23)不自然な報告
──熊本防衛ラインの戦いから一ヶ月後。
『ランクA』ゼノイドとの激戦を繰り広げた錬斗たちは、その後もしばらく福岡基地に滞在した。
危機は乗り越えたとはいえ、まだゼノイドの侵攻は続いていた為、第十門の隊員たちと協力しながら、周辺の防衛任務に当たる日々を過ごしていた。
やがて乱波も無事に回復し、任務に復帰するとゼノイドの侵攻も次第に落ち着いていった。
そして──。
二日前、任務完了となった錬斗たち──第七門のメンバーは、東京の本部へと帰還したのだった。
コンコン──。
沙耶の執務室にノックの音が響いた。
「どうぞ……」
事務処理をしていた沙耶は手を止め、扉へ視線を向ける。
「失礼します」
入ってきたのは、副隊長の辻堂一志だった。
辻堂は部屋へ入ると、沙耶の机の前で姿勢を正し、敬礼する。
そんな辻堂に沙耶は微笑みかけ、口を開いた。
「わざわざ呼び出してごめんなさい」
「熊本防衛ラインの戦いで、わたしの代わりに部下を率いて戦ってくれたこと……改めてお礼を言うわ」
そう言って、沙耶は頭を下げる。
「ありがとう」
「そんな……頭を上げてください、沙耶様!」
辻堂は慌てて声を上げる。
「私は副隊長として当然のことをしたまでです」
「それに、沙耶様たちが『ランクA』のゼノイドを討伐してくださったことで、結果的に被害は最小限に抑えられたのですから」
「私は、沙耶様の判断は正しかったと思っております」
「そうね……」
沙耶は小さく頷く。
「錬斗も、よくやってくれたわ……」
その名前を聞いた瞬間──。
辻堂の表情が、あからさまに険しくなった。
十五のときから七代家に仕えていた辻堂は、沙耶がまだ幼い頃から彼女ことを見てきた。
沙耶にとって辻堂は、年の離れた兄のような存在。
一方の辻堂にとって沙耶は、仕えるべき主君のように大切な存在だった。
そのため、七代家の人間である沙耶が将来『イージス』へ入門ことを分かっていた辻堂は、彼女を守るために先行して自ら入門した。
本来ならば隊長になれるだけの実力を持っているにもかかわらず、沙耶の下で副隊長を務めることを懇願し、上層部から強引に許可を得たのだった。
そんな辻堂にとって、沙耶と楽しそうにしている錬斗の存在は、どうにも面白くない。
「ふふ……」
沙耶はそんな辻堂の表情を見て、いたずらっぽく笑った。
「まだ錬斗のこと、認めていないのかしら?」
「……」
辻堂はしばらく黙り込む。
そして、大きくため息をついた。
「沙耶様も……人が悪い……」
「……あの小僧の実力は、私も認めております」
「ですが──」
辻堂は真剣な顔で沙耶を見る。
「私があの小僧を嫌いなことは……一生変わりません!」
完全な私情だった。
しかも、本人はそれを一切隠すつもりがない。
「ふふふっ」
そんな辻堂を見て、沙耶は楽しそうに笑った。
「十分よ」
そして、優しく微笑む。
「これからもよろしくね、辻堂副隊長」
「はっ! お任せください、沙耶様!」
辻堂は再び敬礼した。
沙耶と辻堂は今後のスケジュールを一通り確認し終えた。
すると辻堂が、何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、沙耶様」
「一つ報告というか……少し気になることがありまして」
「どうしたの?」
沙耶が尋ねると、辻堂は少し言いづらそうに話し始めた。
「熊本防衛ラインで、私は部隊を率いてトンボ型のゼノイドを排除していました」
「ですが、ゼノイドが広く展開したため、途中で部隊を二手に分けたのです」
「トンボ型のゼノイドは、強さとしては『ランクD』程度でしたので、十分に対処可能だと判断しました」
そこまで話すと、辻堂は一度言葉を止めた。
「ところが……」
「『ランクB』のゼノイドが数体、中に紛れ込んでいたのです」
「……『ランクB』が?」
沙耶の表情が変わる。
「はい」
「私の方は問題なく排除しましたが、二手に分かれたもう一方の部隊も、『ランクB』のゼノイド数体と接触してしまいました」
「ちょっと待って」
沙耶は驚いたように辻堂を見る。
「あなたを欠いた隊じゃ、『ランクB』を何体も相手にできないでしょう?」
「はい。ですので、私はすぐに交戦を避けるよう指示を出しました」
「私が到着するまで、その場で待機するよう伝えたのです」
辻堂はそこで一度、眉をひそめた。
「……ですが」
「私が到着したときには、すでに『ランクB』のゼノイドたちは全て破壊されていました」
「それだけではありません」
「交戦していた隊員たちは、全員その場で気絶していたのです」
「全員……?」
「はい」
辻堂は頷く。
「ただ一人を除いて」
沙耶は黙って辻堂を見る。
「唯一、その場に立っていたのは……桜庭幹人だけでした」
「幹人が……?」
