16)『イージス』入門
──四月。
七代家の推薦候補者として、無事に模擬戦闘試験に合格した錬斗は、『イージス』の入門式に出席していた。
「──本日をもって、ここにいる二百十余名を、地球防衛機構・日本支部『イージス』への入門を認めるものとする!」
壇上に立つ責任者の言葉を聞き、錬斗たちは静かに頭を下げる。
その後、入門式は滞りなく終了し、順番に会場を退出していった。
錬斗は会場を出ながら、模擬戦闘試験が終わった後の説明会を思い出していた。
───
「皆さん、お疲れさまです」
「これにて模擬戦闘試験は終了となりますが、私の方から少し、今後についてご説明させていただきます」
「今年も推薦候補者の皆さんは全員合格となり、企業でいうところの内定という扱いになります」
「新人隊員は四月に行われる入門式の後、『イージス』の第一門から第十門まである各門下へ振り分けられます」
「ただし、皆さんのような推薦候補者は、それぞれ推薦された門下に入っていただきます」
「また、入門後一年間は強制的に全寮制となりますので、その点はご了承ください」
「最後になりますが、今年の推薦候補者の皆さんは、例年に比べて全体のレベルが非常に高い」
「将来、『イージス』の中核を担う存在として、皆さんの活躍を大いに期待しております」
「それでは四月……入門式でお会いしましょう」
───
入門式を終えた錬斗は、寮の振り分けが始まるまで手持ち無沙汰になり、一人でため息をついた。
「はぁ……なんか僕だけ一人だよ……」
周囲を見渡すと、みんなそれぞれ知り合いらしき相手と親しげに話している。
「まあ……いつものことだけどさ……」
錬斗が寂しそうにしていると──。
正面から、こちらへ手を振りながら近づいてくる男がいた。
「おーーい! 錬斗! 元気だったか?」
「あ、乱波! 久しぶり! 元気だよ!」
十文字乱波だった。
錬斗は嬉しそうに乱波と再会の挨拶を交わすと、たわいない雑談や近況報告に花を咲かせる。
しばらく話していると、乱波が何気なく言った。
「ふーん、お前、あんま友達いねーんだな」
(ぐはっ!)
悪気のない乱波の一言が、錬斗の胸に突き刺さる。
「べ、別にいないわけじゃないよ……」
「ただ少ないだけで……沙耶先輩とは、と、友達だし……」
しどろもどろになりながら言い訳する錬斗。
そんな錬斗を見て、乱波は「そういえば」と何かを思い出したように口を開いた。
「そうだよ! 確かお前、七代家の推薦候補者だったな!」
「え、そうだけど……」
「だったら、まだ寮の振り分けまで時間あるし、暇だから沙耶のところに行こうぜ!」
「えっ? 沙耶先輩、ここにいるんですか?」
「そりゃいるだろ……ここは本部だし、あいつだって、ついこないだまで寮にいたんだから」
「錬斗のことを黙ってたこと、一言言ってやらねーとな!」
そう言うと、乱波は錬斗の肩を軽く叩いた。
「ほら、行こうぜ!」
「う、うん!」
こうして二人は、沙耶を探して『イージス』本部の中を歩き始めた。
その頃、沙耶は飲み物を買おうと、『イージス』本部内にある売店へ来ていた。
去年の推薦候補者だった沙耶は、三月初旬まで寮で生活した後、七代家の屋敷へと戻っていた。
休日には何度か屋敷へ帰っていたものの、一年ぶりに本格的に戻ってきた沙耶を見て、執事たちは大喜び。
屋敷の者たちは総出で沙耶を出迎えてくれた。
そんな出来事を思い出しながら、沙耶が売店を後にしようとした、その時──。
「おーーーい! 沙耶ぁぁ!」
背後から、自分を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。
「……?」
沙耶が振り返る。
すると、そこには大きく手を振りながら近づいてくる乱波の姿があった。
そして、その隣には──。
「……錬斗?」
乱波に連れ回されているように見える錬斗の姿もあった。
「どういう状況かしら……?」
沙耶は二人を見つめながら首を傾げる。
そして、手にしたペットボトルの紅茶を一口飲むのであった。
無事に沙耶を見つけた二人は、ここまでの経緯を説明した。
「──というわけで、お前んとこの推薦候補者が“ぼっち”だったのを憐れに思って、俺が連れてきてやったというわけだ!」
「ち、違うよ! そもそも“ぼっち”じゃないし!」
錬斗は必死に否定するが、沙耶にはすっかり見抜かれていた。
「錬斗……ここは学校じゃないんだからね。友達を作りに来ているわけじゃないのよ」
「さ、沙耶先輩までっ!?」
「ふふふっ」
「はははっ」
錬斗の慌てた姿に、二人は思わず笑った。
