13)模擬戦闘試験開始!
──二月。
錬斗は、七代家の推薦候補者として模擬戦闘試験の会場へ来ていた。
「ほ、本当に……こんな大きなところでやるの……?」
錬斗の目の前には、東京ドームと同じくらいの大きさをした巨大な会場があった。
東京ドームと同じように、ぐるりと観客席に囲まれている。
大きな違いといえば、天井がないことくらいだった。
その巨大さに圧倒され、錬斗が呆然と立ち尽くしていると──。
「何つっ立ってんだ、あんた。見学なら入口はあっち側だぞ」
後ろから声をかけられた。
錬斗が振り返ると、そこにはオレンジ色の短髪をした、身長一八〇センチほどの元気そうな青年が立っていた。
「い、いや……僕は……見学ではなくて……」
「なんだ、誰かの関係者か?」
青年は錬斗の言葉を聞くと、すぐにそう判断した。
「じゃあ、俺が呼んできてやるよ! 誰の関係者だ?」
親切心から言ってくれているのだろう。
しかし、今の錬斗には完全に逆効果だった。
「あ、いや……そうでもなくて……」
歯切れの悪い錬斗に、青年は豪快に笑った。
「はっはっは! 遠慮すんなって!」
「こう見えて俺は十文字家の人間なんだ。イージスの人間には多少、顔が利くぜ!」
青年はそう言うと、錬斗の手を取って入口へ向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょっと……!」
錬斗は引っ張られるように入口まで連れて行かれると、慌てて青年の手を振りほどいた。
パシッ。
「お? どうかしたか?」
青年は首を傾げ、不思議そうに錬斗を見る。
すると錬斗は、意を決したように大きな声で叫んだ。
「ぼ、僕は七代家の推薦候補者として、ここに模擬戦闘試験を受けに来たんです!」
その言葉に──。
辺りが一瞬、静まり返った。
しかし、次の瞬間。
「ぎゃはははは! あんな小僧が七代家の候補者だって!? なんのギャグだよ、いったい!」
「ププ……わ、笑ったらダメだよ……。きっと、まともな候補者がいなかったんだよ」
「ああ、去年は天才の七代沙耶が候補者だったからな……今年は遠慮したのかもね……」
周囲から、錬斗を嘲笑う声が次々と上がった。
錬斗は俯き、悔しそうに拳を握りしめる。
だが、目の前にいた青年だけは違った。
青年は錬斗の目をまっすぐに見つめ直すと、素直に頭を下げた。
「そうか……それは悪かったな。すまん!」
「え、あ……いや、全然大丈夫です」
錬斗がそう答えると、青年はニカッと笑った。
「俺は十文字乱波っていうんだ!」
「俺もお前と同じ、推薦候補者だ」
「もしかしたら、模擬戦闘試験で戦うことになるかもしれねーが……」
そう言って、乱波は錬斗へ手を差し出す。
「そのときはよろしくな!」
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は固く握手を交わすと、そのまま会場の中へと入っていった。
──そんな二人を、少し離れた場所から見つめている人物がいた。
「…………」
「…………」
一人は、腰に剣を携えた男。
そしてもう一人は、水色の髪をした女性だった。
二人はしばらく錬斗と乱波の後ろ姿を見つめていたが──。
やがて、それぞれ何かを考えるように視線を逸らすと、別々に会場の中へと消えていった。
推薦候補者全十人が集められ、模擬戦闘試験の説明を聞き終えた錬斗は、控え室へ案内されると、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
「はぁ……なんか、ここに来ただけでどっと疲れたよ」
錬斗は荷物を机の上に置くと、椅子に腰を下ろした。
(少しは肩の力を抜け、レント)
アーツが頭の中で話しかけてくる。
「うん、分かってるんだけど……こういうの初めてだから、緊張しちゃって……」
(レントの気持ちも分かる。だが、サヤが言っていた通り、いつもの姿を見せれば大丈夫だ)
「うん……」
錬斗はそう答えると、昨日、沙耶から届いたメールをもう一度見直した。
『錬斗、わたしは立場上、試験当日の面会はできないけど、観客席から応援してるから頑張ってね!』
「……」
沙耶からのメールを読み終えた錬斗の表情が、みるみる緩んでいく。
その言葉に心を癒された──というより。
女の子から応援メールをもらったという事実だけで、錬斗はすっかり舞い上がっていた。
(おい、レント……緊張をほぐすのはいいが、変な顔になっているぞ)
「そ、そんなことないよ!」
アーツに指摘され、錬斗は慌てて表情を引き締めた。
「でも、一試合だけでいいって説明だったから、良かったよ」
「あんまり強くない人だといいな……」
(先ほど集められた者たちを見たが……誰と戦っても、それなりの実力者だろう)
「だよね……」
アーツの言葉に、錬斗は再び不安そうな顔を浮かべた。
そんなことを二人で話していると──。
コンコン。
控え室の扉から、ノックの音が聞こえてきた。
「鋼崎錬斗様。そろそろお時間です」
「ご準備ができましたら、登場ゲートまでお願いいたします」
案内の声を聞いた錬斗は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、大きく伸びをした。
「じゃあ、いくよ! アーツ!」
(おう!)
