念話は突然に。――主、買いすぎやろ!
枕元ではお腹をパンパンに膨らませたリス――聖獣ルクが、満足げな寝息を立てて丸まっている。
見た目はあんなに愛らしいのに、中身はまさかの「関西弁の食いしん坊」。
情報量が多すぎて頭がパンクしそうだけれど、今はただのふわふわした生き物にしか見えない。
(……ねえ、ナビ。ルクって、本当に聖獣なの? なんか想像してた神々しさと違うんだけど……)
≪過去の聖獣と特徴が一致しています。以前、卵を鑑定した際に詳細が表示されなかったのは、彼が伝説級の存在であったためでしょう。現在は、ルク様に名前を授けたセリア様が、彼の正当な『契約者』となっています。今なら、その真の姿を鑑定できるはずです≫
(えっ、私いつの間に契約なんてしてたの!? ……そもそも、契約者ってなんなの?)
≪聖獣と魔力のパス(回路)で繋がった存在、ということです。お互いに魔力を受け渡しできるようになります。記録によれば、過去の聖女様は聖獣から魔力を借りることで、広大な大地を一瞬で浄化されたとか≫
(魔力の受け渡し……。私、今でも魔力を持て余してるのに、これ以上増えても困るんだけど)
≪……セリア様には不要かもしれませんね。むしろ、ルク様のスキルを最大限に引き出すために、セリア様が魔力を『与える』側になる可能性も考えられますね。つまり、セリア様が巨大な魔力タンクになる形ですね≫
(なるほど……。まあ、私が起こしちゃったんだし、しっかりお世話しないとね! あ、そうだ。ガウルお兄ちゃんに、ルクのこと話してもいいかな? 隠し通すのはもう無理だと思うんだよね)
≪はい。ガウル様はすでに卵の存在を知っていますし、隠し続けるよりは事実を共有した方が今後の活動に有利でしょう。ただし、念のためルク様本人にも確認されることをお勧めします≫
(そうだね。明日、聞いてみるよ)
私は、真珠のように輝く白の毛並みを指先でそっと撫でて、深い眠りに落ちた。
翌朝。
窓から差し込む光で目を覚ました私は、隣でヘソを天に向けて爆睡している小さな塊を見て、昨夜のことが夢ではなかったと確信した。
「ルク! 起きて。もう朝だよ」
「……むにゃ……あと三時間は寝かせてや……昨日のミルクが五臓六腑に染み渡って……幸せやねん……」
全然起きる気配がない。
仕方ないので、先に一階へ降りて朝食を済ませることにした。
急いで部屋に戻ってみたけれど、ルクは相変わらず無防備な格好で夢の中だ。
「ルク! 出かけるよ! 起きて――!」
小さな肩を揺らすと、ようやくサファイヤブルーの瞳がうっすらと開いた。
「……んぁ? もう朝か……。自分、朝食は?」
「私は食べてきたけど、パン食べる?」
「んー。まだ腹いっぱいや。……二度寝の邪魔せんといてや」
「今日は出かけるけど、バッグの中で絶対に大人しくしててね。勝手に飛び出しちゃダメだよ?」
「わかった、わかった。狭いとこは嫌いやけど、二度寝できるなら文句は言わん。……ほな、おやすみ……」
ルクは手渡したハンカチに器用にくるまると、鞄の底で再び寝息を立て始めた。
私はルクが苦しくないよう隙間を開けて鞄を閉じ、ガウルの元へと急いだ。
「おはようございます、セリアさん」
受付の前では、愛用の斧をメンテナンスに出して身軽な姿のガウルが待っていた。
「おはよう、ガウルお兄ちゃん! 予定通り、まずは市場に行ってもいいかな?」
「もちろんです。行きましょう」
市場に一歩足を踏み入れると、そこは朝の活気で溢れかえっていた。
(よし、今日は『地竜の鱗』を売ったお金もたっぷりあるし、気になったものは全部買っちゃうんだから!)
