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【初心者安心パック】は歴代転生者アンケートから生まれました~いつの間にか聖女扱いされて困ってます~  作者: 紫陽花


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ワイバーン襲来

 楽しい宴も終わり、そろそろお暇しようかという雰囲気になった時のことだった。

 突如として、ランド・エッジの拠点の頑丈な木製のドアが、激しく、まるで叩き壊さんばかりの勢いで連打された。

 緊迫した音がリビングに響き渡り、和やかだった空気が一瞬で凍りつく。

 カイがすぐさま席を立ち、扉を開けた。

 そこに立っていたのは、髪を振り乱し、肩を激しく上下させて息を切らせている冒険者ギルドの受付嬢だった。


「遅い時間に申し訳ありません……っ! 西の森にワイバーンの群れが出現しました! 今、ものすごい速度でこちらに向かってきております! ギルド長からの緊急召集です、ランド・エッジの皆さん、どうか緊急依頼をお受けいただけないでしょうか!」


 受付嬢の悲鳴に近い声が響く。

 ワイバーン――亜竜種であり、空を飛ぶその魔物は、一頭だけでも甚大な被害をもたらす脅威だ。

 それが群れで押し寄せてきているという事態に、リビングの空気は一気に張り詰めた。


「分かった。すぐに準備する。ギルド長にはそう伝えてくれ」


 カイが即座に承諾の意思を告げると、受付嬢は深く頭を下げて、弾かれたように走り去っていった。

 扉が閉まる音と同時に私が振り返った時には、ロイドも、ローラも、リズも、すでにそれぞれの武器や防具を手に取り、無言で身支度を始めていた。

 さっきまでお酒を飲んで笑っていた大人たちの顔から完全に余裕が消え、一瞬にして冒険者の顔へと変わっている。

 その圧倒的な威圧感に、私は言葉を失った。


 カイが甲冑の紐を締めながら、こちらに振り返った。


「すまないが、緊急依頼で行かなければならなくなった。ガウル、お前の家はどのあたりだ?」

「西門から少し歩いた場所になります」


 ガウルが答えると、カイは少し眉をひそめて首を振った。


「それなら、ここに残ったほうがいい。ガウルの家がある西門付近は、ワイバーンが最初に到達する可能性が一番高い危険地帯だ。この拠点は街の中心部に近く、城や騎士団の詰所にも近いから比較的安全だ。私たちが帰ってくるまで、ここで留守番をお願いできないだろうか」

 その言葉を聞いたガウルは、一歩前に出て拳を強く握りしめた。


「私も行きます。戦力として使ってください」


 だが、その肩をロイドが静かに、しかし力強く掴んで制止した。


「ガウルが行ってしまったら、誰がセリアちゃんを守るんだ?」

「それは……」

「相手はワイバーンだ。空を飛ぶ奴らだからね、西の城壁を越えて街の中に侵入してくる可能性も十分に考えられる。もしここにワイバーンが流れてきた時、セリアちゃんを守れるのはお前だけだ。だから、ここは頼んだ。奥に客室があるから、そこを自由に使ってくれ。何、辺境伯の騎士団も総出で動くはずだから、そう簡単に門は突破させないさ。じゃあ、行ってくる」


