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18)熊本防衛ラインの戦い

 ──六月、九州。


「着いたわよ」


 錬斗は南部防衛戦に参戦するため、沙耶たちと共に九州を訪れていた。


 沙耶に続いて、錬斗も車から降りる。


 到着したのは、南部防衛戦の拠点となっている『イージス』福岡基地だった。


 錬斗は珍しそうに辺りを見回す。


 すると、さっそく誰かが沙耶へ声をかけてきた。


「第七門、部隊長の七代沙耶殿であらせられますか?」


「はい、そうです」


 沙耶が答えると、男は姿勢を正した。


「増援、ありがとうございます」


「奥の作戦会議室にて、基地長ならびに第十門の部隊長たちがお待ちです」


「こちらへどうぞ。ご案内いたします」


「分かりました」


 沙耶は男に案内され、基地の奥へと入っていった。


「は~……遠かったね。なんか、来ただけでどっと疲れちゃったよ」


 その場に残された錬斗の後ろで、幹人が荷物を抱えながらうなだれる。


「そうだね……。でも、なんか思ってたより普通だね」


 錬斗も周囲を見回しながら続けた。


「もっと殺伐としているのかと思ってたよ」


「貴様ら……何をふぬけたことを言っている」


「えっ?」


 二人が振り返る。


 そこには、身長一八〇センチはあろうかという大柄な男が立っていた。


「ここはあくまでも拠点だ。最前線の鹿児島では、今この瞬間も激しい戦いが繰り広げられている」


 男は錬斗たちを睨みつけるように見ながら、低い声で続けた。


「我々も、さっさと中へ入って状況を確認するぞ」


 そう言うと、男は二人を置いて先に歩き出した。


 沙耶の部隊の副隊長――辻堂一志(つじどう かずし)だった。


 辻堂は一度だけ錬斗を一瞥すると、そのまま基地の奥へと進んでいく。


「辻堂副隊長って、優しいって噂だけど……」


 幹人が小声で呟く。


「なんか、錬斗には厳しいね……」


「何か心当たりある?」


 幹人が錬斗を見る。


「いや、まったくない」


「……だよね」


 二人は顔を見合わせる。


 そして首を傾げながら、辻堂の後を追って基地の中へと入っていった。

 



 錬斗たち第七門からは、沙耶隊を含めて三隊が増援として派遣された。


 総勢三十人ほどが、南部防衛戦へと派遣されることになった。


 錬斗が案内された大広間で、幹人と共に休んでいると──


「おーーーーい! 錬斗ぉーーーー!」


 聞き覚えのある声が響いた。


 錬斗が声のした方へ振り向く。


 すると、大きく手を振りながらこちらへ走ってくる男の姿があった。


「ええ!? なんで乱波がここにいるの?」


 驚く錬斗に、乱波は当然のような顔で答える。


「なんでも何も、南部防衛ラインを守るのは第十門の担当だからな!」


「十門所属の俺がここにいるのは当然だろ?」


「そっか! じゃあ乱波も、これが初陣なんだね!」


 錬斗がそう言うと、乱波は首を横に振った。


「いや、俺はもう初陣は済ませている」


「なんなら沙耶と同じで、『イージス』に入る前からちょくちょくゼノイドと戦っていたからな!」


 そう言って、乱波は豪快に笑う。


 その姿を見て、錬斗は心強さを感じていた。


 知っている仲間が同じ戦場にいる。


 それだけで、不思議と緊張が和らいだ。


「そうなんだ……」


 錬斗が頷くと、乱波は少し真剣な表情になった。


「錬斗!」


「俺と引き分けたお前なら大丈夫だと思うが……気をつけろよ」


「え?」


 錬斗が不思議そうに乱波を見る。


 すると乱波は、先ほどまでとは打って変わった低い声で続けた。


「初陣で生き残れる新兵は……毎年五割にも満たない」


「…………」


「…………」


 その言葉に、錬斗と幹人は何も言えなかった。


 先ほどまで和やかだった空気が、一瞬にして張り詰める。


 それだけ、これから向かう戦場が過酷な場所だということだった。


「それじゃあ、俺もそろそろ持ち場に戻るわ!」


 乱波は再びいつもの豪快な笑顔に戻る。


「お互い、がんばろーぜ!」


「う、うん……」


 錬斗が頷くと、乱波は手を振りながらその場を立ち去っていった。


 その背中を見送りながら、錬斗は静かに拳を握りしめた。


 ──これからが、本番なんだ。


 いよいよ錬斗の初陣が始まろうとしていた。




 しばらくすると、沙耶が戻ってきた。


 それを確認した辻堂が、すぐに号令をかける。


「沙耶隊、集合!!」


 錬斗たち沙耶隊の十名は、素早くその場に集まり、整列した。


 すると、沙耶が一歩前へ出る。


「わたしたちの任務は、南部に数ある防衛ラインの中でも最重要となる、熊本防衛ラインの守護です」


 普段の柔らかな口調とは違い、隊長としての凛とした声が響く。


「ここを突破されれば、この基地までゼノイドの侵攻を許すことになります」


「各自、心して任務に当たりなさい」


「一匹たりとも見逃さず、確実に敵を迎撃せよ!」


「「了解!」」


 隊員たちが一斉に返事をする。


 凛々しく指示を出す沙耶の姿は、とても頼もしく、そしてカッコよかった。


 ──けれど。


 錬斗には、どこか少しだけ寂しく見えた。


(沙耶さん……カッコいいけど……)


(僕は、優しく笑っている普段の沙耶さんの方が好きだな……)


 そんなことを考えながら、錬斗は沙耶の背中を見つめる。


「行くぞっ!」


 辻堂の号令と共に、沙耶隊は熊本防衛ラインへ向けて出発した。 




 錬斗たちを乗せた車が熊本防衛ライン付近へ差しかかった、そのときだった。


 突然、けたたましいサイレンが鳴り響いた。


 ウゥゥゥゥゥゥゥゥ!


