24)新しい出会いを求めて
本部へ帰還した錬斗たちは、再び日々の訓練に励んでいた。
「はぁ~、今日も疲れたね……」
「そうだね。お腹空いた~」
訓練を終えた錬斗と幹人は、夕食を食べるため食堂へ向かっていた。
「お腹減ったぁ……」
空腹のあまり、ふらふらと歩いていた錬斗。
そのとき――
ドンッ。
「わっ……」
「あっ、すみません!」
前から歩いてきた女性と肩がぶつかってしまった。
女性が手にしていた本が床へ落ちる。
「すみません、これ……」
錬斗はすぐに本を拾い上げ、女性へ差し出した。
「…………」
しかし、女性は本を受け取ろうとしなかった。
ただ、錬斗をじっと睨みつけている。
水色のショートヘア。
片方の目にかかる長い前髪が印象的な、どこか神秘的な雰囲気を持つ女性だった。
(あれ……?)
(この人、どこかで見たことがあるような……)
錬斗は記憶を辿る。
(確か……試験のときにいたような気がする……)
「何してるの? 錬斗?」
そこへ幹人がやってきた。
「いや、ちょっと肩がぶつかっちゃって……」
錬斗が説明していると、幹人が女性の顔を見る。
「……キミは」
幹人の表情が変わった。
「六獄家の──」
「…………!」
その瞬間、女性がハッとしたように目を見開いた。
そして錬斗の手から本を奪い取る。
「……っ」
何も言わないまま、女性はその場から立ち去っていった。
「…………」
錬斗はその後ろ姿を呆然と見送る。
「……なんだったんだろう」
どこか悲しそうに呟く錬斗。
そんな錬斗に、幹人が声をかけた。
「また何かしたの? 錬斗?」
「またって何!?」
「だって、今の人……ものすごく睨んでたよ?」
「ちょっと肩がぶつかっちゃって、ちゃんと謝ったんだけど……」
錬斗は困ったように眉を下げる。
「なんか……すごい睨まれた」
そんな錬斗を見て、幹人は遠い目をした。
「錬斗って……」
「知らないところで、たくさん敵を作ってるよね……」
「そんなぁ……」
錬斗は涙目になった。
その横で、幹人は小さく笑っていた。
食事を終え、寮の部屋へ戻ってきた二人は、先ほど食堂で出会った女性について話していた。
「そういえば、幹人……」
「食堂で僕がぶつかった女の人を知ってるような素振りだったけど、知ってるの?」
錬斗が尋ねると、幹人が答えた。
「知ってるも何も、彼女は錬斗と同じ、今年の推薦候補者の一人だよ」
その言葉に、錬斗は納得した。
「ああ、なるほど……」
「なんか見たことがある気がしてたんだよ」
「確か……六獄家の推薦候補者だったよね」
錬斗は思い出したように手をポンッと叩く。
すると幹人が補足するように説明した。
「彼女の名前は氷室凍華」
「錬斗が言った通り、六獄家の推薦候補者だよ」
「錬斗……なんで睨まれてたのかは知らないけど……」
「彼女というか、六獄家の関係者には注意した方がいいよ」
錬斗は首を傾げた。
「えっ、なんで?」
「六獄家は、古来より暗殺を生業としてきた家系なんだ」
「『イージス』での仕事も、裏切り者やスパイを見つけて暗殺している……なんて噂があるくらいだよ」
幹人は真面目な顔で説明する。
「ま、まさか……そんなこと……」
錬斗は凍華に睨まれたときのことを思い出し、少し身震いした。
そして、ため息をつきながら幹人を見る。
「前から思ってたけど、幹人って本当に情報通だよね……」
「『イージス』のことや推薦候補者のこと、それに他の門のことまで知ってるんだもの」
錬斗の言葉に、幹人は苦笑する。
「確かに、ボクは噂話とか結構好きだけど……」
「それにしても、錬斗は知らなさすぎるよ」
「推薦候補者のことや、戦場で誰が活躍したかなんて、みんな噂してるじゃん」
「錬斗が興味なさすぎなんだよ!」
「ぐっ……」
幹人の言葉に、錬斗は何も言い返せなかった。
