市場の宝探しと、郷愁の香り
翌朝、辺境都市ディナの街は早朝から活気に満ちあふれていた。
西門から城へと続く大通りを避けるようにして、広場には所狭しと露店が並び、威勢のいい声が飛び交っている。
私はガウル、ルクと共に、朝市の喧騒へと飛び込んだ。
「一応ルク様は、セリアさんのフードに隠れててくださいね」
「そうやな。こんなに人が多いと、ワイの可愛さでみんなパニックになるかもしれんからな」
「見つかっても、喋ったらだめだからね」
「まかせとき!」
市場に入ってすぐ、私の目に飛び込んできたのは調理器具の店だった。
アイテムボックスがあるとはいえ、作った料理をそのまま放り込むのは抵抗がある。
出す時にバラバラになっては困るからだ。
(もしかしたら、鍋から料理だけをアイテムボックスに入れて、出す時に別の容器へ直接移動させる……なんてこともできるのかな?)
ふと浮かんだ疑問に、ナビが答えてくれる。
≪はい、可能です≫
どうやらイメージ次第でかなり融通が利くらしい。
それでも、基本の道具は必要だ。
私は目についたサイズ違いの鍋とフライパンをいくつか購入することにした。
ガウルが支払いをしてくれ、荷物を持ってくれる。
そのすぐ隣では、十歳くらいの少年が大きな葉を並べて売っていた。
その葉は、料理を包んで持ち運ぶのに便利な、この世界におけるラップのようなものだった。
適度に柔らかく水分にも強い。
「これ、大中小を三十枚ずつください」
便利なので、まとめて購入しようと声をかけると、少年はパッと顔を輝かせた。
「たくさん買ってくれて、ありがとう! おまけしておくね!」
どうやら、少し多く入れてくれたようだ。
(まだこんなに小さいのに、働いてて偉いな)
≪あの少年より、セリア様の方が小さいですが......≫
(精神年齢は、大人だもん!)
≪大人は、『大人だもん!』と言わないのではないでしょうか?≫
(…………)
この市場では、子供からお年寄り、エルフにドワーフ、獣人といった多種多様な人であふれ返っていた。
珍しい工芸品や何に使うのかわからない魔道具など、異世界情緒たっぷりの品々が並び、見ているだけで飽きない。
そのあとも小麦粉、卵、皿と大量に購入していく。
小麦粉を買った露店の男性に、私はこの市場について聞いた。
「お兄さん、珍しいスパイスや穀物を置いてる店、知らない?」
「スパイスなら、昨日西門の近くで店を出している奴がいたぞ」
「ありがとう!」
有力な情報を得て、さっそく西門付近へ移動し始めた――その途中だった。
私は、露店であるものを見つけて立ち止まった。
「……えっ」
視線の先にあるのは、白く輝く「米」だ。
売っていたのは、なんと昨日馬車でクッキーをくれたあの女性だった。
「あら、昨日の可愛い子じゃない!」
「お、お姉さん! これはなあに?」
私は狂喜乱舞しそうな心を必死に抑え、あざとく小首をかしげた。
「これはお米よ。帝都では昔から食べられているんだけど、こっちじゃ定着しなくてね。飼料に使われることが多いのよ」
飼料だなんて、とんでもない。
私は迷わず「全部ください!」と宣言し、十キロものお米を買い占めた。
(米か、懐かしいな)
ルクが念話で話しかけてくる。
どうやら、ルクも知っているようだ。
本当は今すぐガウルの家へ帰って、お米を炊きたい気持ちをぐっと抑え、市場を回るが、結局スパイスは見つからなかった。
しかし、お米という宝物を得た私の足取りは羽のように軽かった。
ガウルの家に戻ると、すぐに彼は契約更新のため大家さんのところへ向かった。
一人になったキッチンで、私はさっそく腕をまくる。
まずは、お米。
