1)死にゆく二人の出会い
学校からの帰り道、僕は今日もまっすぐ家には帰らず、いつもの隠れ家へと向かっていた。
高校二年生の秋。
先週の土曜日、僕は医者から余命三ヶ月を宣告された。
末期癌だった。
病名は骨肉腫。
膝や太もも、腕などの骨に発生する悪性腫瘍で、強い痛みや腫れを引き起こす病気だと説明された。
若いせいか進行は異常に早く、すでに肺をはじめ複数の部位へ転移しているらしい。
「もう手の施しようがありません」
医師は静かな声でそう告げた。
友達はほとんどいない。
両親もいない。
だからだろうか。
自分でも驚くほど悲しみは湧いてこなかった。
むしろ、一緒に話を聞いていた親戚の叔父と叔母の反応の方が印象に残っている。
二人は手術ができないことに落胆するどころか、「これ以上お金がかからなくて済む」とでも言いたげな表情を浮かべていた。
(……まあ、どうでもいいか)
考えるのをやめた頃、目的地の廃屋が見えてきた。
ここは誰も寄りつかない古びた建物で、僕だけの隠れ家だった。
ガラガラ……。
錆びた鍵を回し、扉を開ける。
その瞬間、僕は思わず息を呑んだ。
薄暗い室内の床に、人の形をした機械が倒れていたのだ。
「うそ……!?
もしかして……ゼノイド……?」
僕が呟くと、機械の頭部にある目のような部分が淡く赤く光った。
「……人間か。
すまないが、扉を閉めてくれないか」
突然話しかけられ、僕は肩を震わせた。
だが不思議と恐怖はなかった。
言われるまま扉を閉め、その機械──ゼノイドのそばへ腰を下ろす。
「オマエ……ワタシが怖くないのか?」
『ゼノイド』──。
約150年前、突如地球へ現れた機械生命体。
人類はそれ以来、世界中で彼らとの終わりなき戦争を続けている。
教科書にも、ニュースにも、毎日のように名前が出てくる存在だ。
僕は少し考えてから答えた。
「どうだろう……よく分かんないや。
でも、僕よりも君の方がずっと傷ついて見えたから」
ゼノイドは沈黙し、こちらを観察するように見つめた。
「オマエ……名前は?」
「鋼崎錬斗。
十七歳。高校二年生だよ」
「レント……。
今のオレは動けない。修復できるかも分からない。しばらく、ここに居させてもらえないか?」
「別にいいよ。……って言っても、僕の家じゃないけどね。僕も勝手に使ってるだけだし」
するとゼノイドは、わずかに肩を揺らした。
「フフッ……不思議な人間だ」
その声は、どこか寂しそうだった。
やがて頭部の光がゆっくりと弱まっていく。
僕はその光をじっと見つめながら、小さく呟いた。
「ゼノイドって……笑うんだね」
こうして──。
余命三ヶ月の少年と、瀕死のゼノイドの奇妙な共同生活が始まった。
錬斗とゼノイドが出会ってから、一週間が過ぎようとしていた。
「ただいまー!」
学校から帰ってきた錬斗は、いつものように廃屋の扉を開けた。
この一週間で、ゼノイドは錬斗という人間を少しずつ知っていった。
余命三ヶ月と宣告されていること。
家にも学校にも居場所がないこと。
そして、自らの死を静かに受け入れていることを──。
「ああ、おかえり、レント……」
錬斗は笑顔でゼノイドの隣へ腰を下ろした。
「どう? 少しは良くなった?」
心配そうな声に、ゼノイドは静かに答える。
「……いや。ほとんど変わっていない」
「我々ゼノイドは、コアと呼ばれる"核"さえ無事なら、損傷したボディは自動で修復される」
「修復されないということは……ワタシのコアが損傷しているということだ」
「じきにワタシも機能を停止するだろう……」
その言葉を聞いた錬斗は、どこか寂しそうに微笑んだ。
「じゃあ……僕と一緒だね」
その直後だった。
「ゴホッ……ゴホッ!」
激しい咳が錬斗を襲う。
口元を押さえた手には、鮮やかな血が滲んでいた。
「大丈夫か……レント」
ゼノイドの瞳の光が忙しなく揺れる。
「はぁ……はぁ……」
苦しそうに息を整えながらも、錬斗は笑ってみせた。