 そう言い残し、ランド・エッジの四人は嵐のように拠点を飛び出していった。


 バタン、と重々しい音がして扉が閉まり、リビングには私とガウル、そしてルクだけが残された。

 外からは、遠くの方で警鐘の音がカンカンと鳴り響き始め、街全体が騒然としていくのが伝わってくる。

 私たちは言葉にできない大きな不安を胸に抱えながらも、ただじっと待つしかなかった。


「セリアさん、とりあえず……テーブルの上を片付けてしまいましょうか」

 ガウルが少し硬い声で提案してくれた。

「うん、そうだね」


 さっきまであんなに楽しくからあげを食べて、ビールを飲んで笑い合っていた食卓の残骸を、二人で黙々と片付けていく。

 賑やかだった空間が嘘のように静まり返り、食器が触れ合う音だけが虚しく響いた。



 片付けが終わると、ガウルは私を気遣うように、奥の客室へと案内してくれた。


「セリアさん、カイさんのお言葉に甘えて、奥の部屋で少しでも横になりましょう。私がここで見張りをしていますから」

「ガウルお兄ちゃんも休んでね……」

「はい、適度に身体は休めますから、心配しないでください」


 私はみんなのことが心配でたまらなかった。

 あの強くて優しいランド・エッジのみんなが、凶悪なワイバーンの群れと戦っている。

 けれど、今の私にできることは何もない。彼らの実力を信じて、無事を祈るしかないのだ。

 私は客室のベッドに潜り込み、ぎゅっと目を瞑った。外の喧騒を遠くに聞きながら、気がついた時には、浅い眠りの中で朝を迎えていた。



 パチリと目が覚め、リビングへと向かう。

 朝の光が差し込む窓辺には、ガウルの背中があった。

 彼は一睡もしていないのだろう、昨日と同じ姿で張り詰めた空気のまま、外の様子を眺めていた。

 私が近づくと、足音に気が付いたガウルが振り返った。

 互いに挨拶を交わした後、再び窓の外へ視線を向けたガウルの表情が安堵へとかわり、


「……セリアさん、戻ってきたようです」


 その言葉とほぼ同時に、拠点の重い扉がゆっくりと開かれた。


 そこに立っていたのは、昨晩飛び出していったランド・エッジの四人だった。

 命に別状はなさそうだが、衣服は煤や魔物の返り血で汚れ、その顔には隠しきれないほどの深い疲労と落胆の色が暗く影を落としていた。


「「おかえりなさい!」」


 私とガウルが、努めて明るい声で四人を迎えた。


「あぁ、ただいま、セリアちゃん、ガウル……。留守番をありがとうな」


 カイが無理に作ったような笑顔で答えるが、四人ともいつもの元気が全くない。

 リビングの空気が重く沈み込んでいく。


「皆さん、お腹すいていませんか? ご飯用意しますね」


 私は、前日たくさん作っておいた『おにぎり』と、具だくさんの『豚汁』を、アイテムボックスからテーブルの上に次々と取り出した。

 すでにアイテムボックス持ちだということはばれているし、少しでもランド・エッジのみんなの助けになりたかった。

 アイテムボックスから取り出されたおにぎりは、私の小さな手で一生懸命に握った、可愛らしい一口大サイズの塩おにぎりだ。

 そして大きな鍋に入った豚汁は、まるで今作ったばかりのように熱い。


「……っ、ありがたい。本当に腹が減って死にそうだったんだ」


 ロイドがそう言って、最初におにぎりに手を伸ばした。

 私が作ったおにぎりは小さく、疲れた大人たちなら一口で食べられる大きさで、次々と彼らの口へと運ばれていく。

 四人は黙々とおにぎりを口に運び、豚汁をすすった。


「このスープ、初めて食べる味だけど……なんだかすごくほっとするな」


 カイが豚汁の入ったお椀を両手で包み込むように持ちながら、深く息を吐き出した。


「ええ。それにこの白い穀物……お米だったかしら? クロノス帝国の一部地域で食べられていると聞いたことはあるけど、このディナの街で見るのは珍しいわね」


 リズがおにぎりを不思議そうに見つめながらも、小さくかじって頬を綻ばせた。


「このお米とスープ、すごく相性がいいわね! 疲れた体にじんわり染み渡るわぁ……」


 ローラも豚汁とおにぎりを交互に口に運びながら、幸せそうに目を細めている。

 ふと、豚汁を味わっていたロイドが顔を上げて言った。


「そういえば、このいい匂い……昨日、冒険者ギルドでセリアちゃんからした匂いと一緒だな」

「は、恥ずかしい……昨日、お昼に沢山料理を作ったんだ。これも、その時に作った料理だよ」

「とっても美味しいよ」


 ロイドがふわっと笑顔を見せる。


(キャーー! ロイドお兄ちゃんの笑顔素敵すぎる!!)


 温かい食事が疲弊した体に染み渡っていくにつれ、彼らの張り詰めていた肩の力が少しずつ抜けていくのが分かった。

 無事に戻ってこれたという実感が、ようやく湧いてきたのだろう。

 しかし、食事が落ち着いても、彼らの表情に宿る暗い影が消えることはなかった。

 明らかな落ち込みようだった。


 ふと見ると、向かいに座るリズの白い頬に、木の枝でひっかいたのだろうか? 痛々しい切り傷が目に留まった。

 女の子の綺麗な顔に傷が残ったら大変だ。

 私は深く考えず、リズに向けてそっと手をかざした。


「ヒール」


 私の手から柔らかな、温かい光が放たれ、リズの頬を優しく包み込んだ。

 光が収まった時、そこにあったはずの赤黒い切り傷は、跡形もなく綺麗に消え去っていた。


「「「「…………え!?」」」」


 おにぎりを口に運ぼうとしていた大人たちの動きが、完全にピタリと止まった。

 全員が目を見開き、信じられないものを見るような目で私を凝視している。


「セリアちゃん……あなた、まだ四歳よね? なんで、今、魔法を……?」


 ローラが声を震わせながら呟いた。


(あ、しまった……!)


