5)アーツと沙耶
錬斗がアーツとの経緯を沙耶へすべて話し終えた頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
沙耶は腕を組んだまま、じっと錬斗を見つめる。
(全部が作り話……)
(あるいは、一人二役を演じている可能性も考えられる……)
鋭い視線の先には、不安そうに立ち尽くす錬斗の姿があった。
(……でも)
(そんな器用な芝居、この人には無理そうね)
沙耶は小さく息をつき、大きなため息を漏らした。
「はぁ……」
「ひとまず、あなたの話は理解したわ」
錬斗の表情がぱっと明るくなる。
「た、助かりました!」
「でも」
「あなたのことを信用したわけじゃない」
沙耶の声が一段低くなる。
「このことは、絶対に誰にも話してはダメ」
「もし『イージス』に知られたら、あなたは保護なんてされない」
「良くて人体実験の被験体」
「最悪、その場で処分されるわ」
(自分だって、さっき攻撃してきたくせに……)
錬斗がぼそりと呟く。
「……何か言った?」
沙耶の鋭い視線が錬斗を射抜く。
「い、いえっ!」
「何でもありません!」
「もう誰にも話しません!」
錬斗は勢いよく首を振った。
それを見届けると、沙耶は静かに立ち上がる。
「ど、どうしたの?」
錬斗は思わず身構えた。
「どうもしないわ……」
「誤解だったと分かった以上、ここにいる理由もないもの」
そう言って鞄を拾い、林へ向かって歩き出す。
「あ、あの!」
錬斗が慌てて呼び止めた。
沙耶は立ち止まり、無言で振り返る。
「その……」
「僕の家、壊れちゃったんですけど……」
沙耶は錬斗の後ろへ視線を向ける。
そこにあったはずの廃屋は、見る影もなく瓦礫の山と化していた。
「……」
しばらく沈黙が流れる。
錬斗は困ったように苦笑いを浮かべた。
「はぁ……」
今日だけで何度目か分からないため息をつき、沙耶は額に手を当てる。
「……しょうがないわね」
「わたしについて来なさい」
そう言って歩き出す沙耶の後を、錬斗は慌てて追いかけた。
やがて二人の姿は、静かな林の奥へと消えていった。
錬斗が沙耶について行った先は、テレビでしか見たことがないような大きな屋敷だった。
呆気に取られるまま、沙耶に案内され、風呂へ入り、着替えを渡され、温かい食事までご馳走になった。
そして今、案内された客室で沙耶を待っていた。
(レント、レント、レント!)
パシッ!
錬斗の右手が勝手に動き、自分の頭を軽く叩く。
「はっ!? 僕、何してたんだ……?」
(やっと我に返ったか)
アーツが呆れたように言った。
「ごめん、アーツ……」
「こんな大きな家も、執事さんがいる家もテレビでしか見たことなかったからさ……」
「夢を見てるのかと思っちゃったよ」
錬斗は照れくさそうに笑った。
(まあ、とりあえず良かったな)
(あの人間については、まだ判断材料が少ない)
(だが、少なくともワタシたちに危害を与えるつもりはなさそうだ)
「うん」
「僕も七代先輩はいい人だと思うよ」
その時だった。
コンコン。
部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
キィ……。
扉が開き、風呂上がりの沙耶が姿を現した。
ほのかにシャンプーの香りが漂う。
「あっ、七代先輩!」
「今日は本当にありがとうございました」
錬斗は深々と頭を下げた。
「わたしがあなたの家を壊してしまったんだもの、別にお礼を言われることじゃないわ」
少し間を置いて、沙耶は続ける。
「それと……」
「わたしのことは『沙耶』でいいわ」
「あまり名字では呼ばないで」
そう言って沙耶は錬斗の向かいのソファへ腰掛けた。
(名字で呼ばれたくない理由でもあるのかな……)
「じゃあ、僕のことも『錬斗』って呼んでください。沙耶先輩!」
錬斗は気になったものの、今は聞くべきではないと思い、その疑問を胸の内にしまった。
「部屋へ入る前、あなたの話し声が聞こえたわ」
「例のゼノイド……アーツと話していたの?」
「うん」
「頭の中で会話できるんだ」
沙耶は興味深そうに錬斗を見つめる。
「……わたしも、そのアーツと話すことはできるのかしら?」
思いがけない申し出に、錬斗は目を瞬かせた。
「えっ?」
「どうなんだろう……聞いてみるよ」
(アーツ、沙耶先輩と話せる?)
