殻を破って出てきたのは……?
帰り道、私はガウルの袖をそっと引いて足を止めた。
「ガウルお兄ちゃん、明日はバルカスお兄ちゃんのところに行く日だよね?」
「ええ、そうです。注文していた包丁は三日ほどで仕上がると言っていましたから、明日がちょうどその日ですね。私の斧のメンテナンスも終わる頃でしょう」
「楽しみだね! 明日は、バルカスお兄ちゃんのところに行く前に市場に寄りたいんだけど、いいかな?」
「承知いたしました。では、明日の朝食後にお迎えに上がります。……その鞄の中身についても、くれぐれもお気をつけて」
部屋に戻ると、卵の入った鞄を布団の中に入れて夕食に向かう。
夕食中も、卵のことが気になって、つい食べるペースが速くなってしまう。
「おや、セリア。今日は一段と食欲があるな。ガウルさんにたくさん遊んでもらったのかい?」
父の問いかけに
「うん! いっぱい頑張ったから、お腹ペコペコなの!」
と笑顔で返した。
(卵が気になるよー!早く部屋に戻りたい!)
どんどん食べるペースが速くなる私に、とうとう母まで声をかけてきた。
「セリア、ゆっくり食べなさい。喉に詰まらせたら大変よ」
母にたしなめられつつも、私は早々に食事を終えると、
「明日はバルカスお兄ちゃんのところに行くから、早めにお部屋で準備するね!」
と言い残して、逃げるように自分の部屋へと駆け上がった。
鍵をかけ、布団をめくり、鞄を開けると、そこには柔らかい光を放つ卵がある。
(うーん、どこに隠そうかな...)
≪外出するときは、鞄に入れて持ち歩くほうがよいと思います。ご両親が部屋の片づけをするときに見つけてしまっては大変です≫
(持ち歩くとして、鞄を開ける度に光が漏れたら困るよね)
部屋を見渡すと、少し前まで使っていたポシェットが目に入った。
(小さいときに使ってたポシェットに入れたらどうかな?)
≪試してみましょう≫
卵を鞄に入れようと触れたときだった。
(あっ!また魔力が!!)
ズルリ、ズルリと魔力が、昼間のように卵の中へと流れ込んでいく。
しかし、それはすぐに止まる。
(あれ?もう終わった)
≪セリア様、大丈夫ですか?≫
その時だった。
『――カリ、カリカリ……』
(ナ、ナビ! 卵から音がする!)
≪……セリア様、落ち着いてください。これは孵化の兆候です≫
私はとっさにベッドに飛び込み、毛布を頭から被った。
毛布の隙間から卵を見守る。
『カリカリ、パキッ』
音は次第に大きくなり、やがて卵に水平に一本の亀裂が入った。
そこから溢れ出すのは、月光のように清らかな白銀の光。
「くる……!」
やがて、殻の破片が内側から押し上げられ――中から、小さくて、白く輝く「何か」が飛び出した。
目で追うと、それは白く輝く真珠のような毛色にサファイヤブルーの瞳を持つ、一匹の小さなリスだった。
「……リス?」
私が呟いた瞬間、そのリスと目が合った。
「……鑑定」
リスが掠れた声で呟く。
すると私の体をふんわりと温かい何かが包み込む。
鑑定された?と疑問を持ったときだった。
「――はぁ!?自分、聖女やないやないかーい!どないなっとんねん!」
(……えっ? 今、このリス、喋った? しかも、関西弁?)
「なんなん、この魔力の量。えげつなっ!桁違いやんけ!爆弾抱えた幼女か自分は!」
「わ、私はセリア……。えっと、あなた、誰なの?名前は?」
リスは机の上で仁王立ちのポーズを決め、鼻を高くして言い放った。
「誰って、見たらわかるやろ!この白うて神々しいお姿!溢れ出る高貴なオーラ!ワイこそが、選ばれし聖女を助けるために遣わされた誇り高き『聖獣』様や!名前?そんなもん、聖女がつけるのが定番やろ!……まあ、自分は聖女やないけどな!」
「ええっ、あなたが聖獣!?」
見た目は完全にリス...瞳は濃いサファイヤブルーで、クリクリして可愛い。
真珠のように白く輝く毛色は、フワフワと柔らかそうだ。
「……嘘でしょ。歴代の聖獣といえば、フェンリルとかドラゴンとか、そういう強くてかっこいい存在だって本に書いてあったのに……。なんでリスなの……」
がっくりと肩を落とす私を見て、聖獣が烈火の如く怒り出した。
「なんや自分!その失礼極まりない態度は!リスの何があかんねん!小さくて、ふわふわで、可愛いやないか!ワイはなぁ、今回は可愛さで全女性にチヤホヤされたいから、あえてこの姿を選んだんや!フェンリル?ドラゴン?あんなゴツいの、男からしかモテへんねん!この姿こそが至高、究極のモテ戦略形態なんや!」
「動機が不純すぎるし、聖獣って……」
私の落胆をよそに、聖獣はさらに不貞腐れたようにまくしたてる。