錬斗が『イージス』に入ったのは、アーツと融合し、人間でもゼノイドでもない存在となったこと。
そして、沙耶と出会ったことがきっかけだった。
そのため、錬斗自身はもともと『イージス』の組織や制度、他の隊員たちの情報に、それほど興味を持っていなかったのも事実だった。
錬斗が悔しそうな表情を浮かべていると、幹人がニヤニヤしながら言った。
「あ、そっか!」
「錬斗は沙耶隊長が目当てで『イージス』に入ったんだもんね!」
「そりゃ、他の人のことなんてどうでもいいか」
わざとらしく言う幹人。
しかし、その言葉の効果は抜群だった。
「ぜ、全然違うし!」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「僕だって、世界のために頑張ろうと思って入ったんだから!」
慌てて反論する錬斗。
すると、今度はアーツが追い打ちをかけた。
(何も違わない)
(カントの言う通りだ)
「うるさいなぁ! ちょっと黙っててくれる!?」
錬斗が頭を抱える。
そんな錬斗を見て、幹人は楽しそうに笑っていた。
──『イージス』本部 最上階。
そこには『始まりの円卓』と呼ばれる部屋があった。
円形の巨大なテーブルを囲むように、十人の男女が席についている。
彼らは『守護十柱門』。
『イージス』における最高意思決定機関であり、十の名家の代表者たちによって構成されている。
その十の名家は、まだ組織が『イージス』と呼ばれる遥か昔──。
『ゼノイド』の侵攻に対抗するため、互いに手を取り合い、戦うことを決意した創設者たちの末裔だった。
そして現在。
守護十柱門の頂点に立ち、『イージス』の最高責任者である『総司令』を務めているのは、一条家の代表者。
一条宗介だった。
宗介が静かに口を開く。
「それでは──定例会議を始める」
その一言を合図に、十人の代表者たちが一斉に宗介へ視線を向ける。
こうして、『イージス』の今後を左右する会議が始まった。
───
滞りなく進んでいた会議だったが、八雲家の報告をきっかけに空気が変わった。
「では次、八雲家から報告を頼む」
宗介の言葉に、一人の女性が立ち上がる。
八雲家代表者──藤村若菜。
三十歳。
四十代、五十代が多い守護十柱門の中では最年少の代表者だった。
「はい」
若菜は淡々とした口調で報告を始める。
「前回の会議で、ゼノイドに不審な動きがあると報告しましたが……その場所を特定しました」
その言葉に、円卓を囲む全員の視線が若菜へ集まる。
「場所は──新潟県、佐渡島です」
「…………」
部屋が静まり返った。
最初に口を開いたのは、四季家の代表者──四季伝治郎だった。
「……間違いないのかね?」
伝治郎は鼻で笑うように言った。
「調査に行ったはいいが、何もありませんでした……では、ただの無駄骨ですよ」
「資金も無限に湧いてくるわけではないのだからね」
四季家は『財務』を担う門。
そのためか、伝治郎は何かにつけて費用を気にする傾向があった。
そして、ニヤニヤと笑いながら若菜を見る。
「分家の者が八雲家の代表者になれたからといって、少々功を焦りすぎではないかね?」
明らかな挑発。
しかし、若菜は表情一つ変えなかった。
すると、最年長の七代家代表──七代源治が口を開いた。
「まあまあ、一旦落ち着こうではありませんか、伝治郎殿」
御年六十五歳。
七代沙耶の祖父でもある源治は、穏やかな口調で続けた。
「若菜殿の報告が正しいかどうかは、調査すれば分かることです」
「問題は……誰を調査に向かわせるかでしょう」
源治は円卓を見渡す。
「どの門も現在の任務で手一杯です。どこか、人員を回せそうな門はありますかな?」
「…………」
全員が黙り込む。
しばらくして、一人の女性が手を挙げた。
「ならば、私たち五月家が直接行こう」
五月家代表──五月祥子。