錬斗とアーツが話している間、沙耶は何も言わず、じっと錬斗を見つめていた。
その時だった。
突如、空気が重く変わる。
全身の毛穴が一斉に開き、冷たい汗が噴き出した。
(なに……この圧迫感……)
(この気配……少なく見積もっても"クラスA"以上のゼノイド……!)
向かいに座る錬斗が、ゆっくりと目を開く。
その瞳は先ほどまでとは違い、妖しく深紅に輝いていた。
「ワタシに何か用か? ……人間」
口調も立ち居振る舞いも、先ほどの錬斗とはまるで別人だった。
沙耶は押し潰されそうな威圧感に耐えながらも、静かに口を開く。
「ええ……あなたに聞きたいことがあるわ」
アーツは何も答えず、先を促すように沙耶を見つめた。
「あなたたちゼノイドの目的は何?」
「錬斗の身体を乗っ取って、どうするつもりなの?」
矢継ぎ早に問いかける沙耶。
するとアーツは突然、声を上げて笑った。
「フフッ……ハッハッハ!」
「……?」
沙耶は怪訝そうにアーツを見つめる。
「すまない、サヤ」
「少し試させてもらった」
「もう圧迫感は消えただろう?」
「あっ……」
気づけば、先ほどまで身体を締めつけていた重苦しい空気は跡形もなく消えていた。
「最初の質問だが……」
「ゼノイドの目的は、この惑星を侵略することだ」
アーツは迷いなく答えた。
「だが、今のワタシにとってゼノイドの目的など、どうでもいいことだ」
「今のワタシは、もはやゼノイドですらないからな……なんの関係もない」
沙耶は静かに耳を傾ける。
「そして二つ目の質問だが、ワタシは最初から錬斗の身体を乗っ取るつもりなどない」
「レントが話した通り、ワタシたちは互いに欠けたものを補い合い、生き延びている」
「どちらか一方が欠ければ、生きることはできない」
そこまで話すと、アーツは小さく笑みを浮かべた。
「それよりサヤ」
「あの威圧感を受けてもなお、ワタシに質問を続けた胆力……大したものだ」
「レントとは大違いだな」
その言葉に、沙耶は思わず小さく笑った。
「正直、わたし自身とても驚いているわ」
「ゼノイドと、こんなふうに会話をしたのは初めて」
「おそらく、人類史上でも前例がないでしょうね」
沙耶は真っ直ぐアーツを見つめる。
「それに、あなたの話し方は人間そのもの……」
「ここまで人間に近いゼノイドを、わたしは見たことがないわ」
「フフッ……そうだろうな」
「だからこそ、ワタシは仲間だったゼノイドに排除されたのかもしれん」
それから小一時間。
沙耶とアーツは互いの常識を確認し合うように語り続けた。
ゼノイドという存在。
人類が知らない事実。
アーツが抱いてきた想い。
その一つひとつが、沙耶の中にあった"常識"を静かに塗り替えていく。
そして──。
「……いいわ」
「わたしも、あなたたちを信じる」
その言葉に、アーツは満足そうに微笑んだ。
「フフッ……」
「サヤ、お前も中々に"面白い"人間だ」
「まあ、レントには敵わないがな」
「別に、面白さを競っているわけじゃないわ」
沙耶は肩をすくめ、小さく笑う。
「では、ワタシは戻るとしよう」
そう言うと、錬斗の身体からアーツの気配が消えた。
一瞬だけ身体が静止し、次の瞬間、錬斗がぱちりと目を開く。
「あっ、沙耶先輩!」
「大丈夫でしたか?」
「アーツのやつ、変なこと言ってませんでした?」
沙耶はくすりと微笑む。
「大丈夫よ」
「久しぶりに、とても楽しい会話だったわ」
その柔らかな笑顔に、錬斗の鼓動が一気に速くなる。
(沙耶先輩……やっぱり笑うと、すごく可愛いな……)
すると、すかさずアーツが割って入る。
(だったら、さっさと"つがい"になればいい)
(人類は好意を抱いた相手と伴侶になり、子孫を残す生き物なのだろう?)
(そうすれば交尾もできるじゃないか。
レントを解析してたくさん覚えたからな!)
(アーツ……お前、本当に!絶対に!
そういう話を沙耶先輩の前ではするなよ!)
錬斗は表向きは平静を装いながら笑顔を浮かべていた。
しかし頭の中では、アーツに向かって鬼の形相で抗議していた。
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