せっかくアイテムボックスがあるのだから、思い切ってたくさん炊くことにした。
炊きあがるのを待つ間に、ほうれん草のおひたし、だし巻き玉子、豚汁、照り焼きチキン、肉じゃが、野菜炒め、そして牛丼の具を次々と仕上げていく。
やがて、キッチンに懐かしい柔らかな香りが立ち込める。
蓋を取ると、そこにはつやつやと輝くご飯。
一掴みつまみ食いをすると、前世に比べれば甘みは少ないが、紛れもない「お米」の味がした。
半分はおにぎりに、残りはそのままアイテムボックスに≪収納≫する。
私の手が小さいせいで、精一杯大きく握っても、可愛らしいサイズのおにぎりが二十個も出来上がった。
「うーん、頑張ったけどやっぱり小さいなあ……」
そんなことを考えていると、玄関の方から「ただいま戻りました」とガウルが帰ってきた音がした。
「おかえりなさーい!」
私が笑顔で迎えると、ガウルは玄関先でハッとしたように立ち止まった。
「自分の家で、『おかえりなさい』という言葉を聞くのは初めてですが、とても嬉しいですね」
「ふふ、ガウルお兄ちゃんおかえりなさい! ご飯できてるよ!」
「楽しみです!」
キッチンから漂う、優しい出汁とお味噌の香り。
スパイスとは違う穏やかな香りに誘われ、私たちは食卓を囲んだ。牛丼以外のおかずを少しずつ小皿に並べ、彩り豊かに仕上げる。
「ご飯を作ったんだけど、ガウルお兄ちゃんの口に合うかな。ちょっと変わった料理なんだけど……」
自信なさそうに言うと、ガウルは目を見開いて微笑んだ
「とても美味しそうです。いい匂いがします!」
テーブルの上では、既にルクが準備万端で待機している。
「食べたことない不思議な料理ばっかりで楽しみや」
尻尾を揺らすルクを見て、私たちは笑いながら席についた。
「いただきます!」
ガウルはおずおずと、茶色のスープ――豚汁の入った器を手に取った。
「これは……茶色いですね。まさか、土ですか?」
「ふふっ、違うよ。お味噌っていうんだよ。土じゃないから安心して食べてね」
ガウルが一口飲むと、その瞬間に言葉を失った。
しっかりとした肉や野菜の旨みを感じさせながらも、どこまでも優しく、なぜか懐かしい。
「……っ、美味しいです」
次にガウルはおにぎりを手に取った。
初めて見る白い塊を不思議そうに見つめ、そっと口に運ぶ。
「……! これは、噛むほどに甘みが増していきますね。それにこのスープにとても合います!」
彼は他のおかずも、無言で噛みしめるように食べ進めた。
だし巻き卵の出汁の味、照り焼きチキンの甘辛いタレ。
どれもが新鮮な驚きだったようだ。
ルクもまた、味わい深く頷いている。
「なんやこれ。胃に優しい感じがして、めちゃくちゃホッとする味やわ。特にこの『肉じゃが』言うの、芋に味が染みててたまらんなぁ」
食事が終わる頃には、料理はすっかり空になっていた。
ガウルは真剣な表情で私に向き直った。
「セリアさん、どれも本当に美味しかったです。お味噌というスープも、だし巻き玉子も大好きになりました。セリアさんの作る料理は、どれも魔法のようです」
彼は少し照れたように、言葉を継いだ。
「自分の家なのに、自分の家じゃないみたいです。こんなに温かな気持ちで食事をしたのは初めてで……本当に、美味しかったです」
静かな感動に浸るガウルに、私はとびきりの笑顔で言った。
「これからも美味しいのをまだまだ沢山作るから、一緒に何度でもご飯食べようね!」
「もちろん、ワイも忘れたらあかんで!」
するとガウルは、今まで私に見せたことのないような顔をして、くしゃりと、子供のように嬉しそうに笑った。
その純粋な笑顔に導かれるように、私もまた、心からの笑顔を返した。
いつも、応援ありがとうございます。




