お約束の執事とクッキー
静まり返った部屋の中で、私はようやく一息ついた。
救護所での騒動のあとは、オスカー辺境伯が場を収めてくれた。
あの《パーフェクトヒール》を見られてしまった以上、完全な隠蔽は難しいかもしれない。
辺境伯からは「今夜は城に泊まってほしい」と打診され、私たちはそれぞれ個別の客室を用意してもらうことになった。
昨晩から不眠不休で戦っていたランド・エッジのメンバーは、「夕食までひと眠りするよ」とそれぞれの用意された部屋へ戻っていった。
私の護衛でずっと付き添ってくれていたガウルも、相当疲れているはずだ。
「ガウルお兄ちゃんも寝ていないでしょう? 私のことは気にしないで、ゆっくり休んで」
「そうですね……。ここは安全でしょうから、お言葉に甘えて夕食まで私も部屋で休ませていただきます」
そう言ってガウルも用意された部屋へ戻り、私は与えられた豪華な部屋で一人になった。
部屋に通された時、すでに時刻はお昼を過ぎていた。
緊張が解けたのか、ふと力が抜けた瞬間、ぐぅぅっと大きなお腹の音が部屋に響いた。
そういえば、朝からバタバタ駆け回っており、満足に食事をとっていなかった。
(そういえば、昨日作っておいた牛丼があったなぁ)
「主、腹減ったわ。なんか出してーや」
「牛丼でもいいかな?」
「牛丼? なんや、美味しそうな名前やな!」
私はアイテムボックスから、牛丼とお米、そして皿を取り出した。
皿に米をよそい、上から牛丼の具をたっぷりとかける。
醤油と出汁が混ざり合った、食欲をそそる良い香りが個室中に広がった。
(うーん、朝ごはんも食べてないし、おかわりしちゃいそう! 牛丼とお米は、テーブルに出したままにしておこう!)
「ルク、どうぞ! 召し上がれ!」
「お、ええ匂いやな! いただきます!」
「いただきます」
ルクは米に染み込んだ甘辛いつゆがいたく気に入ったようで、小さなスプーンを器用に操り、夢中で食べ進めていく。
私も久々の牛丼の味に癒されながら、半分ほど食べ進めた、その時だった。
――コン、コン
ドアをノックする音が聞こえた。
私は条件反射で「はーい!」と元気に答えてしまった。
「失礼します」
入ってきたのは、今朝も門で対応してくれた老執事だった。
彼は優雅にワゴンを押して部屋にはいってきた。
ワゴンの上にはお茶のためのティーセットとパン、クッキーが並んでいる。
しかし、部屋中に漂う牛丼の匂いと、まさに今食べている最中の私たちを目にすると、彼は一瞬だけ動きを止めた。
(しまった! 牛丼食べてる途中だった……!)
私はスプーンを持ったまま固まってしまう。
執事は、私が手に持っている湯気を立てる牛丼から、片時も視線を逸らそうとはしなかった。
「朝から色々と大変でしたし、お腹がすいているかと思いお持ちしましたが……心配不要でしたね」
彼はそう言って、にっこりと微笑んだ。
その笑顔は完璧だったが、視線だけは私の牛丼に釘付けのままだ。
「す、すみません。お腹がすいたので、持ってきたものを食べていました……」
「いえいえ、ごゆっくり。失礼ながら、それはセリアお嬢様が?」
「あ、そうです。私が作ったものです」
「さようですか。見たこともないですね」
(食べにくいな……)
『なんや、もしかして食べたいんかいな』
(え? そうなのかな……?)
部屋から出ようとしない執事は、私たちの近くに立ったまま、じっとこちらを見つめている。
「えーっと、お名前を教えてもらえますか?」
「失礼いたしました。私はここの執事長のセバスと申します。お礼が遅くなり、申し訳ございません。セリアお嬢様、私どもの仲間を助けていただきありがとうございます。」
(セバス!!! お約束!!!)
≪セリア様、お約束とは何でしょうか?≫
(執事といえばセバス、あるいはセバスチャンと決まっているのだよ)
≪……≫
私の心の叫びにナビが呆れたような沈黙を返していると、セバスが私の方を見て言った。
「実は、セリアお嬢様が放たれたあの神聖な光を浴びたおかげで、私が長年患っていた酷い腰痛がすっかり治ってしまったのです」
「えっ? そうなんですか?」
「はい。あの場に私もおりましたので、光の範囲内に入っていたのでしょう。歳だと諦めておりましたが、これでまだまだ旦那様にお仕えすることができます。本当に、なんとお礼を申し上げればよいか……」
思わぬ副産物だったけれど、喜んでもらえてよかった。
「ご丁寧にありがとうございます。みなさん無事で本当によかったです」
私がそう答えると、セバスは少し意外そうな、驚いた表情を見せた。
四歳の子が大人相手に物怖じせず、丁寧に応対したのが珍しかったのかもしれない。
「えっと、セバス様も、牛丼を食べますか?」
私がそう言うと、セバスはパァァッと表情を輝かせた。
「なんと! 私も頂いていいでしょうか!」
待ってましたといわんばかりの笑顔で、セバスが私の目の前に座る。
どこから出したのか、いつの間にか手に持っていた皿に、彼は手際よく牛丼をよそった。
(え? いつからお皿持ってたの? 執事って、いつでも皿が出せる職業だっけ……?)