研究者らしい好奇心に満ちた目で、彼女は言った。
「我々の役割は『研究』です」
「直接現地へ赴けば、その場でしか分からないこともあるでしょう。人手も少なく済む。一石二鳥だと思いませんか?」
五月家は『研究』を担う門。
その性質上、こうした話になると必ず現地へ行きたがることが多かった。
しかし──
「毎回毎回、それを言うのは勘弁してくれないかい? 祥子……」
困ったように頭を掻きながら口を挟んだのは、十文字家代表──十文字廻厳だった。
「研究者を護衛するために、どれだけの人員が必要になると思ってるんだ」
「むっ……」
祥子が不満そうに頬を膨らませる。
しかし、他に有力な案は出てこない。
会議室に再び沈黙が落ちた。
そんな中──。
「……そういえば」
伝治郎がふと思い出したように口を開いた。
「今年の推薦候補者は、とても豊作だったのではないか?」
その言葉に、全員の視線が伝治郎へ集まる。
伝治郎はニヤリと笑った。
「うちの大悟もなかなかの逸材ですが……皆さんのところも、相当自信がおありでしょう?」
「それならば──」
伝治郎は円卓を見渡す。
「その推薦候補者たちの中から調査隊を編成し、佐渡島へ派遣すればいい」
「彼らならば、各門の通常任務に大きな影響を与えることなく任務を遂行できるのではありませんかな?」
何人かの代表者が顔を見合わせる。
確かに、一理ある。
今年の推薦候補者たちは、すでに初陣で目覚ましい戦果を上げていた。
やがて伝治郎は、円卓の上座に座る宗介へ視線を向ける。
「いかがかな?」
「総司令……」
宗介は全員の顔を見渡したあと、伝治郎の方を見て答えた。
「分かった……」
「では推薦候補者より調査隊を選出し、佐渡島へ向かわせることとする」
「メンバーについては、五月家と協議の上、後日通達する」
「以上をもって、本日の定例会議を終了する」
宗介の言葉に一同は頷き、会議は終了した。
──翌日。
錬斗は一人、丘の上に来ていた。
「ねぇ、アーツ……次はどんな任務なんだろうね?」
初陣で『ランクA』のゼノイドを討伐したことで、錬斗には以前にはなかった小さな自信が芽生えていた。
(珍しいな、レント……オマエが次の任務を楽しみにしているなんて)
「べ、別に戦いを楽しみにしてるわけじゃないよ」
錬斗は少し慌てたように否定すると、丘の下に広がる景色を眺めながら続けた。
「なんていうか……新しい出会いにワクワクするっていうか……」
そんな錬斗の言葉に、アーツは楽しそうに笑った。
(フフッ……『出会い』が楽しみとは……)
(ついにレントも陰キャ卒業だな)
「もう! なんだよ、それ!」
錬斗が頬を膨らませて抗議すると、アーツはさらに楽しそうに笑う。
(今までで一番の成長かもしれんな。ワタシも嬉しいぞ!)
「だから元々陰キャじゃないってば!」
錬斗がむきになって言い返す。
すると、アーツは少しだけ声の調子を落として、静かに言った。
(だが、どのような出会いであれ、新しい出会いはきっとレントを成長させてくれる)
(それが、レントにとって良い出会いであるといいな)
「うん……そうだね」
錬斗は穏やかに微笑んだ。
心地よい風が丘の上を吹き抜け、錬斗の髪を揺らしていく。
まだ見ぬ場所。
まだ知らない仲間。
そして、これから出会う新たな人々。
その先に何が待っているのか、錬斗にはまだ分からない。
それでも──。
錬斗は胸の奥に湧き上がる期待を感じながら、これから始まる新たな出会いに思いを馳せていた。
ここまで読んで頂きありがとうございますm(__)m
これで第二章は完結となります。
一旦、完結となりますがまた第三章が出来上がり次第、投稿させて頂きたいと思います(*^ω^)
これからも引き続き、錬斗とアーツを応援して頂けると嬉しいです(*⌒∇⌒*)