「うん……大丈夫。いつものことだから」
「もしかしたら、僕の方が君より先かもしれないね……」
ゼノイドはしばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……人間は脆いな」
「大量に出血すれば死ぬ……」
「病に侵されれば死ぬ……」
「酸素がなければ死ぬ……」
「精神が壊れても死ぬ……」
「寿命が尽きても死ぬ……」
「なぜ、これほど脆い生命体がこの惑星の頂点に立っているのか……ワタシには理解できない」
錬斗は興味深そうに耳を傾けていた。
するとゼノイドは、自らの過去を語り始める。
「レント……ワタシは仲間に排除されたのだ」
「ワタシはゼノイドの中でも高い性能を持つ個体だった。しかし、それを快く思わない者たちに陥れられ、排除されたのだ」
錬斗は驚いたように顔を上げる。
「……ゼノイドも、人間みたいなことをするんだね」
「フフッ……そうだな」
「我々はコアが無事である限り、永遠に生き続けられる」
「長い年月の中で思考が変化した個体、価値観が歪んだ個体……多くのイレギュラーが生まれたのだろう」
ゼノイドは静かに錬斗を見つめた。
「そして……ワタシも、その一体だ」
部屋に静寂が流れる。
「レント……」
「今のワタシは、オマエを死なせたくないと思っている」
「人間という種の存続に興味はない」
「だが……レントという一人の人間が死ぬことは、とても悲しい」
頭部の光が小さく点滅する。
まるで涙を流しているように、錬斗には見えた。
「ありがとう。
僕も……君が死ぬのは悲しいよ」
「でも、僕たちはもう助からない」
その瞬間だった。
ギギッ……
今まで一度も動かなかったゼノイドが、ゆっくりと身体を起こした。
「えっ!? 動いちゃダメだよ!」
錬斗は慌てて支えようとする。
しかしゼノイドは静かに首を振った。
「フフッ……レント」
「ワタシから、一つ提案がある」
「このままでは、我々は共に機能を停止する」
「オマエは身体が……ワタシはコアが損傷している」
「だから──我々が一つになれば、生きられるかもしれない」
錬斗は目を丸くした。
「一つに……?融合するってこと?」
「そうだ」
「ワタシは残された全エネルギーを使い、ナノマシンとなってオマエの体内へ侵入する」
「侵された臓器を排除し、その代わりとなる」
錬斗は息を呑む。
「でも……それじゃ君のコアは治らないじゃないか」
「確かに治らない」
「エネルギーを補給できない以上、ワタシはいずれ停止する」
「だからワタシのコアをオマエの心臓へ寄生させる」
「オマエの生体エネルギーを共有することで、ワタシもオマエの中で生き続ける」
「そ、そんなこと……本当にできるの?」
「分からない」
「だが、このままなら二人とも百パーセント機能を停止する」
「ならば、僅かでも可能性がある方法を選ぶ」
「レント……オマエはどうしたい?」
錬斗は俯き、静かに考え込んだ。
長い沈黙が流れる。
やがて彼は顔を上げた。
「ねぇ、君の名前は?」
「我々ゼノイドに個体名はない。
人間が便宜上、勝手に呼び分けているだけだ」
「そっか」
錬斗は優しく笑った。
「じゃあ、君の名前は僕が付ける」
「アーツ……今日から君の名前は『アーツ』だ」
その瞬間、ゼノイドの瞳が今までで一番強く輝いた。
「僕は君の一部に」
「君は僕の一部になって」
「一緒に生きよう」
「これからよろしくね、アーツ!」
錬斗は涙を流しながら右手を差し出した。
アーツは小さく笑う。
「フフッ……まだ成功すると決まったわけではないぞ」
「まったく……これだから人間は"面白い"」
そう言ってアーツも手を伸ばす。
一人の少年と、一体の機械生命体。
互いの想いを重ねた二人は、固く握手を交わした。
読んで頂きありがとうございます。
☆下記、連載中の作品も是非読んでみてください☆
【Zero】特殊警備部隊公安第零課




