4)突然の襲撃者
学校が終わると、錬斗はスーパーへ立ち寄った。
飲み物や食料を買い込み、リュックへ詰めると、いつもの廃屋へ向かって歩き出す。
「はぁ……」
錬斗は小さくため息をついた。
「いつまでもこの生活じゃダメだよね……」
「でも、保証人もいない高校生に部屋なんて貸してくれる不動産屋なんてないし……」
すると、頭の中でアーツの声が響いた。
(レント。エネルギーを回復させるなら、衣食住は整っている方が効率的だぞ)
「あっ、起きたんだ」
錬斗は思わず笑みを浮かべる。
「っていうか、ゼノイドが衣食住なんて言うんだね」
「ゼノイドもご飯を食べたりするの?」
(いや。
我々に食事によるエネルギー回復機能はない)
(どちらかと言えば、性能向上を目的として対象を捕食し、取り込むことの方が多い)
「うわぁ……」
錬斗は顔をしかめた。
「なんかグロいね……」
(それより、前から気になっていたことがある)
「ん?」
(ワタシと話す時は、いちいち声に出さない方がいい)
「えっ?」
錬斗は目を丸くする。
(周囲から見れば、お前は一人で空中に向かって話している変な人間だ)
その言葉に錬斗はハッと周囲を見回した。
すれ違う人たちが、こちらを見ながら小声で何か話している。
「うわっ……」
一気に顔が熱くなり、錬斗は足早にその場を離れた。
林の近くまで来ると、人の気配はほとんどなくなる。
「もっと早く教えてよ、アーツ!」
「めちゃくちゃ恥ずかしかったじゃん!」
(わざと声に出しているのかと思っていた)
(レントは仲間が少ないからな)
「ほっといてよ……」
図星を突かれ、錬斗は頬を膨らませる。
「でも、本当に声を出さなくても話せるの?」
(当然だ)
(ワタシとお前は一心同体だからな)
(頭の中で話しかけてみろ)
錬斗は試しに心の中で話してみる。
(えーっと……これで聞こえてるのかな……?)
(まあ、とりあえず……)
(アーツのバーカ)
その瞬間。
パシッ!
「いたっ!?」
錬斗の右手が勝手に動き、自分の頭を軽く叩いた。
「何するんだよ、アーツ!」
(お前がバカと言ったからだ)
「そんなの反則だろ!」
(自業自得だ)
錬斗は頭をさすりながら苦笑した。
「もう……」
そんな他愛もないやり取りを交わしているうちに、二人はいつもの廃屋へとたどり着いていた。
(レント、そういえば学校を出てから、ずっと後をつけてきている人間がいるぞ)
アーツの言葉に、錬斗は首を傾げた。
「えっ?本当?」
「いったい誰なんだろう……」
(目を閉じろ)
(ワタシが取得した視覚情報を共有する)
「そんなことまでできるの!?」
驚きながらも、錬斗はゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間、一人の少女の姿が頭の中に鮮明に映し出される。
「……えっ」
「この人って……七代先輩……?」
セーラー服に身を包み、風になびく長い黒髪。
凛とした雰囲気を纏うその少女は、錬斗と同じ高校に通う三年生──『七代沙耶』だった。
成績優秀、容姿端麗。
才色兼備な彼女の名を校内で知らない者はいないほどの有名人だった。
「なんで七代先輩が……」
「僕なんかに何か用があるのかな……?」
しばらく考え込んでいた錬斗は、ふと顔を上げる。
(も、もしかして……僕に告白とか……?)
(そんなわけないだろ)
アーツは即座に否定した。
(お前みたいな童貞陰キャなんかに……)
「ぐはっ!」
錬斗は胸を押さえてうずくまる。
「わ、分かってるよ!」
「ちょっと想像しただけじゃないか!」
「それより、なんでアーツが"童貞陰キャ"なんて言葉知ってるんだよ!」
(人間……というかレントの記憶や知識を解析していたら覚えた……)
(どうやら、お前のような人間のことを的確に表す言葉らしいな)
「違うから!」
「その解析、絶対間違ってるって!」
二人がいつものように言い合っている、その時だった。
ガサッ──。
廃屋の外で、草木が揺れる音がした。
誰かが、そこにいる。
次の瞬間──。
ドカァァン!!
轟音とともに壁が吹き飛び、無数の瓦礫が廃屋の中へ飛び込んできた。
(レント!!)