沙耶の脳裏に、錬斗と一緒にいる幹人の姿が浮かぶ。
「桜庭隊員に事情を聞いたところ、ゼノイドの方から襲ってきて、やむ無く交戦となってしまい、全員で戦って何とか倒したと……」
「ですが、気絶していた他の隊員たちにも話を聞いてみたのですが……」
辻堂は少し間を置いてから続けた。
「突然、炎が上がったと思ったら……次の瞬間には気を失ってしまったそうです」
「炎……」
沙耶は小さく呟いた。
「はい」
「結果としてゼノイドは排除され、隊員たちも全員無事でしたので、その場では私も深く気に留めていませんでしたが、今考えると不自然なことが多くあります」
辻堂が報告を終えると、沙耶は顎に手を当てて考え込む。
「……確かに不自然ね」
しばらく考えたあと、沙耶は幹人について思い返す。
「でも、桜庭隊員は一般試験から『イージス』に入門しているし……」
「実技の成績も、確か中の下といったところだったはずよね」
「はい」
「素行についても、特に怪しいところはない……」
沙耶はしばらく考えを巡らせる。
「…………」
そして、顔を上げた。
「報告、ありがとう」
「とりあえずこの件については、しばらく様子を見ることにしましょう。私も気には留めておくわ」
「承知いたしました」
辻堂は一礼する。
「では、私はこれで失礼いたします」
そう言って、辻堂は執務室を後にした。
扉が閉まる。
「…………」
一人になった沙耶は、しばらく黙って扉を見つめていた。
「桜庭……幹人……」
その名前を、もう一度口にする。
しかし、今の沙耶にはまだ何も分からなかった。
一方その頃、錬斗は寮の部屋で幹人と他愛ない話をしながら過ごしていた。
「──錬斗って本当にすごかったんだね!」
幹人は錬斗が単独で『ランクA』のゼノイドを倒したことに興奮していた。
錬斗もまんざらでもなさそうに照れている。
「そ、そんなことないよ……。沙耶さんや乱波もいたし……みんなががんばってたから僕もがんばれたんだよ」
錬斗は自分でも良いことを言ったとでも言いたげな表情を浮かべる。
しかし、幹人はそんな錬斗を見てニヤリと笑った。
「ボクは正直、錬斗が推薦候補者だっていうのも、ちょっと疑ってたんだ……」
「錬斗ってなんか弱そうだし、見た目もパッとしないじゃん?……どう考えても陰キャでしょ?」
「……おい」
「強い錬斗なんて、普段の姿からは全然想像できないよ」
持ち上げられた直後に一気に落とされ、錬斗は呆れた顔をする。
「陰キャなのは幹人だって一緒だろ?」
「初めて会ったときなんて、ずっとオドオドしてたじゃん。それが仲良くなったらよく喋るなんて、まさに陰キャの特徴だよ」
「ふふ……じゃあ、似た者同士ってことだね……」
二人は顔を見合わせると、同時に笑った。
「そういえば、錬斗は知ってる?」
「何が?」
突然の幹人の言葉に、錬斗は首を傾げる。
「この一ヶ月の間に、全ての新兵たちが初陣を済ませたんだけど……」
「死者は全体の三割ほどだったらしいんだ」
「三割も……」
その言葉に、錬斗は俯いた。
初陣で命を落とした仲間たちのことを思うと、胸が重くなる。
そんな錬斗を見て、幹人は慌てて続けた。
「死者が出たのは残念なことだけど……ボクが言いたいのはそこじゃないんだ」
錬斗が顔を上げる。
「初陣では、おおよそ新兵の半分が死ぬと言われている」
「でも今年は三割程度だった」
「つまり……今年の新兵は、例年よりも生存率が高かったってこと?」
「うん」
幹人は頷いた。
「これは、今年の新兵のレベルが高かったってことだと思う」
「特に著しいのが、錬斗たち推薦候補者だよ!」
そう言うと、幹人の声に少し熱がこもる。
「初陣でいきなり『ランクA』のゼノイドを討伐した新兵が、四人もいるんだ」
「そのうちの二人が、錬斗と十文字乱波」
「三人目は四季家の推薦候補者、四季大悟」
「そして最後の一人が、一条家の推薦候補者、御剣怜司……」
「しかも御剣は、一人で『ランクA』のゼノイドを三体も倒している」
「三体も!?」
錬斗は驚きのあまり、目を丸くすると同時に試験のときのことを思い出す。
(御剣って……確か試験のとき、腰に剣を携えていた人だったような……)
「あの人、そんなに強いんだ……」
「うん」
幹人は頷く。
「ボクはね……いずれ、この世代の推薦候補者たちが将来、『イージス』を背負って立つような気さえするんだ」
そう語る幹人の表情には、どこか複雑なものが浮かんでいた。
「…………」
錬斗はそんな幹人の顔を見つめる。
何かを感じた。
けれど、それが何なのかまでは分からなかった。
「うん……」
錬斗は小さく頷く。
「そうなるといいね……」
こうして、錬斗の初陣は無事に終わりを告げた。
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