「だいたいなぁ!本来、聖獣は聖女がゆっくり時間をかけて魔力を注ぐことで孵化するもんやねん。それをなんや自分、魔力バカのせいで一気に叩き起こしやがって!おかげで予定よりだいぶ早う出てきてしもうたわ!幼女の相手とか、めんどいことこの上ないわ!ワイはなぁ、大人の女性が好みやねん。シュッとした美人で、こう、ボンキュッボンなナイスバディがタイプやのに……。自分、どこをどう見ても、ただのちんちくりんやないか!何してくれてんねん!」
「ちんちくりんって……!まだ四歳なんだから当たり前でしょ!」
文句を言いながら、聖獣がふと目を細めた。
「……待てや。自分、ステータスどないなっとんねん。ワイは、まだレベルこそ1やけど、鑑定スキルのレベルだけは引き継げるから高いんや。……ほら見ろ。なんやこの『地球調味料セット』ってスキルは」
聖獣の顔から余裕が消え、真剣な眼差しで私を射抜いた。
「自分……異世界人か?召喚でもされたんか?ワイら聖獣は代々の記憶を引き継いどる。昔、この世界を救った勇者や賢者の中には、『地球』っちゅう場所から来た奴らがおった。そのスキル名、隠しようのない証拠やぞ」
「……っ!」
「……いや、待てよ。その年齢で召喚はおかしいな。……なんやこれ、他にも色々スキル持っとるし、ステータスも四歳児の皮を被った化け物やんけ。……自分、さては『転生者』やな?まぁ、そうでもなきゃこのぶっ壊れ具合に説明がつかへんわ」
私は言葉を失った。
まさか生まれたばかりの聖獣に、そこまでズバリと看破されるなんて。
「……まあ、その顔見る限り図星やな。正体暴くんに頭使て、もう力が出えへんわ。おい、そこの魔力バケモン転生幼女。なんか食べ物ないんか?殻割るんに全エネルギー使て、腹ペコやねん」
(この聖獣、油断ならない…とりあえず、何かあるかな?木の実なら喜ぶかな?そうだ、地球調味料スキルの中にナッツ類があったはず!)
私はスキルを発動させ、手のひらに香ばしくローストされたアーモンドとカシューナッツを取り出した。
「これ、食べる?」
「……自分、ワイをなんや思てんねん。聖獣やぞ?見た目がリスやからって、そこらへんの木の実かよー。もっとこう、高価な供え物とか……」
文句を言いながらも、聖獣はひょいとアーモンドを受け取り、口に放り込んだ。
……その瞬間、聖獣の動きが止まった。
「…………!!」
聖獣がカッと目を見開いた。
「――うまああああああい!!なんやこれ!殻ついとらんし、絶妙な塩気と香ばしさが脳天突き抜けとるでぇ!こんな美味しい木の実は初めてや!」
聖獣は興奮のあまり、短い前足で机をバンバンと叩き始めた。
「これ、まだ出せるんか!?おかわりや!」
私は続けて、アーモンドの追加とお皿に牛乳を注いで出した。
一口飲んだ瞬間、聖獣の尻尾がボフッ!と膨らむ。
「なんっ、濃い!喉越しがシルクみたいやんけ!自分、どんだけ美味いもん隠し持っとんねん!」
聖獣は小皿に顔を突っ込んで、ものすごい勢いでミルクを完飲した。
ぷはぁ、と顔を上げたルクの口の周りには、ミルクの白い髭ができている。
「ふぅ……。生き返ったわ。……まぁ、中身はええ大人やから、本当は酒の方が良かったんやけどな。キンキンに冷えたビールとか、クッといきたいもんやわ。……あ、自分、さてはその顔……酒も持っとるな!?」
私の思考を読んだのか、目ざとい聖獣がピクンと鼻を動かして迫ってきた。
「だーめ。お酒は出さないよ。体に悪いし、第一あなたは生まれたばっかりでしょ」
「けち臭いこと言わんといてぇな!中身はもう熟成されとるんや!一杯くらいええやんけ!」
「だーめ。今はミルクで我慢して」
私がきっぱりと断ると、聖獣は「ちぇっ、幼女のくせに中身はメイド長よりキツイわ」とブツブツ不満を漏らしながらも、満足そうに膨らんだお腹をさすった。
「……まあええわ。これだけ美味いもん食わせてくれるんなら、しばらく一緒にいてやるのも悪ないな。……おい、名前つけてもええぞ。このままやと不便やからな。自分、名付けてみ」
すっかり聖獣の胃袋を掴んでしまったらしい。
私はくすっと笑って、名前を口にした。
「じゃあ……あなたの名前は『ルク』。今日からよろしくね、ルク!」
「ルク、か。……ふん、まあ悪ない響きやな。これからよろしく頼むで、セリア!」
その瞬間。
右胸の上あたりに、カッと焼けるような熱さを感じた。
「……っ!?なに、熱い……!」
パジャマの襟元を緩めて鏡を覗き込むと、鎖骨の下あたりに、真珠色の光を放つ不思議な形の白い紋章が浮かび上がっていた。
「ほーう、自分、聖女やないのになんとかなるもんなんやなー。やっぱり魔力がえげつないから、理屈を力業でねじ伏せたんかもしれんわ。まあ、ワイとしては美味い飯さえ食えれば結果オーライや!」
ルクは適当なことを言いながら、私の枕の端っこで丸くなって眠り始めた。
こうして、私の部屋に、食いしん坊でキレ者な聖獣ルクが加わったのだった。
お楽しみいただけたら幸いです。




