17)初陣の準備
錬斗が『イージス』の寮に入ってから、一ヶ月が経とうとしていた。
訓練を終えた錬斗は、自由時間になるとアーツと話をするため、近くにある丘の上へと来ていた。
「まだ悩んでいるの、アーツ?」
この一ヶ月で、ルームメイトの幹人とはすっかり打ち解けていた。
今ではお互いに名前で呼び合うほど仲も良くなっている。
しかし、そんな幹人のことを、アーツはなぜか気にしていた。
(うーむ……悩んでいるわけではないが……)
(どうにも、モヤモヤする感じだ……)
「アーツの気にしすぎじゃないの? 幹人が悪い奴だなんて、あり得ないよ」
錬斗はアーツに言い聞かせるように口を開く。
(ワタシはカントが悪い奴だなんて言っていないぞ)
(ただ……今まで感じたことのない、妙な反応があるのだ)
(敵意などではない。カント自身が優しい人間だということは、ワタシも感じている)
(だから……こう、モヤモヤするのだ)
アーツ自身も、その正体が分からない。
だからこそ、余計に気になっているようだった。
そんなアーツの言葉を聞いて、錬斗は思わず笑う。
「あはは、アーツでもそんなこと思うんだね」
(分からないことに警戒や興味を持つことは、生物として当然のことだと思うが?)
「確かに……」
アーツの言葉に、錬斗は納得したように頷いた。
(だからワタシは、Xギアのせいかとも思ったのだが……昨日の話では、少し違うようだ)
「あー、昨日の話ね。ごまかすのが大変だったよ……」
アーツの言葉を聞いた瞬間、錬斗の脳裏に昨夜の出来事が蘇る。
──昨日の夜。
錬斗は幹人と、ある話をしていた。
───
「ねぇ、幹人のXギアってどんなやつなの?」
錬斗は、アーツから幹人の妙な反応の正体を確かめるため、幹人のXギアについて聞いてほしいと言われていた。
しかし、錬斗の質問を聞いた幹人は、目を丸くする。
「えっ……? 何言ってるの、錬斗?」
「ボクはXギアなんて持ってないよ」
「え……?」
今度は錬斗が目を丸くした。
そんな錬斗を見て、幹人は不思議そうに尋ねる。
「え……錬斗、もしかして知らないの?」
「一般試験で入隊した人のほとんどは、合格したときに『ギア』を自分で選んで配られるんだよ」
「ギア……? Xギアじゃなくて……?」
錬斗が不思議そうに聞き返すと、幹人は続けた。
「うん。『ギア』っていうのは、ランクB以下のゼノイドのボディパーツから作られた武器のことだよ」
「ん? それならXギアと同じじゃん」
錬斗は何気なくそう言った。
だが、その一言に幹人は珍しく声を荒らげた。
「全然同じじゃないよ!」
「XギアはランクA以上のボディパーツから作られていて、能力も桁違いだし……何より、自分の意思で装飾品なんかに変形させたりできるでしょ?」
「ギアはそんなことできないし、身体能力の向上率だって、Xギアより全然低いんだよ」
幹人はそう言うと、部屋の引き出しを開ける。
そして、その中にしまってあった一本の剣を取り出した。
「ほら、これがボクの『ギア』だよ」
「え……」
錬斗は幹人から剣を受け取り、手に取って眺める。
しかし、それは一見すると何の変哲もない、ごく普通の剣だった。
「ギアの種類はいろいろあるけど、基本は剣や槍だよ」
「ハンマーや大鎌なんかもあるけど、選ぶ人は少ないかな……」
「じゃあ、一般試験から入った人は、これでゼノイドと戦うってこと?」
錬斗に悪気がないことは分かっている。
それでも、その言葉にはさすがの幹人も少しムッとした。
「錬斗……」
「ボク以外の人に、そんな言い方したら絶対ダメだからね」
「推薦候補者の錬斗は、当然のようにXギアを持ってるから、そういうふうに思うのかもしれないけど……」
「他の一般合格者が聞いたら、ただの嫌味にしか聞こえないよ」
幹人の言葉に、錬斗もハッとする。
「あ……いや、僕だってちゃんと分かってるんだよ」
「気を許してる幹人だから、ちょっとその辺の気遣いが欠けちゃったけど……」
「大丈夫! 絶対に周りの人には言わないから!」
「あ、あはは……」
錬斗の乾いた笑顔を見て、幹人は呆れたような表情を浮かべるのだった。
───
「でも、幹人が教えてくれて助かったよ」
「僕、『イージス』の人はみんなXギアを持ってると思っていたから……」
そう言った錬斗に、アーツも同意する。
(ああ、ワタシもそう思っていた)
(ワタシ自身、ゼノイドとして人間と対峙したときは、みなXギアを使っていたしな。サヤもそうだった)
そんなアーツに、錬斗が何気なく尋ねる。
「Xギアを持ってる人しかアーツと戦ってないなんて……よっぽど強かったんだね、アーツ」
その言葉に気を良くしたのか、アーツは途端に上機嫌になった。
(フッフッフ……まあ、ワタシはゼノイドの最上位個体だったからな!)