そんなことを考えている間に、セバスは牛丼を口に運んでいた。
一口食べると、彼はカッと目を見開き、上品な仕草ながらも信じられないスピードで食べ進めていく。
あっという間に皿が空になり、ガッカリした様子を見せたが、さすがにおかわりとは言わなかった。
「初めて食べた料理でしたが、とても美味しゅうございました」
牛丼を食べ終わると、セバスが私とルクに紅茶を入れてくれる。
『主、この紅茶にはクッキーやろ。そこのクッキー取ってーな』
セバスが持ってきたクッキーをルクに渡す。
クッキーは形がそろっており、とてもきれいだ。
私もクッキーを一枚手に取り、口に運ぶ。
(……ん? あれ?)
『んー、パサパサしとるな。主のクッキーのほうが、しっとりして甘いわ。昨日のクッキーだしてーや』
私は鞄からクッキーを取り出すふりをする。
(アイテムボックスオープン、クッキー四枚!)
私はカバンの陰でこっそりと手作りクッキーを四枚取り出し、二枚をルクの目の前のお皿に、残りの二枚を自分の目の前のお皿に出した。
そして、二人で私の手作りクッキーと紅茶を頂く。
ジーー。
その様子をじっと見つめるセバスの視線に耐えかねて、私は自家製クッキーを一枚勧めてみた。
「えーっと、素人が適当に作ったものですので、お口に合うかどうか……」
「ありがとうございます」
セバスは素早い動きで私の目の前の皿に残っていた一枚のクッキーを取り、食べやすい大きさに割り一口食べる。
彼は目を見開いたまま石のように固まってしまう。
「これは……なんと……! なんと深みのある甘み、そしてしっとりした食感。……申し訳ございません、セリア様! もし、まだこれをお持ちでしたら、是非とも買い取らせていただけないでしょうか!?」
「えっ? このクッキーをですか?」
「はい! もしよろしければ、五枚……いえ、十枚ほど!」
昨日大量に焼いたので、アイテムボックスにはまだ二十枚ほど在庫がある。
「えーっと、十枚でいいですか?」
「ありがとうございます! では……十枚で、小金貨三枚でいかがでしょうか?」
「えええええ!?」
私は思わず叫んだ。
小金貨一枚は一万円相当。
つまりクッキー十枚で三万円!?
(ええっ? クッキー十枚で三万円? どうなってるの!?)
私は慌てて首を振った。
「い、いえいえ! 今日はお世話になるので、セバス様にあげます! そんなにお金はいただけません!」
「しかし、これほど高級な品を……」
「いいんです、本当に。私が趣味で作ったものですから……」
私の強引な押し売りに、セバスは「ありがとうございます」と深く一礼した。
彼はそのまま別の女性メイドを呼び寄せ、私の世話を任せると、宝物でも扱うような手つきでクッキーを持って部屋を去っていった。
残されたメイドから「何かしたいことはありますか?」と聞かれたので、本を読みたいと伝えると、彼女は私が字を読めることに驚きつつも、子供向けの読み物を二冊持ってきてくれた。
一人で大丈夫だと伝えて部屋を閉め切ると、ルクはよほど疲れたのか、ソファーの上で丸くなって寝息を立て始めた。
借りた本は子供向けの童話だったので、あっという間に読み終えてしまった。
(さて、次はどうしようかな……)
そう考えていた、その時。
廊下の向こうから、ドタバタと大きな足音が近づいてきた。
そして、少し乱暴に扉がノックされる。
「お待ちください! 旦那様に怒られますぞ!」
扉の向こうから、セバスの焦った声が漏れ聞こえてくる。
あまりの勢いに、私は怖くなって部屋の隅で固まってしまった。
「中にいるんだろ! 開けてもいいか!」
ドンドンと扉を叩く音。
その勢いに恐怖を覚えた私は、返事が出来ずにいた。
「セリアお嬢様、申し訳ございません。セバスです!」
「は、はい……」
私が小さく返事をした瞬間。
「やっぱりいるじゃないか!」
バァーーン!
と勢いよく扉が開かれた。
そこには困り果てた様子のセバスと、顔を真っ赤にしたコック姿の男性が立っていた。
「お嬢ちゃん! このクッキー、どうやって作ったんだ!? レシピを教えてくれ!」
すごい剣幕で詰め寄られるが、レシピと言われても困る。
地球の製法に加えて《地球調味料セット》の砂糖やバターを使っているから、この世界の材料では説明がつかないのだ。
「ひ、秘密です……っ!」
私が必死にそう答えた瞬間、料理長さんは「ガーン!」という効果音が聞こえてきそうなほどショックを受け、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
「……セリアお嬢様、誠に申し訳ございません。さきほど頂いたクッキーを料理長に分けたところ、少々暴走してしまいまして」
「は、はい……」
セバスがパンパンと手を叩くと、どこからか現れた騎士たちが、魂の抜けたような料理長さんを両脇から抱えて連れていってしまった。
「失礼いたしました。夕食まであと少し時間がございますので、どうぞごゆっくりお待ちください」
そう言って、嵐のような一団は去っていった。
私は静まり返った部屋の扉を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。




