2)新たなる目覚め
チュンチュン──。
雀のさえずりが聞こえる中、錬斗はゆっくりと目を覚ました。
窓から差し込む朝日が、廃屋の中を優しく照らしている。
「ん……」
まだぼんやりとした頭のまま、おもむろにPDAを取り出す。
画面には午前十時の文字が表示されていた。
「……あれ?どうして僕はここで寝てるんだ……?」
寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こし、周囲を見渡す。
見慣れた廃屋の景色を目にした瞬間、途切れていた記憶が一気によみがえった。
「そうだ!」
錬斗は勢いよく立ち上がる。
「昨日の夕方、僕はアーツと融合したんだ!」
慌てて辺りを見回す。
「アーツ!」
「……アーツ、どこにいるの?」
返事はない。
廃屋には静寂だけが流れていた。
錬斗はゆっくりと自分の胸に手を当てる。
鼓動は、いつもと変わらず力強く脈打っていた。
「アーツ……」
「君は……ここにいるの?」
返事は聞こえない。
あの一週間が、まるで夢だったかのように思えてくる。
錬斗は胸に手を当てたまま、その場で立ち尽くしていた。
──アーツと融合してから、一ヶ月が経とうとしていた。
この一ヶ月で、僕を取り巻く環境は一変した。
あの日のあと病院で精密検査を受けると、全身に転移していた癌は跡形もなく消えていた。
骨肉腫はもちろん、肺へ転移していた癌細胞まで完全に消失していたのだ。
医師は検査結果を何度も見返し、最後にはこう言った。
「……奇跡としか言いようがありません」
日常生活にも大きな変化が現れた。
異常なほど空腹を覚え、喉も頻繁に渇く。
人目を避けながら、一日に五食も食べるようになっていた。
そして、一番戸惑ったのは身体能力の変化だった。
以前の僕は少し走っただけで息が切れ、すぐに疲れていた。
しかし今では、どれだけ運動しても疲労を感じない。
睡眠も三時間あれば十分だった。
それだけではない。
自分でも驚くほど力が強くなってしまい、加減がまったく分からない。
先日、体育の授業でサッカーをしていた時のことだ。
思い切りシュートを放った瞬間──。
ボールはゴールネットを突き破り、そのまま校舎のフェンスまで吹き飛んでいった。
当然、クラス中が騒然となった。
そんな僕の変化を間近で見ていた叔父と叔母は、まるで化け物を見るような目を向けてくるようになった。
……もっとも、僕自身もあの家に未練はない。
病気が治った今、両親が僕のために残してくれたお金を受け取り、今日、僕は家を出た。
「ふぅ……」
大きなキャリーバッグを引き、リュックを背負いながら空を見上げる。
「これから、どうしようかな……」
しばらく考えたあと、小さく笑った。
「……とりあえず、いつもの廃屋に行こう」
今日は土曜日。
学校のことも、家のことも考えなくていい。
これから先の人生に不安がないわけではない。
それでも今は──。
息苦しかった毎日から解放された喜びを、心の底から噛み締めていた。
廃屋へ到着した頃には、すでに日が傾いていた。
時刻は午後五時。
「まだ夕方だけど、お腹減ったな……」
一時期に比べれば食欲は落ち着いてきたものの、まだ普通の食事量には戻っていない。
錬斗は家を出る前に作ってきたおにぎりを取り出した。
「ちょっと早いけど……いただきます」
食事を終えると、蝋燭に火を灯し、ベッドへと寝転がる。
気が付けば、窓の外はすっかり夜になっていた。
(あれから一ヶ月……)
(僕の体は変わった)
(体の中にアーツがいることも、なんとなく分かる)
(でも……なんで何も答えてくれないんだ)
(あの時、『ワタシもオマエの中で生き続ける』って言ったじゃないか……)
錬斗は天井を見つめながら、その言葉の意味を考えていた。
「これじゃあ……僕は寂しいよ、アーツ」
その時だった。
ガッ……
誰かが扉に触れる音がした。
鍵が掛かっているため扉は開かない。
しかし外にいる何者かは、何度も扉を開けようとしている。
ガチャッ。
ガチャッ。
ガンッ!
ガンッ!
ガシャァァン!!
ついに扉が力任せに吹き飛ばされた。
「……っ!」
現れたのは、熊のような巨体を持つ機械生命体。
青白い瞳を光らせながら、錬斗を見つめている。
「アレ……?オマエ、ニンゲンカ?」
片言の言葉。
だが、その声にはアーツにはなかった冷たい殺意が込められていた。
錬斗は本能で理解する。
(違う……)
(アーツとはまったく違う……)
(こいつは……)
(人類の敵──『ゼノイド』だ)
ゼノイドの青白い目が錬斗を捉える。
「オカシイナ……オマエ……オナジカンジモスル」
「ゼノイド……?ニンゲン……?」
恐怖で足が震える。
それでも錬斗は叫んだ。
「僕は……人間だ!!」
ゼノイドの瞳が青く輝く。
「ソウカ……ニンゲンナラ──ハイジョスル」
次の瞬間。
ズンッ!!
