城塞都市ディナと、西の防壁
ディナの街へ入るための列に並んでいると、ガウルからジッと見つめられる。
「え? ガウルお兄ちゃん、どうしたの? パンでもついてる?」
お昼のパンが口の周りにでもついているのだろうかと、私は自分の顔をペタペタと触る。
「セリアさん、街に入る前にフードをしっかり被っておいてくださいね」
「えっ、どうして?」
「セリアさんは可愛いですからね。変な人に目を付けられたら困ります」
「え? ガウルお兄ちゃん、急にどうしたの!」
真顔でさらりと褒めるガウルを不思議に思ったが、その様子がいつになく真剣だったので、私は素直に従うことにした。
深く被ったフードの隙間から、列の先を見守る。
ディナの街への入城は、驚くほどすんなりと済んだ。
もっと厳重な身元確認があるかと思っていたけれど、ガウルが一緒だったからか、あるいは私がまだ子供だからなのか。
拍子抜けするほどあっさりと門を通ることができた。
東門をくぐり抜けると、そこには中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みが広がっていた。
「わあ……すごい……」
思わず声が漏れる。
ディートムに比べると、建物の一つひとつが大きく、通りも綺麗に整備されている。
そして何より目を引いたのは、街の中央にそびえ立つ城だった。
それは「白くて美しいお城」というよりは、無骨で力強い、まるで街全体を守る大きな城塞のようだ。
街並みの圧倒的なスケールにボーッとしていると、ガウルに声をかけられた。
「セリアさん、馬車を近くに返してきますね」
東門の近くにある管理所へ立ち寄り、ガウルは手際よく手続きを済ませる。
「もう遅いですし、私の家へ向いましょう。私の家は西門側にあります。セリアさんの足で歩くには時間がかかりますから、街中の巡回馬車に乗りましょう」
乗り込んだ巡回馬車は、人でギュウギュウ詰めだった。
私がガウルの隣で小さくなっていると、横に座っていたふくよかなおばさんが、ニコニコしながら話しかけてきた。
「あら、小さいのに大人しくして偉いねぇ。これ、お食べ」
手渡されたのは、このあたりではポピュラーなクルミ入りのクッキーだった。
「わあ! お姉さん、ありがとうございます!」
私が満面の笑みで「お姉さん」と呼びかけると、おばさんは「あらやだ、お姉さんだなんて!」と顔を真っ赤にして喜んでいる。
確信犯的な私の「あざと攻撃」は、どうやらここでも有効なようだ。
一口かじってみると、砕かれたクルミが入っている。
けれど生地の味はほとんどしないし、何より口の中の水分を全部持っていかれる。
(んー……正直、あんまり美味しくないな。でも、この厚意は無駄にできないよね)
おばさんの親切な気持ちには心が温かくなる。
「美味しい!ありがとう、お姉さん!」
と笑顔を向けると、「まぁ、かわいい!」とさらに上機嫌になり、馬車を降りるまで楽しくお喋りをして過ごすことになった。
西門に着き、おばさんに別れを告げると、そこは非常に広大な広場になっていた。
横を向くと、東門の壁とは比べものにならない巨大な城壁が目に入る。
高さが5メートル以上はありそうだ。
驚いている私に、ガウルが説明を始める。
「ディナの西側には魔物が巣くう広大な森が広がっており、そこにはA級ダンジョンも存在します。スタンピードなどの際に魔物をディナに入れず、市民を守るため、西側の城壁は特に頑丈に作られているのです」
ガウルの説明を聞きながら、西門の反対側を見る。
すると、西門から真っ直ぐに伸びる道の先には、中央の城へと繋がる大きな城門が見える。
「ディナを守るオスカー辺境伯様の城の門は、緊急時に開けてそのまま西門へ出撃できるようになっているんです。騎士団は約200名といわれており、その人数がこの広場に集結することもありますから、西門の前が開けているのですよ」
普段は、この広場は市場として開放されており、行商人や市民たちが自由に売り買いを楽しんでいるようだ。
日は暮れているが、まだチラホラと屋台が残っている。
私たちは屋台に寄り道をして、夕食用のスープや肉を購入し、ガウルの家へと向かった。
城壁に沿って歩いて20分ほど。
案内されたのはこんじまりとした一軒家だった。
「何もありませんが、ここが私の家です。どうぞ」
ガウルの後に続いて一歩中に入ると、天井が高く、ドアも大きいことに驚く。