錬斗は気合いを入れると、控え室の扉を開けた。
──いよいよ、模擬戦闘試験が始まる。
ルールは四つ。
一、武器ならびにXギアの使用を許可する。
二、相手を殺害した場合、不合格とする。
三、どちらかが「参った」と言うか、試験官が止めた場合、戦闘を終了する。
四、制限時間は十五分。
錬斗は登場ゲートの前で、改めてルールを確認していた。
すると、会場内にアナウンスが響き渡る。
「それでは第三試合、両者の入場です!」
アナウンスと同時に、目の前のゲートがゆっくりと開いた。
錬斗が中へ入ると、広大な会場が視界に飛び込んでくる。
しかし、観客席が人で埋め尽くされているわけではなかった。
──当然だ。
これは興行ではなく、試験なのだから。
観客席には、二ヵ所だけ人が集まっている。
おそらく、片方が審査員で、もう片方が関係者や見物人なのだろう。
錬斗は周囲を見渡しながら、ゆっくりと試合場の中央へ歩いていく。
そして、中央へ差しかかったところで──。
初めて、対面から歩いてくる対戦相手の姿に気づいた。
「よう。さっそく、また会ったな……」
朗らかな声とともに現れたのは──。
先ほど出会ったばかりの男。
『十文字乱波』と名乗った青年だった。
「えっ……」
思わず錬斗の足が止まる。
まさか、試験で戦う相手が──。
先ほど握手を交わしたばかりの、あの男だとは思ってもいなかった。
錬斗が入場したとき、沙耶も観客席から二人の姿を見つめていた。
(まさか、錬斗の相手が乱波だなんて……)
沙耶は思わず眉を寄せる。
(なんてクジ運がないのよ……)
十文字家。
それは、十柱門の中でも最前線で戦う『軍』を担う一族だ。
元々は武術を修める名家らしいが、乱波はその十文字家の跡取り息子。
(その実力は、十文字家の中でも随一と言われるほど……)
先ほど錬斗と楽しそうに話していた姿からは、とてもそんな実力者には見えなかった。
しかし、沙耶はその強さを知っている。
(正面から挑めば、いくら錬斗でも厳しい……)
沙耶は試験場に立つ錬斗を心配そうに見つめる。
(錬斗……乱波相手に、むやみに突っ込んだら絶対にダメよ)
やがて、会場の空気が変わり始める。
沙耶は祈るような気持ちで、錬斗の姿を見つめ続けていた。
中央で錬斗は乱波と相対する。
「さっき会ったとき、なんとなくだけど、きっとお前と戦うんだろうなと思ったんだ」
「やっぱ、当たったな。俺の勘はよく当たるんだよ」
「こうなった以上、俺は全力でやる」
「お互い、後腐れは無しだ……」
「だからお前も全力でかかってこい!」
乱波の清々しい宣言に錬斗は不思議と安心感を覚えていた。
この男の纏う雰囲気がそうさせるのか、錬斗は乱波を相手に笑みがこぼれた。
「はい!僕も全力でがんばります!」
「ははっ、錬斗っていったか?お前、おもしれぇやつだな!」
そう言うと互いに少し離れて配置についた。
「第三試合、七代家、推薦候補者、鋼崎錬斗!」
「十文字家、推薦候補者、十文字乱波!」
「それでは──はじめっ!」
試合開始のアナウンスが響きわたる。
これから始まるのは、ただの模擬戦ではない。
『イージス』への入門を懸けた、錬斗にとって最初の試練なのだ。
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