巨大な身体とは思えない速度でゼノイドが飛び掛かってきた。
「っ!」
錬斗は反射的に後ろの壁へ足を掛け、そのまま宙返りしてゼノイドの背後へ着地する。
(えっ……!?)
(なんで……こんな動きができた!?)
自分でも信じられなかった。
身体が驚くほど軽い。
考えるより先に、身体が勝手に動いていた。
(そんなことより……逃げなきゃ!)
錬斗は林へ向かって全力で駆け出す。
ゼノイドも四足歩行となり、その後を猛スピードで追い掛けてきた。
まるで本物の熊だ。
身体能力が上がったとはいえ、人間が熊に勝てるはずがない。
追い付かれるのも時間の問題だった。
その時だった。
「……あれ?」
気配が消えた。
振り返ってもゼノイドの姿はない。
「しまった……見失った」
「どこだ……?」
錬斗はゆっくり後退し、大木に背中を預ける。
(この木を中心に周囲を──)
ドォンッ!!
突然、頭上から巨大な影が降ってきた。
「ぐっ!!」
ゼノイドが錬斗を地面へ押し倒す。
ゼノイドの指先は鋭い爪へと変形し、そのまま錬斗の胸を貫こうと振り下ろされた。
ギィィィッ!!
錬斗は両手で腕を必死に受け止める。
爪先は目の前で止まっている。
しかし、その距離は少しずつ縮まっていく。
「オマエ……」
「ニンゲンノクセニ、チカラガツヨイナ」
「ダガ……シヌコトニハ、カワリナイ」
鋭い爪が、ゆっくりと錬斗へ迫る。
「くっ……!」
腕が震える。
もう限界だった。
それでも錬斗は歯を食いしばる。
「こんなところで……!」
「こんなところで死んでやるもんか!!」
「あんなに苦しんで……」
「それでもアーツは僕を助けてくれたんだ……!」
「僕の──」
錬斗は涙を浮かべながら叫ぶ。
「僕の"友達"の想いを、無駄にするもんかぁぁぁ!!」
ドカァァァン!!
その瞬間──。
轟音とともに、襲いかかってきたゼノイドの巨体が宙高く吹き飛んだ。
「……えっ?」
錬斗は呆然と見上げる。
何が起きたのか分からない。
ふと視線を落とすと、自分の右足が高く振り上げられていた。
「まさか……今の、僕が蹴ったの!?」
困惑する間もなく、身体が勝手に動き始める。
ひとりでに立ち上がり、深く腰を落とした。
「ちょっ……なに!?なにこれ!?」
錬斗の叫びなど意に介さず、身体はさらに沈み込む。
次の瞬間──。
ズドンッ!!
地面を蹴り、一気に空中へ跳躍した。
「うわぁぁっ!?」
目にも止まらぬ速さでゼノイドとの距離を詰める。
そして──。
ズドォンッ!!
右拳が、そのままゼノイドの腹部を貫いた。
「……は?」
拳は背中まで突き抜けていた。
あまりにも現実離れした光景に、錬斗は言葉を失う。
ドガァァァン!!
ゼノイドは地面へ叩きつけられ、土煙を巻き上げる。
一方、錬斗は何事もなかったかのように着地していた。
「う、動ける……」
身体の主導権が戻ったことを確認すると、錬斗は慌てて手足を動かす。
「よかった……。
でも、今のはいったい……」
その瞬間だった。
「レント!」
突然、自分の口が勝手に開く。
「まだだっ!
あいつのコアを破壊するまで油断するな!」
「……いくぞ!」
「えっ!?アーツ!?」
返事をする暇もなく、再び身体が動き出した。
腹部を貫かれたゼノイドは、まるで痛みなど感じていないかのように立ち上がる。
「オマエ……」
「ヤッパリ、ニンゲンジャナイ……」
「コンナ、ニンゲン……イナイ……」
その言葉が終わるより早く──。
ズドンッ!!
深紅に輝く瞳を宿した錬斗が、一瞬でゼノイドの懐へ潜り込む。
狙いはただ一つ。
コア。
胸部にある核を、迷いなく貫いた。
「オマエハ……」
ゼノイドの目の光が大きく揺れる。
「イッタイ……ナンダ……?」
錬斗はゆっくりと腕を引き抜く。
その拳には、ビー玉ほどの大きさをした青白いコアが握られていた。
「これが……コア」
ギリッ──。
拳に力を込める。
パリンッ!!
乾いた音とともに、コアは粉々に砕け散った。
その瞬間。
ゼノイドの目から光が消える。
その巨体は力なく崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
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