「危険」な料理
冒険者ギルドを後にしたセリアとガウルは、夕方の待ち合わせまでまだ少し時間があることに気づいた。
ひとまず一度家に戻る道すがら、ガウルが少し真面目な顔をして相談をもちかけてきた。
「セリアさん。ランド・エッジの拠点にお邪魔するのですから、何か手土産を持っていったほうがいいでしょうか? 持っていくなら何がいいでしょうか?」
「うーん。夕食にご招待してもらうわけだし、おかずを一品と、あとお酒とかがいいのかな?」
セリアの提案に、ガウルも「いいですね」と深く頷く。
「やはりお肉ですかね……」
ガウルはそう言ったが、この世界では肉料理といえば、ほとんどが焼くだけのステーキだ。
手土産に肉を持っていっても、相手のメニューと丸かぶりしてしまう可能性が非常に高い。
うーんと腕を組んで悩んでいたセリアは、ふと良い案を思いついた。
「ねえ、ガウルお兄ちゃん。一緒に料理しない?」
「えっ、私がですか? 料理はほとんどしたことがないので自信がありません……」
困惑するガウルに、セリアはニヤリと不敵な笑みを返した。
「大丈夫! 料理といっても、お兄ちゃんにお願いしたいのは混ぜたり、あとはちょっと『危ない』作業かな!」
「料理なのに、危険……?」
ガウルは一瞬だけ不安そうな表情を浮かべたが、セリアの作る料理が美味しいことはすでに身をもって知っている。
「……わかりました。セリアさんの指示に従って、頑張ります」
すると、セリアの肩の上で大人しく話を聞いていたルクが、すかさず念話で釘を刺してきた。
『ワイの分もちゃんと用意してや。忘れんといてな?』
(わかってるってば、ルク)
メニューが決まれば行動は早い。
二人は市場へ立ち寄り、大量の鶏肉を買い込んで急いで家へと戻った。
家に帰るなり、セリアはさっそく調理の準備に取り掛かった。
ガウルにバレないよう、小さな声で≪地球調味料セット≫と唱える。
リストから、ニンニクチューブ、生姜チューブ、しょうゆ、料理酒、サラダ油、片栗粉、無塩バター、砂糖、そしてイチゴジャムを次々と取り出した。
(んー、それにしても片栗粉って調味料なのかな?スキルの名前の割には、リストを見ると調味料の定義が結構適当だよね……)
そんな些細な疑問は脇に置いておき、大人たちへのお土産用にお酒も選ぶ。
ビール、赤ワイン、白ワインを数本ずつ取り出した。
今回持っていく手土産のメインは、ズバリ『からあげ』である。
おそらく、この世界には「油で揚げる」という調理法そのものが存在しない。
「さっそく作っていくよー!」
「はい! 頑張ります」
大きな鍋に一口大にカットした鶏肉をどんどん放り込み、そこへしょうゆ、料理酒、ニンニク、生姜をたっぷりと投入する。
「ガウルお兄ちゃん、この中身を綺麗に混ぜてくれる?」
トングを渡されたガウルは、鍋の中を覗き込んで目を丸くした。
「すごい色ですね。……黒い?」
不思議そうに呟きながらも、ガウルはトングを使って器用に混ぜ始めた。
ビニール手袋など存在しないこの世界では、一度ニンニクや生姜の匂いが手に付くとなかなか落ちなくなってしまう。
素手で触ればしばらく匂いが残るため、トングで我慢してもらうことにしたのだ。
ガウルはトングを使って一生懸命に混ぜてくれた。
「セリアさん、どうでしょうか?」
「うん! 完璧だよ! ガウルお兄ちゃんありがとう!」
しっかり混ざった鶏肉を寝かせている間にもう一品、セリアはお菓子を作ることにした。
ローラやリズはきっと気に入ってくれると思うし、ガウルとルクも大の甘党だ。
ボウルに無塩バターと砂糖を入れ、再びガウルに混ぜてもらう。
「……セリアさん、こんなに白い砂糖は初めて見ました」
ガウルが驚きの声を上げる。
市場で見かける砂糖は、もっと濁った茶色いものばかりなのだ。
バターと砂糖がしっかり混ざったところで、さらに小麦粉と溶き卵を投入し、ひとまとめにしてもらう。
クッキー生地を丸め中央にくぼみを空け、焼いていく。
クッキーの焼き上がりを待っているときに、セリアはふと思った。
(肉ばっかり大量に持っていってもな。お野菜も欲しいな)
