ルクとガウルとバルカス
本日もお楽しみいただければ幸いです。
シチューが完成すると、キッチンのテーブルの上に置いていた私の鞄が、激しく動き出した。
「さっきからええ匂いさせすぎや!」
鞄から、白く真珠のように輝く聖獣ルクが飛び出した。
サファイヤブルーの瞳を宝石のようにキラキラと輝かせ、鍋の方を見つめ興奮している。
「これや、この匂いや! こんなええ匂いさせられたら、わいの高貴なお腹もぐうぐう鳴ってまうやろ! 早う一口……いや、一皿分くれや!」
うん、やっぱりどう聞いても、前世の記憶にある「関西弁」に聞こえるんだけど……
この世界にはそんな概念はないはずなのに。
「まだ熱いんだから、焦らないでよ。はい、火傷しないでね」
私は、アイテムボックスから取り出した小さな木製の小皿にシチューを盛り、ふーふーと息を吹きかけて丁寧に冷ましてから、ルクの前に置いた。
ルクは待ちきれない様子で、小さな前足で皿をがっしりと掴むと、一口食べた瞬間に目を見開いた。
「――っ!? なんやこれ! ……う、うますぎるやろぉぉ!! ミルクのコクと具の旨味が合わさって、口の中が精霊の楽園や! 自分、天才か!? これや、わいが求めとったんはこれやったんやぁぁ!!」
ルクの絶叫が、静かな鍛冶屋のキッチンに、突き抜けるような音量で響き渡る。
『あ、マズい……。ルク、声が大きすぎるってば!』
「セリアさん!? 今の叫び声は――!」
「セリアお嬢ちゃん、大丈夫か!」
案の定、店の方で待機していたガウルとバルカスが、血相を変えて飛び込んできた。
バルカスは手に使い古した金槌を握りしめ、ガウルはいつでも腰の剣を抜けるような体勢でキッチンに駆け込んできた。
(わぁぁぁぁぁ!! ルク、隠し切れない!!)
私は慌ててルクを鞄に押し込もうとしたが、時すでに遅し。
「「…………え?」」
二人は、石像のように硬直した。
キッチンのテーブルのど真ん中で、まるで二人などそこにいないかのように、シチューを夢中で頬張りながら「最高や!」と喋る、白く真珠のように輝く小さなリスがいたのだ。
この世界では、人族以外で人の言葉を理解し話す生き物は、「エンシェントドラゴン」のような知恵のある魔物か、「聖獣」くらいのものだ。
目の前の小さなリスがそのどれかに当てはまるとは、到底考えられないだろう。
「なんや自分ら、ぼーっと突っ立って。せっかくの美味い飯が冷めるで? ほら、自分らもこれ食うてみ! 飛ぶぞ!」
ルクが短い前足で器用にスプーンを回し、立ち尽くす二人を指差す。
バルカスが、信じられないものを見たという風に震える声で呟いた。
「……しゃ、喋った……。リスが、なんでか分からねえが妙に癖のある喋り方で喋りやがった……」
「セリアさん……この、小さなお方は、一体……? 人語を話す生き物など、伝説級の存在か、あるいは聖獣……」
私はこめかみを押さえながら、引き攣った笑みを浮かべて二人に向き直った。
「あはは……えっと、ガウルお兄ちゃん、バルカスお兄ちゃん。とりあえず、ご飯にしない? せっかく作ったんだから、冷めちゃうと美味しくないし。まずは食べて落ち着いて! あとでちゃんと、全部説明するから!」
私は半分開き直り、深皿にたっぷりとシチューを盛り付けて二人に差し出した。
二人はリスへの警戒心で顔を強張らせながらも、目の前の「真っ白なスープ」から立ち上るミルクとバターの芳醇な香りに、知らず知らずのうちに生唾を飲み込んでいた。
「……いいから食べてみて、ガウルお兄ちゃん、バルカスお兄ちゃん!」
二人は恐る恐る、促されるままにスプーンを口に運んだ。
咀嚼するたびに溢れる旨味。
とろりとしたスープを飲み込んだ瞬間、二人の目がこれ以上ないほど大きく見開かれた。
「……っ!? なんですかこれは! 見たことがない真っ白な色のスープですが、信じられないほどクリーミーなのに後味は驚くほど軽やかです!」
「……うめぇ……! 鶏肉がこれほど柔らかく煮込まれるなんて。それにこの、とろみ……! セリアお嬢ちゃん、こんなスープ食べたことねぇ!」
二人と一匹は、夢中でスプーンを動かし、無言でシチューを食べている。
大きな鍋がすっかり空になり、全員がふぅ、と満足げなため息をついた。
食後の穏やかな空気が流れるかと思いきや、そうはいかない。
バルカスとガウルの視線は、テーブルの上で優雅に毛繕いを始めた「白く真珠のように輝くリス」に釘付けだ。
(……さて、ここからが本番。どう説明すればいいの? 珍しい喋るリスを見つけたよ! ……うん、客観的に聞いて無理がある)
私が頭を抱えそうになったその時、ルクがひょいと顔を上げ、二人を鋭いサファイヤブルーの瞳で睨みつけた。
「……なんや? さっきからジロジロ、ジロジロと……。言っとくけどな、わいは面食いやし、そもそも女性にしか興味ないねん! 男に見つめられても毛が逆立つだけや、やめーや!」
「「うわあああぁぁぁ!!?」」
やっぱり、改めて喋り出すと心臓に悪いよね!
