辺境伯が用意してくれたのは、上品な淡い水色のワンピースだった。
上質な生地が贅沢に使われており、小さなフリルや刺繍が上品にあしらわれている。
「わぁ! こんなに素敵なワンピースを私が着てもいいんですか?」
「もちろんです!」
されるがままに着替えさせられ、次にメイドの一人が「髪の毛はリボンで可愛くしましょうね」と勧めてくれた。
「あのね、つけたいのがあるの」
私は足元に置いてあった小さな鞄に手を伸ばし、鞄から髪飾りを取り出した。
それは、ガウルから誕生日に貰った、たくさんの小さな花があしらわれた、繊細で愛らしい髪飾りだった。
大切な宝物を見せるように手渡すと、メイドは声を弾ませて目を輝かせた。
「まぁ! 素敵な髪飾りですね。とっても可愛らしいわ」
「これをつけてほしいな」
「かしこまりました。では、前からもよく見えるように、横につけさせていただきますね」
メイドは手際よく髪をまとめ、髪飾りをバランスよく飾ってくれた。
そうしてすべての支度が整い、私は大きな姿見の前に立たされた。
メイドたちも、その完璧な仕上がりに満足げな表情を浮かべている。
鏡の中には、まるでお姫様のような美少女がいた。
(……うわぁ。上品なワンピースを着せてもらっただけなのに、まるでどこかのお姫様みたい! 自分でも可愛いとは思っていたけど、プロに着飾ってもらうと美少女っぷりが増すわね……!)
もともと整った顔立ちの美少女だという自覚はあったけれど、プロの手できっちりと磨き上げられ、美しく着飾られると、これほど違うのかと驚いてしまう。
あまりの変身ぶりに、私は鏡の前で思わずニマニマと締まりのない笑みを浮かべてしまう。
その様子を見たメイドたちは「まぁ、なんて愛らしいの!」と、悶絶するように胸を押さえていた。
ルクは、ベッドから起き上がると、テーブルの上からじっと私を見つめ、念話で伝えてきた。
『セリア、めっちゃ似合っとるやんけ。まるでお人形さんやな』
(ありがと、ルク!)
ルクもまた、メイドに毛並みを優しく整えてもらい、真珠のように輝く羽毛をいっそう輝かせていた。
やがて約束の時間になり、私はメイドたちに案内されて夕食の会場へと向かった。
案内されたのは、重厚な大きな扉の向こうにある大食堂ホールだった。
高い天井からは見事なシャンデリアが吊り下がっており、長いテーブルにはすでに美しい食器が並べられている。
メイドが静かに扉を開けると、そこには一足先に身だしなみを整えて集まっていたランド・エッジの面々と、ガウルの姿があった。
「失礼します」
私がちょこんと頭を下げて大食堂ホールへと足を踏み入れ、丁寧にお辞儀をすると、その場にいた全員の視線が一斉に私へと集まった。
「「「……っ」」」
次の瞬間、大食堂ホールの中が奇妙なほどの静寂に包まれた。
カイ、ロイド、ローラ、リズ、そしてガウル。
全員がまるで時間を止められたかのように硬直して、驚きすぎて声すら出せないといった様子で私を凝視している。
いつもは親しみやすい女の子の空気を纏っているが、今は上品な淡い水色のワンピースに身を包み、横髪には可憐な花の髪飾りを輝かせ、まるで本物の貴族のような気品を纏って現れたのだ。
大人たちが受けている衝撃は凄まじかった。
誰もが言葉を失って固まる中、ローラがふぅと深くため息を漏らし、うっとりとした顔でぽつりと呟いた。
「やっぱり天使だったのね……」
ローラのその声を皮切りに、ようやく大人たちの時間が動き出す。
「おいガウル、俺たちはとんでもない高貴なお嬢様を預かっているんじゃないだろうな?」
カイが狼狽したようにガウルを問い詰める。
「い、いえ、そんなはずはないです。ですが、言葉を失うほど美しいです」
ガウルも顔を真っ赤にして、視線をどこにやっていいか分からないようにそわそわし始めた。
自分の贈った髪飾りを大切につけてくれていることへの喜びと気恥ずかしさで、胸がいっぱいになっているようだ。
リズは優しく微笑みながら「とてもよく似合っているわよ、セリアちゃん」と声をかけてくれ、ロイドも「似合っているよ」と褒めてくれた。
みんなの過剰なまでの大絶賛を前に、私は嬉しい反面、少し恥ずかしくなってルクをぎゅっと抱きしめた。
大食堂ホールの賑やかさに気恥ずかしさを覚えながら、案内された席につく。
部屋の奥に設えられた一人席が辺境伯の席のようだ。
その席の右側にランド・エッジの面々、そして左側に私、ガウルが並んで座る形になった。
ルクは私の肩の上で、お行儀よくしている。
しばらくすると、部屋の奥の扉からオスカー辺境伯が入ってきた。
威厳に満ちた佇まいで現れたオスカー辺境伯だったが、私の姿を見た瞬間、ほんの一瞬だけ目を見開いて驚いた表情を浮かべる。
しかし、すぐに何事もなかったかのように平然とした表情に戻り、自身の席へと腰掛けた。
オスカー辺境伯は円卓に座る全員の顔ぶれを見回し、満足そうに頷いてから口を開いた。
「皆、急な呼び出しにもかかわらず、よく集まってくれた。救護所での出来事について話し合うために、この席には、あえて事情を知る関係者しか呼んでいない」
オスカー辺境伯の説明を聞きながら、私はさりげなく周囲に視線を走らせた。
先ほどまで自分の身支度をしてくれていた大勢のメイドたちの姿はいつの間にか消えており、今この場に残っているのは、壁際に静かに控える執事長のセバスだけだった。
「とはいえ、皆一様に腹が減っているだろう。お堅い話し合いは、まずは食事を済ませてからにしよう。セバス、料理を」
「かしこまりました」
セバスの合図で扉が開くと、メイドたちが次々と美しく盛り付けられた大皿やスープを運び込んできた。
(おぉ……これって前世でいうフルコースってやつかな。すごい、豪華!)