そこで、追加で『野菜スティック』を持っていくことに決めた。
キュウリ、ニンジン、ダイコンを細長くカットし、器にたっぷりとマヨネーズを絞り出す。
それを見たガウルがパッと表情を明るくした。
「あっ、野菜スティックですね!これ、大好きです。マヨネーズ、本当に美味しかったですから」
ガウルは以前食べたマヨネーズの濃厚な味を思い出し、懐かしそうに目を細めている。それを聞いたルクが尻尾を揺らした。
「主、味見しようや!」
「そうだね。じゃあ、一本ずつだよ」
三人は好みの野菜を一本ずつ手に取り、マヨネーズをたっぷりつけて口に運ぶ。
「な、なんやこれ! この濃厚なコク……! 野菜がこんなに美味しく食べられるなんて感動や!」
食べ過ぎて、お腹いっぱいにならないように味見はしっかり一本だけで終える。
「よし、ガウルお兄ちゃん。鶏肉に味が染み込んだと思うから、いよいよ『危険な作業』をお願いするね」
セリアがにっこりと微笑むと、ガウルは何をさせられるのかと全身を緊張させた。
セリアは鍋にサラダ油を注ぎ、火をつける。
「さっきの鶏肉に、片栗粉と小麦粉を混ぜたものをまぶしてね。それをこの熱くなった油に入れるの。少し茶色くなったら一度取り出してね。油はものすごく熱くてはねるから、本当に危険な作業なんだよ。高い位置から落とすと油がパシャッと跳ねて危ないから、近くからそっと落とすんだよ」
セリアの真剣な説明を聞き、ガウルは表情を引き締めて頷いた。
ガウルは普段まったく料理をしないため、この調理法がこの世界の常識からどれほど外れたものなのか分かっていないようだった。
「確かにこれは危険な作業です。セリアさんには絶対にさせられませんね」
セリアは、からあげを作るときはいつも「二度揚げ」をしている。
ガウルに手順を説明し、火の番をすべて任せる。
シュワシュワという油の音と共に、キッチンにはニンニクと醤油のたまらなく香ばしい匂いが漂い始めた。
「ガウルお兄ちゃんが作ってくれた『からあげ』も味見しよう! きっと驚くよ」
熱々のからあげを口に含んだ瞬間、ガウルとルクの顔に衝撃が走った。
「っ……! 外側はカリッとしているのに、中から熱い肉汁が溢れてきます! これは本当に鶏肉ですか?!」
「うますぎる! なんやこれ、止まらへん!」
「ちなみに、からあげにマヨネーズをつけても美味しいよ!」
セリアがそう教えると、すでに味見の一個を食べ終えていたガウルとルクが、身を乗り出して懇願してきた。
「セリアさん……もう一個、味見させてください! マヨネーズとの組み合わせ、どうしても試したいです!」
「主、頼む! 一生のお願いや!」
あまりの熱意に苦笑しながら、セリアはもう一個ずつの味見を許可した。
当然ながら、二人はその悪魔的な組み合わせに完全にノックアウトされていた。
夢中になって調理した結果、二人はとてつもない量のからあげとクッキーを完成させてしまった。
「ちょっと、作りすぎちゃったね……」
「さすがに作りすぎましたね」
手土産にする分を丁寧に包み、残った大量のからあげとクッキーは、食べやすいように小分けにして、アイテムボックスへと収納した。
「セリアさん、そろそろ家をでましょうか」
「はーい!」
準備を整えた二人は、ついにランド・エッジの拠点へと向かった。
そこは街の一等地にある、立派な二階建ての一軒家だった。
「さすがAランクパーティですね……」
ガウルが圧倒されたように呟く。
彼がそっとドアをノックすると、すぐにリズが笑顔で迎えてくれた。
リビングに案内されると、テーブルの上にはすでにパン、具だくさんのスープ、そして豪快なステーキが並べられていた。
「よく来たな!」
「待ってたよ」
カイ、ロイド、ローラが温かく歓迎してくれる。
セリアはアイテムボックスからからあげと野菜スティックが入った籠を取り出し、リズに手渡した。
「これ、ガウルお兄ちゃんと一緒に作ったの。良かったら食べてみて!」
「すごくいい匂い! ……温かいわね? ありがとう、さっそく頂くわ」
リズが包みを開けてテーブルの中央に置くと、からあげの圧倒的な香ばしい匂いが部屋中に広がった。
「お、おい……なんだこの匂いは!」