二人は椅子をガタンと派手な音を立てて鳴らし、大きくのけ反った。
「し、喋った……やっぱり、さっきのは空耳じゃなかったんだな……! それにしても、なんだその言葉遣いは!」
「セリアさん……本当に、その……リスが、人間の言葉を……。先ほども言いましたが、喋る魔物など数えるほどしかいない存在のはずですが……」
ガウルはふと、その真珠のように白く輝く美しい毛並みを視て、何かに気づいたようだ。
「もしかして、昨日の『卵』が孵ったのですか?」
「せや。自分、なかなか察しええやん。わいのこの高貴な輝き、卵のときから漏れ出てたやろ?」
ルクがテーブルの上でふんぞり返って答えると、今度はバルカスが耐えきれなくなったようにテーブルを叩いて身を乗り出した。
「卵ぉ!? なんだ、その卵ってのは! ……ガウルは、なんでリスが喋るのをそんなにスンナリ受け入れてんだよ! おかしいだろ、常識的に考えて!」
「冷静ではありませんよ、バルカスさん。ですが……セリアさんの周りでは、常識が通用しないことの方が多いですから。それよりも、この方がセリアさんに危害を加えないか、それだけが心配です」
私は観念して、二人にルクのことを正直に話すことにした。
「えっとね、バルカスお兄ちゃん。このルクはね、ずっと前に……まだ私がもっと小さかった頃に、街の外で拾った卵から生まれたの。ずっと大事に持ってたんだけど、それが昨日の夜、急に激しく光りだして、この子が生まれてたんだよ」
「街の外で拾った……? そんな昔から持ってたもんが、今更孵ったってのか?」
バルカスは、まだ状況が飲み込めないのか混乱している様子だ。
私はこっそり、ルクにだけ念話を送った。
『ねえ、ルク。ガウルお兄ちゃんもバルカスお兄ちゃんも、私の大切な友達で、信頼できる人なの。……だから、『聖獣』だって伝えてもいいかな?』
『ふん、隠し通すも何も、わいのこの溢れ出る神々しさは隠そうとして隠せるもんやないからな。最初から無理な話や。ええよ、わいに任せとき! こういうのは最初にかまして格好つけた方が、後々やりやすいんや。主も楽ができるやろ?』
ルクはそう答えるやいなや、私の返事も待たずに、テーブルの上でスッと仁王立ちになった。
「ええか、よう聞けよ! 驚いて腰抜かすなよ。わいの正体は、見たまんま高貴な『聖獣』様や!」
「「…………は?」」
期待していた絶叫ではなく、返ってきたのは、拍子抜けしたようなマヌケな声だった。
ガウルもバルカスも、まるで「見え透いた嘘をついた子供」を見るような、なんとも言えない微妙な表情で固まっている。
「……聖獣? その、今おっしゃいましたか?『聖獣』だと?」
ガウルが、困惑を隠しきれない様子で首を傾げる。
「お、おう……聖獣な。おいおいセリアお嬢ちゃん、このちっこいリスが、あの『フェンリル』とか、『ドラゴン』と同じ格の存在だってのか? ……いや、その、言葉を喋るのは確かにすげえが……」
バルカスが、鼻の頭を掻きながら、ルクの小さな体を上から下まで、ジロジロ見つめた。
「……なんつーか、もっとこう……こう、ドォォォォン! とした感じとか、牙がギラァッ! とか、そういうのを想像しちまうだろ普通。……なぁ、ガウル」
「ええ……。確かに、伝承に語られる聖獣様といえば、凛々しくも巨大な御姿をお持ちのはず……。ですが、この方は……その、非常に……愛くるしいと言いますか……」
二人の目は、明らかに「がっかり」の色を隠せていなかった。
「伝説の聖獣」というあまりに高いハードルを前に、白リスの姿は、あまりにも……その、こぢんまりとしすぎていたのだ。
当のルクは、二人の反応にブチ切れた。
テーブルを前足でバンバンと叩き、尻尾を逆立てて吠える。
「なんやその目は! 自分ら、見た目で判断するタイプか!? 器が小さいわ! 聖獣いうたらデカいって、誰が決めたんや! わいはあえてこの『究極の愛らしさ(パーフェクト・キュート)』を選んで現世に顕現したんやで! その高い審美眼がない自分らの方が、よっぽどがっかりやわ!!」
「あはは……。まあ、ルクはまだ生まれたばっかりだしね……」
私がフォローを入れるが、二人はまだ「そうは言ってもなぁ……」という顔で、テーブルの上の小さな「聖獣様」を眺めている。
「……まあ、いい。セリアお嬢ちゃんがそう言うなら、そういうことにしておこうぜ。……しかし、聖獣がリス、かぁ。夢がねえっつーか、なんつーか……」
「……ええ。私も、こんなに愛らしい姿の聖獣様とお会いすることになるなんて、夢にも思いませんでした」
「自分らぁ! さっきから失礼が過ぎるんや! 言うに事欠いて『夢がねえ』とは何事や! 次、その顔したら、わいの聖なる力で自分らの毛をチリチリにしたるからな、覚悟しーや!!」
結局そのあと、ルクは空になった自分の皿を名残惜しそうにペロペロと舐め回し、「次はもっと肉を多めに頼むで!」と、早くも次回の食事の注文をしてきた。
そんな聖獣を見る、ガウルとバルカスの顔がなんだか死んでいるように見えたのは気のせいだと思いたい。