まずは食材。
以前も利用した、品揃えの良さで有名な肉屋へ向かう。
「お兄ちゃん、豚肉と牛肉を薄切りで五キロずつ、ステーキ用を二キロ。あと、オーガとコカトリスの肉も五キロずつください!」
「おっ、この前の嬢ちゃんか! 太っ腹だね。おまけして小金貨十二枚でいいよ。ちょっと待ってな!」
その後も、新鮮な野菜や果物を「カゴいっぱい」という言葉が足りないほど買い込んでいく。
「セリアさん、荷物は私が持ちましょう」
ガウルが大きなカゴを両手に抱え、食材の袋を器用にまとめていく。
それでもさすがに目立つ量になったところで、私は人目につかない路地へと彼を誘った。
「ガウルお兄ちゃん、こっち!」
人気のない場所で、荷物にそっと手を触れる。
「アイテムボックス、収納!」
一瞬で荷物が消え、空間に吸い込まれる。
私たちはこれを何度か繰り返し、調理器具のエリアでも鉄鍋やボウルを買い漁った。
すると、頭の中に直接、あの呆れたような声が響いた。
(……主、買いすぎやろ。金に糸目つけへんタイプか?豪快やなぁ)
「ひゃっ!? ……な、なに!?」
「セリアさん? どうしました?」
(ル、ルク!? 今、頭の中で喋った!?)
(何や、自分。契約者になったんやから、念話くらい当たり前やろ。回路がつながっとんねん。……っていうか、自分そんなことも知らんと名前つけたんか? 世話が焼けるわぁ)
(あ、当たり前って……そんなの知らないよぉ……)
呆れたルクの声に、ガウルへ誤魔化しの笑みを向けつつ、心の中で反論する。
どうやらルクは、いつの間にか起きて「爆買い」をしっかりチェックしていたらしい。
満足するまで買い物を楽しみ、私たちはバルカスの鍛冶屋へ到着した。
奥から汗を拭いながら現れたバルカスが、カウンターに布に巻かれた何かを置いた。
「セリア嬢ちゃん、待たせたな。サイズは合わせてある。とりあえず、しばらくはこれで十分なはずだぜ」
布を解くと、そこには美しい波紋を湛えた、小ぶりな三徳包丁が姿を現した。
「すごい……! バルカスお兄ちゃん、ありがとう!」
「これは綺麗ですね」
色んな角度から包丁を眺めていると、さっそくこの「相棒」を試したくてウズウズしてきた。
「バルカスお兄ちゃん。さっそくこの包丁を使ってみたいんだけど、キッチンを借りてもいいかな?」
「いいぜ、実際使ったところを見ておきたいしな。キッチンはこっちだ」
「私は、予備の剣を新調したいので、少し武器を見ておきますね」
ガウルと別れ、バルカスについて店の奥へ向かう。
そこには驚くほど整頓された広いキッチンがあった。
私はバルカスに近寄り、小声で切り出した。
「ねえ、バルカスお兄ちゃん。……これ、加工したいんだけど、どこにお願いしたらいいかな?」
アイテムボックスから取り出したのは、赤茶色の鈍い光沢を放つ『地竜の鱗』。
それを見た瞬間、バルカスが息を呑んだ。
「――っ!? こ、これは……『地竜の鱗』か!? 最近、二枚発見されたと噂になっていたが……まさか嬢ちゃんが見つけたのか。……だがこれほどの素材、加工費はとんでもねえぞ。道具も特殊だし、普通の職人は一生触れることすらねえからな」
バルカスは鱗を撫で、考え込んだ。
「……俺の友人に、王都の名人に師事した凄腕の防具職人がいる。そいつも何年も前から鱗を探しているんだが、竜の素材は金があっても伝手がないと手に入らねえ。……なぁセリア嬢ちゃん、そいつにお願いするなら、もしかしたら『タダ』で加工してくれるかもしれねえぞ」
「えっ、タダでいいの?」
