8)錬斗の覚悟
ゼノイドを撃破した沙耶は、ゆっくりと錬斗たちのもとへ降り立った。
先ほど極大の一撃を放った二丁の銃は、光となって再び指輪へと戻っていく。
その一部始終を目の当たりにした錬斗は、ゼノイドとの戦争が想像以上に苛烈なものなのだと、改めて実感していた。
沙耶は地面へ降り立つと、木にもたれかかる隊員へ駆け寄る。
「良かった……生きていたのね」
「運が良かっただけさ」
男は苦笑しながら頷いた。
「助かったよ、沙耶。まさか"ランクA"のゼノイドが現れるとは思ってもみなかった」
沙耶も険しい表情で頷く。
「ええ……。これほどの強さを持つゼノイドが、誰にも気づかれず東京まで侵入していたなんて……いったいどうやって来たのかしら」
考え込んでいた男は、やがてゆっくりと立ち上がった。
「沙耶……俺は一度本部へ戻る。状況を報告して、調査部隊の派遣を要請してくる」
「一人で大丈夫?」
「ああ。このくらいならまだ動ける」
そう言い残し、男は林の出口へ向かってゆっくりと歩き出した。
その背中を見送った沙耶は、ふっと表情を引き締め、錬斗へと向き直る。
「そうそう……」
「確か錬斗は、わたしを心配してここまで来てくれたのよね?」
「えっと……あ、うん……」
錬斗は思わず身を縮こませた。
戦闘中とは違う意味で、今の沙耶は迫力があった。
「何も考えずに来てしまいました……」
「すみませんでした」
素直に頭を下げる錬斗を見て、沙耶は小さくため息をつく。
「はぁ……」
「わたしを心配してくれたのは嬉しいわ。
でも、まずは自分の身を心配しなさい」
「ゼノイドが危険なのはもちろんだけど、もし『イージス』の隊員にアーツの存在を知られたら、どうするつもりだったの?」
「あっ……」
錬斗はその言葉で、自分が何も考えず行動していたことにようやく気づいた。
「そういうことよ」
「次からは、もう少し慎重に行動しなさい」
「……うん」
錬斗は素直に頷いた。
そんな彼の様子を見て、沙耶の表情もようやく柔らかくなる。
二人の間に、ようやく安堵の笑みが浮かんだ。
そのときだった。
突然、錬斗の口がひとりでに開く。
「レント!サヤ!気を抜くなっ!」
叫んだのは錬斗ではない、アーツだった。
その声が響いた直後──。
林の奥から、一体のゼノイドがゆっくりと姿を現した。
「──っ!?」
沙耶と錬斗は息を呑む。
今まで感じたことのないほどの、圧倒的な威圧感。
その姿は人間と寸分違わない。
服まで身につけ、一見すれば普通の青年にも見える。
だが、一目で人間ではないと分かった。
皮膚も髪も無機質な銀色。
淡く輝く瞳。
全身から放たれる異様な気配が、機械生命体であることを物語っていた。
「……アァ?」
ゼノイドは面倒くさそうに周囲を見回す。
「オレの手駒がやられたから見に来てみりゃ……こんなガキの人間にやられたってのかよ」
まるで散歩でもするかのような気軽さで、錬斗たちへ歩み寄ってくる。
(な、何なの……こいつ……!?)
(さっきのゼノイドとは、まるで違う……)
沙耶の背中を冷たい汗が流れる。
(この威圧感は──アーツと対峙した時と同じ)
(まさか……"ランクS"……?)
そう考えた瞬間だった。
ゼノイドの姿が消えた。
「えっ──」
次の瞬間には、目の前まで迫っていた。
ドゴォォォン!!
咄嗟に『天を駆ける靴』で防御した沙耶だったが、そのまま身体ごと吹き飛ばされる。
「沙耶先輩っ!」
錬斗は慌てて駆け寄る。
「ホゥ……」
ゼノイドは感心したように口角を上げた。
「あの一瞬で反応して防ぐとはな。
ガキのくせに、なかなかやるじゃねぇか」
流暢に言葉を操るその姿からは、高い知性が感じられた。
ゼノイドは知性と強さが比例する。
その知性の高さは圧倒的な強さを物語っていた。
錬斗が沙耶を抱き起こす。
沙耶は意識を失っていた。
(安心しろ、レント。軽い脳震盪だ。命に別状はない)
アーツが冷静に告げる。
(それよりも奴だ)
一拍置いて、低く言い放つ。
(──力を解放するぞ)
「うんっ!」
錬斗の全身に、凄まじい力が漲る。
深く腰を落とした次の瞬間、一気に地を蹴った。
一直線にゼノイドとの距離を詰め、渾身の拳を叩き込む。
しかし──
ガシッ。
ゼノイドはその拳を、片手であっさりと受け止めた。
「そんな……」
錬斗は目を見開く。
ゼノイドは興味深そうに錬斗を見つめた。
「……お前、変わってるな」
「妙な反応を感じていたが……原因はお前か」
次の瞬間。
ゼノイドの蹴りが錬斗を捉えた。
ドゴォッ!!