カイが身を乗り出して驚愕の声を上げる。
「ああ、獣人の鼻には刺激が強すぎるな……。この独特な香辛料の匂い。こんな匂いは知らないが、美味しそうだ」
ロイドも鋭い鼻を鳴らし、喉をゴクリと鳴らした。
「じゃあ、いただきます!」
セリアが手を合わせると、みんなもそれを見真似て唱え、楽しい夕食が始まった。
からあげを口にしたローラが、頬を抑えて叫ぶ。
「お、美味しい……! すごいわ! 外側がサクサクなのに中は信じられないほどジューシーね! お肉の旨味がじゅわって溢れてくる! こんな料理、食べたことないわ!」
誰もが絶賛し、からあげを競い合うように貪っていく。
一方でリズは、添えられた白いソースに興味を持ち、野菜スティックを一本手に取った。
ソースをつけて口に運ぶと、その目が大きく見開かれた。
「……信じられない。この白いソースは何? ものすごく濃厚で、少し酸味があって……野菜の甘みが引き立って、いくらでも食べられてしまうわ。美味しい!」
そこでガウルが、待ってましたとばかりに得意げな表情で口を開いた。
「リズさん、驚くのはまだ早いですよ。実はそのマヨネーズというソース、からあげにつけても絶品なんです」
「まさか、そんな……」
リズが半信半疑で、熱々のからあげにマヨネーズをたっぷりつけて一口。
「……っ!!」
リズが絶句し、続いてからあげにマヨネーズを試した全員から、怒涛の絶賛が巻き起こった。
「おい、これ……犯罪的な美味さだ!」
「お肉の油分とソースのコクが合わさって、もう言葉にならないわ!」
(ふふ、私は飲めないけど、ここでビールを出しちゃおうかな!)
セリアはアイテムボックスから、キンキンに冷えたビールを取り出した。
「セリアちゃん、それは何だ?」
ロイドがすぐに反応する。
「これ? ビールだよ!」
「ビール? なんだか変な容器に入っているな」
「ロイドさん、私が開け方を教えますね」
そういうと、ガウルは慣れた手つきで「プシュ!」と快音を響かせ、ビール缶を開けた。
「ロイドさん、どうぞ」
ガウルからビールを受け取った瞬間、ロイドは驚く。
「つ、冷たい!」
「セリアちゃん、私にも頂戴!」
ローラにもビールを渡す。
「本当だわ! 冷たい!」
ローラはビール缶を器用に開け、ロイドと一緒にビールを飲む。
「「……!!!」」
そのまま二人は一気に飲み干してしまった。
「「セリアちゃん、おかわりある?」」
二人の様子をみて、カイとリズもビール缶を手に取る。
「冷えていて、こんなに美味しいビールは飲んだことがないわ。もう、いつものビールに戻れないわ」
「今まで飲んでいたビールは何だったんだろう」
ローラとカイが、ビールの美味しさについて話していると、ロイドとリズも頷いて同意する。
「からあげ、マヨネーズ、そしてこのビールの組み合わせ……最高!」
「リズお姉ちゃん。ビールもいいけど、ワインも持ってきたよ。赤と白、どっちがいい?」
セリアが再び鞄から、ラベルの美しいワインボトルを取り出すと、リズは「ワインまで……!」と驚きを隠せない様子でボトルを受け取った。
「じゃあ、赤を頂こうかしら。……っ、何これ。今まで飲んだどんなワインよりも香りが高くて、雑味が一切ないわ」
リズは驚愕しながらも、その至高の味わいにうっとりと目を細めた。
大人たちが魔法の筒(缶ビール)と絶品ワイン、そしてからあげの魔力に骨抜きにされる中、セリアは用意されていたステーキを一切れ食べた。
魔物の肉らしい力強い旨味が塩で引き立てられており、絶品だった。
(なんの魔物の肉なんだろう? 塩だけなのに美味しい)
しかし、それを差し置いても今夜の主役は完全にからあげとマヨネーズだった。
あんなに大量に持ってきたはずのからあげが、どんどん無くなっていく。
(そういえば、ルク、大人しいな)
ルクのほうを見ると食べすぎたのか、お腹と頬をパンパンに膨らまして、テーブルの上でへそ天で寝ている。
(本当にルクは聖獣なんだろうか……)
リビングは、お酒と絶品料理に夢中になる大人たち。
その光景を眺めながら、セリアは心の中でにんまりと満足の笑みを浮かべるのだった。