「ここは元冒険者の方から安くで貸してもらっているんです。その方も大柄だったため、天井やドアを特注で建てたようで、とても住みやすいんです。アパートだと天井が低くて、よく頭をぶつけてしまっていたので、助かりました」
「本当だ! ドアノブの位置がいつもより高い!」
背伸びしてやっと届くドアノブに、座ると足が全くつかない椅子。
今の私にはまるで巨人の家に迷い込んだような気分だ。
「セリアさんには、ちょっと不便かもしれませんが、困ったことがあったら、すぐに言ってくださいね」
「うん! そうだ、ガウルお兄ちゃん、もうお腹ペコペコだよ! 早く食べよう!」
買ってきた料理を並べて、二人と一匹で食卓を囲む。
しかし、期待していたディナの食事は、具材が多いだけで味付けは薄い塩味がベース。
ディートムとあまり味付けは変わらないようだ。
以前食べたスパイスの効いたコカトリスの串焼きのような濃い味付けに比べると、どうしても物足りない。
「……忘れとったけど、食事ちゅーのは、こういうのやったな。主のせいで、たった数日でワイの舌が肥えてもうてたみたいやわ」
「そうですね。シチューやイチゴジャムやコーラを知ってしまうと、比べてしまいますね……」
「ん? コーラ? ワイはしらんな。主?」
ルクが右手を差し出して催促してくる。
「はいはい。アイテムボックスオープン、コーラ三つ」
アイテムボックスから、ガウルのためにストックしてある冷えたコーラを取り出す。
「なんやこれ、不思議な入れ物にはいっとるな。冷たいし、妙な感触や」
「ルク様、私が開けましょう!」
ガウルが慣れた手つきでプシュ!といい音をさせて蓋を開けると、ルクがその音に「ん!?」と耳をぴんと立てて反応した。
差し出されたコーラを、ルクは恐る恐る、しかし勢いよく飲んだ。
ゴクッゴクッ。
「ぷふぁーー! なんやこれーー! ゲフッ」
(……ゲップ出ちゃってるよ。聖獣の威厳はどこへやら……)
残念な子を見るような目になってしまう私をよそに、ガウルとルクは意気投合している。
「ルク様、どうですか? シュワっとした刺激と、甘さがクセになりませんか!!」
「この刺激はビールみたいやし、キンキンに冷えてるし、ええな!気に入ったわ!」
このまま二人の話が盛り上がるとコーラ中毒者が増えそうな予感がして、私は話を切り出した。
「とりあえず、二人とも明日の予定でも決めておかない?」
「そうですね。セリアさん、何かしたいことはありますか?」
「さっきの広場の朝市に行きたいな!珍しい食材とか料理器具も買いたいし」
ガウルは頷き、明日は朝市から戻ったら、大家さんのところへ契約更新に行くと話してくれた。
ディナを拠点の一つとして残しておくためのようだ。
「明日ガウルお兄ちゃんが用事を済ませている間、キッチンを使わせてもらえないかな?」
「いいですが、料理をしないので調理器具はありませんよ?」
「うん、どうせ必要になるし、明日買うよ!」
「明日は、たくさん購入される予定ですか?」
「もちろん!」
「そうですか、では……」
張り切る私を見て、ガウルは小さな私が大金を使うのは危ないと、支払いの代行を申し出てくれた。
私は後で清算することを約束し、買い物中は彼に甘えることに決める。
「ガウル、それは正解や。セリアは買い物となると気持ちいいぐらいドカ買いするからな。周りが見えてへん時があるから、しっかり見張っとかなあかんで」
ルクがニヤリと笑って口を挟む。
図星を突かれて反論する私を見て、二人は楽しそうに笑っている。
最後に、私は気になっていたことをガウルに聞いた。
「ねえ、ガウルお兄ちゃん。初めてルクを見た時、聖獣だと思った?」
「いえ……正直に言えば、思いませんでしたね」
やっぱり見た目だけでは、聖獣とは分からないみたいだ。
真珠のように輝く毛並みとサファイヤブルーの瞳は目立つが、むしろ「珍しい動物」として貴族に狙われる可能性が高いとガウルは言う。
「やっぱりリスだと小さくて可愛いし、聖獣の特徴があっても、リスが魔王と戦うなんて思わないよね」
「そうですね……リスと魔王……」
「まぁ、一生鞄の中におるわけにもいかんからな。ワイはさっさとこの可愛さを振りまいて、チヤホヤされたいんや! 自由にさせてーや!」
やる気満々な聖獣様の宣言に、私は楽しみ半分、不安が半分。
チヤホヤされたい一心で、明日ルクがとんでもない行動に出ないか、少しだけ心配な夜になった。
明日も、更新予定です。お楽しみ頂けたら幸いです。