「冗談だよ、錬斗。……あと、さっきからずっと気になってたんだが、なんで錬斗は沙耶のことを『先輩』って呼ぶんだ?」
「えっ? 普通に高校の先輩だったからだよ」
「ふーん。年上だからってことか?」
錬斗は乱波の質問の意図がよく分からなかったが、とりあえず答える。
「まあ、そうだね」
「じゃあ俺のことも乱波『先輩』だな!」
「は?」
突然の発言に、錬斗は理解が追いつかず目を丸くする。
「えっ? 乱波は僕と同期でしょ? 同い年じゃん」
そんな錬斗に、横で聞いていた沙耶が口を挟んだ。
「錬斗……乱波は大卒だから二十二歳よ」
「うそ……」
錬斗はゆっくりと乱波を見る。
すると乱波は、満面の笑みでドヤ顔を浮かべていた。
「あの……なんか、失礼なことばかり言って、すみませんでした……乱波……さん」
急によそよそしい敬語になった錬斗を見て、乱波は盛大に吹き出した。
「はっはっは! 気にするな、錬斗!」
「元より俺は敬語を使われるのがあまり好きじゃない。今まで通り『乱波』でいいし、気軽に話してくれ!」
そう言う乱波に、沙耶も同意する。
「乱波はだいたいこんな感じよ。わたしも昔、同じことを言われたわ」
「そうなんですね……じゃあ、僕も今まで通り話すよ、乱波」
「おう! そうしてくれ!」
乱波を見て、沙耶も何かを思い出したように錬斗へ言った。
「あ、そうそう。わたしも錬斗に呼び方を変えるようお願いしようと思っていたのよ」
「もうお互い高校も卒業したのだから、『先輩』はもうやめにしない?」
「ここでは目立つ呼び方だし……その……なんか恥ずかしいし……」
そう言って少し頬を赤らめる沙耶。
その表情に、錬斗はドキッとした。
「変えるのはいいですけど……なんて呼べば……」
錬斗が悩んでいると、乱波が横から口を挟む。
「そんなの、呼び捨てでいいじゃねぇか」
「乱波はちょっと黙ってて」
すかさず錬斗が釘を刺した。
(沙耶ちゃん……は、ちょっと馴れ馴れしいか……)
(沙耶さん……は普通すぎるか……)
(沙耶様……沙耶たん……沙耶ちん……)
錬斗が頭の中であれこれ悩んでいると、ずっと黙っていたアーツが口を挟んだ。
(レント、暴走しすぎだ……)
(そんなだから『陰キャ』と呼ばれるのだぞ)
(ぐはっ!)
本日二度目のクリティカルヒットである。
「わ、分かりました……では、これからは沙耶『さん』とお呼びしてもいいですか?」
「ええ、問題ないわ」
「ちぇ、なんかつまんねーの!」
「お、錬斗! そろそろ寮の振り分けの順番だな。戻るぞ!」
乱波はそう言うと、錬斗の腕を掴んで走り出す。
「じゃあ沙耶、またな!」
「沙耶さん、失礼します!」
二人はそのまま、寮の振り分けが行われる場所へと戻っていった。
乱波より先に呼ばれた錬斗は、説明を受けたあと荷物を持ち、指定された部屋へと向かった。
部屋は二人一組になっているらしい。
「いい人がルームメイトだといいなぁ……」
そんなことを呟きながら、錬斗は部屋の前までやって来る。
そして、呼び鈴を押した。
ピンポーン。
(先にルームメイトが来ていれば、反応があるはず……)
錬斗がそんなことを考えていると、部屋の中から声が聞こえてきた。
「は、はい! どうぞ!」
錬斗がドアを開けると、そこには自分よりも少し背の低い、気弱そうな男が立っていた。
「ど、どうぞ……」
「あ、は、はい。失礼します」
錬斗は恐る恐る部屋の中へ入る。
しかし、そこから妙な沈黙が生まれてしまった。
「「あ、あのう……」」
二人はほぼ同時に口を開く。
そして、またもや沈黙が訪れた。
(き、気まずい……)
錬斗は意を決すると、勢いよく自己紹介を始めた。
「あの! 僕は『鋼崎錬斗』って言います!」
「今日からよろしくお願いします!」
その勢いに、気弱そうな男は少し驚いたように目を瞬かせる。
だが、錬斗の自己紹介を聞くと緊張が解けたのか、ふっと笑った。
「ふふっ、ごめん……キミがおかしくて笑ったわけじゃないんだ」
「なんか……いい人そうだから、安心しちゃって……」
そう言って、男は改めて自己紹介をする。
「ボクの名前は『桜庭幹人』」
「一般試験から入門した初心者です」
「今日から仲間として、ルームメイトとして、よろしくお願いします!」
「う、うん! こちらこそよろしく!」
ぎこちなく頭を下げ合う二人。
このときはまだ、二人とも知らなかった。
どこか似た雰囲気を持つこの二人の出会いが、後に大きな事件へと繋がっていくことを──。
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