「ああ。職人にとっちゃ、この素材を扱ったという実績は一生の看板になる。成功の保証はできねえが、あいつの腕は俺が保証する。素材を提供する代わりに技術料は取らねえ……そんな契約なら、あいつは泣いて喜ぶはずだ」
「バルカスお兄ちゃんの友達にお願いしたいな! ……実はね、この鱗で、ガウルお兄ちゃんの胸当てを作ってあげたいの。でも、出来上がるまでは内緒だよ?」
私の言葉に、バルカスはガハハと豪快に笑った。
「ガウルへのサプライズか! そりゃいい。あいつの工房はディアにある。ガウルもそこが拠点だし、サイズも把握してるはずだ。こいつは運命だな!」
「ふふ、やっぱり運命なんだね!」
「……なら、一つ提案だ。加工で出る鱗の削り粉を俺に譲ってくれねえか? そいつを斧の持ち手に塗り込めば、強度が跳ね上がる。持ち手で攻撃を受けても、そう簡単には折れなくなるぜ。お礼は、また美味いビールが手に入った時でいい」
バルカスは、ビールが「商人に譲ってもらった」という私の説明が嘘だと気づいているのだろう。
それでも深く追及せず、そっと手を差し伸べてくれる。
その優しさが胸に沁みる。
「ふふ。バルカスお兄ちゃん、本当にお酒が好きだね。約束だよ」
「おう。じゃあ、ガウルに気づかれる前に包丁を試してくれ!」
私はさっそく、アイテムボックスから玉ねぎ、じゃがいも、人参、ブロッコリー、そして鶏肉を取り出した。
バルカスは「豪華なスープでも作るのか?」と楽しそうに眺めている。
(ふふ、ただのスープじゃないよ。驚かないでね!)
まずは玉ねぎ。
新しい三徳包丁を当てると、吸い込まれるように刃が通った。
「わー! 力が全然いらないよ!」
トントントントン、と軽快なリズムが響く。
(……あっ。手が小さいから前世ほどじゃないけど、四歳児としては手際が良すぎたかも……!)
「おいおい、嬢ちゃん。初めてじゃないのか? その手つき、年季が入ってやがるな」
「い、いつもパパとママを見てるからね!」
冷や汗を拭いながら、野菜を次々とカットしていく。
「バルカスお兄ちゃん、ここからは一人でやりたいんだけど、大丈夫かな?」
「魔石式のコンロなら使い方は分かるか? よし、火には気を付けろよ。何かあれば呼べよ」
バルカスが店に戻るのを見送ると、私は腕をまくった。
(さて、この世界の人が見たことのない料理、作っちゃうよ!)
≪セリア様、その白い塊……『バター』と『小麦粉』を練り合わせたものは一体? この地ではスープを白濁させる調理法は一般的ではありませんが。さらに飲み物である『ミルク』を投入するとは……どのような計算に基づいた工程でしょうか?≫
(ふふ、これはね、魔法のルーだよ! これを溶かすだけで、いつものさらさらしたスープが、とろとろの幸せに変わるんだから)
三徳包丁で丁寧にカットした鶏肉と野菜を炒め、お肉の旨味を閉じ込める。
そこにミルクをたっぷりと注ぎ、手作りのホワイトルーを少しずつ溶かしていく。
(……なんや自分、ええ匂いさせすぎやろ。スープにミルク入れるとか聞いたことないで。ほんまに食べれるんか?)
(ルク、別に無理して食べなくてもいいんだよ? 嫌なら私が全部食べちゃうし)
(……すんませんでした、主様! わい、行儀よく待たせてもらいますわ)
真っ白なソースの中で、色とりどりの野菜たちが宝石のように輝き始めた。
「よし、完成! セリア特製、具だくさんのホワイトシチュー!」
立ち上るミルクとバターの優しい湯気に、私の喉も期待で鳴った。
あとは、武器に見入っているガウルとバルカスを驚かせるだけだ。