咄嗟にアーツが身体の主導権を握る。
錬斗の身体は反射的に動き、次々と飛来する瓦礫を紙一重でかわしていく。
「うわっ!?わっ、わっ!」
慌てる錬斗をよそに、瓦礫はなおも降り注ぐ。
(このままでは廃屋が崩れる)
(レント、外へ脱出するぞ!)
(身体は動かせるか?)
錬斗は力強く頷いた。
「うん!もう大丈夫!」
そのまま地面を蹴り、入口の扉を突き破って外へ飛び出す。
「はぁ……はぁ……」
周囲を見回すが、人影はどこにもない。
「誰もいない……」
「アーツ、この前みたいにゼノイドが襲ってきたのかな?」
(いや)
(ここまで接近すれば、ゼノイドならワタシには分かる)
(つまり答えは一つ──)
その瞬間だった。
ドゴォンッ!!
上空から一人の少女が凄まじい勢いで踵落としを叩き込んできた。
「ぐっ!!」
錬斗は間一髪、両腕で受け止める。
衝撃で足元の地面が陥没した。
(アーツの力で強化していても、この威力……!)
(こんなの生身だったら即死だよ……)
必死に耐える錬斗。
その時、不意に視界へ別のものが飛び込んできた。
「あっ……」
勢い余って少女のスカートが大きくめくれ上がっていた。
「せ、先輩っ!」
「ス、スカートが……!」
「──っ!?」
少女は一瞬で状況を察すると、顔を赤く染めながら素早くスカートを押さえ、軽やかに後方へ宙返りする。
そして、鋭い眼差しで錬斗を見据えた。
「あなた……いったい何者?」
沙耶は錬斗をじっと見据えた。
まるで正体を見極めるような鋭い眼差しだった。
「ぼ、僕の名前は鋼崎錬斗です。高校二年生で……」
「そういうことじゃないわ」
自己紹介を遮るように、沙耶は冷たく言い放つ。
「あなたは人間?それともゼノイド?」
錬斗の表情が固まる。
「ゼノイドが人間に擬態した例は、これまで一度も確認されていない」
「でも、普通の人間が私の一撃を受け止められるはずもない」
「しかも、あなたは私のことを知っていた」
「……怪しすぎるわ」
「そ、それは!」
錬斗は慌てて首を振る。
「七代先輩は学校でも有名人ですから!」
「知らない人なんていませんよ!」
沙耶は無言のまま視線を向ける。
錬斗は困ったように頭をかいた。
「ぼ、僕は……人間です」
「でも、『普通の人間か』って聞かれると、自分でもよく分からないんです」
その時、アーツの声が響いた。
(レント)
(あの人間は、おそらく『イージス』の所属だ)
(『イージス』って……対ゼノイド専門の地球防衛機構のこと?)
(そうだ、あいつの足を見ろ)
錬斗は沙耶を見ると足先から太ももまで何か白いもので覆われていた。
(あの装備は『Xギア』だ)
(Xギア?)
(ゼノイドのコアを破壊した際に回収したボディパーツを改造し、人類が武器として利用できるようにしたものだ)
(そんな技術まであるんだ……)
考え込む錬斗を見て、沙耶は小さく息を吐く。
「さっきから何を一人で考え込んでいるの?」
「あなたが人間でもゼノイドでも関係ない」
「危険分子として拘束する!」
再び構えを取る沙耶。
その瞬間、アーツが静かに告げた。
(レント、この人間にワタシたちの事情を話そう)
(協力者になってもらった方が得策だ)
(えっ!?)
(どうも今のワタシたちは、人類にもゼノイドにも狙われる存在らしい……)
(ならば事情を知る人間を味方につけた方が生存率は上がる)
(何よりこの人間が『イージス』の所属であればより多くの情報が手に入る)
少し間を置いて、アーツは続けた。
(……それに)
(レントも、この雌個体に少なからず好意を抱いているのだろう?)
(なっ!?)
錬斗の顔が一気に赤くなる。
(ち、違うって!)
(それに『雌』って言うなよ!)
アーツは淡々と答えた。
(レント)
(ワタシのコアと、お前の心臓は一つ)
(……隠してもバレバレだ)
(うっ……)
錬斗は観念したようにため息をつく。
そして沙耶へ向き直ると、これまでの出来事を一つひとつ話し始めた。
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