(その辺の個体とは“格”が違うのだよ! ハッハッハ!)
得意げに笑うアーツ。
そんなアーツに、錬斗は呆れたようにため息をついた。
(なんか、しれっととんでもない情報が入ったけど……)
(うん。聞かなかったことにしよう……)
しばらくして、アーツが再び錬斗に話しかける。
(まあ、とりあえずカントのことは問題ないだろう……)
(気にはなるが、警戒するほどではない)
「そうだね……人間なんだもん。人に言いたくないことの一つや二つ、誰にでもあるよ」
錬斗の言葉に、アーツも同意した。
(そうだな。レントも“童貞陰キャ”だということを隠しているしな)
「違うからっ!!」
錬斗の叫び声が、丘の上に響き渡った。
こうして二人は話を終えると、寮の部屋へと戻っていった。
──数日後。
いつもの訓練を終えた錬斗たち新兵は、ある大きな部屋に集められていた。
部屋の中へ入ると、すでに十人の人物が椅子に座っていた。
その中には、沙耶の姿もあった。
錬斗は七代家の推薦で入門した錬斗は第七門に配属されていた。
現在は、錬斗を含む二十一人の新兵たちと共に、日々の訓練に励んでいる。
(幹人……なんで呼ばれたか知ってる?)
錬斗は隣にいる幹人へ、小声で尋ねた。
(いや、ボクも知らない……)
(でも、前に座っているあの人たちは、第七門の隊長たちだよ)
幹人がそう答えたとき、中央に座っていた男が立ち上がった。
「新兵の諸君。君たちの初陣の日が決まった」
その言葉に、部屋の空気が一変する。
「一ヶ月後、南部と北部の防衛戦に、君たちも参加してもらう」
「これまでの座学で学んだと思うが、それぞれの『門』には基本的な役割が存在する」
「我々、第七門の役割は──『遊撃隊』だ!」
「どの戦場にも駆けつけ、敵を殲滅する!」
「独立した部隊として行動し、作戦によっては切り札ともなり得る存在だ!」
「その誇りを胸に刻み、恐れず、ゼノイドと戦うのだ!」
男の檄を受け、新兵たちの表情が引き締まる。
先ほどまでの緊張は、決意へと変わっていた。
「これから初陣までの間、諸君らにはそれぞれの隊長の指揮のもと、部隊訓練を受けてもらう」
その後、男から一人ずつ部隊の振り分けが言い渡された。
──その日の夜。
錬斗と幹人は部屋で、今日言い渡されたことについて話していた。
「良かったね、錬斗。ボクたち、同じ隊に入れて」
幹人が嬉しそうに言う。
「うん。しかも沙耶さんの隊に入れたから、本当に良かったよ」
錬斗はそう答えると、続けて幹人に尋ねた。
「でも、沙耶さんが隊長だったなんてびっくりしたよ!」
「沙耶さんは去年の推薦候補者だから、一年前に入ったばかりなのに……もう隊長だなんてさ」
錬斗の言葉に、幹人が答える。
「たぶん、七代沙耶が特別なんだと思うよ」
「聞いた話じゃ、十五歳のときから戦場で戦っていたらしくて、その頃から『異端児』って呼ばれていたみたい……」
幹人の言葉を聞いて、錬斗は一年前の戦いで助けた隊員のことを思い出した。
「そういえば、あのとき……隊員の人も沙耶さんは『特別』だって言ってたような……」
錬斗は改めて、沙耶の凄さを実感していた。
すると、幹人が少し楽しそうな顔で言った。
「そんな七代沙耶に目をかけられている錬斗は、周りから相当嫉妬の目を向けられてるから、気をつけたほうがいいよ」
錬斗が幹人を見る。
すると幹人は、面白そうに笑っていた。
「えっ……そうなの?」
「そりゃ、七代沙耶は才能がある上に、見た目も可愛いし、美人でしょ?」
「『イージス』内にファンクラブがあるくらいだよ」
「どこぞのアイドルみたい……」
錬斗が呆れたようにツッコむと、幹人は楽しそうに笑った。
「ふふっ。錬斗に嫉妬したファンに、戦場で後ろから刺されないように気をつけてね」
「怖いこと言わないでよ、幹人……」
錬斗が苦笑すると、幹人もまた笑った。
そんな二人の穏やかな時間とは裏腹に、初陣の日はゆっくりと近づいていた。
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