「これは……いったい……」


 辻堂が車両の天井にあるハッチを開け、沙耶と共に外の様子を確認する。


 すると沙耶は、目の前に広がる光景を見て、険しい表情を浮かべた。


 そこには、大きな防壁が幾重にも連なる熊本防衛ラインがあった。


 しかし、その防壁のあちこちから黒煙が立ち上っている。


 そして──


 防壁の向こう側から、複数のゼノイドが侵入しているのが見えた。


「防衛線が……抜かれている……」


「そんな馬鹿な!」


 辻堂が驚きと怒りを露わにする。


「なぜ、こんな急にこの熊本防衛ラインへゼノイドが現れたんだ!」


「前の防衛ラインからは、突破されたという報告など上がっていなかったぞ!」


 辻堂が声を荒らげる中、沙耶は冷静に状況を見極めていた。


「辻堂副隊長」


「到着と同時に、すぐに侵入したゼノイドの殲滅に当たってちょうだい」


「みんなの指揮をお願い」


「わたしは鋼崎隊員と一緒に、これ以上の流入を防ぐため、あの黒煙が上がっている場所へ向かうわ」


「承知しました」


 辻堂は一瞬だけ錬斗へ視線を向ける。


(……なぜ、あんな奴と一緒に……)


 そんな疑問が脳裏をよぎる。


 しかし──


 敬愛する沙耶の命令には、絶対服従。


 辻堂はそれ以上何も言わず、頭を下げた。


「沙耶様もお気をつけください」


 すると沙耶は、そんな辻堂にいつもの優しい笑顔を見せた。


 そして、辻堂にしか聞こえない声で静かに告げる。


「いつもごめんね。一志君には、負担ばかりかけてしまって……」


「本来なら、あなたが隊長だったはずなのに」


 辻堂もまた、沙耶にしか聞こえない声で答えた。


「いえ。これは私自身が望んだことです」


「幼い頃より七代家のご令嬢である沙耶様を見てきた私は、いついかなるときも必ずあなた様をお守りすると誓ったのです」


「ですから、お気になさらず。何なりと申し付けください」


 その言葉に、沙耶は小さく笑った。


「ふふっ……ありがとう」


「でも、いい加減『様』はやめてくれないかしら」


「……善処します」


 そんな二人が話しているうちに、車は目的地へと到着した。


「行くわよ、錬斗!」


「うん!」


 沙耶と錬斗は車を降りると、そのまま防壁の上へ向かって走り出した。


 その背中を見送った辻堂は──


 ゆっくりと隊員たちへ向き直る。


 そして、その表情が一変した。


「いいか、貴様らぁ!!」


「これより我々で、愚かにもこの地へ侵入してきたゼノイドどもを全て殲滅する!」


「たとえその身が砕けようとも、沙耶様のために必ずゼノイドを破壊しろぉ!!」


「「「りょ、了解!!」」」


 突然、鬼の形相へと豹変した辻堂。


 その姿を見た幹人は、近くにいた先輩隊員へ恐る恐る尋ねた。


「あ、あの……だ、大丈夫ですか?」


「辻堂副隊長……我を忘れてません?」


「ていうか、噂では優しいって聞いていたのですが……」


 すると、先輩隊員は笑いながら答えた。


「ははっ、いつものことだよ」


「辻堂副隊長は普段は優しいんだけど、沙耶隊長のことになると豹変するからな」


「でも、こうなった辻堂副隊長は、めちゃめちゃ強いぞ」


「はは……そうなんですね……」


 幹人は苦笑するしかなかった。


 そして、ふと何かに気づいたように呟く。


「辻堂副隊長って……沙耶隊長がお好きなんですね」


「おいおい、何言ってるんだ新兵……」


 先輩隊員が呆れたようにツッコむ。


「辻堂副隊長の沙耶隊長への想いは、『好き』なんて単純なもんじゃない」


「尊敬、敬愛……とにかく、言葉では言い表せないほどの想いが詰まってるんだよ」


 そして、ニヤリと笑う。


「何しろ、沙耶隊長のファンクラブ会長だからな!」


「ええぇぇぇぇ!?」


 幹人が驚いて飛び上がる。


「そこ! うるさいぞ!!」


 辻堂の怒声が飛んできた。


「さあ! もう行くぞ!」


「貴様らも私についてこい!!」


 そう叫ぶと、辻堂は隊員たちを率いて走り出す。


 そして──


「──邪魔だぁ!!」


 最初に遭遇したゼノイドへ一気に距離を詰めると、その巨体を一撃で粉砕した。


 ドォンッ!!


「…………」


 あまりの威力に、幹人は思わず言葉を失う。


 ──先輩が言った通り。


 豹変した辻堂は、めちゃめちゃ強かった。

 

 

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