 私は心の中で激しく焦った。

 この世界では、六歳で行われる『鑑定の儀』を受けるまでは、自分がどの属性の魔法に適性があるのか分からないのが普通だ。

 四歳の子供が、しかも無詠唱で治療魔法を使うなんて、常識の範疇を完全に超えている。

 言い訳を考えて脳をフル回転させていると、リーダーのカイが、私の驚異的な力への追及を遮るように、重い口調で今回の戦況を語り始めた。


「……実は、今回のワイバーン討伐は、想像を絶する凄惨なものだったんだ。奴らの数が想定よりも遥かに多くてね。先陣を切って戦っていた騎士団に、多くの被害者が出てしまった」


 カイは拳を固く握りしめ、悔しそうに顔を歪めた。


「オスカー辺境伯様も、お抱えの聖魔法使いを総動員して治療に当たらせている。だが、重傷者の数が多すぎて、魔力が底をついてしまったんだ。治療魔法による回復で一命を取り留めた者も多いが、未だに多くの重傷者たちが命の危機に瀕している。治療に関しては、僕たちでは力になれないからね……悔しいが、一度ここに戻ってくるしかなかったんだ」


 話を聞いていたガウルが、疑問を口にした。


「魔力回復ポーションを使えば、治療を続けられるのではないですか?」


 この世界には、体力を回復するポーションの他に、魔力を回復させるポーションも存在している。

 だが、ロイドが力なく首を振ってそれを否定した。


「魔力回復ポーションは確かに存在するが、あれは一定の魔力を少し回復させる程度で、万能じゃないんだ。それに、ポーションというからには『飲まなければならない』。短時間にそんな大量の液体を飲めるわけもないし、何より、ポーションには明確な限界がある。ある一定の量を超えて短時間で摂取し続けると、体が薬に拒絶反応を起こして、しばらくの間は効果が極端に薄くなってしまうんだよ。だから、ポーションをがぶ飲みして魔力を無限に回復させる、なんて真似は不可能なんだ」


 つまり、救護所には今、魔力が切れて動けない治療師たちと、今もなお苦しみに喘ぎ、命を落としかけている多くの人々がいるということだ。

 それを聞いたローラが、何かをすがるように、悲痛な目で私を見つめて口を開いた。


「ねえ、セリアちゃん。もし、もしもセリアちゃんがよければでいいの。その力で、軽傷部分だけでも治療してくれたら、すごく、すごく助かるのだけれど……!」

「ローラ、やめなさい!」


 リズが、いつもより一段と鋭く、はっきりとした声でそれを遮った。


「そんなことをすれば、セリアちゃんの能力が完全に周囲にバレてしまうわ! 鑑定の儀も受けていない幼い子供が、そんな風に簡単にヒールを使えるなんて知られたら、国や教会が黙っていないのよ。セリアちゃんがどれほど危険な目に晒されるか、分かっているの!?」

「それは……分かっているけれど、でも……!」


 ローラも、決して悪気があるわけではない。

 ただ、目の前で多くの人々が死んでいく光景を見て、居ても立ってもいられなくなったのだろう。


 私は静かに目を伏せ、胸に手を当てて考えた。


 この街を守るために、自らの血を流して必死に戦ってくれた騎士団の人たちがいる。

 もし彼らがワイバーンを食い止めてくれなければ、西門に近いガウルの家は真っ先に破壊されていただろうし、私もここでこうして安全に朝を迎えていなかったかもしれない。

 彼らがいつも西の森からの脅威と戦い、盾となってくれているからこそ、私はここから離れたディートムの街で平和に、のんびりと暮らすことができているのだ。

 お世話になっているこの街の人たちが苦しんでいる。

 私を間接的に守ってくれた人たちが死にかけている。

 それを、自分の保身のためだけに、見捨てることが本当に正解なのだろうか。


「……セリアさん」


 ふいに、温かい声が私の耳に届いた。

 顔を上げると、ガウルが私をじっと見つめていた。

 私の考えていることなんて、すべてお見通しだというような、どこまでも優しく、覚悟を秘めた眼差し。


「私は、何があってもセリアさんの傍にいますよ。あなたの決めた道なら、全力でお守りします」


 ガウルの言葉に、私の胸の奥が熱くなる。

 さらに、肩の上の相棒も、白く輝く羽毛を揺らしながら念話で語りかけてきた。


(主、やるつもりか? 命を救うなんて、それこそ本物の聖女様っぽいやないか! ええで、ワイも全力で手伝うたるわ!)


 ルクはすでにやる気満々で、サファイアブルーの瞳を輝かせている。


 みんなが私の味方でいてくれる。

 なら、恐れることなんて何もない。


 私は深く息を吸い込み、ランド・エッジのメンバーを真っ直ぐに見つめて、はっきりとした声で告げた。


「行きます。私に、救護所のお手伝いをさせてください」


 驚きに目を見張る大人たちに向けて、私は力強く頷いた。

夕方にも1話追加します!

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