メイドと一緒に入ってきたのは、さきほど部屋まで押しかけてきた料理長だった。
料理長は真剣な顔つきで、コース料理の簡単な説明をしていく。
説明が終わると同時に、夕食会が始まる。
豪華な貴族の食事に、ガウルは少し戸惑いを見せていたが、ランド・エッジの面々は完璧なテーブルマナーでナイフとフォークを使いこなしている。
私もまた、作法を見ているうちに前世の記憶にあるマナーと大きな違いがないことに気づき、難なく食べ進めていった。
(うーん、見た目はすごく綺麗なんだけど、味付けはちょっと薄いなぁ。でも、貴重なコショウやハーブが贅沢に使われているし、このあたりは流石は大貴族って感じだよね)
そんな中、四歳の幼い女の子が一切の手元を狂わせず、美しく食事をする様子を見て、周囲の大人たちは内心で驚愕していたが、この時の私はそれに全く気づいていなかった。
食事が中盤に差し掛かった頃、オスカー辺境伯がカイに向かって気さくに話しかけた。
「カイ。昨夜は夜遅くに突然の緊急招集をかけてすまなかったな」
「いえ、街の危機とあれば、応じるのは当然のことです。ちょうどあの時は、ここにいるみんなで夕食を食べ終わった頃でしたので、良かったです」
「ほう、ガウルやセリア殿も交えての食事か。仲が良いのだな、それはさぞかし楽しかっただろう」
「ええ! 本当に楽しかったですよ! 昨日はセリアちゃんとガウルが一緒に作ってくれた料理や、お土産に持ってきてくれたお酒が信じられないくらい美味しくて……」
オスカー辺境伯の言葉に調子に乗ったカイは口を滑らせてしまった。
給仕をしていた料理長は、その言葉を聞き逃さなかった。
「……美味しい、料理……?」
料理長が執念の籠った目で私の前に立ちはだかった。
「セリアお嬢ちゃん! 私にも、その料理を食べさせてくれないか? 金ならいくらでも出す!」
あまりの物凄い熱量に困り果てていると、オスカー辺境伯の怒号が響き渡った。
「恩人に対してなんという無礼を働くか! 誰か、この男を連行せよ!」
その瞬間、騎士たちがどこからともなく表れ、料理長を連行していった。
静けさを取り戻したホールで、オスカー辺境伯は少しだけ決まり悪そうに私へと視線を向けた。
「……だが、セリア殿。実は私も、先ほどセバスから例のクッキーを受け取ってな。一口食べさせてもらったのだが……あれは本当に美味しかった。……料理長ほど見苦しくはないが、私も一度食べてみたいものだな」
料理を食べてみたいと期待を向けてくるオスカー辺境伯を、私はじっと見つめ返した。
(オスカー辺境伯様には治癒魔法の力を見られてしまっている。今更だけど、オスカー辺境伯様は、私の味方になってくれるだろうか)
もしも貴族が敵に回れば、四歳の子供では逃げ切れない。
考え込んでいると、肩の上にいるルクからの念話が響いた。
『何を悩んでるんや! ワイを頼らんか! なんのための聖獣様やねん。今のワイだと魔力足りんからな。ちょっと魔力借りるで!』
ルクはオスカー辺境伯を見つめ、小声で「神眼」と呟いた。
続けて執事のセバスにも向かって小声で「神眼」と呟く。
(ん? 魔力を借りるっていったけど、何も変化がないなぁ)
≪今回、ルク様が神眼で使用した魔力量は、セリア様の膨大な魔力量の一割にも満たないと考えられます。そのため、魔力量による変化は感じられません≫
『セリア、安心しぃ。オスカーもセバスも、完全に信用出来る人間や。ある程度は貴族の仲間がおったほうが、正直動きやすいで』
ルクの『神眼』による絶対的な太鼓判に、私の不安は消し飛んだ。
「辺境伯様、お願いがあります」
静まり返ったホールの中、私は意を決して、向かいに座るオスカー辺境伯を真っ直ぐに見つめ直した。
お楽しみいただければ幸いです。