「ぐっ……!?」
錬斗の体は大きく吹き飛ばされる。
だが、衝撃を受けた瞬間、アーツが咄嗟に全身を防御していた。
(大丈夫か、レント!)
「なんとか……」
錬斗は苦しそうに立ち上がる。
「でも……まるで歯が立たないよ」
アーツが低く告げる。
(奴は、おそらくゼノイドの最上位個体だ)
(このまま戦っても勝ち目はない)
(隙を作る。サヤを連れて離脱するぞ)
(うんっ!)
錬斗は頷くと、拳を地面へ叩きつけた。
ドカァァァン!!
地面が砕け、大量の土煙が舞い上がる。
その隙に錬斗は沙耶を担ぎ上げ、一気に林の外へ駆け出した。
「どこへ行くんだ?」
冷たい声が響く。
次の瞬間にはゼノイドが目の前にいた。
ドゴォン!!
錬斗は再び吹き飛ばされ、地面を何度も転がる。
「ぐっ……!」
ようやく立ち上がった錬斗は、悔しそうに拳を握った。
「ダメだ……」
「逃げることすらできない……」
舞い上がった土煙が晴れていく。
その先には、気絶した沙耶へ歩み寄るゼノイドの姿があった。
「やめろっ!!」
「いちいち吠えるな」
ゼノイドは振り返りもせず答える。
「お前も後で殺してやる。少し待っていろ」
「まずはこの女だ」
「使える手駒を何体も壊してくれたからな」
そう言って沙耶の服を無造作につかみ、宙へ持ち上げる。
意識のない沙耶は、人形のように力なく揺れていた。
(アーツ……)
錬斗は唇を噛み締める。
(ごめん……)
(僕なんかが力を使っても……全然敵わない)
(それでも……)
(それでも沙耶先輩だけは助けたい)
(無茶を言ってるのは分かってる)
(お願いだ……)
(力を貸してくれ……アーツ!)
涙を流しながら、錬斗はゆっくりと立ち上がる。
アーツは静かに答えた。
(レント……)
(ワタシはすでに、以前ゼノイドを倒した時と同じだけの力を貸している)
(肉体の制御も、ワタシが補助している)
(これ以上となれば──)
一瞬、言葉を区切る。
(ワタシに、お前の身体をすべて預けることになる)
(その先、どうなるかはワタシにも分からない)
(……それでもいいのか?)
錬斗は涙を拭い、小さく笑った。
(うん……)
(アーツだって分かってるでしょ?)
(だって僕とアーツは、一心同体なんだから)
その言葉に、アーツも静かに笑う。
(……了解した)
(約束しよう。必ず、沙耶を助ける)
「うん……」
「頼んだよ、アーツ……」
その言葉を最後に、錬斗の意識はゆっくりと闇の中へ沈んでいった。
その瞬間だった。
ゼノイドの表情から笑みが消えた。
(……なんだ、この反応は)
(ゼノイド……?いや、違う……)
今まで感じたことのない圧倒的な気配に、ゼノイドは眉をひそめる。
ゆっくりと周囲を見回したあと、その視線は錬斗へと止まった。
錬斗の全身を、まるで回路を描くように深紅の光が駆け巡る。
赤い光は身体中へ広がり、無数のラインを浮かび上がらせていく。
髪は逆立ち、眼球は白目すら残さず深紅に染まった。
そして──。
「ガアァァァァァァッ!!」
獣のような咆哮が林一帯へ響き渡る。
その声だけで木々が震え、空気までも揺らいだ。
ゼノイドは口元を吊り上げる。
「……おもしれぇ」
「何者かは知らねぇが、少し遊んでやるよ」
そう言って、掴んでいた沙耶を無造作に放り捨てる。
そして、ゆっくりと錬斗へ歩み寄った。
互いの視線が交わる。
一瞬の静寂。
次の瞬間──。
二人は同時に地を蹴った。
ドゴォォォォン!!
振り抜かれた拳同士が真正面から激突する。
衝撃波が周囲へ弾け飛び、地面がひび割れ、木々が大きく揺れた。
互いに一歩も引かない。
拳を押し合う中、錬斗──いや、アーツが静かに口を開く。
「"友"との約束だ……」
深紅の瞳がゼノイドを射抜く。
「サヤは返してもらう」
その声には、これまでの穏やかさはない。
圧倒的な威厳だけが宿っていた。
「邪魔をするというのなら──」
一瞬、拳に力が込められる。
「オマエを破壊する!」
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